第36話 託された人たち
次回更新は9月26日(土)の予定です。
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廃村となった村は一際静かで、吹き抜ける風が窓や扉をカタカタと叩き続けて、魔物の笑い声のように聞こえた。
アタシたち四人はエミルさんのいる教会まで来ると、アタシが声をかける前にエミルさんが中から出て来て挨拶をした。
「わざわざご足労いただき感謝いたします。私はエミル・ロドルプクと申します」
気品のある立ち居振る舞いに、優しく語りかける口調。
そして何より誰もが見惚れてしまうほど端正な容姿に、村長をはじめ皆が口を開けて固まっていた。
アタシは村長のお尻を叩き正気に戻した。
「アタッ……い、いや、わざわざご丁寧に……」
「そうじゃなくて~、この人は村長のステファン、後ろにいる人の右がデッホに左がモーリスよ。ほら、よろしくの挨拶ぅー」
「ど、どうも……村長のステファンです」
アタシの紹介でようやく一歩前へ進むことが出来たのだが、何故かぎこちない仕草の村長たち……アタシは深い溜め息を吐いた。
「ハァ~ッ……何よ、やっぱりアタシがいないとダメだったじゃないのよ」
優しく微笑みかけるエミルさんにアタシは(いい所見せられたっ!)とガッツポーズを決めたくなった。
「り、リッピ、青いメダルに品のある紺のローブといえば、このお方は神官さまでいいのか?」
村長が小さな声でアタシに聞いてきた。
「ん? ……そうなの?」
アタシの間の抜けた返事に村長は頭を抱えた。
「ハー、やっぱりいてもダメだったなぁ……」
そばで微笑みを絶やさず立っていたエミルさんが村長に質問をした。
「申し訳ありません、村長。私はこの村の教会で神官として活動し、住みつくことの許可をいただきたいのですが、宜しいですか?」
村長はエミルさんに向き直り質問で返した。
「それでは、食事はどうなさるおつもりですかな? 我々の村は恐らくお聞きだと思いますが、なるべく人に知られないように暮らしておりまして……」
村長はやんわりと断ろうとしていた。
アタシはそのことに気づくとすぐに割って入った。
「そんな意地悪しないで廃村なんだから別にいいじゃん! 今の村に住みたいって話じゃないでしょ?」
「リッピ、廃村に住むと言っても食事は摂らなきゃいかんだろう? こんな場所でどうやって食料を確保するのだ?」
アタシもムキになって言い返そうとすると、エミルさんが間に入って答えた。
「まぁまぁ、どうか落ち着いていただけますか? 食料はルードスロアから届けて頂こうかと考えております」
エミルさんの言葉を聞いて三人は表情を曇らせた。
「ルードスロアからの行き来が増えるのはちょっと……」
デッホははっきりとした言葉にはしなかったが、拒絶しているのは明らかだった。
村長とモーリスもそれに同意する。
「申し訳ありません、エミル様。他の村を当たっていただ……」
「いやよ! そんなの!」
アタシは村長の言葉を遮り、エミルさんの要求を通そうとした。
「どうしてダメなのよ。ただ廃村の教会を使わせて欲しいってだけじゃない……村に案内しろとか食料融通しろとかそんなこと言ってないじゃない! ただ使うだけならいいじゃない!」
自分でも駄々を捏ねているとわかっていたけれど、止めようとは思わなかった。
アタシはどうしてもエミルさんとの素敵な出会いを、このまま黙って終わらせるような事だけはしたくなかった。
「リッピ! お前というやつは……」
村長とのいつもの口論になろうとした時に、エミルさんは村長の言葉を制してアタシに優しく語りかける。
「リッピ。私のために代弁してくれたことに感謝します。しかし、大人の話し合いに割って入り、村長さんたちを困らせるような言い方ではよくありませんね。ここからは私から話させてください」
優しく微笑みながらアタシに話しかけてくる姿にうっとりし、「はい」とだけ答えて大人しくした。
(こんな素敵な人……村にはいないよ! みんなアタシを叱りつけるばっかだもん)
それから村長とエミルさんは穏やかに話し合いをした。
そもそもどうして今の隠れ里に潜むような暮らしになったのか、経緯を説明した。
◆
「ふむ……村の外の人間が魔族を招いたと言うのは、どうしてそう思われたのですか?」
エミルさんは経緯を聞いた後、村長に尋ねた。
「それは村から逃げた後、しばらく経ってから生き残ったワシらはこっそりと様子を見にいきました。魔族がまだいないかヒヤヒヤしましたが、立ち去った後のようでした。しかし、村は荒れ果て、魔族に襲われた住人の遺体があちらこちらに散乱し、まるで地獄のような光景でした。老若男女見境なく、目にしたものを確実に殺し回ったように感じたのです」
村長はそこまで答えると、当時の光景を思い出しているかのように辺りを見回して続けた。
「ワシらは遺体を埋葬するべく、皆で手分けして、被害に遭った者を確認し埋葬していきました。ですが、前日に村の神官様がルードスロアからの道中で、行き倒れていた者を助け、村で養生させていた者の遺体だけが、どこにもなかったのです。その者が泊まった宿の周りの住人たちは全て殺されておりました。村中と辺り一帯を探してみましたが、その者の痕跡すらなく消えていたことから、そいつが魔族を招き、逃げたのではないかと考えたのです……」
村長のこの話を聞くたびに心が重くなる。
村の掟として定めることの原因となった事件だ。
掟と言っても最近できたようなもので、厳しく罰するようなことはなく、ただ今の村を守り、危険からなるべく遠ざけようとしただけのものだ。
