第33話 野盗の襲撃
次回更新は9月6日(日)の予定です。
ルードスロアを出て三日が経った。
ナーヴァとの旅は順調で街道沿いにただ歩みを進めているだけでも、楽しい気持ちでいっぱいだった。
道中で魔物にはまだ遭遇することなく、僕らは廃村の元ゾルアフス村へ向かうため、東西に分かれた街道の分岐点まで来ていた。
「えっと……確かこの分岐を西に向かって、次の分岐点を北だよね……」
ナーヴァがダズホフさんに、村への行き方を教えてもらっていた。
「次の分岐点ってあそこかな?」
僕は真っ直ぐ続く街道から少し進んだところに、分岐を示す立看板が立っているのをナーヴァに伝えた。
街道の右側には大小様々な岩が点在していた。
その岩の間を縫うように分岐の道はできていた。
道を進むと坂道となり、岩と林に挟まれ開けた視界が一気に狭くなった。
道の幅自体は広いものの、あまり使われていないとわかるほど雑草に覆われていた。
しばらく大小の坂を登り降りを繰り返しながら進むと、大きく開けた視界と長い下り坂の場所に出た。
「おー……遠くまで見渡せて景色がいいねぇ。大きめの岩の上に登ったらもっと遠くまで見えるかも……」
ナーヴァは楽しさをさらけ出して、岩の上へ登ろうとした。
「ちょっと待って! こっちに……」
僕は岩を登りかけたナーヴァの腕を掴んで岩陰へ引っ張り、身を潜めるようにした。
「どうしたの? スヴィル……」
心配そうにナーヴァが声をかける。
「探索眼の魔法であそこ……岩と林の開けた箇所に何かいるみたい……」
僕はより注意深く観察するために、物陰からさらに遠望しようと、魔力を練り上げて探索眼の魔法を強化した。
「探索眼の魔法……」
僕は荷馬車から後手に縛られた女性が、男に髪を掴まれ無理やり引きずり下ろされているのが見えた。
男は激怒しているようで、女性を何度か殴りつけた後、女性の胸を剣で突き刺した。
女性はそのまま動かなくなってしまった。
僕は目撃した出来事をそのままナーヴァに伝えた。
「まずいわよね……野盗かな……スヴィル、何人いるか確認できる?」
「十三人ぐらいかな……あ、でもなんか半分ぐらいに分かれたみたい……」
どういう訳か七人ほどが先行する形で道の奥へ進んで行った。
その方向は僕たちが目指している廃村だ。
「もしかしたら、僕らが目指している廃村に向かっているのかな?」
「警戒しながら近づいて様子を窺ってみようかしら……」
僕らが身を隠した場所で相談していると、野盗たちは馬車を引き連れ、分かれた連中を追うようにその場を離れた。
野盗の姿が完全に見えなくなってから、僕らは動かなくなっていた女性のもとへ警戒しながら近づいた。
女性は亡くなっていた。
「やっぱり無理だった……」
「仕方ないよ……助けに入ったとしても……」
僕らは悔しさを滲ませ、目を伏せた。
あれだけの数の野盗たちを、僕ら二人だけでどうにかなる力なんて持っていないからだ。
僕らは近くの木の根元に女性を埋葬し目的地へ向かうことにした。
野盗たちを最大限警戒しながら廃村へ歩みを進めていると、段々と視界が狭くなってきた。
辺りに転がっていた大小の岩は大きなものばかりとなり、その岩には蔦が絡みつき、薮と細長く高い木々が視界を遮っていた。
「道幅はあるけど……一本道に感じるわね……」
「ちょっと、やな感じかな……」
僕とナーヴァはお互いの印象を呟いていた。
しばらく進むと、僕らは小さな登り坂に差し掛かり、右手に岩壁がそびえ立っていた。
左手には大きな岩があり、その背後に樹木が壁のように並び立ち――まるで天然の門のような威圧感を放っていた。
「ここからじゃ、辺りの様子が確認できないね……ちょっと、あの岩の上に……」
僕はナーヴァに左手の岩を指差しながら話しかけようとしたところ、その岩の裏から人影が突然現れた。
その一人が現れると坂の頂上と岩陰から次々と、胸に皮鎧、手足に籠手と脛当てを身に着けた六人の野盗が僕たちの前に姿を見せた。
「ナーヴァ……」
「わかってる……スヴィル、突っ込まないでね」
僕はナーヴァの前に立ち臨戦態勢をとった。
数の差を前に僕たちは野盗との間合いを取りながらじりじりと下がった。
「おい! 後ろからの人影ってガキ二匹じゃねーかっ! 一丁前に構えてやがんぜ、ハッハハ~」
「コイツらどうすんだ? 殺すか?」
「殺すのは男の方だけにしとけ、女は売れるだろ……」
「ガキの女じゃ楽しめねーってのクソっ!」
「ク~ククッ……」
野盗どもが好き勝手に僕らの処遇を決めていた。
「スヴィル、アイツらの役割ってどう思う?」
