第37話 神鳥(シェブルゥ)
次回更新は10月4日(日)の予定です。
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「エミルさ~ん、今日の獲物持ってきたよ~」
「ありがとうございます、リッピ、それを捌き終えたら、教会の入り口側の穢れを浄化してもらえますか? 私は地下倉庫で整理をします」
「りょ~かい」
エミルさんが廃村の教会にやって来てから三年余りが経ち、アタシは十六歳になっていた。
あれから毎日エミルさんの為に狩りをして、食料を持ってきていた。
持ってきた食料を捌き終えた後は、エミルさんの手伝いをしたり、勉強をしたりと退屈しない日々を送っていた。
教会は村の人たちの協力で修繕されていた。
教育はエミルさんの教えのおかげで、精霊系魔法で使える魔法が格段に増えた。
だけど、生命系魔法に関しては全く使えず、進歩がなかった。
それでも、アタシが持っている耳の良さと精霊系魔法の習得の早さには、エミルさんや村の人たちを感心させることができたのだ。
「よ~し、鳥の食肉処理は終わりっと……入り口の穢れ浄化か……」
エミルさんが教会に住むにあたって変わったことが一つだけあった。
それが『穢れの浄化』であり、定期的に教会を『聖水』で拭き掃除することだ。
なんでもエミルさんが言うには、魔族によって荒らされ、穢された村を聖水の力で穢れを祓い、女神が再び降臨しやすくする為だという。
「高価な聖水の使い道がね~……水拭きではなく聖水拭きって……」
教会で使う聖水を自ら作っているので、お金はかからないけれど、その聖水作りを手伝うこともアタシの仕事だ。
そう思いながら、祭場の隅にある小部屋に入り、聖水を溜めている綺麗な装飾が施された水瓶から、小さな桶に聖水を移した。
桶に移した聖水は勢いよく漏れ出て、すぐに空になった。
「ありゃりゃ、この桶、穴が開いてるじゃない~……代わり、代わりっと……」
穴の開いた桶の代わりに見つけたのは大きなタライだった。
タライに聖水を移し教会の入口へ運んだ。
「うへ~、これちょっと重い……」
なんとか聖水をこぼさずに運び、教会の入り口の上へ視線をやった。
ちょうど扉の上に大きな窓ガラスがあり、窓の下には大きな窓台が出っ張っていた。
「おぉー、あそこにならこのタライでも置けるんじゃない……?」
アタシは入り口のすぐ横に梯子をかけて、タライを頭の上に乗せて慎重に窓台まで登り、なんとか無事に運ぶことができた。
「この出っ張りは掃除の時のためかな~」
小さな桶であっても抱えながら穢れを拭き祓う作業は骨が折れる仕事だ。
だけど、今回は大きなタライを抱えながら作業なんて、アタシの非力な体力じゃあすぐに限界が来てしまう。
そこでちょうどいい置き場を見つけ、作業はかなり楽になると思い、上機嫌に鼻歌を歌いながら窓から壁へと拭き祓っていた。
拭き掃除……じゃなくて、拭き祓いを始めてすぐ、何か入り口から物音がしたので、アタシは梯子の上から身を屈めて外を確認しようとした。
すると入り口をかがんで入ってきた大きな影が突然目の前に現れた。
「ぎょえぇぇっ! クマ~っ!」
アタシはビックリして悲鳴を上げ、素早く体を起こした。
体を起こした勢いでタライを手で弾き出してしまい、大きな影だと思った大男の頭にタライを被せる形になってしまった。
「えーっ⁉︎ 何よこれ! びしょびしょじゃない⁉︎」
「なんか僕も水をかけられたんだけど……」
「俺はタライも被せられてるんだが……」
大男の影になるように男女が並んで立っていた。
「えっ? えっ? 熊? 喋ってる?」
アタシは大男を熊と認識しようとしていた。
完全に気が動転していた。
アタシの叫び声を聞いたエミルさんが駆けつけた。
「リッピ! 大丈夫ですか⁉︎」
アタシは急いで梯子を駆け下りてエミルさんの後ろに隠れてから、入り口に立つ三人の姿を確認した。
