わたしたちは、重い荷物を運ぶ
「待ちかねたぞ!」
と、マクスウェル親方がどなった。
「すみません、ちょっと途中でごたごたしまして…」
「そうなのか? それより、できたんじゃ、ついに!」
「巨人族に確認しましたか?」
「うむ、巨人族自体からは、話はきけなかったが、巨人族の事情にくわしいものが教えてくれたよ」
「やっぱり、そうでしたか」
「わしとしたことが、うかつじゃったなあ…」
マクスウェル鍛冶工房には、作り直された巨大なハンマーが鎮座している。
といっても、前のとどこがちがうのか、見ても全くわからない。
大きさも、形も、なにも変わっていないようだが…。
「持ってみるか?」
「では、ちょっと失礼して」
ユウが、片手でハンマーを掴む。
すっと持ち上げると、一回、二回、ふってみる。
「よさそうですね」
「あんた、いったい何者だ? そんなきゃしゃな身体で、なぜ、そのハンマーを片手で持てる?
人族にそんなことができるはずはないぞ」
マクスウェル親方が、しんそこ不思議そうに言う。
「ぼくは、アンバランサーなんで…」
「アンバランサー? …そうか、そういうことか…それなら、な」
マクスウェル親方は、得心した顔になった。
「そういえば、八百年ぶりに現れたアンバランサーが、あの、麗しの雷の女帝と恋仲になったという、ありえないような噂を聞いたが、ひょっとして?」
「えっ? どこからそれを? もう、そんな話が、ここまで…」
ユウは驚いていた。
「エルフのクリスを鍛えてくれ、というのは、そういうことなのか?」
「ええ、実は、そういうことなんですよ」
「そうかあ、そうだったのかあ…あの、ルシアがのう、とうとう…」
いい話だ、そういって、マクスウェル親方は涙ぐんだ。
ルシア先生は人徳があるなあ…。
まあ、わたしたちのルシア先生だから、当然だけどね!
「ところが、困ったことがひとつあっての…」
と、マクスウェル親方が、顔を曇らせた。
「せっかく、ハンマーを仕上げたんだが、巨人族が受け取ってくれぬのだ」
「作り直したこと、伝えたんですよね」
「うむ、だが、聞く耳をもたぬ。もうお前とはかかわりたくないとの一点張りでなあ」
「ずいぶん、嫌われちゃったもんだねえ」
とジーナ。
「わしがいうことではないが、あのゲイルという巨人族の娘は、太陽王に懸想しておってな、なんとか役に立とうとしたのじゃろう。それが、こんなことになってしまったので…。後継者襲名の儀式では、後継者がハンマーをふるってその妙技を披露するのだが、そこでどうもうまくいかなかったようだ」
「なるほどねぇ、そのゲイルとかいう子の気持ちはわかるなあ。けなげじゃん。それで、ものすごーく怒っちゃってるわけね」
「ほとほと、困った…」
マクスウェル親方は、がっくりと肩を落とした。
「来ないなら、こちらから、行くしかないでしょう」
と、ユウが言った。
「えっ?」
「ちょくせつ、出かけて行って、説明して渡しちゃえばいいですよ」
「いや、それはちょっと…」
「そもそも、今回の件は、マクスウェルさんの技が優れすぎているのが原因ですから。
このハンマーをじっさいに、使ってもらえば、わかってくれますよ」
「そういわれてものう…」
「いいじゃん、あたって砕けろよ/おっ、殴り込みか? いいぞ!」
ジーナ、砕けたらだめ。
それにイリニスティス、そういう話じゃないから。
血の雨がふったら、それこそ収拾つかないから。
でも、この二人(というか、一人と一刀)、なにか考え方が似ていて、実はいいコンビかも…。
ということで、二日後、わたしたちは巨人族の郷に、みんなででかけることになったのだ。
巨人族の郷は、もちろん、王都の城壁の外である。
わたしたちは、翌日の一日かけて、馬車を手配し(有能なセバスチャンさんがやってくれた)、往復で五日はかかる旅の支度をするなど(有能なセバスチャンさんが手伝ってくれた)準備を整えたのである。
「馬車が来ました!」
呼ばれて路に出て行くと、そこには、シュバルツ兄弟商会の印のある、立派な馬車が待機しており、なんと、御者は、ウォリスさんだったのだ。
「ウォリスさん!」
