5話
ぇと、とりあえず味噌汁から食べるのが一般的なマナー、なのかな?
僕は薄い知識をフル回転させて味噌汁を手に取る。
ズズ
ぁ、音を立てちゃった、なんて心配していたら……
「うまっ!」
そんな心配を吹き飛ばす様な旨味が口の中に広がり、思わず声に出ていた。
「ぇ、なんで?」
「家で作った時はこんなに美味しく無かったのに」
なんて思わず三日坊主短期特訓の時の感想を口に出していた。
「出汁」
「取ってなかったからでしょう」
鈴木くんは味噌汁をすすりながら淡々と僕の質問に答える。
「……出汁」
「そんなに凄いんだ」
先程鈴木くんが手際よく作っていた黄金色の液体。
和食の基本とか言っていたし、こんなにも違うものなのか……と感心する。
次いで鈴木くんが捌いて調理してくれた焼き鮭をつまむ。
箸で触っただけで鮭のふっくら感が伝わって来て、僕はたまらず口の中に放り込む。
「ぉ、美味しいよこれ!」
鮭の身はふっくらジューシーで皮はパリパリ香ばしい。
僕か短期特訓で作っていた焼き鮭とは別次元の料理である。
「あれ?でもなんで?」
「身が何でこんなにジューシーなの?」
「皮もブヨブヨじゃ無い」
思わず僕は声に出す。
「……多分」
「単に焼きすぎなんでしょう」
「フライパンとかを使って皮目から焼かずに身に火を通しすぎるとそうなりますよ」
鈴木くんも焼き鮭を口に入れながら説明してくれる。
三日坊主短期特訓でなんとか腕を上げた気でいたけれど、それを遥かに越える美味しさである。
「だけど……」
僕は皿に盛られた玉子焼きに手をつける。
この玉子焼きは一応僕が作ったものだ。
一応見た目は玉子焼きっぽく仕上がっているので、ここで新部長としての威厳を回復すべく口に放り込む。
モグモグ
モグモグ
「うまい、と言いたい所だけれど……」
「卵の素材の味が……凄い」
思っていたのと違う感じの味に僕は戸惑う。
「そうですね」
「味付けしてませんでしたからね」
鈴木くんがクールに的確なツッコミを入れてくる。
そう、だった。
焼くことに集中し過ぎて、だし巻きたまごなのに出汁を入れてなければ塩すら振っていない。
そりゃあ卵の素材の味が全面に出ているわけだ。
「ってだし巻きたまごのだしって、出汁のだし?」
自分でもだしだし言い過ぎだと自覚するぐらい、だしだし言っている。
「……ですよ?」
「なんだと思ってたんですか?」
鈴木くんは冷静な顔で僕に突っ込んでくる。
「だしかぁ〜」
凄く基本的な事に気付いてアハ体験真っ最中な僕。
コトリ
そんな僕の前に小皿を置いてくれる鈴木くん。
「……これは」
その小皿にはうっすら黄金色の液体が入っている。
「だし?」
僕がそう問いかけると、
「です」
「塩加減とかは調整してありますが」
鈴木くんは端的に返してくれる。
「だし巻きたまごにしたかったみたいなので」
「後付けでいいなら」
と、鈴木くんが僕に優しく語りかける。
確かにだし巻きたまごにしたかった。
なのでこの出汁に漬ければ完全再現とまでは行かずとも、だしとたまごでそれっぽくはなる。
ヒタリ
僕はその鈴木くんの提案に乗り、自分の素たまご焼きを出汁に漬ける。
パクリ
「ぅおぉっ!」
口の中に広がるジューシーな旨味。
最初に口にしたただの焼きたまごとは完全に別物の美味しさが広がる。
「す、凄い」
「あのただの焼きたまごが、だし巻きたまごになってる!」
パクパク!
モグモグ!