そこには三人とも見事に頭から聖水を浴び、ずぶ濡れになって立っている姿があった。
大男に至っては頭にタライを被っている姿だ。
「ご、ごめんなさい!」
アタシは前に出て頭を深く下げた。
「まぁ、いいけど……これ拭き掃除してた水よね……?」
女の人が尋ねてきた。
とてもスタイルが良く、特に大きな胸は同性のアタシでも目が奪われちゃう。
「あ、いえ……その……拭き祓いですぅ……すみません」
アタシは身を縮めて女の人に言った。
女の人は目が点になって「何それ」と言ったが、エミルさんが説明をするからと、アタシに乾いた布を持ってくるようにと言われた。
アタシは急いで教会の二階に向かい乾いた布を持って戻り、聖水を浴びせてしまった三人に謝りながら手渡した。
「話は聞いたよ、リピアーデさん。仕事の邪魔をしてしまって申し訳ないね。僕はヘディン・サリオンズというものです。よろしく」
栗色の短髪をした爽やかな、同じ歳くらいの男の子が名乗った。
「いえ、アタシのことはリッピと呼んでくれていいよ」
手を軽く左右に振り笑顔で答えた。
「わたしはナヴィアナ・ノーザントよ。見た感じわたしと同じ十五歳ぐらいかな? ナヴィと呼んでね」
艶やかな黒紫色の髪を揺らし、笑顔で握手を求めてきたナヴィは、アタシのライバルなのだろうかと心の中で身構えた。
十五歳にしてこのおっぱいとは……一つ年上のアタシだが、か……完敗だわ……。
(エミルさんは胸の大きさなんて気にしないわよ! きっと……ちくしょーっ!)
「俺はバリル・ダラバサだ。ちなみに歳は二十四だ。まぁ、聖水ならしばらく水浴びしなくてもよさそうだよな!」
熊と呼んでしまった丸刈頭の大男は、体格に似合わない屈託のない笑顔でアタシにサムズアップをしてみせた。
「何バカなこと言ってんの⁉︎ 臭くなるんだから水浴びしなさいよね!」
「聖水はそんな柔な鍛え方してねーだろ」
「聖水に筋肉があるような言い方しないでっ! 意味がわからないわよ! 頭痛くなる~っ……」
「ガハハハ……気にするな!」
バリルと名乗った大男の迷言にナヴィが突っ込みを入れていたが、なぜかバリルさんは自信たっぷりに返していた。
どうやらバリルさんは外見じゃなくて、中身の方が熊みたいだ。
教会が一気に賑やかになりエミルさんがヘディンに聞いた。
「それで、こちらにはどういったご用件なのでしょう?」
その一言で賑やかだった教会の雰囲気が一変した。
「すみません、今日一日だけこの廃村の端で一泊させていただけませんか?」
緊張した面持ちでヘディンが言うと、ナヴィは目が合わないように下を向いていた。
バリルさんはエミルさんを見ていた。
エミルさんもバリルさんをしばらく見つめてから答えていた。
「わかりました。では、教会のすぐ隣でよければどうぞ……」
「え、本当に村の端でいいんですけど……」
エミルさんの返事に驚いたように、ヘディンが聞き直した。
「いえ、教会の隣の方が安全かと思いますからね。それと何があったか教えていただけますか? 只事ではなさそうですので……」
何かを察したエミルさんだったが、アタシは嫌な予感がしてエミルさんの傍に寄った。
「わ、わかりました。話を聞いて泊めるのは無理だと判断したなら、遠慮なくおっしゃってください」
ヘディンは意を決して語った。
◆
「やっぱりダメです! 引き取ってもらいましょうよ、エミルさん!」
アタシはヘディンの話を聞き、エミルさんを取られてしまうかもしれないと思い、三人がいる目の前でエミルさんに思わず言ってしまった。
エミルさんは目を瞑ったまま何も発せず、顎に手をやったまま固まった。
ヘディン達が語った内容は、ルードスロアで魔族二体に遭遇し逃げた事。
逃げる道中でバリルさんに助けてもらい、なんとか討伐できた事。
そして、バリルさんを仲間に迎え入れ、休める場所を求めて廃村に来た事を語ってくれた。
