第38話 隠れ里の攻防
次回更新は10月10日(土)の予定です。
◆◆◆
アタシが思わず声を上げてしまった事で、場の空気が凍りついてしまった。
それでも、自分は間違っていないと、気持ちを強く持ち直した。
「リッピ、それでは彼ら……勇者を見放せというのですか?」
「そうで……す……」
アタシはエミルさんの目を真っ直ぐ見つめ訴えた。
エミルさんが珍しく答えに迷っているように見え、期待を膨らませてさらにエミルさんに懇願しようとした。
『パン、パン、パン』
信号玉が三つ連続で上がる音がした。
アタシとエミルさんはすぐに、教会の外へ飛び出して信号玉の煙の色と方角を確認した。
「エミルさん! 街道の監視壁の方角から、赤三つ! 魔族接近の報せよ!」
事態は一変した。
何事かと一緒に教会の外へ出てきたヘディン達は、アタシの言葉を聞いて青ざめていた。
「リッピ、私が村の様子を……」
「だめ! エミルさん、アタシが行ってくる!」
アタシはエミルさんが言い終える前に、言葉を被せてそのまま村へ駆け出した。
「エミルさん! そこで待っていて!」
村長や村の人たちのことが心配でたまらなかった。
アタシの耳には村の方から悲鳴や戦っている音が聞こえていた。
(村長、みんな無事でいて……)
◆
村に向かうため、岩と木の根が複雑に絡み合う足場の悪い道を、アタシは岩から岩へ飛び移り、時には木の枝につかまって岩に飛び移るのを繰り返して最短のルートを目指した。
教会を出て少し経った頃、足場の悪い岩場の間を、子供達を連れて逃げてくる人たちが目に入り声をかけた。
「アニー⁉︎ アタシよ! リッピよ!」
緊張した面持ちのアニーは体をビクつかせて、こちらを見やった。
「あぁ、リッピ……よかったわ」
アニーと子供達はアタシの姿を見て表情がほころんだ。
彼女に何があったのか確認した。
「アニー、監視壁の方から信号玉が上がったけど、もう村に魔族がきているの?」
「か、監視壁? だとしたら村の異変にクローさんたちが気付いて上げたのかも……こっちはそれどころじゃなくて……」
アニーは話の途中で恐怖感が増したのか、背が高く細身の体を震わせながら、涙を交えて教えてくれた。
子供達も「父さん、母さん」と漏らし、涙を堪えて大人しくしていた。
「わかったわ、廃村の教会にエミルさんがいるからそこへ……」
「ありがとう、リッピ。気をつけて……」
アニー達をエミルさんのいる教会へ向かうように指示し、村へと急いだ。
アニー曰く、魔族達はいきなり姿を現し、「勇者をどこへやった!」と叫びながら襲撃したようだった。
(やっぱり、あの三人のせいじゃない! でも……)
少し引っかかることを感じながらも、アタシはまず村長の無事を先に祈った。
◆
村に着くと焼け焦げた匂いと、いくつか炎上する民家が見えた。
村長たちは村の中央の広場で、戦える者たちと魔族達に応戦していた。
魔族達に背後を取られないような陣形を保ち、監視壁にいたはずのクローさんとダニールさんも加わりなんとか持ちこたえていた。
広場は北から南に通じる一本の道とつながり、その周りを民家が取り囲むように建てられている。
アタシが加勢しようとした時に、民家の裏から回り込もうとする魔物の足音が聞こえた。
「みんなっ! 民家の背後から回り込もうとしてる足音がする!」
アタシが目一杯戦っているみんなに叫ぶとクローさんが返してきた。
「わかった! リッピ、高所からの援護頼めるか⁉︎ 危険を感じたらすぐに退避してくれて構わない!」
「了解!」
アタシは村の物見櫓を駆け登り弓で援護を試みた。
高所からなら回り込もうとしている魔物の姿も確認できる。
アタシが使う短弓は射程が短いものだが、エミルさんの教えのおかげでもう一段階扱いが上手くなった。
(こういう時のためのものだもんね!)
