第39話 鬼哭啾々
次回更新は10月18日(日)の予定です。
◆◆◆
ヘディンたちは村長をはじめ村の人全員に謝罪をした。
村の人たちは魔族を招いた者でありながら村を助けてくれた者でもあるヘディンに対して、どういう感情を持てばいいか困惑しているようだった。
ヘディンたちは村をすぐにでも去ることを告げ、村を後にしようとするとエミルさんが呼び止めた。
「ヘディンさん、少しお待ちください。……村長、私は彼らを『伝承』に基づいて導くべきだと強く思います」
エミルさんの言葉にアタシを含め村の人たちは皆、驚きの声を上げていた。
村長はエミルさんに歩み寄り静かに聞いた。
「しかし、エミルさん……魔族たちが再びこの村を襲うかもしれませぬが?」
村長の問いにエミルさんはゆっくりと頷くと、ヘディンたちに視線をやってから村長に返した。
「彼らがこの村に呼び寄せたかはわかりませんが、彼らの話を聞く限り魔族は勇者を確実に追っていたようです。ですが、おそらくヘディンさんが廃村に訪れた辺りで見失い、探し回る内にこの村の存在を知り、勇者を探し出すため襲撃したのだと思われます」
エミルさんの話に、アタシも気がついた事と魔族が言っていたことを付け加えた。
「アタシもエミルさんの言っていることは正しいと思います。あと、広場で戦っていた人は聞いていたと思うんだけど、魔族が『生命感知魔法で村の人間の位置は全てわかっている』と叫んでいたのを覚えてない? それとヘディンを見て『なぜオレの生命感知魔法に反応してねーんだ⁉︎』と言っていたことも……これって目視で確認するまで気付かないってことよね? 村の人は目に見えない範囲までわかってて、すぐ近くにいたヘディンたちには気付かないって変だなって……」
アタシの話を聞いてエミルさんは「あれはそういう意味なのか」とつぶやき考えた。
魔族の最初の台詞の時は、エミルさんがまだ来ていなかったので知らなかったのだ。
ヘディンたちや村長と村のみんなもエミルさんに注目し、次の言葉を固唾を呑んで待った。
「ヘックチッッ!」
ナヴィがくしゃみをして恥ずかしそうに謝った。
「ご、ごめんなさい……なんか冷えてきて……それにまだ浴びた聖水が乾ききってないのよね……」
気がつけば日が落ち始め、風も冷たくなり始めていた。
アタシはナヴィを気遣い風の当たらない場所へ連れて行った。
「ありがとね、リッピ」
優しく微笑みながら礼を言うナヴィはとても可愛らしい女の子だった。
(ナヴィがあの時来てくれなかったらアタシは……)
アタシを助けてくれた強くてカッコいい姿を思い出し、今、目の前の可愛い姿のナヴィに(アタシじゃ敵わないな)と少し惨めな気持ちになっていた。
「村長、恐らくヘディンさんが原因とした魔族の襲撃は、もう起こらないと思います」
エミルさんはまとまった考えを村長に告げると、一瞬和んだ雰囲気が再び引き締まった。
「どうかお聞かせください」
「承知しました」
この場にいる全員がエミルさんの言葉に耳を傾けた。
「ヘディンさんたちは最初の魔族の追手を討伐して廃村に逃げてきました。しかし、新たな追手の存在を知らず、関係のない者を巻き込まないよう、休息を求めて廃村へと訪れたのです。そこでアクシデントが起こりました」
「アクシデントですか……?」
村長の合いの手が入る。
「えぇ、リッピが聖水を浴びせたのです」
「リッ……」
「どぅえぇぇっ⁉︎ 今ここでアタシ責められんのぉ⁉︎」
村長が何か言おうとしたが、エミルさんからの思わぬ台詞でアタシは大きな声を出してしまった。
「落ち着きなさい、リッピ。話は終わっていません」
エミルさんは目元を押さえアタシに注意をした。
「よろしいですか? 『聖水は魔族の穢れを祓う』と私は騎士団で教わりました。ただ漠然と理解していたその穢れは、魔族の闇魔法を指していたのだと今は思います」
アタシがエミルさんの手伝いでやっていた聖水の拭き祓いは、ただの掃除じゃなかったのだと思い返した。
「そして、廃村での事故によって彼らは聖水を浴びた事により、闇魔法の効果を打ち祓っていたと思われます。現に今でも衣服が乾き切らず、ヘディンたちを目にするまでその存在を確認できなかった事がそう思わせます」
「では僕が勇者として判定されたことを知ったのも闇魔法なのでしょうか?」
ヘディンがエミルさんに尋ねた。
「それはどうでしょう……あくまで廃村に来てからの話なのでわかりかねます。何かあるのですか?」
エミルさんの問いにヘディンは胸の白いメダルを強く握りしめて話した。
「僕は幼い頃から十五歳になるまでの間に、少なくとも二人の勇者判定を受けた人物と会い話しています。その二人は……判定を受けたあと、ギルドからの依頼中に命を落としたと聞いています……それは僕も含めて勇者判定を受けたという事実が魔族に知られているんじゃないかって思えて仕方ないんです!」
周囲がざわめき出してエミルさんが顎に手をやり考えると、村長が前に出て皆に叫んだ。