何よりアタシの胸が締め付けられたのは『ギルドで勇者判定を受けると魔族に狙われる』という事だった。
ヘディンは白のメダルを持っていた。
それが『勇者』の証であることは、村の中で生活しているだけでも知っている。
昔から村に伝わる一節が、アタシの頭をよぎった。
『この地に暮らすものよ 神鳥を 彼の地へと導け』
この地に暮らすものよ、とはアタシたちの村の中で選ばれた人。
神鳥を、とは勇者の白いメダルのみに刻まれるギルドの紋章。
彼の地へと導け、とは彼の地『エルフの隠れ郷』に通じる場所の事……つまり……。
『ゾルアフス村の選ばれし者よ 勇者をエルフの隠れ郷に導け』
村の選ばれし者は伝承を知る者だ。
今は村の一員となったエミルさんもその一人だ。
そして、案内役となった人は、勇者と旅に同行しなければならない。
もし、エミルさんが案内役になると言ってしまったら、アタシはもう引き止めることができなくなり、別れることになってしまう。
そんなのはイヤだった。
黙り込んでいたエミルさんはヘディンに問いかけた。
「一つお尋ねしたいのですが、魔族を倒したのなら普通に宿を探してもよろしいのでは?」
アタシは(それだ!)と思った。
(伝承のことは黙っていればわからないんだし、それで押し通そう!)と思い主張した。
「そ、そうよ。わざわざこんな場所で泊まるよりも、ゆっくり休める宿のある町へ行った方がいいと思うわ~」
これでどこかへ……と考えていたアタシが馬鹿だった。
ヘディン達の問題は、アタシとエミルさんが思っている以上に危険なものだった。
「すみません……人が多くいる場所では休めないんです。その為にこちらに……『魔族に狙われる』というのは、奴らは僕の居場所がわかっているかのように、追いかけてくるんです」
「どういう事ですか?」
エミルさんが尋ねた。
「最初の魔族二体はルードスロアを一度旅立った後に、東の方にある森で遭遇しました。遠くから探索眼の魔法で見たので、奴らには気づかれずにその場を離れています。しかし、その場を離れ森を出て確認しても奴らは僕らについて来ていました。急いで遠くに、遠くにと距離を取っても、それでもついて来ていた」
アタシは声が出せなくなり、怖くて耳を塞ぎたかった。
「僕らは完全に姿が見えなくなるまで距離を置き、ルードスロアへかなりの大回りで夜中に一旦戻ったのですが……一息ついてナヴィの家の前で休んでいた時に奴らの姿を確認したんです……顔見知りのドルアーノさんが犠牲になって、街の中へ助けを求めたんですが、何故かそこまでは奴らは追いかけて来なかった……」
ヘディンは一度、深呼吸で間を取ってから続けた。
「僕とナヴィは奴らが見当たらない隙に、馬を走らせてルードスロアから離れたんですが……またどこからか奴らは追いかけてきましたが、川を渡った先でバリルと出会い、助けてもらいました」
「本当にバリルと出会ったことには感謝しているわ……」
ナヴィの強張っていた表情が少しだけ和らいでいた。
「そんな出来事があったので、魔族に僕の居場所がバレているのではと思い、ルードスロアや他の村や町で宿を取ると、他の魔族を集められて襲撃を受けるかもしれないと……」
ヘディンは辛い表情の裏に、まともに睡眠が取れていない疲れを滲ませていた。
ナヴィは視線こそ伏せているが、その時の恐怖を思い出しているのか体を震わせていた。
バリルさんは瞼を落とし、黙って聞いているだけだった。
ここへ訪れた時は賑やかで楽しい三人だったが、嘘のように重苦しい雰囲気になっていた。
(もし、ヘディンをここに泊めたら魔族を招く事と同じじゃない⁉︎)
かつてのゾルアフス村が見舞われた惨劇の再来となってしまうかもしれないと、アタシの手は震えだしていた。
勇者を導くかどうか以前に、村に招いてはいけない人物だ。
「……お願いだから……ここからすぐ出ていって!」
アタシの心は激しくざわついていた。




