第35話 隠れ里の少女
次回更新は9月20日(日)の予定です。
◆◆◆
アタシ、リピアーデ・メンゼルは今日、村の掟を破ることを決めた。
その掟とは、生命系の『火柱魔法』と精霊系の『風送り魔法』を使えるようにならなければ、一人で村の外へ出てはいけないというものだ。
精霊式を終えたアタシは精霊系魔法は得意だが、生命系魔法がかなり苦手だ。
生命系魔法が使えるようになるまでって言われたら、いつまで経っても一人前の狩人として狩りにも行けないじゃない。
だから今日、アタシは生命系魔法が使えなくても、とっても役立つって所を見せてやると決めたのだ。
アタシには信号玉を扱えるようになる条件など不要!
何故ならアタシの耳は遠くの小さな音まで拾える、他の人よりも優れた聴覚を持っているからだ。
狩人にとってこの聴覚の良さは、狩りで獲物の存在を聞き取れる最強の武器になり、危険だと感じたらさっさとその場を去るだけで良い最高の防具にもなるんだから。
そんなアタシの耳に廃村となったゾルアフス村の方角から、『カツンカツン』といった小さな物音がずっと聞こえ続けていた。
アタシが生まれる前に魔族によって滅ぼされ、かろうじて生き残った村の人たちは、ゾルアフス村から少し離れたところに隠れ里を作り細々と暮らしていた。
誰もいない、何もないゾルアフス村からの物音を村人に伝えても、「そんなの聞こえない」とか「何もないところだからほっとけ」など、無関心で相手にしてくれなかった。
だったらアタシが物音の正体を確かめ、みんなを見返してやるんだ。
……とは言っても、遠くから確認するだけだけど……怖いし!
◆
アタシは誰にも見つからずに上手く村を抜け出すと、ゴツゴツとした大きな岩に木の根と蔦が複雑に絡みつく、道など無い森林の間を、駆けたり飛んだりを繰り返して廃村の近くまで来た。
我ながら華麗な足取りだったと自画自賛しておこう。
廃村の近くまで来るともうはっきりとした物音が聞こえていた。
絶対に誰かいる……恐らく人だろう……。
アタシはどこから音が聞こえてくるのか、さらに注意深く耳を澄ました。
「教会の方かな……」
アタシは物陰に身を潜めながら遠くから教会を窺える位置でしばらく観察をした。
時折窓から人の影がチラチラ見えたが、はっきりとは見えなかった。
中にいる人は教会を修繕しているのかと思ったが、人のいない村の教会でそんなことをする意味がわからなかった。
「もしや……盗賊が盗んだお宝を隠しているのかな……?」
アタシの推理が冴えに冴えまくる。
これはまたとないチャンスだわ!
お宝の隠し場所を押さえておけば、盗賊がいなくなってから頂戴できるってわけよ!
貴族から奪った宝飾品などは売るときに面倒ごとになるかもしれないけど……金貨などの持ち主が分からないお金なら話は別よ。
そのままアタシの村の収益にできちゃうじゃない。
これでアタシには村の掟なんて要らないと証明できるのよ!
辺りを警戒しながら教会に近づくと、アタシの胸の高鳴りが恐怖心を完全に消して、逸る気持ちに支配されていた。
教会は長年放置されていたせいで、外壁の木材は至る所で朽ち始めており、修繕するには骨が折れそうだった。
アタシは人影がチラついていた窓の近くまで慎重に足を運び、そっと窓枠に手を掛けて中の様子を窺った。
中にいる男性は金髪で紺のローブを纏った、背の高い人物の後ろ姿で、床板を張りなおしているように見えた。
(あそこにお宝を隠しているのかしら?)
