第29話 精霊送り
僕が守り切れなかった三人の命……。
ヘディンさんたちと一緒にいた時のように、僕が失敗しても的確にサポートしてくれる人たちはもういない。
僕の失敗は仲間の死に直結してしまう……。
自分の力の無さを嫌というほど痛感し、改めてヘディンさんたちの凄さを思い知った。
そのやり切れない感情に弄ばれている内に、僕は机に突っ伏した状態で、いつの間にか眠りに落ちていた。
◇
「スヴィルーッ!」
悲鳴のような叫び声と勢いよく開いた扉の音で、僕はびっくりして飛び上がって目を覚ました。
「え……あ、ナーヴァ……」
ナーヴァは槍を床に落とし、涙を浮かべて僕の手をとって言った。
「よかった……」
囁くように優しく漏らすと、安堵の表情を見せた。
「ナーヴァ、どうしたの? 訓練は終わったの?」
僕の問いかけにナーヴァは首を振った。
「違うの……ギルドで勇者が……アルが亡くなった報せがあって、生還したのが二人だけだって聞いたの。……アルたちは依頼を断りにいったはずなのに何でって……。それでね、誰が生還したのか確認したら、モイシャルとラウハの二人だけだって聞いたから……その二人にスヴィルのことを確認しようにもギルドにはいなかったし、もしかしたらって……不安になって……宿に来ていなかったらと思うと私……」
ナーヴァはその時の不安な感情を思い出し、涙をこぼしたようだった。
「ごめんね……心配かけたみたいで……」
ナーヴァは「うん」と言いながら涙を拭うと、いつもの笑顔を見せてくれた。
『コン、コン』
扉を叩く音がしてそちらに目をやると、大きく開いた扉にモイシャルとラウハが立っていた。
「ん~、コホン……扉が開きっぱなしだったもんで……もう良いかな?」
モイシャルの言葉に、僕とナーヴァは今のやりとりが他人に見られていたと思うと、急に恥ずかしくなり距離をとった。
「ど、ど、どうしたの? も、モイシャル……と、とりあえず中へどうぞ……」
焦りすぎて言葉がうまく出なかった。
ナーヴァとラウハはベッドに、モイシャルと僕は椅子にお互い向かい合うように腰掛けた。
「いや、アルたちの葬儀が明日の朝、鐘が九回鳴ってから行われると伝えに来たんだ……」
「わかった……僕も参列するよ。わざわざ伝えに来てくれて、ありがとう……」
「私も参加するわ……せっかく仲良くなったのに……」
「ありがと、ナーヴァ」
ラウハはナーヴァの手をとり、ナーヴァもラウハの手に被せて目を伏していた。
「スヴィル、私は事情がちゃんとわかっていないから、教えて欲しいかな……」
ナーヴァが申し訳なさそうに訊いた。
僕はモイシャルとラウハの確認をとり、ナーヴァに依頼を受けることになった所から説明をした。
◇
「……吸血草の討伐が食人魔草に遭遇。そこから人魔樹に進化した魔族の討伐だなんて……」
ナーヴァが辛そうに表情を歪めていた。
「まあ、おれたちが助かったのは、スヴィルがいてくれたおかげだからな……」
「わたしもそう思う……」
二人が僕のおかげだと言ってくれるのは正直ありがたいが、僕の気持ちはやるせなさが勝っていた。
「スヴィル……アルたちのこと、引きずってる?」
ナーヴァの指摘に僕はハッとさせられた。
「……うん……気持ちの整理はまだつかないかな……」
モイシャルが僕の背中をバンと強く叩いて言った。
「スヴィル、抱え込むな……もし、お前が一緒に来てくれていなかったら、吸血草に遭遇した時点で俺たちに犠牲が出て、誰も帰って来られなかった可能性の方が高いんだ。アルやアダム、リィリィだってスヴィルに非があるなんてこれっぽっちも思っちゃいない」
「わたしも強くそう思う……」
モイシャルとラウハの励ましに僕は心が熱くなり、「ありがとう」の言葉と共に涙をこぼした。
「スヴィルってホントよく涙流してるよね」
ナーヴァが唐突にイジってきた。
「はは……なんか感情の起伏が激しくて、その辺もよくヘディンさんやナヴィ姉さんに言われたよ……」
モイシャルとラウハはクスクスと笑った。
ナーヴァのおかげで少し重い雰囲気だった部屋の中が軽くなったのが分かった。
「ところで、明日の夜はどうするんだ?」
モイシャルが僕に尋ねた。
「明日の夜って何かあるの?」
みんなきょとんとして僕の顔を見ていた。
「明日は精霊送りの日だよ」
ナーヴァが教えてくれたが、僕にはピンとこなかった。
「ご、ごめん……精霊送りが何なのかわからないんだけど……」
「それはねスヴィル……」
ナーヴァが一から教えてくれた。
精霊送りとは一年に一度亡くなった死者の魂が、女神のもとへ迷わず導かれるように祈る儀式とのことだ。
送られた魂は女神のもとでしばらく過ごしたのち再び地上に舞い戻るらしい。
送り出す儀式には精霊系魔法の風送り魔法を使って、『灯り凧』という死者の名を書いた木札に光キノコの粉末を付け、小さな紙の帆を括り付けて空へ飛ばすらしい。
風送り魔法は教会の神官たちが広場で行うか、個人で行うかで分かれているとのことだ。
「スヴィルたちはどこで送り出す? わたしは風送り魔法使えるから一緒にできるよ?」
ラウハが嬉しい申し出をしてくれた。