わたしたちは驚いて
「いいんですか、すぐに故郷に帰らなくて!」
ウォリスさんは、にこりと笑い、
「あなたたちのためなら、帰郷が数日遅れるくらいなんでもありませんよ。志願して、やらせてもらいました」
と、言うのだった。
迎賓館を出発したわたしたちは、まず、マクスウェル鍛治工房に行き、ハンマーを積み込む。
といっても、馬車に入るわけもなく、馬車の屋根の上に設置されている荷台に乗せるのだ。
「えっ? これを上に積むのですか?」
巨人族用の大ハンマーを初めて見たウォリスさんは驚いて
「これは、いくら何でも無理では」
「ご心配なく」
と、ユウが言う。
「なにしろ、女帝の後継者が、特殊な魔法を…」
「ユウさん、それはもういいから」
というわけで、ユウが、ハンマーをひょいと持ち上げ、屋根の上に取り付ける。
「えっ? どうして? まったく重さがかかってないですよ、馬車に?」
「はい、これが、女帝の後継者の、驚くべき魔法です」
ウォリスさんは、その言葉に納得して、しみじみと言った。
「なるほど、さすがは女帝の後継者、凄まじいものですなあ…」
ちがうって。
王都の城壁を出て、しばらくいくと、遠くに、騎馬隊を見かけた。
「あっ、近衛騎士団」
王都に帰還するところだったようだが、わたしたちを見つけると、ぎょっとしたように馬をとめ、方向をかえると全速力で走り去った。
「あれれ、なんか、逃げてっちゃったよ」
ジーナが、拍子抜けした、というふうに声をあげた。
「どうして?」
「きっと、ぼくたちの顔をみたくないんじゃないの? とくにジーナの、かな」
「ええ? あたし、因縁つけられたら、こんどこそイリニスティスで蹴散らしてやろうと思ったのにな」
……。
たぶん、ジーナは、あの連中を、もう蹴散らしてると思う。
ジーナ本人は、まだ気づいてないみたいだけど。
その後、とくに大きな出来事もなく、わたしたちは順調に巨人の郷に向かっていった。
しいていえば、野営の夜に、ジーナがまた歌を披露し、
「う、うおおおおん、ユリア、ケイト、待ってろよ」
「ああ、懐かしきドワーフの洞窟よ、うおんんん」
ウォリスさんとマクスウェル親方が号泣したくらいであろうか。
びっくりすることに、この短い間に、ジーナはレパートリィを増やしていたのだった。
「ここだ。ここが巨人族の郷だ」
帝都をでて、二度目の陽がのぼり、わたしたちは巨人族の郷にたどりついた。
巨人族の郷は、砂漠の中にあった。
王都のそれより高いのではないかと思われる城壁にかこまれ、中の様子は窺い知れない。
わたしたちは、門の前で、馬車をとめて、外に降りた。
門はかたく閉ざされ、静まり返っている。
「だめだな、これは…。わしらなど相手にせん雰囲気だ」
とマクスウェル親方。
「これからどうするの?」
ユウに聞くと
「あいさつだな…」
「あいさつ?」
「うん、ちょっとルシアさんに知恵をかりたんだ。
巨人族と話をするときには、それがいちばんだって」
「いつのまに? ユウさん、ルシア先生と連絡取れるの?」
ジーナが驚いて、きいた。
「うん、まあ、必要なら」
まあ、アンバランサーなんだから、なにができてもおかしくはないけど。
「それで、ライラ、君がやるんだよ」
「あたし? あたしが何をやるんですか」
「あいさつ」
「ええっ? どういうことですか?」
「つまりね」
といって、ユウが説明してくれたが、
「いいんですか? だいじょうぶですか? あたし、そんなの責任とれませんよ」
「だいじょうぶだって。ルシアさんがそう言ってるんだから」
「まあ、どうしても、やれといわれればやりますけど…」
「うん、やっちゃって」
「いいんですね? ほんとうに知りませんよ、戦争になっても」
「どんと行け、ライラ」
それでわたしは、
「水と炎、風と土、四柱の精霊がかたくその腕を結び、すべてが奈落の底におちる、究極の雷嵐!」
ルシア先生直伝の、最大級の雷魔法を詠唱した!
たちまち、雷雲が空を覆い、
バリバリバリバリバリ!
ズガン!
ドガン!
ズガン!
巨人の郷に、激しい雷が、大気を引き裂いて立て続けに落ち続ける!