アタシの心臓が小刻みに鳴り続けていた。
金髪の男性が立ち上がるとくるりとこちらに正面を向けた。
金髪の男性は思わず見惚れてしまうほど端正な顔立ちをしていた。
髪を掻き上げる仕草をアタシは吸い込まれるように、窓枠にへばりついて見入っていた。
アタシの鼓動が周りに聞こえるのではないかと思えるほど、大きく激しく鳴り響いていて、アタシの体ごと震わせていた。
『バキッバキッ』
「うにゃ?」
『ガシャーン!』
へばりついた窓枠は腐っており、アタシの体重を支えきれなくなってあえなく崩壊した。
そして、倒れ込んだアタシと一緒に窓も落下した。
「いった~い……」
落ちて割れた窓ガラスで腕を切っていた。
「誰だ!」
綺麗な男性が外へ飛び出し、アタシの前にやって来ていた。
「あわわわ……」
どうしようと混乱していたアタシに男性は優しく話しかけてくれた。
「君、動かないで……すぐに治療するから……治癒魔法、発動」
大きく温かい手でアタシの傷口を覆い、治癒魔法をかけて傷を治してくれた。
アタシは一言も発せずに、ただ男性の美しい顔に見惚れていた。
男性は優しく微笑み質問をしてきた。
「君はどこから来たのかな?」
「え……あ、は、はい! 近くの隠れ里です……あ……」
男性に見惚れ聞かれた質問に素直に答えてしまった。
「し、しまった~!」
思わず頭を抱えこむと、男性は口に手を当ててクスクスと笑い、アタシに優しく手を差し伸べて言った。
「フフフ……隠れ里ですか、それは聞かなかったことにしましょう。では、私はエミル・ロドルプクと申します。あなたの名前を伺ってもよろしいですか?」
(なんて優しい……なんて紳士……なんて素敵な名前……なんてイケメン……)
アタシの心は完全にエミルさんに奪われてしまった。
「あの、リピアーデ・メンゼルです。村ではリッピと呼ばれています……ま、窓壊してごめんなさい!」
頭を下げて謝罪した時に、地面にある割れたガラスに映ったアタシの顔が真っ赤だったことに気づき、下げた頭を上げるのが恥ずかしくなっていた。
「いえ、顔をあげてください。この教会を勝手に使っているのは私の方ですから、できればこの村の村民から使用の許可を頂きたいのですが……」
「それなら、私が村長に頼んでみます!」
「良いのですか? 助かりますが、私の方からお願いしても良いのですよ」
「村の場所を教えるわけにはいかないので……だ、だから必ず説得してきますから! エミルさんの役に立ちたいんです!」
アタシはエミルさんに感謝され、すぐに隠れ里へ許可をもらいに大急ぎで戻った。
村の外へ無断で抜け出した事はすっかり忘れていた。
とにかくエミルさんに良い報告がしたいとの一心で隠れ里へ帰ったのだ。
◆
アタシは隠れ里に戻り村長にエミルさんの事を報告した。
当然のように隠れ里をこっそりと抜け出した事で烈火の如く叱られてしまった。
「リピアーデッ! なぜ我々がこのような掟を作ったのかわかっているのか! 村の外の人間が魔族を招き、村を滅ぼす原因を作ったと考えたからだとあれほど言っただろう! 馬鹿者がッ!」
「それなら村長、アタシがゾルアフス村の方から物音が聞こえると言った時に、なぜちゃんと話を聞いて対応してくれなかったの⁉︎ これが野盗や魔族だったら、この場所を嗅ぎつけられたかもしれないでしょ? その危険を確認するためにアタシは村を抜け出したのよ!」
アタシも村長に負けじと食い下がった。
村長は思わぬ反撃にあって面食らっていた。
「と、とにかくそのエミルって人の対応はワシたちがやっておく……お前はもう村の外へは……」
「嫌です! エミルさんの対応はアタシがします! 村長は追い出そうとするだけでしょ……」
村長が村の外の人を極度に嫌う理由は痛いほどよくわかっているつもりだ。
「リッピ……あまりワシを困らすな……」
村長は情に訴えかけてアタシに譲歩させようとしていた。
いつもアタシと口論になるとこのパターンでアタシをやり込めようとしてくるのだ。
村長はアタシの母親の叔父に当たる人物で、早くに両親を亡くした身寄りのないアタシを引き取ってくれた育ての親でもある。
そのこともあって村長は、アタシが情で訴えかけられると『イヤだ』とは言えなくなってしまうのを知っているのだ。
それでも今回ばかりは後に引かないと決意した。
「今回は譲る気はないからね。村長」
アタシは勇ましく腕を組み、鼻息を鳴らして威嚇していた。
「はぁ、全くお前は自由奔放だな……」
村長はため息をついて、完全に呆れていた。
「わかった。とりあえずそのエミルって人の所に案内してくれ。続きはその後だな……」
「あはっ、ありがとぅ~、ステファン大好き~」
アタシは村長の名を呼んで抱きついた。
村長はアタシが小さい頃から甘えるとデレちゃう人なのだ。
これで村長の心を掴み、アタシがエミルさんへの対応を任されるように仕向ける作戦なのだ。
アタシはなんて悪い女なのだろう……村長の奥さん、アイーダさんの教えは絶大だ。
それからすぐに、アタシたちは村長を含む四人でエミルさんのいる教会へ向かった。




