第8話 悲嘆と邂逅
「どう命乞いしてたのか言ってやれよ! ドム」
必死に溢れ出しそうな黒い感情を抑え込んでいる中、そう焚き付ける仲間らしきヤツが言った。
「おうおう、仲間を魔王に売った勇者様はそれだけじゃなく、地べたに這いつくばって魔王の靴をペロペロと舐めだしやがった時は腹抱えて笑ったぜ~」
「ギャハハッ、マジ最低だな……」
馬鹿みたいな笑い声と共に僕の我慢は限界を超えた。
体格差はあるがその怒りの感情をぶつけるようにドムとかいう男の襟を両手で締め上げながら叫んだ。
「ふざけるな! ヘディンさんが仲間を売ったり魔王に命乞いするとか絶対ありえねぇだろ! それに魔王の靴を舐めるとかなんだよ! もうちょっとマシな嘘もつけねぇのかよ! 大体なんでそれを見る事が出来たんだよ! 取り消して謝罪しろよ! テメェ!」
最初は面食らった表情のドムもすぐに怒気に満ちた顔となり、僕の後ろ髪を掴んで腹に重いひざ蹴りを入れてきた。
「ッ!? グホッ……」
「クソガキが……慟哭の丘は魔族共が有力な冒険者を公開処刑する場だって知らねえのか……」
そう言い放つと掴んだ僕の後ろ髪を更に引き上げ、顔を殴りながら続けた。
「何が証拠だ、俺が見たっつったらそれが証拠だろうがよ!」
そう言い放つとドムは仲間の二人に僕を投げ渡した。
「ソイツを抑えてろ……」
「あ~あ……怒らせちゃったね、ご愁傷さま~」
「オラオラ、まだ気を失うなよ~」
僕の鼻からボタボタと血が垂れているのが分かったが、仲間二人に押さえつけられ血を拭う事も膝をつく事も許されない状態にされた。
周りにいた冒険者たちの悲鳴や煽りなどの雑音も今の僕には殆ど聞こえなくなっていた。
そんな僕にドムは更に殴る蹴るの暴行を加え、仲間二人も途中から僕を床に投げ捨て同じように暴行に加わった。
僕は小さくなる様に頭を抱えながら身を守るしか出来なくなっていた。
「大の大人が何やってるんですか! やめてください!」
そう叫びながら僕への暴行を止めてくれたのはギルド職員の男女三人だった。
男性職員はドム達を制していたが、まだ殴り足りないと言わんばかりに突っかかって来ていた。
その様子を窺いながら女性職員が僕の身体を起こしてくれた。
「あっ……」と小さな声が漏れ、一瞬身を引くような動きをした時に、ドムの仲間の一人が大声で嘲笑してきた。
「だっはははっはっ、見ろよコイツ恐怖でお漏らししてやがるぜ! 情けねーヤツだなーっ! ぎゃははは」
僕も何が何だか分からないままに下を見ると、股の周りがグッショリと濡れていて床には溜りが少し出来ていた。
僕は『まさか!?』と思ったが漏らした感覚などは一切なく、ただ身体中の痛みのみがジンジンと響いていた。
「がっはははっ、なんだテメーはこんな程度で漏らすなんてどんだけ肝っ玉小せぇんだよ……あーもういいや、汚すぎて殴りたくねぇわ」
ドムはそう言い放つと仲間を引き連れ笑いながらギルドを出ていった。
僕は痛みを押し殺して腰に付けている小さなポーションポーチに手をやって取り出そうとした。
『ジャラリ』と小さな音で僕は気がついた。
「だ……大丈夫ですか?」
女性職員が絞り出す様な声で話しかけてきた。
「すみません……大丈夫です……ありがとうございます……あと……濡れてるやつはコレが原因です……」
そう言って僕はポーションポーチを開いて見せた。
中にはポーションを三つ入れていたが、二つの瓶が割れていたようだった。
「あぁ……」
そう言うと女性職員は安堵したかのような声色で身体を起こしてくれた。
女性職員が僕の身体を完全に起こし切る前に、僕は何よりも聞かなきゃいけない事を尋ねた。
「アイツらが言ってた事なんてデタラメですよね? ヘディンさん達が処刑されたとか仲間を売ったとかそんな事あるはずないですよね?」
僕は女性職員の腕を掴んで、まるで僕に同意してくれるように聞いていた。
「そ、その様な報告は現在受けていません。あ、あの人達は朝早くからここに来て、急にあの様な話を周りの方達にしていたので……ですから、お気になさらないで下さい。それに、ヘディンさんはこの街のご出身で本当の彼を知っている人も多いかと……なので悪い噂を信じる人は少ないと思われますよ」
女性職員はそう言い終えると優しく微笑んでくれた。
「ありがとうございます」
僕は女性職員へ感謝を述べ、頭を深く下げた。
そして、申し訳なく感じ、苦笑いを浮かべながら、仮登録でも受け入れてくれそうなパーティの紹介をお願いしようとしていた時だった。
