第5話 スヴィルへの憂慮
僕らは暗くなる前に、何とか野営地に辿り着き、テントを張って食事をした。
そこには目印であるかの様な大きな岩があり、見晴らしの良い平地だった。
大きな岩は中が広い空洞になっており、天井は奥側が低く、入り口は三か所あった。
僕らは大きな岩の空洞を利用して各々がテントを張った。
そして、大きな岩の上から辺りを眺めれば、敵の接近に容易に気づくことができそうだった。
トルゴスさんとロジーさんが、食事の時に僕の話し相手になってくれた。
「スヴィルくんは魔晶石を手に入れたのかな?」
「はい、二つだけですけど……これ……ギルドで換金してもらえるんですよね?」
僕はそう言って魔晶石を二つ取り出して見せた。
「……あの……ごめんなさい、スヴィルさん……換金できません……」
ロジーさんが申し訳なさそうに言った。
「えっ!? 何故なんですか? 換金してくれると聞いていたんですが……」
「魔晶石の換金を受け付けているのは、あくまで正規の冒険者登録をされた方のみです……スヴィルさんは仮登録なので……」
「あ……」
魔晶石の換金には正規の冒険者登録が必要だという事実を、僕は今初めて知ったのだった。
今まではヘディンさん達が換金に行き、帰ってくるのを待っていただけなのだ。
手にしている魔晶石をどうしようかと考えていると、トルゴスさんが提案をしてくれた。
「スヴィルくん、それだったら私が買い取ってあげようか? まぁ、値段は考えさせてもらうけどね……」
「えっ……いいんですか? 是非お願いします!」
「ギ、ギルドの職員としては非正規の取引は容認できないんですけど……」
ロジーさんが申し訳なさそうに諌めてきた。
トルゴスさんはそんなロジーさんの肩に腕を回し、小さな声で囁くように言った。
「ロジーさん……そこは承知していますが、スヴィルくんはパーティを追い出され手持ちも少なく路頭に迷いかねない、ここは大人として彼を支援するという意味でも大目に見ていただけませんかねぇ……」
「う……う~ん……し、しかし……」
ロジーさんは少しばかり考えた後、取引はしない様に注意をしてきた。
「はぁ……僕は立場上、非正規の取引を容認することはできません……ですから僕の前で取引はしないようお願いします……」
「……あぁ、すまない、気を遣わせてしまって……」
トルゴスさんは頭を少し下げて謝罪をしたのにあわせて、僕も慌てて「ごめんなさい」と頭を下げた。
ロジーさんは少しだけ微笑むとテントの中に入って行った。
ロジーさんがテントに入るとトルゴスさんは、僕の持っている魔晶石を見せるよう催促する仕草を送ってきた。
僕は何なのかと思いながら、トルゴスさんに魔晶石を手渡すと、それらを焚き火の灯りで眺めるように確認していた。
「……これを……」
トルゴスさんは僕の手に何かを渡してきた。
手の中を確認すると、1ミリス銀貨があった。思わず声が出そうになった僕をトルゴスさんが手で遮った。
「まぁ、そんな所かな……」
「で、でもこれは……」
小さな声で話すトルゴスさんに、僕も合わせて小さく返していた。
「ロジーさんは自分がいる前で、取引はやめてくれってことを言っていたのだよ……額はまぁ、元先輩からの応援も込めてって所かな……」
「……ギルドの買取額よりか値段を落とすはずなのに……ギルド本来の額って幾らだったんですか?」
「ん? ……一つ50コリスほどかな……」
「……」
「ロジーさんには立場上ってものがあるからね、大っぴらに特別扱いは難しいかと思うよ……」
黙りこんでしまった僕にトルゴスさんが優しく語りかけてくれた。
それで僕は『あぁ、そうか』と胸のつっかえが取れたのだ。
苦手な人だと思っていたロジーさん、僕をよく心配してくれるトルゴスさん、この二人の優しさと厳しさは苦労を経験とし、お互いを守る知恵と経験の浅い僕への最大の配慮だったのだ。
僕の手の中にある1ミリス銀貨は、銅貨で数えれば120コリス相当のものだ。
僕は胸が熱くなり顔を伏せ「……ありがとうございます……」と涙声で感謝を述べた。
「それじゃ、ワシもそろそろ寝る支度でもするかね……」
そう言うとトルゴスさんは、ヨッコラショと立ち上がりテントへ入っていった。
相変わらず多感な性格のおかげで、喜びや悲しみなどを強く感じてしまうとすぐに涙もろくなってしまう。
よくナヴィ姉さんやバリルさんに弄られていたのを思い出してしまった。
◇
しばらくすると、カリスさん達がやって来て夜間の見張りの手伝いを頼んできた。