「今夜、『伝承』を知る者はワシの家へ集まるように! 他の者は魔族の襲来の警戒を!」
「村長……」
エミルさんは村長に聞いた。
「もう、すっかり日も暮れてしまった。『伝承』を知る者だけで話し合い、他の者には一応、魔族の警戒をしてもらっておいた方がいいかとね……」
「承知しました」
ヘディンさんが村長とエミルさんに尋ねた。
「あの……僕たちは……」
「エミルさんの言ったとおり、魔族は来んだろうに……心配せんでえぇ」
村長は笑顔を見せながら話し、自身の家へ案内した。
◆
村長の家に『伝承』を知る者として村長、アタシ、エミルさん、クローさん、ダニールさん、デッホ、モーリス、ヘディン、ナヴィ、バリルさんの十人が集まった。
綺麗に片付けられた部屋をランプが煌々と照らす中、小さな椅子を向かい合わせで並べて腰掛けた。
最初に村長が口を開いた。
「ワシもエミルさんの考えに賛同し、ヘディンくんを言い伝え通りにしようと思う……他の者たちはどう思うか聞かせてくれないか?」
アタシは『伝承』通りにヘディンを彼の地へ導くことについて、どうしたらいいかわからなくなった。
アタシ以外は皆、賛成の意を示していた。
「では、俺が導き役を担いましょうか?」
クローさんが手を挙げて進言した。
アタシはクローさんが行ってくれるならと、心が一気に晴れた気分になった。
「そ、そうよ。クローさんなら安心して任せられるわ。ねぇ、みんな!」
同意を求めようと皆に大きな声で問いかけた。
(エミルさんじゃなければ誰でもいい)アタシはそんないい加減な考えで、『勇者』や『伝承』の中身を軽んじていた。
「いえ、村長。導きの役目は私が行いたいと思います」
「それはダメ! 絶対!」
エミルさんが村長に言うとすぐに、アタシは勢いよく椅子を後ろに蹴り倒すように立ち上がり、全力で拒絶した。
一番起きてほしくない展開だった。
「なんでエミルさんが? 別にクローさんでも十分に役目を果たせるでしょう? アタシは絶対に嫌だからね!」
「リッピ、お前また……」
「まあ、エミルさんが絡むといつもこれだよな……」
村長はまたかと呆れ、モーリスの言葉には皆が苦笑しながら頷いていた。
エミルさんはアタシが弾き飛ばした椅子を拾い上げて、優しくアタシに落ち着いて腰掛けるように勧め諭してくれた。
「リッピ、あなたの気持ちは大変嬉しく思います。ですが、あなたの気持ちに応えてあげる事は出来ません。それは何よりもあなた自身、気付いているのでしょう?」
「は……はい、ア……アタシは……それでも……ただ一緒に……いたい……」
優しく諭すエミルさんの言葉の裏に強い決意を感じていた。
アタシの言葉は最後まで続かず、恋心が涙と一緒に溶けだしてアタシの中から消えていくようだった。
エミルさんはそっとアタシを抱きしめて話した。
「リッピ、あなたは賢い子です。私の感じている使命も知っているから引き留めてくれるのでしょう。感謝します」
アタシはただ俯き声を殺して泣くだけだった。
「すまないが、そろそろ『伝承』とやらを教えてくれないか?」
バリルさんが場の沈黙を破り村長に質問をした。
「ちょっと! もう少し気を遣いなさいよ……今、イッチバ〜ン繊細なところよ……」
「あぁ、そうか……すまん」
ナヴィがバリルさんにキツく当たると、バリルさんは頭を掻きながら謝罪した。
「いや、確かにヘディンくんには説明しなきゃいかんな。『この地に暮らすものよ 神鳥を 彼の地へと導け』これがワシら村に伝わる伝承だよ」
「この地はわかるけど、神鳥って? 彼の地って?」
ナヴィが村長の言葉に質問を投げる。
「村長、もったいぶらず最初からこう言えばいいんじゃね? 『ゾルアフス村の選ばれし者よ 勇者をエルフの隠れ郷に導け』とね」
クローさんがすぐに補足を入れた。
「エルフの隠れ郷の場所って知っているんですか⁉︎ 神鳥って勇者のことなんですか⁉︎」
ヘディンが驚きのあまり立ち上がっていた。
「神鳥は白いメダルに刻まれるギルドの紋章だな」
村長が言うとヘディンは自身のメダルを確認し「本当だ、薄っすらと刻んである」と漏らすと、ナヴィとバリルさんも自身のメダルを確認して、自分にはないと告げていた。
「エルフの隠れ郷への案内は、ゾルアフス村に住む者の使命であり誇りだった。しかし、数百年前を最後として案内をした記録はないようだ」
「なぜ数百年もの間、誰も案内できなかったんだ?」
「それは『勇者』が訪れなくなったって聞いたかな……」
バリルさんの問いにデッホが何気なく答えると、ヘディンは顔を青ざめさせて言った。
「それって……やはり魔族側に『勇者』の判定が知られているんじゃ……」
少し前に表でヘディンたちと話していた内容が、この場にいる皆の背筋を凍らせた。
この場の誰もが恐ろしさと戸惑いを覚える事実に、しばらく誰も口を開かなかった。
静寂の中、荒くなった皆の息づかいと、ランプのチリチリと燃える音だけが響いた。