罰がないことをいいことにアタシは度々抜け出して『バレなきゃいい』と高を括っていたのだ。
「なるほど、わかりました。村長さんたちが警戒するのも納得です」
「そ、それでは……」
アタシは胸が締め付けられ、このままエミルさんと会えなくなってしまうことに恐怖感が芽生えた。
エミルさんは村長の言葉を再び制し、話を続けた。
「村長さん、どうか私の話も聞いて頂けますか? 私はこの教会以外では神官として活動することに興味はありません。その理由もお話しします……」
エミルさんの言葉にアタシは思わず胸が高鳴った。
この村の教会以外での活動に興味がないってことは、アタシが他の村にいないからじゃないのかと……。
しかし、その自惚れはすぐにかき消えた。
そもそも、エミルさんがこの教会にいたのは、アタシと知り合う前からなのに……ほんと、恥ずかしい。
◆
エミルさんの話を聞いて、最初に驚きの声をあげたのは村長だった。
「数年前にエミルさんが所属していた王国騎士団が、魔族討伐の帰りに立ち寄ったゾルアフス村で、女神様の御姿をお目にかけたと……⁉︎」
「はい、この教会で女神ルカナファの姿を目撃しました。姿を見たのは私だけの様でした。そして、目撃した女神様がいた場所と重なるように、朽ちた女神像の足下にこの青いメダルが置いてあったのです。そのことを私は女神様の導きだと感じ、時間はかかってしまいましたが騎士団を辞め、神官としてこの場所での活動を望んだ理由なのです」
エミルさんは教会に向かって、胸に手を当てて静かに祈りを捧げた。
アタシも村長たちも同じように祈りを捧げた。
「村長、我々はエミルさんに協力すべきでは?」
普段は口数の少ないモーリスが村長に提案をした。
アタシとデッホもその提案に賛成した。
「うむむ……話が本当だとしてワシも賛成したいのだが……」
村長は腕を組み煮え切らない返事をした。
「エミルさんが嘘をつくわけないでしょ⁉︎」
アタシは村長の了承を引き出すにはあと一押しだと思い、責めるような口調で促した。
だけど、アタシには村長が何を悩んでいるのかわからなかったが、低い声で唸るだけであまり効果はなかった。
「村長、何を悩んでおられるのです?」
モーリスが村長に問いかける。
村長はチラチラとエミルさんを見ては唸るのを幾度か繰り返した後、覚悟を決めたかのようにエミルさんに聞いた。
「リッピ、モーリス、デッホ、我が村にある言い伝えを覚えているか?」
「ん~……まぁ……」
アタシは軽い返事をしたが、モーリスとデッホは口を固く閉じ小さく頷いた。
「言い伝えとは? お聞きしても宜しいですか?」
エミルさんが村長に尋ねた。
「エミルさん、あなたはいい人なのは間違いないでしょう。村の言い伝えを聞く以上エミルさんには村の住民となってもらいます。他の町や村に移り住むことは禁じられます……よろしいですかな?」
エミルさんは神妙な面持ちで静かに頷いた。
「元より神官として活動するなら、他に行く気などありませんよ」
◆
村長から言い伝えを聞いたエミルさんは最初こそ驚いたが、次第に晴れやかな表情を浮かべて言った。
「やはり……女神様の導きは間違っていなかったのですね。感謝いたします」
村長たちもスッキリしたように「どうかよろしくお願いします」とエミルさんの手を取ってお願いした。
「では私はこの教会に居ましょう。何かあればすぐに駆けつけます」
「じゃあ、食料はこっちから運ぶか……」
モーリスが提案し皆が了承しようとした時、アタシはすぐに手を上げて言った。
「はい! はい! アタシがエミルさんに届ける!」
村長がまたかと言わんばかりに深いため息を吐いた。
「リッピ、お前はまだ……」
アタシは村長の言葉を遮った。
「わかってる! 掟がまだ完全にできていないのはわかってるの! それでもアタシは狩りの腕前は大人の人に負けてないじゃない。狩りの時のアタシは役に立っているから一緒に連れていってくれてるんでしょ? エミルさんに届ける食料はアタシが狩って届けるよ。村と教会の間だけの行き来を許可して、お願い村長! エミルさんのお手伝いもするからーっ!」
アタシが必死にお願いしている姿を見て、モーリスとデッホは吹き出して笑っていた。
「アハハハ……こんな必死なリッピ見たことねーや」
「フフフ……ホントだなどれだけ必死なんだって……」
アタシが二人を睨みつけていると、デッホが村長に進言した。
「村長、リッピに任せて大丈夫だと思うぞ」
「おれもそう思うな。ま、村と教会の間だけって条件ならいいんじゃないか?」
二人の進言にアタシは声を出して喜びそうになった。
あとは村長が許可を出すようにと念を送る仕草と視線で訴えた。
エミルさんがクスクス笑いながら村長に後押しをしてくれた。
「村長、私からもお願いして宜しいですか? リッピには色々と手伝いという名の教育が必要でしょう」
「……⁉︎ ホホホ……そうですな、では厳しくお願いいたします」
「えぇーっ!」
普段は静かで不気味な雰囲気の廃村に、アタシ以外の大人たちの笑い声が辺りに木霊していた。
笑い声に包まれた廃村の空気と、エミルさんと一緒にいられる喜びで、アタシの胸はいっぱいになった。
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ゾルアフス村に伝わる伝承が今の村を作り直す力になった。
その伝承がもしや魔族を呼び込んだ本当の原因だったのかもしれない。
アタシはその時まで伝承の事など深く受け止めずに暮らしていた。
『この地に暮らすものよ 神鳥を 彼の地へと導け』