矢を番えて魔物に狙いをつけた。
「毒牙犬か……」
クローさんたちの守りを回り込んでいた犬に矢を放つ。
「風送り魔法、発動!」
矢を放つと同時に風送り魔法で威力と射程を伸ばし、短弓でも余裕で毒牙犬に届いて体を貫いていた。
「よし!」
この調子でもっともっと仕留めてやろうと気を張った。
次も同じように仕留めたが、連発ができないのでなかなか魔物を減らすことができなかった。
そうすると、回り込んでいた魔物の狙いがアタシに変わり、壊れた村の家から柱や壁など色々なものを投げつけてきた。
「や、やばーい! 障壁魔法! 発動!」
物見櫓に当たらないように障壁魔法を展開しなんとか凌いだ。
アタシは投擲してくる魔物を狙おうとすると、物見櫓が激しく揺れだし、その揺れは次第に大きくなっていった。
「ちょ、ちょっと! 何!」
櫓の手すりに掴まり地上を見下ろすと、大きな体のオークが物見櫓を倒そうと左右に振っていた。
バキバキと木が折れていく音が響き、このままでは持たないとすぐに悟った。
「どうすんの⁉︎ これ、どうしよう!」
助けを呼ぼうにもクローさんたちも取り囲まれ、障壁魔法で引きこもるような形で応戦していた。
気持ちは焦り、激しい揺れと木が折れていく音が、アタシの心の音のように聞こえ、砕けてしまいそうだった。
「い、いやーっ!」
とうとう物見櫓は限界を超え、地上へと傾き出した。
倒れゆく櫓の上から運良く、高さのある倉庫にしている古い家の方へ倒れていくのがわかり、「やるしかない!」と迷わず民家の屋根に飛び移った。
屋根に強く体を打ちつけ、屋根を突き破り二階の部屋の床も突き抜けて、砂埃を巻き上げながら一階にあった干し草の山の中へ落ちた。
「グホッ……カッ、ハッ……ケホケホ……治癒魔法……発動……」
アタシは飛びそうになる意識と激しく痛む体を癒しながら、干し草の山から這い出た。
オークが民家の壁を破壊して治癒が追いつかないアタシを追ってきた。
民家の窓から外に這い出て、広場の方へ向かうため、よろめきながら痛みに耐え立ち上がった時には、民家に挟まれた道の前後をオークとゴブリン、毒牙犬たちに囲まれていた。
(あ、ダメだ……死ぬかも……)
櫓の倒壊で持っていた短弓は失い、得意ではない近接戦で護身用の短剣と精霊系魔法で生き残るのは難しいとわかった。
朦朧とする頭で覚悟を決めようとしていた時に、遠くから魔族の声が聞こえてきた。
「勇者はどこへやった! お前たちが隠したのはわかっている! 生命感知魔法で村の人間の位置は全てわかっているんだぞ! 殺されたくなければ、勇者の居場所を吐けっ!」
(勇者? あの三人を差し出せばアタシ達は助かるの?)
アタシはすぐに居場所を教えてやろうと思ったが、アニーが言っていた引っかかる事と、今、魔族が呼びかけていた事の違和感に気がついてしまった。
ヘディンさんたちが追いかけられていた状況は、どんなに距離を取っても確実に近くまで迫って来ていた事。
でも、今の魔族たちは近くまで来たけど、まるで見失ってしまったかのように探し回っている。
それに生命感知魔法があるなら、わざわざ聞かなくてもわかるはずなのに、アタシたちが隠したってどういうことなのか。
何かあった……?