ギルド職員の男性が血相を変えて扉を開けて飛び込んで来た。
「た、ただいまギルド本部より通達書が届きました! な、内容は慟哭の丘にて、希望の勇者ヘディンパーティの公開処刑が確認されたとの事です!」
その一報に辺りは騒然となった。周りにいた冒険者たちも動揺していたのが伝わってきた。
「マジか……」
「さっきのヤツらの言ってた事は本当だったのか……」
「じゃぁ、仲間を売って靴を舐めたってのも本当なの?」
「そんな……」
僕は身体の中からガタガタと震え、強烈な吐き気と拒絶感が僕の身体を支配していった。
そして、助けを求めるかの様に女性職員へと目をやると、俯き加減に青ざめた顔をし、目線を逸らしてポツリと絞り出す様に「ごめんなさい……」とだけ言った。
「う……嘘だ……嫌だ……」
我慢の限界だった。
「あ……だ、だいじょ……」
「違う! 嘘だ! 絶対……あ……嘘だっ! なんであんなヤツが言っていた事が本当なんだよ! ふざけんなっ! 嫌だ嫌だ嫌だっ!」
「お……落ち着……」
僕は女性職員の言葉を遮り、彼女を押し退け泣き叫びながらギルドを飛び出した。
僕は勝手を知らない街を情けないほど大泣きしながら拒絶の言葉を連呼し、右へ左へと思うがままに街を縫い、体力の続く限り街中を走り続けた。
「ハァッ……ハァッ……ヘディンさん……ナヴィ姉さん……ハァッ……バリルさん……エミルさん……どうして……ハァッ……ハァッ……僕も……嫌だよぉ……」
◇
どれだけ泣いてどれだけ走り続けたか、殴られた体中の痛みに体力も切れ、声も出づらくなった頃、人気のなさそうな暗がりの路地が目に入りその場へ吸い込まれるようにフラフラと入っていった。
狭い路地は陰が濃く少しヒンヤリとしており、置いてある木箱を軽く蹴飛ばして奥へ奥へと壁に寄りかかりながら進んで、適当な所でズルズルと崩れ落ち膝を抱えシクシクと泣いた。
「なんで……」
息を切らしながらも身体の痛みを感じ、心の傷の深さの慰めには至らなかった。
しかし、ふと人の視線を感じ恐る恐るそちらを見ると、見た感じ背丈の小さな少女が一人、路地に木箱が置いてある隣の建物、その奥まった部分になっている勝手口へ通じる小さな階段に腰掛けていた。
僕の位置から大体五歩ほどの距離にいた。
それとよく見てみたらその子は目を真っ赤にして頬には涙の跡があり、そして誰かと争ったのか鼻血の跡や腫れ上がった顔、衣服も泥だらけで破れていた。
薄青色の長い髪の子だ。
「な、何見ているのよ……」
「いっ!?」
キツく当たる口調に僕は思わず変な声を出してしまった。疲れと痛みで頭が少しぼんやりしていたこともあったが、声をかけられるとは思っていなかった。
「え……あ……ごめん……」
「……」
少女は何も返してはくれなかった。
僕は少し動揺して、話しかけて気まずくなった空気を誤魔化そうと考えた。
「えー……あの……なんか泥だらけで顔も腫れて怪我してるし……だ、大丈夫なのかなって……」
「それはあなたにも言えるんだけど……」
そうだった、僕自身もこの少女とほぼ変わらない見た目だったのを忘れていた。
「最初なんか息切らしてヤバい奴が来たのかと思ったけど、すぐ泣き出すし見た目も私みたいにボロボロだったからちょっと同情しただけよ……」
「はは……ご、ごめんね……」
受け答えが物凄くしっかりした子だなと感じた。
少女の前ではあまり悲しむ姿を見せたくないと思い、早く帰ってもらおうと考えた。
「こ、こんな所にいるよりお家に帰った方が良いんじゃないのかな? さっき言ったヤバい奴とかだったら危ないし……」
少女は少しムッとした表情になった。
「別にどこで何してようと私の勝手でしょ!」
「いや、お家の人たちが心配するでしょう?」
僕は大人が子供をあやす様に優しくゆっくりと返していた。
そうすると少女は鋭く僕を睨みつけ言った。
「ちょっと! あなた私の歳がいくつだと思ってるの?」
「え!? ……十歳ぐら……ぐへっ!」
言い終える前に少女の近くにあったゴミの小さな木片が飛んできて見事に顔面に命中した。
「失礼ね! 私は十五歳よ、もう大人なんだけど!」
「えぇ~ッ、嘘でし……ばへっ!」
二つ目が顔面に命中した。
どうやら見た目は幼く見える少女だが、僕と同い年だったことには驚いた。
(確かに十五で成人として扱われるが、周りの大人たちにはまだまだ子供のように見られるんだよなぁ……あぁ、でも謝らないと……)
僕は直ぐに手を合わせて、申し訳ない気持ちを言葉と態度で伝えた。