「スヴィル、どうだ? 悪い話じゃないと思うが……」
「カリスの言う通り、見張り役が増えれば負担が減るし、スヴィルの腕前なら信用出来そうだからな」
デルドリオさんに続いてレイネさん、サルヒダクさんも続く。
「スヴィルくんも一緒に見てくれるなら、危険な環境でもうまく乗り切れると思います!」
「俺たち皆賛成だからよ、気張らず楽に受けてくれたら助かるよ」
カリスさん達が言うには夜間の見張りに一日につき8コリス、魔物に遭遇した場合には50コリス、それをルードスロアに着くまでの十七日間、野営十五回ほどの依頼だ。
「本当にいいんですか? 物凄く助かります」
「あぁ、お前まだ冒険者登録できてないんだろ? このままルードスロアに着いても金に困るかもしれねーしな……」
カリスさんにまで仮登録の話が及んでいる事に驚いた。
「ロジーが言ってたからな……俺らがしてやれることはこのぐらいだが……」
「……。あ、ありがとうございます……」
カリスさん達の言葉に、また涙腺が緩みそうになったが、サルヒダクさんとレイネさんの言葉で高ぶった感情は、少し冷めることになった。
「正規登録できるお金が貯まったら、すぐ適性受けろよってことよ」
「ロジーさん、仮登録なんて危険だーって、なんか必死でした」
レイネさんが何故か楽しそうに話していた。
ギルドへの正規登録は、ロジーさんの考えで最善策であるということが伝わった。
が、正直ギルドへの正規登録は悩む。自身の適性が分かることと、サポート面での補助はありがたい……しかし、ヘディンさん達への心証は良くないことが、僕自身小さな疑念を持つこととなった。
ヘディンさん達は僕の命の恩人であり、旅に連れ出してこの世界と生き残る術を教えてくれた人達だ。この木で作られたメダルは、そんな大切な彼らとの繋がりの絆でもある。
正規登録をすることによって、このメダルを返還しなければならないということに、少なからず抵抗感を拭えなかった。
ヘディンさんへ適性判別の進言をした時には、彼らの側にいることだけを考えてなりふり構っていられなかったというのもある。
とりあえず、ルードスロアに着いたらどうしようかと、その日から見張り番の時には考えを巡らせる事になった。
◇
それから、僕らはレンテ村を経由し、アニリスの街まで何事も起こることなく辿り着いた。
アニリスの街ではロジーさんとトルゴスさんとも別れることになった。
ロジーさんには正規登録を目指すように強く勧められ、トルゴスさんは旅の無事を心から祈ってくれた。
お二人に感謝を述べると、それぞれの想いと心遣いに触れて改めて『もっとしっかりしないといけない』と奮い立つことができた。
◇◇◇
「スヴィル、お疲れさん」
ルードスロアへ最後の出立の朝、後ろからカリスさんが話しかけてきた。
今までの見張り番の報酬が入った小袋を手に、僕の肩を軽く叩きながら手渡してくれた。
「まぁ、お前との短い旅も今日で最後だが……どうだ? 助けにはなったか……?」
「はい、お金もですけどヘディンさん達のパーティと考え方の違いや共通点で、凄く勉強になりました! ありがとうございました」
「世間やウチらの中にも彼等の事を良く思っていない者もいるけれども、俺は良い師匠さんなんだなとは感じてるよ」
「はい!」
「あ、あと報酬は銅貨での支払いで嵩張るが勘弁してくれ」
「いえ、全然問題ないです。ありがとうございます」
僕は笑顔で返事をした。この旅ではカリスさんにはずっとお世話になりっぱなしだった。
何かお礼になるようなものを考えていると、カリスさんは心中を察したかのように言った。
「礼とかなら何も考えなくてもいいぞ、俺たちも負担と安全面で助けられた身だからな……おあいこだ」
「そう言っていただけるとありがたいです。ありがとうございました!」
そう言っている間にもカリスさんは、手をパタパタと振りながら言った。
「別にいいよ、そういう礼儀正しさもヘディンの教えなのかな? それだけで人柄が窺えるよ……ハハハ」
カリスさんのカラカラと良く通る笑い声と共に僕も笑ってしまった。
「そんじゃスヴィル、あとは馬車の中で到着を待てばいいさ……じゃぁな」
カリスさんの去っていく後ろ姿に僕は、改めて深くお辞儀をして感謝の念を表した。
これから先の客は僕一人と依頼された積荷だけなので、気持ちの面で楽な旅になるだろう。
それから暫くしてルードスロアへ向かう馬車の中で僕はうつらうつらと眠気に誘われ、あの日の出来事を思い出すかのような夢を見ていた。