(それにしても、魔族に協力したって助かる保証はないし……)
アタシは前後からじりじり寄る魔物たちに抵抗することを諦め、その場にへたり込んだ。
どうやって最後の痛みから逃れようかと考えていると、頭上に黒い影が差しかかり、目の前へ降り立った。
「リッピ、諦めるのは早いわよ」
「ナ、ナヴィ!」
目の前にはナヴィが立っていた。
「どうしてここに⁉︎」
「そんなの後よ……蛇炎魔法! 五体」
五つの蛇炎がナヴィの周りから放たれ、前後にいる魔物に襲いかかった。
「うりゃぁぁっ!」
バリルさんが叫びながらオークに襲いかかり、巨大な戦斧で体を真っ二つにした。
アタシは二人の戦いに圧倒され、二人はあっという間に魔物を殲滅していた。
「リッピ、いつまで座ってんの? 村のみんなを助けるわよ」
ナヴィが手を差し伸べて体を起こしてくれた。
「え、エミルさんは? ヘディンは?」
「周りの魔物を片付けているわ。二人と広場で合流してから魔族を倒すわよ……それと、リッピは体を癒してなさい。さ、行きましょ」
広場に着くとエミルさんとヘディンがすでにいた。
アタシはエミルさんの武具に目を奪われた。
大きな盾の上部に丸い凹みがあり、大きくて長い剣は刀身の根元部分が丸く掴めるような形状をしていた。
(あんな大きな盾と剣を一緒に扱えるの……)
エミルさんの戦う姿を見たことがないアタシは、どういった戦いをするのか楽しみになった。
村長たちは広場の北側の端へと追いやられている危険な状態だった。
アタシたちは村長たちを追い込んでいた魔族の後ろから、挟み込むように近づいていった。
「エミルどうすんだ? お得意のアレでもやるか?」
バリルさんがエミルさんに話しかけた。
「そうですね……私が奴らの気を引きましょう。背後から一気に決めて下さい」
「了解だ。ヘディン、ナヴィ、内側はエミルに任せて俺たちは外側からだ」
皆が戦闘態勢に入ると、魔族がアタシたちの存在に気付き、ヘディンを指差し叫んでいた。
「勇者がいるじゃねーかっ! なぜオレの生命感知魔法に反応してねーんだ⁉︎ クソッ……すぐにやつを殺せっ!」
魔族たちはヘディン目掛けて走り出した。
エミルさんは先頭に立ち盾を構えると、盾の上部にある凹みに剣の刀身の根元をはめ込み、盾から刀身が突き出している状態で突撃した。
「身体強化魔法……」
強化した体で突撃のスピードを速くすると、盾の構えを水平にして魔物たちの中心目掛けさらに加速した。
「風送り魔法、発動!」
大きな盾の裏に強力な風送り魔法を発動して、盾が風を受けグングンと加速した。
エミルさんは中央を一人で駆け抜け、その軌道上の魔物は盾に弾き飛ばされるか、剣に貫かれて魔晶石になっていた。
エミルさんは村長たちが障壁魔法で立て籠もる前で剣と盾に分けて構えて、魔物たちの注意を惹きつけていた。
「何だあの野郎は⁉︎」
魔族はエミルさんを襲うものとヘディンを襲うものに分かれていた。
魔族の背後を取り、あっさり討ち取ったのはバリルさんだった。
戦斧を薙ぎ払い多くの魔物と一緒に葬った。
ヘディンとナヴィはエミルさんに構わずに、襲いかかってきた魔物を範囲麻痺魔法を使って相手を封じ、難なく対処していた。
「大きな被害にならなさそうでよかったわ」
ナヴィは安堵を漏らし嬉しそうに笑った。
村を襲った魔族たちは全て殲滅され、村長たちは歓喜の雄叫びを上げていた。
アタシも一気に力が抜け「よかった」と涙を流した。
◆
アニーたちをデッホとモーリスが迎えに行き、アタシたち村の人たちはヘディンたちと話をした。
エミルさんとヘディンたちがこの村を助けに来る事になったのは、アニーたちが教会に着いて村の危機を知らせたからだった。
魔族が勇者を探して村を襲ったことを知り、エミルさんに村への案内を頼んだ。
もし、ヘディンたちが村を助けに動かなければ、アタシだけでなく村に残って戦っていた人たちは皆死んでいたのかもしれない。
それに突然の襲撃だったにも関わらず、村の被害は家屋の損壊と怪我人が十名ほどで済んだのは幸いだった。
この後、村長はヘディンたちと話し合いの結果、村の『伝承』を数百年ぶりに実践することを決めた。