ナーヴァの問いに僕は思ったことをそのまま伝えた。
「装備からの推測だけど、岩の上にいる奴は遠距離の弓、岩陰は生命系魔法使いの杖、あとの四人は剣による近接かと……」
「だよね……あと全員が身体強化魔法を使ってくると思ったほうがいいわ」
僕らの考えは一致していたがこの後どうするかで僕は迷っていた。
「スヴィル、これ以上下がらないでアイツらの注意を引いてもらえるかしら?」
「わかった、何か考えがあるんだね……」
「悪い状況は変わらないけど、チャンスが生まれるかもしれない程度のものよ。あと、イグニスの油はどこにあるの?」
油は背負い鞄の左下部辺りだと伝えると、ナーヴァはナイフで穴を開けて瓶を取り出し何やら準備を始めた。
「僕らに何か用でもあるの!」
僕の質問を無視して岩の上の奴が矢を放ってきたが、僕は盾で弾き返した。
野盗どもがヒューヒューと口笛を鳴らし、下品な笑い声が響いた。
「お~い、もうすでにこれから何が起こるか、わかってるんじゃねぇーのかぁ? あぁん?」
「もう魔法ぶっ放して焼き殺していいかぁ?」
「あー、待て待て女が男の後ろで怯えてんだ……まとめて殺しちゃ意味ねえだろがよ」
好き放題言い放つ野盗どもに僕は少しイラつきを感じたが、ナーヴァの準備が終わるまではと冷静に時間稼ぎに徹しようと思った。
「廃村に行きたいだけなんだけど……見逃してくれないかな?」
野盗どもは不快な笑い声を上げていたが、剣を持つ四人の内の一人だけが笑わずに質問をしてきた。
「なんで廃村なんかに行くんだ? お前ら……隠れ里の人間だな……」
「スヴィル、多分アイツがリーダーだと思う……」
ナーヴァが後ろから囁いた。
僕はリーダーらしき人物に改めて問うた。
「廃村に行きたいだけで隠れ里の人間じゃない!」
野盗どもがギャーギャーとうるさくなりそうだった所を、リーダーらしき人物が手を挙げ野盗どもを黙らせてから言った。
「だったらなんで廃村なんか行くんだコラ! あそこには何もねえだろがよ! その辺りに隠れ里があるから行きてえんだろがっ!」
野盗のリーダーが叫んでいる時に、ナーヴァが火打ち石を叩く音が聞こえて「準備できたよ」と言った。
ナーヴァの狙いを聞き、僕は盾を体の前にかざして火のついた小瓶を敵に悟られないように受け取ると、物陰にいる魔法使いの岩の壁面に向かって投げつけた。
岩壁に投げつけた瓶は割れ、油に引火して散乱した。
野盗どもは油断をしていたせいで一瞬パニック状態になった。
「スヴィル! こっち!」
ナーヴァは僕の手を取り、急いで後退して大きな岩の陰に身を潜めた。
「クソ! ガキどもがっ!」
剣を持った野盗二人が僕らを追いかけ、弓士が岩の上から矢を放つも物陰に入った僕らには当たらなかった。
「スヴィル、岩陰から出過ぎないで! 強化状態の相手だと思うけど、一撃だけ受け止めて! 後からくる奴を仕留める!」
「わかった!」
僕とナーヴァは岩の陰に隠れ背負っていた荷を下ろし、僕のすぐ後ろにナーヴァが槍を持って身構えた。
二人の野盗は最短距離で駆け寄って来ていたのを、僕らは隠れる前に確認していた。
迫り来る影と足音で僕とナーヴァは相手への対処のタイミングは簡単に掴めた。
「死ね! ガキがっ!」
最初に岩陰に乗り込んできた野盗が、僕を見た瞬間に勢いよく剣を振り下ろした。
僕は盾で剣を受け止めたが、両手で支えてなんとか踏ん張れた。
間髪入れずに剣を振り下ろした野盗の後ろからもう一人現れ、盾で踏ん張っている僕の脇を狙うかのように薙ぎ払おうとした。
すると僕の脇から地を這うように体を滑り込ませたナーヴァは、薙ぎ払いに来ていた野盗の喉を槍で貫き倒した。
相手からすればナーヴァの槍はいきなり足元から生えて来たように見え、僕しか見ていなかったなら完全に死角を突いていた。
野盗の仲間が一瞬でやられ、僕の盾を押し込む力が弱まった瞬間を見逃さずに、押し返し怯んだ野盗の脚の付け根の内側を剣で切り上げた。
野盗は悲鳴をあげて倒れ、僕とナーヴァがすぐに追い討ちをしてとどめを刺し、再び岩の陰に身を潜めた。
「クソがっ! ガキどもがやってくれやがる! 二匹まとめて焼き殺せっ!」
野盗のリーダーは完全に逆上し、なりふり構わず僕らを殺そうと、僕らが身を隠す岩へ走り出した。
「スヴィル! 正念場よ、あと四人……近接を……」
ナーヴァの言葉は野盗の悲鳴によって遮られた。
「な、何が起きているの⁉︎」
ナーヴァが警戒し、僕らが物陰から様子を窺うと、右手の岩壁の頂上から男女数名が野盗どもに矢を放っていた。
