第30話 残された者の明日
精霊送りの儀式が終わり、僕らは片付けを手伝った。
とは言っても片付けるものはモイシャルたちが用意した腰の高さほどの木の棒だけだ。
「そういやその棒がどうのって聞いてたな……」
モイシャルが思い出した様に言ってきた。
「え? ……うん、もう終わっちゃったから別にいいかなと思うけど……」
聞きそびれた話だが、そこまで強い関心があったわけではなかった。
「ん~、あぁ、そうか……じゃいいか……」
「いいわけない……」
モイシャルの後ろからラウハが少しきつめの口調で言った。
「スヴィルは初めてで勝手がわからない……次の精霊送りの時に、知らない事はなるべくなくしておいた方がいい……」
僕とモイシャルはラウハのお叱りに身を小さくした。
そんな僕らを見ていたナーヴァはクスクスと笑っていた。
「そ、そんな大事なことだったんだ……」
僕は申し訳なさそうに言った。
「いや……ただの場所取り用の棒だよ……」
「それだけなの……?」
モイシャルに聞き返すと、ラウハが説明を加えた。
「ただの場所取りでも、魔法行使時に干渉しないようにするための目印でもあるの……」
「そうなんだ……ナーヴァは知ってる?」
ナーヴァは首を軽く傾げて「わかんない」と言った。
ノーザント家は精霊系魔法にあまり興味がないため、それに関する知識もなく教会で済ませていたそうだ。
精霊送りは個人や家族での儀式参加がほとんどなので、他の誰かにお願いすることはあまりないとのことだった。
「ラウハ、棒の長さとかは意味あるの?」
ナーヴァがラウハに尋ねた。
「うん、教会だとテーブルを使ってたりしてるよね?」
「そうだね」
「そのテーブルの高さぐらいなの……棒なのは持ち運びが楽だから……」
「ほぅー、なるほどー」
ナーヴァがラウハの説明に相槌を打つと、続いて僕はラウハに訊いた。
「テーブルと棒とじゃあ、儀式の時の違いってなんだろう?」
「テーブルだとたくさんの灯り凧をテーブルの上に載せて置くと、魔法発動時に一気に舞い上がっていくの。棒だと魔法陣の中に入って、自らの手に持って舞い上がらせるの……」
ラウハが教会と個人の儀式の微妙な違いについて教えてくれたが、僕はふと疑問に思ったことも訊いてみた。
「そういえば精霊系魔法って設置型魔法陣だって聞いたことがあるんだけど……確かエミルさん空中に二つぐらい設置して使ってたような……棒は無しでもできるんじゃないの?」
僕は空に視線をやり、思い出しながら話した。
「私は一つだけだけどできるよ……でもそれだと魔法を使った人にしか、どの辺りに展開されるかわからない。棒を置けば場所と高さが見ただけでわかるようになる……。教会のテーブルも場所と高さを目視で判断できて、ひとまとめに飛ばせるから……」
「ち、ちなみに……地面に魔法陣を展開するとダメなのかな……?」
僕がダメそうだなと思いつつも確認してみた。
「スヴィル、それだと砂埃が舞い上がっちゃうよ」
(あ、やっぱり……)と思いつつも聞いてしまった僕に、ナーヴァから厳しめの指摘が飛んできた。
「教会はテーブルに魔法陣を設置、棒で代用する方は棒の先端に魔法陣を設置してるってことだな」
モイシャルがまとめると、僕は二人にもう一つ質問をした。
「話は変わるけど……モイシャル、ラウハ、二人に質問なんだけど冒険者は続けるの?」
モイシャルとラウハの表情は明らかに曇り、二人とも俯いたまましばらく沈黙が続いた。
「あ、ご、ごめん……悪気はなくて……無理に答え……」
「私はもう冒険者やめる……」
ラウハは決意を固めたようにハッキリと答えてくれた。
「スヴィル……すまない……俺も続けるかは決めてないけど、しばらくはやらないかな……」
モイシャルは迷いながらも返答した。
僕は寂しさを感じながらも、彼らの気持ちも理解できた。