「うわわっ!」
ウォリスさんは腰を抜かしている。
「おいおい、だいじょうぶなのか、こんなことして?」
マクスウェル親方は青い顔になっている。
「うっわー、雷魔法、やっぱりかっこいいなあ」
ジーナは単純に喜んでいる。
「うん、そのくらいでいいかな」
ユウが言う。
「はい…」
魔法をやめると、あたりはシーンと静まり返った。
雷によって、大気が焼かれる、独特のにおい(ユウによれば、おぞん、というもののにおいらしい)があたりに満ちている。
「こんなことして、ほんとに、だいじょうぶなのかなあ…」
わたしたちが、様子をうかがっていると、
「お前ら、なんだっ!」
城壁の巨大な扉が、弾けるように開けられ、右手にハンマーを握った巨人族の娘が飛び出してきた。
美しい娘だ。
身長は、ゆうに四メイグはあるだろう。
娘は、わたしたちを、キッとにらんだ。
「ゲイル…」
マクスウェル親方が言う。
この娘がゲイルらしい。たしかに気が短そうな感じだ。
「マクスウェル! お前か?! もうお前に用はないと言ったはずだぞ!」
その声は大きく、雷にも負けないような大音声だ。
「まあまあ、ゲイルさん、ちょっと落ち着いて」
ユウが声をかける。
まったくいつもの、緊張感のない口調だ。
「ああ? なんだ、お前は? お前などに名をよばれる筋合いはない!」
「マクスウェル親方の知り合いのものですけどね、ちょっと説明したいことがありましてね」
「お前になんか用はない! さっさと帰れ!」
「気が短いなあ…これじゃあ、ジーナの方がまだ、落ちついてるよ」
「ひどいよ、ユウさん!」
「ゲイルさん、短気は損気って、ぼくらのほうでは言うんですけどねえ…」
「ええい、うるさぁーいっ!」
ゲイルは、怒鳴ると、持っていたハンマーをふりあげ、ユウに向かって叩きつけた。
しかし、ユウが片手をあげ、その手のひらにふれるかふれないかで、振り下ろされたハンマーはぴたりと止まって、まったく動かない。
「うーん、ほんとに気が短いひとだ」
「なにっ? こんなばかなことが?」
ゲイルは、真っ赤になって力をこめるが、どんなに力を入れても、その位置からハンマーを動かすことがまったくできない。
「ど、どうなっている? 人族のくせに!」
そのとき、ゲイルの後ろから
「いったい何事かな? ゲイル、どうしたんだい?」
静かな声がかかった。
ゲイルは振り返り、
「太陽王さま…」
ゲイルの手から力が抜ける。
どすん、とハンマーが地面に落ちる。
後ろから現れたのは、ゲイルよりさらに背の高い、みるからに高貴そうな、堂々たる巨人族の若者であった。
いぶかしげではあるが、おだやかな顔だ。
「お客さんかい? あいさつの雷がなったけど」
驚くべきことに、この人たちにとっては、あの雷がほんとうに挨拶程度らしい。
「巨人族、すごいよ」
ジーナがつぶやく。
「ああ、あなたが太陽王さまですね。良かった。これを」
ユウがそういって、手をのばし、馬車からマクスウェル親方の作り直したハンマーをとると、
「お受け取りください」
太陽王にむかって、放り投げた。
「おっ」
太陽王は、飛んできたハンマーを、左手でうけとめた。
「いかがですか、ちょっとふってみてもらえませんか?」
ユウの言葉に、太陽王は、ハンマーを左手で二度、三度とふって
「おう、これはいいね。すごく手に馴染むよ!」
「そうでしょう、そうでしょう」
ユウがにこりとした。
そのあと、ようやく落ち着いたゲイルと、太陽王と、わたしたちで、やっとまともな話し合いになったのだ。
「太陽王さま、あなたは、左利きなんですね」
「うん、そうだよ」
太陽王は、さすがに族長の後継者だけあって、人間ができている。きさくにわたしたちの話を聞いてくれる。
「わしとしたことが、うかつじゃった。太陽王様、ゲイル、ほんとうに、もうしわけない」
とマスクウェル親方が謝る。
「どういうこと?」
ゲイルが、まだ少し怒りながら聞く。
「つまりね、最初のハンマーは、右利き用だったんですよ」
「「「ええーっ?」」」
わたしたちは、驚いて声をあげた。
「「ハンマーに、右利き用、左利き用なんて、あるの?」」
「そこがね、マクスウェル親方が、名工たる所以なわけだね」
「バランスというか、重心の位置というか、とにかく、最高のものを目指すと、やはり、違ってくるのじゃ。それは微妙な違いなんで、下手くそな持ち手が振り回す分には、なんの違いもないのだが、優れた使い手が、妙技を披露しようとするとき、逆だと、その違いが感覚を狂わせてしまう」
「なるほど、それで、ぼくの襲名式の時、微妙に動きが狂ったんだな…」
「もうしわけない、わしの限界まで、精妙な調節をしたのだが、それがあだとなってしもうた…。新しい方は、左利き用に調節したから、こちらはしっくりくると思う」
「うん、それはさっき、ふってみてわかったよ。さすがは、名工マクスウェル親方だね」
「そうだったのか…」
ゲイルが、すまなさそうな顔で
「親方、ごめんね。襲名式で、太陽王様が恥をかいたと思ったら、かっとなってしまって…」
「いや、すべては確認をおこたったわしの未熟さよ」
うん、うん、どうやら、丸く収まりそうな雰囲気だ。
「それにしても、さっきの雷魔法、なんだか懐かしいものだったなあ、君がやったの?」
「は、はい。わたしが使いました、すみません…」
「いやいや、昔、まったく同じ味わいの魔法をうけたことがあるよ」
「まさか、それって、ルシア先生の」
「そう、それそれ、『麗しき雷の女帝』ルシア・ザイク!
あのとき、ぼくはまだ小さかったけど、おっかなかったなあ…
もう理由は忘れたけど、なんか猛烈に怒って、族長をだせーっ!って言ってやってきたんだよねー。
雷がバリバリ落ちまくって、いやー、びびったね、あれは」
あははは。
ルシア先生、聞いてますか?
「やめてー」という声が、どこか遠くの方から聞こえたけど、これは気のせいじゃないよね、きっと。
いつも読んでくださってありがとうございます。今回ちょっと長くなってしまいました。そのかわり、ハンマーの件は無事解決です。
面白いぞ、次が読みたいぞ、という方は、応援お願いします!
ルシア:そんな昔の話をむしかえさなくても…(泣)




