第47話 僕も動くとしよう
ハルト視点ではありません。
「本当に、手がかかる人だね……」
冒険者組合の職員専用扉の隙間から、澄んだ金色の瞳が、窓口で話している黒髪の青年と薄藍色の髪の少女を捉えていた。
金色の瞳の主は、窓口の少女が注意を促すのを確認すると、扉を静かに閉じて姿を消した。
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刻は遡る。
冒険者組合に入ると、見知った黒髪の青年と薄藍色の髪をした少女が、ガラの悪そうな冒険者達に絡まれている場面に遭遇した。
冒険者間の揉め事なんて、然程珍しい事でも無いし、不穏な空気になれば職員が止めるから放っておいても良かったが、絡まれていたのが見知らぬ相手では無かったし、後姿の少女が少し気になった事から仲裁に入った。
「お困りですか? お嬢さん」
「あ! アキトォ〜」
相変わらずだね、ハルトは。
でも、彼を見てると懐かしい記憶が蘇って、少し寂しい気持ちになってしまうな……。
そんな自分の気持ちを掻き消して、僕はいつもの様に毅然と振る舞う。
「やぁ、ハルト。また逢ったね。前を通ったら騒がしかったのでね。少し覗いてみたのだけど、品の無い羽虫が集っているみたいだね。良ければ追い払おうか?」
僕の言葉に、冒険者達の中でも特に頭の悪そうな男が反応する。
「チッ、銀騎士が、テメェも後から来て邪魔すんじゃねぇよ。どいつもこいつも俺の邪魔しやがって」
「本当に品が無いな。このお嬢さんに何かしようと言うのなら、僕が相手をする事になるが……。あまり騒ぎを大きくしたくは無い、ここは引いてもらえないだろうか?」
彼ら程度の冒険者なら僕の敵では無いが、この場でこれ以上騒ぎを大きくする訳にもいかず、妥協点を模索する。
「チッ、今は間が悪い、ここは引いてやるよ。だがなぁ、この借りはツケておくぜ」
彼らも冒険者組合で暴れ出す様なバカでは無かったようだ。
不満気な態度でこちらを一瞥すると、揃って外に出て行った。
だが、僕の瞳は誤魔化せない。
彼らの中の数名が、厭らしい笑みを浮かべていたのを僕は見落とさない。
彼らは再び少女を狙って現れるだろう。
しかし、今は……。
「さて、これで一先ずは安心かな。こちらのお嬢さんは初めてだね。お初にお目にかかります、僕の名はアークライト・ウォルフォード、アキトとお呼びください。以後お見知り置きを」
僕は、自己紹介を含めた挨拶をしながら、薄藍色の髪の少女の顔を視界に捉えた。
瞬間、息を呑んだ……。
そして、彼女から、目が、離せなくなった。
「アキト……、ハルと、アキ……、仲良しさんだね」
初めて聴いたはずの彼女の声は、ひどく懐かしい響きを伴い僕の心を抉る……。
それが、自分の大切な物では無いと分かっているのに、目の前にあるのが自分の大切な物にしか見えない、そんなもどかしい思いが、心を支配する……。
「そうだね。ハルトと僕は友達だからね」
感情や葛藤は表には出さず、すべて押し殺して僕は答える。
表情を殺す事には慣れているから、僕には造作も無い事だ。
「え!?」
何故かハルトが驚いていたが、動揺が何処かに出てしまっただろうか?
「アキト、助けてくれて、ありがとう」
『助けてくれて、ありがとう』
僕は……、何も出来なかった。助けられはしなかった……。
感謝の言葉が、少女に彼女の姿を重ねて見てしまう。
ーー違う、この子は彼女じゃないんだから。
僕の捜している、僕が助けないといけない彼女は、この子じゃないんだから……。
重ねるな、冷静に考えろ。あれから何年も経ってる、彼女はもう18になる筈だ。
この子はどう見たって12〜13歳だ、髪も瞳の色だって違うんだ、冷静になれ。
「いえ、貴女の様な美しい女性のお役に立てて光栄です。もし、宜しければお名前をお聞かせ願えないでしょうか?」
平静を装って、僕は当たり障りの無い言葉を紡ぐ。
「……ルウ」
!! 僕はーー言葉を失った!
どうして!? 彼女と同じ名を……。
その名を聴いた瞬間、僕の思考が数瞬停止した。
「! ルウ……、素敵なお名前だ。美しい貴女に相応しい響きのお名前ですね」
もう、自分が何を話してるのか理解出来ない。
何か失言する前に話しを切り上げなくては……。
動揺し、心臓の鼓動が耳まで響き、泳ぐ視線がふとハルトを捉える。
何だ? ハルトの様子がおかしい?
そうか……、ハルトは、この子の事を……、そうか。
「と、ハルト? あぁ、そういう事か。大丈夫だよ、ハルト。僕は取ったりしないから、さ」
ヤキモチを妬くハルトを見ていると、動揺が少し落ち着いて言葉を紡ぎ出せた。
僕は、そのタイミングに合わせて、ハルト達から離れ冒険者組合から出る事にした。
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動揺した自分を落ち着ける為に、僕は当ても無く街をブラつき、半刻程かかって漸く冷静さを取り戻した。
あの子は……、ルウは、何者なんだ?
僕の記憶に残った彼女の最後の姿……、その彼女と同じ顔、同じ声、同じ名前のあの子は……、いったい誰だ?
髪と瞳の色が違うが、そんな物が些細な事の様に思えてしまう。
僕は、思考の袋小路に入り込んだ頭を左右に振ると、深く息を吐いて心を落ち着ける。
今は、考えても仕方ないか……。あの子がハルトと一緒に行動するなら、こちらにとっても都合が良い。
それより、当面の問題は彼らか……。
いつ仕掛けて来るか分からないが、あの子にだけは手出しさせない!
もう……、あんな思いはしたくない、あの子は、僕が、この命に賭けても守ると誓おう!
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あの日の当日に彼らが動く事はなく、ハルト達は無事帰宅していったが、それからハルトは用水路の清掃の依頼を受けたようで、あれから毎日清掃作業をしている。
僕はといえば、普段の目立つ銀鎧と純白のマント姿ではなく、市民服に黒灰色のマントで帯剣を隠し、母譲りの銀髪もフードで覆った格好をしていた。
こんな格好では、逆に怪しい者に間違えられそうだが、この街では冒険者も旅人も多く、スラムには闇ギルドもある事から、似たような姿をした者もそれなりにいて目立つ事は無かった。
そして、路地の合間からハルト達を陰ながら護衛している状態だ。
とは言え、僕の目算では、彼らがルウを狙うのは、依頼を終え冒険者組合へ向かう気の弛んだ時か、報酬を受取った帰宅の途中で報酬とルウの両方を奪える、このどちらかのタイミングだろうと考えている。
先に彼らを潰してしまえれば簡単だけど、何も事を起こしていない彼らを害する訳にもいかず、こうやってハルト達を護衛しながら、彼らが事を起こすまで待つしかなかった。
可能なら、ハルト達に気付かれる前に終わらせたいところだが……。
ん? 少し考え事をしていた間に、ハルト達が身支度を終え、冒険者組合へと向かう話しをしていた。
これで彼らも動き出すだろう、僕も動くとしよう。