だけど、僕の口からはすぐに理解を示す言葉が出てこなかった。
「それでいいと思うよ……ラウハ……モイシャル……」
ナーヴァが二人に優しく声をかけた。
モイシャルは少し涙ぐみ、ラウハはナーヴァに「ありがとう」と言って手を握った。
「ナーヴァ、スヴィル、聞いてくれる?」
ラウハが涙を浮かべて僕らに問い、僕とナーヴァはうなずいた。
「私は今回のことで、大切な仲間を守り切るための力が足りないことが痛いほどわかった……。私の得意としている魔法だけだと、冒険者を続けてもまた同じ事を繰り返してしまうと思う……。精霊系魔法は補助魔法の側面が強く攻撃魔法は少ない……生命系魔法の攻撃魔法に比べると『準備・設置・展開・発動』の手順のせいで遅攻型の攻撃になっていざとなった時には間に合わないと、今ならはっきりわかる……」
僕はリィリィが言っていた事を思い出していた。
『この子は精霊系魔法使いと言ってあげてくれるかな? わたしと同じ”魔法使い”ということで……』
その言葉はリィリィがいて成り立つもので、二人で一つの役割を果たしていたのかと思いなおした。
僕の知っている精霊系魔法の使い手は近接武器を持って、攻撃力不足を補っていた。
武器を持たずに精霊系魔法使いとしてやるとなると、精霊系は水・氷属性と土属性ぐらいしか攻撃魔法が使えない。
精霊系にも火魔法はあるが、それは魔力を焼く青い炎らしく、攻撃というより補助魔法らしいのだ。
「それにね……リィリィが居なくなっちゃって……私は……」
「ラウハ……大丈夫だよ……誰も辞めることを責めたりしない。ラウハが生きているならそれだけで十分だよ」
ナーヴァは涙をこぼしながら訴え続けるラウハを優しく包み込んでいた。
「ナーヴァ……」
ラウハもナーヴァを抱きしめた。
「モイシャル……君も無理しないでね」
「あぁ……」
僕とモイシャルは軽く拳を合わせて確認しあった。
「スヴィルたちはどうするんだ?」
モイシャルの問いに僕はナーヴァにチラリと視線を送ると、ナーヴァはうなずき僕も同調した。
「僕らは旅に出るよ……ナヴィ姉さんが記した場所へ……ヘディンさんの目標を僕も追いかけてみたいから……」
「そうか……スヴィル、死ぬなよ……」
「うん……」
僕とナーヴァはラウハとモイシャルとは北門で別れた。
彼らは北門でアダムの両親と待ち合わせがあるからということだった。
それから、僕の泊まっている宿の前でナーヴァと別れようとした時だった。
「スヴィル……私、明日の訓練で最後にするよ」
「それじゃ……」
「出発は明々後日でいいかな? あと、出発前にお母さんがスヴィルを連れて来て欲しいって……明日、訓練が終わったら迎えにいくよ」
「うん、わかった……あ、それと……」
僕は慌ててナーヴァを呼び止めた。
「何? スヴィル、どうかしたの?」
「一緒に来てくれそうな人って見つかったのかなって……」
ナーヴァは寂しそうに首を振ると、胸の前で手を握りしめた。
「信頼できる人を見つけるって難しいよね……信頼できそうな人たちでも、私たちが力不足ということで断られちゃうし……」
「声をかけたの?」
「うん、訓練が終わってギルド内で少し探していたんだけど『遠回りでも実力つけてからにしろ』って、言われちゃった」
「ごめん、ナーヴァに負担をかけて……」
「私とスヴィルだけなんだけど……いいかな?」
「全然、僕はナーヴァと一緒なら大丈夫だよ。危なくなったら逃げようね!」
ナーヴァは嬉しそうに笑うと「そうだね」と、言って互いに手を振った。
ナーヴァと別れて部屋に戻り、ひとり明日のことを考えていた。
(エリアナさんが連れてきてほしいと言うなら、明日の食事の誘いは『約束』を果たすため、今度こそ逃れることができなくなるな……)
深くため息をついて、床に就いた。