「クソ! 仲間かっ!」
岩の上にいた弓士と物陰の魔法使いは岩壁の上から射殺されたようだった。
残りの野盗はリーダーと手下一人だけになっていた。
「おい! ガキどものいる岩陰に逃げ込むぞ!」
リーダーが手下に命令し、僕らが身を隠した場所へ走り出した。
「君たち! 援護するからなんとか凌いで!」
岩壁の上にいる女性が叫んでいた。
「スヴィル! ここは打って出たほうがいい。挟撃の形になる!」
僕はナーヴァと頷き合い同時に飛び出した。
「チッ……身体強化魔法!」
リーダーは強化魔法を使い僕らに向かってきた。
もう一人の野盗は僕らが飛び出した直後に、岩壁の上にいる人達に射殺されていた。
リーダーに対して僕は左側を狙い、ナーヴァは右側から一歩ほど斜め後ろに位置してリーダーを狙った。
僕は盾を構え剣を盾の下から覗かせて腹を狙っているように見せていた。
そうすれば僕への対処のためにリーダーの剣はナーヴァに向かないと思ったからだ。
しかし、リーダーは右手に持った剣を構え、体を左に捻り、明らかにナーヴァを狙う構えをしていた。
おそらく僕の攻撃は身体強化魔法と皮鎧で体の守りを強化したことによって、致命傷にならないと見越してあえて受け止めるつもりなのだろう。
もしくは皮鎧に金属プレートでも仕込んでいるのかもしれない。
それにナーヴァを狙った攻撃が避けられてしまった場合、その攻撃はそのまま僕に向けられるはずだ。
ナーヴァもそれに気付き避けることを躊躇ってしまったのなら、僕たちは窮地に陥ってしまうかも知れない。
(もしナーヴァが怪我を負わされてしまったら……)
躊躇いそうになる気持ちを奮い立たせ、構えていた剣の狙いをリーダーの腹から首に変えようとした時だった。
走り寄るリーダーが一瞬怯んだ。
岩壁の上にいる女性がリーダーに矢を放ち肩を射抜いていた。
(今しかない!)
「ナーヴァ!」
僕はそう叫ぶと持っていた盾をリーダーの顔目掛けて投げつけた。
リーダーは顔を大きく逸らして盾を躱し、「このガキ!」と殺意をさらにむき出しにして僕を睨みつけた。
すると僕の横を素早く追い抜く影があった。
盾を躱すために伸び切った首に目掛けてナーヴァが槍を投げていた。
伸び切った状態の首では槍を躱すことができず、リーダーは「ウゼェ! クソがっ!」と叫んで剣で槍を打ち払った。
槍を打ち払った腕は大きく開き、僕の目の前で完全に伸び切っていた。
僕は首へと向けようとした剣の狙いを変え、リーダーの脇の下に深く突き刺しそのまま斬り払った。
「うぎゃぁぁあっ!」
リーダーの右腕から大量の血が噴き出し、皮一枚でブラブラとぶら下がっていた。
手から離れた剣を僕は蹴り飛ばし喉元へ剣先を当てて制圧した。
強い緊張感と疲労がどっと押し寄せ、生き残れたという安堵感で僕とナーヴァから少し笑みがこぼれた。
岩壁にいた人たちが縄梯子を使って降りてきた。
「君たち大丈夫? 怪我ない?」
女性が優しく声をかけてくれた。
「はい、おかげで助かりました!」
「ありがとうございます!」
僕とナーヴァは明るくお礼を言うと、一緒にいた男性二人がリーダーを縄で縛り上げていった。
「あー、こりゃ致命傷だな……血が吹き出してる」
「聞きたいこと聞き出せる時間あるかどうか……悪いけど君、コイツ好きにしていい?」
「はい、お任せします」
「ありがとう。じゃあ、リッピそっちは任せた」
「りょ~かい」
そう言って男二人は僕らが身を隠していた岩の陰へリーダーを引きずっていった。
リッピと呼ばれた女性は金髪を短い三つ編みにした、愛嬌を感じる美人だ。
深緑の半袖のトップスとショートパンツにロングブーツを合わせ、手に弓を持つ彼女の姿は冒険者というより狩人なのかと思った。
彼女はよく通る、はっきりとした声で僕たちに聞いた。
「それじゃさ、この辺りで何してたかちょっと教えて欲しいんだけど……いいかな?」
気さくな笑顔で問いかけられ悪い人じゃないと感じたが、ナーヴァは少し警戒していた。
ナーヴァは何も言わなかったので、僕はリッピに笑顔で答えた。
「えーっとですね、今は廃村となったゾルアフス村に行こうとしていたんです……」
女性の顔は一瞬で曇り、厳しい眼差しで僕らを睨みつけると、持っていた弓を素早く引き絞り、鏃を僕らに向けて言った。
「あなた達は何者? 何が目的なの?」
僕らは剥き出しとなった殺意にいつの間にか囲まれていた。
リーダーを連れて行った二人の男性も弓を構えて僕らを狙っていた。
僕の心臓は再び激しく動き出していた。




