第6話 袂を分つ日
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ここのところ、魔物や魔族の襲撃頻度が高くなり、僕の戦力としては完全に足手まといになっているかもしれない……。
だからと言って、ここでヘディンさん達との旅を諦めるわけにはいかない……。
そう言い聞かせるように自らを鼓舞し、辺りを警戒しながら力強く前へ前へと歩を進めていた。
「スヴィル、あまり前へと出過ぎるな」
ヘディンさんがよく通る軽快な声で僕へ注意を促してきた。
「は、はい。気をつけます……ところで今向かっている場所には何があるんですか?」
「あ~ん? オマエはこの間の会議、何も聞いてなかったのかよ!」
大きな声と少し威圧的な口調で返事をしてきたのは、丸刈り頭と重戦士として恵まれた体格が特徴のバリルさんだった。
バリルさんは怪力自慢の兄貴分という感じで、口下手、無茶振り、ゴリ押しの所謂『脳筋』と言われ愛されている。
パーティの中では一番背が高く、その大きな体を活かし巨大な戦斧を操り、大きな盾を腕に装備している。
バリルさんは僕の剣の師でもある戦闘の達人だ。
ギルドとメダルの色は重い武器や盾を使いこなす重戦士の灰色だ。
「え……い、いや、その、この間の会議は……」
バリルさんの迫力に押されオドオドとした返答になってしまった。
「バリルゥ……声がうるさい、スヴィルを脅すような話し方しないでよ」
横から不機嫌な顔でバリルさんに噛み付いたのは、僕の教育係としてお世話をしてもらってるナヴィアナ姉さんだ。
ナヴィ姉さんも女性としてある意味恵まれた身体の持ち主であり、肩につく長さの黒紫色の髪が特徴だ。
胸元にある紫水晶が埋め込まれた月のペンダントと赤いメダルを、チャリチャリと擦り揺らしながらよく話をするが、正直言ってたまに目のやり場に困ることがあるのは内緒だ。
ナヴィ姉さんのギルドのメダルの色は生命系魔法が基本の赤である。当人は大魔法使いと名乗っている。
ヘディンさんとナヴィ姉さんは幼馴染で恋人同士でもあるようで、僕はこの二人からは特に可愛がられている。
「そういやぁ、ナヴィアナ……会議の時、スヴィルに何かヒソヒソと話してやがったな! オマエが原因じゃねぇーか!」
「あのねぇ……会議の内容なんて私たちが分かっていればいいでしょ。スヴィルに全て理解させる事はまだいいのよ」
「はぁ~そんな事だからスヴィルは少しオツムが弱いんじゃねぇのか……」
「はぁ!? 何訳わかんない事言ってんのよ! アンタみたいに作戦無視で特攻して、筋肉任せで暴れ回る脳筋に私のスヴィルをとやかく言う資格なんてないわよ!」
「いやいやいやいや、チマチマした作戦なんかより、俺が蹴散らした方が早いからだなぁ……」
この二人は相性が悪いのか知らないが、いつもこんな感じで言い合いをしている。
それを見るヘディンさんは困った表情を見せながらもどこか楽しげだ。
「ごめん、エミル頼めるかな?」
頃合いを見てヘディンさんが神官のエミルさんにお願いをした。
エミルさんは短い金髪で背の高い神官である。元は騎士として前線で活躍していたほどの腕前を持つ人だったらしい。
彼は元騎士で気品よく優しい語り口の頼りになるお兄さんの様な人物だ。
男の僕から見ても美しい人と見惚れるほどの端正な顔立ちをしている。
エミルさんが神官になったのは、騎士として遠征中にとある廃村の朽ち果てかけた教会で女神ルカナファを目撃し、自らの生きる道を悟ったらしいのだ。
そして、騎士を辞めて神官となるべく努力に励み、遂には目標を成し遂げた。
ギルドのメダルの色は精霊系魔法を基本とする青だ。
そう言われたエミルさんは優しく微笑むと上品で優しい口調で二人を窘めた。
「ナヴィアナ、バリル、そろそろおよしなさい。お二人が言い争う姿をスヴィルに見せ続ける事はよくありませんよ」
エミルさんに諭される様に言われた二人は、僕の方を見ると気まずくなったのか大人しくなった。
僕はどうしていいか分からず顔が強張ったままになっていたのだ。
「この先に洞窟があってね、その奥に湧く泉の水を飲むと基礎魔力が大きく上がるみたいなんだよ」
僕の肩をポンと叩きながらヘディンさんは軽く説明をしてくれた。
「それじゃあ、その泉の水を飲めばヘディンさんが習得を目指している勇者の固有魔法が使えるかもしれないんですね!」
僕は勝手に話を膨らませ、目を輝かせて尋ねた。
「いや、そんな簡単じゃないと思うけど、基礎魔力を上げておくことはこれからの旅の手助けにもなるし、スヴィルの為でもあるからね」