「本当にごめん! まさか僕と同い年だとは思わなかったから……」
こういう時は誠心誠意、謝るようにナヴィ姉さんに教わっていた。
その甲斐もあって子供だと思っていた女の子は許してくれた。
「……まぁいいわよ、ちゃんと謝ってくれるだけあなたは悪気がなかったのは分かったから……他の人はそのまま笑って馬鹿にする時もあるからね……あと、物を投げつけてごめんなさい……」
女の子は小さな声で謝罪してくれたが、こんな時はどうやって返せばいいのか分からなくなって困っていると女の子が質問をしてきた。
「あなたはどうしてそんなボロボロで泣いていたの?」
さっきまで女の子とのやり取りで辛い出来事から逃れることができていたが、また嫌な現実を思い出し身体の痛みと心の痛みで泣きそうになった。
「……その……僕が憧れて大切にしている人達を悪く言う連中がいて……そいつらにやめるよう強く言ったらこっちが一方的に……それから……悪い……ご、ごめん……」
途中から涙が溢れてうまく伝える事が出来なくなった。
「ごめんなさい……なんだか辛い事聞いちゃって……無理に言わなくても良いから……」
今まで女の子はキツめな口調で話をしていたが、初めて優しい口調で話してくれた。
暫く沈黙が続き僕の気持ちが落ち着きを取り戻した頃、教会の夕刻の鐘が四回鳴り響く音が聞こえた。
薄暗い路地に傾きかけた陽が差し込んできていた。
「いてて……」
僕は身体の痛みに耐えながら壁を使い立ち上がった。
「だ、大丈夫なの? もう少し休んだ方がいいよ?」
女の子は心配そうに僕を見ていた。この子だって同じ様な状態だろうにすごく良い子だなと思った。
僕はゆっくりと女の子のいる方に歩いて行くと、日差しでズボンが濡れているのが分かるようになっていた。
それを見た彼女は少し顔を赤くして目を逸らし「見てないから……」と言った。
それを聞いた時に僕は思わず吹き出してしまい大声で笑ってしまった。
女の子は僕の笑いに目を丸くし固まっていた。
「ははは……ごめんね、この濡れているのってやっぱ漏らしたかと思っちゃうよね……ふふふ」
「え~……う、うん……」
女の子は明らかに困惑した表情を浮かべた。
そこで僕はポーションポーチを見せながら説明をした。
「僕に暴行してきた連中に腹を蹴られた時に、ポーションが割れてこうなったんだよ……ギルドの女性職員さんも同じような反応をしてたよ」
「あはっ、なーんだ、よかった。……そいつら最低よね」
女の子は安堵の表情で答えてくれたので、僕は一つ残っていたポーションを手渡した。
「あっ、えぇ!? ……でも、これあなたのポーションだし、自分で使った方がいいよ、安くないんだし……」
僕は首を振り、女の子が返そうとするポーションを軽く制した。
「いいよ、君と話していて凄く気が紛れて辛い気持ちが和らいだんだよ……それに……」
「それに?」
「うん、それに『怪我をして一人でいる女の子には優しくしてポーションをあげなさい』って僕の教育係のお姉さんからキツく言われてきたんで……えへへ……なんか少し恥ずかしいな……やっぱ……」
「ウフフ……何それ今の私そのままじゃない……フフフ……じゃぁ、ありがたくいただくわね」
女の子が嬉しそうに笑ってくれて僕の心は軽くなった。
だってナヴィ姉さんに教わった通りの対応でこの子は喜んでくれたから……。
「それじゃ、僕は宿に戻るよ、お邪魔しました。色々ありがとう……」
そう言って僕はその場を離れようとした。すると女の子がポーションで傷を癒し終え、僕を引き止めた。
「待って、待ってポーション貰ってこのまま別れちゃうのは気が引けるよ……」
「え、別に気にしなくてもいいけど……」
「駄目よ、何かお返ししないと……う~ん、あなたこの街初めて?」
「うん、今日来たばかり」
「それじゃこの街のこと教えてあげるわよ、陽も傾いてきたし美味しいご飯のお店とかどうかしら?」
そういえば美味しいご飯のお店を僕は誰からも聞いてなかった。
「うん、それじゃお願いするよ……えーと、僕はスヴィル・エルダーグ。よろしく……」
そう言って僕は手を差し出した。
そして女の子も手を差し出しながら言った。
「あ、うん、私はナヴァリア……ナヴァリア・ノーザント……よろしくね」
「え……!?」
女の子の思いもよらぬ言葉に身体中に衝撃が走った。
狭い路地に差し込んだ夕陽に映し出された優しく微笑むその姿は、僕の教育係であったナヴィ姉さん……ナヴィアナ・ノーザントの微笑みとそっくりだった。
鐘の音の回数を変更しました。