出汁の旨味といい塩加減でご飯が進む。
焼き鮭の魚の旨味と油、塩加減もご飯を進ませる。
何故か既成品のお漬物まで何故だか味の深みを増している気がして美味しい。
「凄い!美味しい!」
「凄いね!鈴木くん」
僕は夢中でお昼に朝ご飯を食べ続ける。
「……大した事はしてませんよ」
僕と一緒に黙々と朝ご飯を食べながらそう呟く鈴木くん。
夢中で食べながらも鈴木くんが気になってチラ見すると少々嬉しそうな顔をした気もしたが、すぐにクールな顔に戻る。
「ぷふぁ〜」
「美味しかった〜」
鈴木くんの作ってくれた?朝ご飯を満喫した僕。
「ごちそうさま、鈴木くん」
美味しかった事を伝えたくて満面の笑みで鈴木くんに全力で微笑みかける。
「……どうも」
「っていうか……佐藤先輩、のデモンストレーションじゃなかったんですか?」
少々照れくさそうな顔をしながらも、僕主導の部活体験だったはずの件にツッコミを入れる。
「あ、そうだった」
「でも美味しかったから」
「お礼は伝えたいから!」
そう言って僕は鈴木くんの手を握る。
「!?」
「ぁ、いや」
「本当に大した事してませんよ!」
「まだ所詮見習いですし……」
「偉そうなこと言える立場じゃないです……」
鈴木くんは急に手を握られて照れたのか、席から立ち上がり顔を背けながら叫ぶ。
「いや」
「鈴木くんは凄いよ!」
「僕の作った焼きたまごをだし巻きたまごにしてくれたし」
「魚も捌いてくれた」
「なによりこの味噌汁!」
「毎日飲みたいぐらいだよ!」
僕はこの素晴らしかった料理と素晴らしかった鈴木くんを心の底から褒め称える。
「……ありがとう、ございます」
「っていうか」
「家庭科部のデモンストレーションなら佐藤先輩がこういう料理を見学に来た新入部員に振る舞うべきなのでは?」
「こんなんじゃ、誰もこの部活になんて入りたいなんて思いませんよ」
一瞬照れた様な顔を見せてくれたかと思ったら、すぐさま的確なツッコミを入れて僕に詰めてきた。
「……ぁ、まぁ」
「確かにそうなんだけど……」
「いや、でも入って貰わないと困る!」
「だから是非この部活に入って!鈴木くん」
僕はそう言って立ち上がり、再び鈴木くんの手を握る。
「……」
鈴木くんの方が背が高いから、自動的に上目遣いになりウルウルした瞳でその顔を見つめる。
「……」
「……俺にメリットとか無さそうだから」
一瞬絆されそうになった鈴木くんだが、すぐに鋭いツッコミを入れてくる。
「……なら」
「僕に料理を教えて欲しい!」
ツッコミに対抗する様に僕は勢い余って変な事を口走ってしまう。
「いや、俺まだ見習いだし」
「そんな人に教えれる程の腕前では無いし」
「メリット無いって言ってるのに教えてって」
鈴木くんが言い訳を始める。
マズイ、このままの流れでは入部してくれない流れだ。
「こんな美味しい料理作れるなんて凄いし」
「ほら、教えることでまた新たな気づきがあるって言うし」
僕は精一杯鈴木くんを引き留める。
「確かに、一理あるといえばある……のか?」
少し鈴木くんが食いついてきたので、
「それに……」
追い打ちをかけるように僕がそこまで言うと、
「……それに?」
鈴木くんはさらに食いついた。
「教えて料理の腕前が追い抜かれちゃう事が怖い?」
僕はちょっぴり意地悪な言い方を鈴木くんにする。
「はぁ?」
「そんな訳無いし」
鈴木くんの何かに触れてスイッチが入った感じになった。
「いいですよ、教えてあげます」
「でも、料理の道はそんなに簡単では無いので」
「泣いて逃げ出すなら今のうちですよ」
目が座り不敵な笑みを浮かべる鈴木くんはまくしたてるように喋る。
「……!」
そんな鈴木くんに一瞬気圧されそうになるが、ぐっと堪え、
「望むところです!」
「僕だって負けませんよ」
精一杯背伸びして鈴木くんに言い返す。
そんな僕を見て鈴木くんは少し悩んだ様な顔をしたが、すぐに口を開く。
「……わかりました」
「これから毎日味噌汁を作ってあげます」
「それを見て料理の基礎を覚えて貰いますよ」
背伸びした僕を超えていく位の勢いで鈴木くんはそう返してくる。
「やった〜!」
「鈴木くんの味噌汁が毎日飲める!」
僕は鈴木くんの言葉に飛び上がって喜ぶ。
「いや、それを見て覚えて下さいって」
「言ってるんです」
浮かれた僕を見て鈴木くんがクールにツッコんでくる。
「ぁ、そうだった」
「でもありがとう」
「ようこそ!家庭科部へ」
僕が満面の笑みで鈴木くんに飛びついて抱きしめ、そう叫ぶと、
「ぁ、ちょ」
「まぁ、いいか……」
鈴木くんは急に抱きつかれて驚いて顔が赤くなった様な気がしたが、なんだか微笑んだ様な気がした。