未だに使える魔法が限定的で、ヘディンさん達の役に立っていないと感じている僕にとって、かなりテンションの上がる言葉だった。
「基礎魔力が上がったら攻撃魔法を絶対使えるようになります!」
僕は願望と決意が一緒になったセリフを鼻息荒く吐いていた。
「はは……そんなに気張らなくてもいいから……」
ヘディンさんは苦笑しながらも優しく答えてくれた。
僕の命の恩人であるヘディンさんへの恩と強い憧れだけで旅を許してくれ、世間知らずで無教養な自分に一から物事を教えてくれた人達。
彼等に少しでも役に立って、魔王討伐の助けになりたいと更に決意を固くしたのだ。
そんなことを考えながら、ヘディンさん達より少しだけ先行するように辺りを警戒しながら進んでいると、ヘディンさん達が僕に聞こえないように小さな声で何か話していた。
「ちょっと、ヘディン……あんまり変な期待を持たせちゃダメよ」
「ナヴィ、言い方悪かったかな?」
「その時が来るまでは、って言ったじゃない……」
「でも、もうすぐなんだろ? いいんじゃね?」
「バリル……ちょっと黙ってて……」
「え~っ、厳しすぎね? 俺に……」
会話の内容が全部聞こえてしまっている事に罪悪感を覚え、僕はこの先に何かないかと足早に歩みを進めた。
すると藪の隙間から小さなスライムが一匹いることに気がついた。
(これなら僕一人でも楽に倒せるな)そう思うとスッと剣を抜き声をかけた。
「ヘディンさん! スライムがいます! 僕が片付けますね」
そう意気込んで駆け出した。
「ヘディン! あのスライムおかしい! スヴィル、待ちなさい!」
「スヴィル待て! 止まれ!」
ナヴィ姉さんとヘディンさんの焦り混じりの声に「え!?」と振り返ってスライムへ駆けよるのをやめた。
しかし、その時には腹に重い衝撃と激しく鈍い痛みに支配され始め、スライムがいる方へ視線を戻した。
二、三歩前の土中から触手の様なものが伸び、僕のお腹を貫いていた。スライムは体の半分以上を土に潜り込ませるように潜伏させ、大きさを擬態していたのだった。そして、攻撃範囲に入った僕に対して身体を尖らせて一気にお腹を貫いていた。
「ぐ……っかはっ……」
僕はその場で血を吐き膝から崩れ落ちた。
「ぬおぉぉぉりゃぁぁぁっ!」
バリルさんが僕の横を駆け抜け、スライムの核があると思われる土中深くまでその巨大で重い戦斧を叩き込んだ。バリルさんの攻撃を受けたスライムはすぐに塵となって消え失せた。
ヘディンさん達はエルフの隠れ郷に行き、そこで勇者として修行を一年以上かけて受け、女神の魔法の一つ、根源探知眼の魔法を授かったと聞いた。その魔法を使えば魔族達の核である魔晶石の位置が身体のどこにあるのかすぐ分かる魔法だという。
その魔法で魔晶石を直接攻撃して破壊できれば、力が及ばない魔族に対しても即死させる事ができる強力な補助魔法だ。
ヘディンさんとナヴィ姉さんは不自然なスライムの弱点の位置によって危険を察知し、バリルさんの一撃が相手の弱点を捉え葬り去る事ができたのだ。
しかしながら、僕はヘディンさんへ意見を確認する前に、むざむざと敵の罠に飛び込むという失敗を犯してしまった。
「エミル! お願い!」
ナヴィ姉さんの懇願にも似た掛け声と共に、エミルさんは倒れている僕に駆けよりポーションをいくつか腹の傷口にかけ、治癒魔法での回復も行っていた。
「スヴィル! しっかりして下さい!」
普段は温和な話し声のエミルさんが焦りを隠さず語りかけてくる。僕自身も重傷を負い、痛みで意識も次第に混濁してきていた。
「す……すみ……ません……ぼ、僕は……」
「声を出さないで下さい! スヴィル、必ず助けますから!」
呼吸もままならない状況で、エミルさんの袖を掴んで必死に謝罪しようと試みたが、それをエミルさんに止められ大人しく従った。
「コイツはいい、思いがけない収穫になりそうだぜ!」
僕が負った傷に嬉々として反応した奴らがいた……魔族だ。
ヘディンさん達が僕を囲む様にして多くの魔族達と対峙していた。その数は正確には分からないが、百以上はいそうな数だ。
「ヘディン! コイツらさっきまで根源探知眼に反応無かったわよ!」
「あぁ、僕にも無かった……闇魔法か……」
魔族のリーダーらしき輩が姿を現しケラケラと笑っていた。
身体は細く手脚が長く両手の人差し指の爪が鉤爪のように長く鋭く伸びている。
更に、頭は細長く後頭部が後ろへ伸び垂れ下がり、目は大きく眼球が出っ張り黒く染まりきっていた。
身体は血の気を感じない土色のようで、所々に黒い斑点のようなものが見えた。
「ケハッヒャハッハッ……思っていた形とは違ったが上出来だこりゃぁ。俺はグゥバフだぁ……俺の闇魔法である闇潜伏魔法……あらゆる痕跡を闇の中に潜ませ気配も消せる魔法だ。ヒッヒッヒ、まぁ囮のスライムだけで希望の勇者様から勝ち目を得るとは思ってなかったがな」
「何を言ってやがる!?」
バリルさんがイラついた口調で応じた。
「スライムを仕留めようと戦っている隙に後ろから奇襲をかける作戦だったんだが……まさか早々にスライムの罠に気づかれるとは思わなかったぜぇ。だが……マヌケなガキのお陰で思いがけない好機を得たぜぇ。希望の勇者ヘディン、簡単な話だぁ……そのガキを助けるため三人だけで応戦するか、そいつを諦めて四人で全てを退ける可能性に賭けるかだぁ……好きな方を選びな……クククッ……」
「コイツ……」
ヘディンさんは珍しく隠しきれない怒りの表情で相手を鋭く睨みつけた。
「おぅおぅ、分かってんじゃねえか……そうだ、お前達の選択肢にゃそのガキを見捨てるなんてありゃしねぇ! 俺らの総攻撃に三人でどこまで耐えられるか程度の話にしかならねぇんだよ!」
魔族の特徴の一つに勝ちを確信すると相手をなぶり殺しにして悦に浸るというものがある。今まさにグゥバフが勝ちを確信して、気持ちの高鳴りから饒舌になっているのだろう。
「ヘディ~ン、俺たちはそのガキを狙うぜぇ……四方八方からそのガキに襲いかかる。テメェらはそれを必死に守るんだ……三人でなぁ。あ~でもよぉ、無理ならそのガキを諦めて四人で応戦してくれても俺たちは誰も責めはしないぜ? 四人なら助かる可能性はありそうだからなぁ……ヒャッハッハッ……もうすぐ魔王様もだしな……クックク……」
「ついに! 希望の勇者ヘディンを堕とす時が来たぁっ! 総員でかかれっ!」
グゥバフの合図で低く唸る声と高く響く奇声が入り混じり、不気味さだけが増した鬨の声が辺り一面に轟いた。
僕は自身の犯した大きな失敗のせいでヘディンさん達を死なせてしまうかもしれない。
その恐怖と悔しさで頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも、心がスッと穏やかになっていった。
「ヘディンさん……お願いです……僕を……見捨ててください……そ、そして魔王を……」
魔物の群れが押し寄せる圧を感じながらも、そこまで話すと僕の意識は次第に薄らいでいき、辺りから微かに聞こえる声だけが記憶に残っていた。
「エミル! スヴィルは!」
「ま、まだです! もう……しだ……」
「……リル……ヘディ……願い…………よく……くも! よく…………」
「……かせ……」
◇
どれほど時間がたったのだろうか……。
僕が気がついた時はバリルさんにおぶられていた。激しい戦闘の後だったのだろう、皆の装備や顔は汚れ、疲れを隠しきれない様子で、黙々と元来た道を足早に引き返していた。
「……気がついたか、スヴィル……」
バリルさんが静かに語りかけてきたと同時に、ヘディンさんたちはパッと顔を僕に向けるとすぐに顔を前に向け更に足早に歩き出した。
「ご、ごめんなさい……僕……」
「いいから、黙ってそのままでいろ……」
僕は謝罪しながらバリルさんの背中を降りようとすると、バリルさんは脚を強く締め付け降ろさないようにした。
何だか凄く重たい空気が辺りを包み、みんな何も語らず黙々と歩いている。
「エ、エミルさん傷を治してくれたんですよね? ありがとうございます……」
「……」
エミルさんは小さく頷くだけで視線も合わせず、何も答えてくれなかった。
「ナヴィ姉さん、あ、……あの……」
「……何よ……」
今まで見た事がないナヴィ姉さんの冷たい視線ときつい口調に気後れした。
このままでは自分の心が持たないと感じ、モゴモゴと何か話そうとした。
「スヴィル……もう黙って……」
ヘディンさんからの冷たく興味がないというような駄目押しに、僕の心は完全に折れてしまった。
ただ皆が足早に歩き続ける音と異様なまでに重苦しい空気に、僕はバリルさんの背中で鼻をすすり、泣き声を堪えるだけの存在となってしまった。
僕はここからまた皆と信頼関係が築けるのか、食事をして冒険して、また一緒に笑ってくれるようになるのか、強い不安に駆り立てられていたのだ。
そして、日が暮れる頃にはピムホーの町の宿屋に着いた。
そこで僕は夜遅くにヘディンさんの部屋に来るように言われた。
◇◇◇