僕は精霊送りの儀式の勝手がわからないので、一緒に誘ってもらえるのは素直に嬉しかった。
「あ、でもナーヴァは……」
「大丈夫だよ、スヴィル」
僕が言いかける前にナーヴァが話を遮った。
「お父さんとお母さんは教会で送り出すと思うから、私はラウハにお願いして送り出すわ」
「うん、任せて」
ラウハとナーヴァはお互い笑顔で確認し合った。
「えっ? ナーヴァは両親と別に送り出してもいいの?」
僕は疑問に思ったことを訊いた。
「あー、大丈夫よ。送り出すのは個人の想いでやる儀式だからね。だからスヴィルもヘディンさんやお姉ちゃんたち、それとアルたちも一緒に送り出してあげるといいよ。お母さんたちには言っておくから」
「うん、わかった! ラウハ、数が多くなっちゃうかもしれないけど、僕もお願いしてもいいかな?」
「もちろん」
ラウハは笑顔で快諾してくれた。
「それじゃ、俺たちはそろそろ戻るかな……」
モイシャルとラウハが席を立ち、ナーヴァもそれに続いた。
「私も帰るね。明日のことお母さんたちに伝えないと……」
「わかった……それじゃ、みんな明日……」
僕らはそのまま宿で別れ、明日の葬儀で落ち合う約束をした。
みんなに会って話したおかげで、僕の心は軽くなっていた。
(気をしっかりと持ち直して、明日の葬儀に出ないと……そして、みんなに心配をかけないように、精霊送りでヘディンさんたちとアルたちを送り出してやらないとダメだよな……)
それから僕はオルペックで食事をとり、宿に戻って早めに床につき、昨日の疲れをとることにした。
◇
翌朝、ナーヴァが僕の部屋を訪れた。
それから、一緒にルードスロアの南にある教会へ向かい、九つの鐘が鳴り始める頃に着いた。
僕は墓地に着くまでに、葬儀での弔いの言葉を知らなかったので、ナーヴァに教えてもらった。
教会は広く、入り口の門をくぐり抜けて、建物の外側を大きく回り込むと、林が外側の視界を遮るように立ち並んでいた。
僕たちはその先にあるもう一つの門を通り、建物の裏側に出ると広大な墓地に辿り着いた。
墓地の一角でアルたちの葬儀は執り行われ、アルたちの親族と関係のある人たちがすすり泣く声と、神官の祈りと故人への感謝の言葉が静寂の中、厳かに響いていた。
モイシャルとラウハは先頭に立ち冥福を祈っていた。
僕とナーヴァも末席に加わり、同じように冥福を祈った。
◇
葬儀が終わるとモイシャルが僕らのもとに来て話をした。
「スヴィル、ナヴァリア……来てくれてありがとう。アルたちも感謝しているよ……」
「うん……彼らを幸甚の情と共に追懐します……」
「追懐します……」
僕はナーヴァに教えてもらった、故人とその親しい者へ送る言葉を述べて僕とナーヴァは頭を垂れた。
モイシャルは軽く頭を下げると、改めて切り出した。
「それでだな、精霊送りの場所なんだが……北側にあるリッフス川の南の河原でやることにしたよ」
「なるほど、いい場所だね」
モイシャルの言葉にナーヴァが反応した。
「ま、他にも精霊送りをする人はいると思うけどな……」
「全然問題ないよ」
僕はナーヴァと軽く目を合わせて言った。
「それじゃ、夜の鐘の音が七回鳴ると儀式が始まるからそれまでに……」
「わかった。準備もしておくよ」
モイシャルは小走りでラウハのもとに戻って行った。
ラウハが遠くから小さくこちらに手を振って、アルたちの親族であろう人たちと共に教会の建物へと入って行った。
僕とナーヴァは街へ戻り、夜の精霊送りのための準備と、灯り凧を麻袋の中に入れた。
◇
夕闇が近づく頃、僕とナーヴァは麻袋を抱えてモイシャルが教えてくれた場所へ向かった。
ルードスロアの街はいつもの夜の空気とは違って、ガヤガヤとした賑わいが薄く、厳かで幻想的な灯りが街を彩っていた。
「いつもと全然雰囲気が違うね……」
「そうだね……私は結構この雰囲気は好きかな……。小さい頃のお姉ちゃんは祭り気分ではしゃいでいたよ」
「あー、ものすごく目に浮かぶ……フフフ……」
ナヴィ姉さんの昔話にナーヴァと笑いながら歩いていると、北側の門を抜けた先に対岸を繋ぐ大きな石橋が架かっていた。
対岸にも街があり僕は思わず声を上げた。
「川の向こうにも街があるんだ……」
「あれもルードスロアだよ」
「えぇっ⁉︎」
川の向こう側にまで街が続いている事実に僕は呆然とした。
「大きな街だね……」
「フフフ……スヴィルは街に着いてからどこも見学していなかったのね……」
ナーヴァに言われて、僕は街に着いてから一度も散策をしていないことに気がついた。
「まぁ、色々なことが一気に起こっちゃったから仕方ないか……」
ナーヴァは寂しそうな表情を見せた。
「あ、あ、でも、嫌なことばかりじゃないから……」
僕はナーヴァを少しでも元気づけようとした。
「うん、そうだね」
ナーヴァはすぐにいつもの笑顔に戻り、僕はホッとした。
ナーヴァの辛そうな顔を見たくなかった……ただそれだけだった。
僕らはリッフス川の南の河原に着いた。
そこにはすでにモイシャルとラウハがいた。
「ラウハーッ……」
ナーヴァがラウハのもとへ駆けて行くのを見て、僕も一緒について行った。
ラウハたちが準備したという場所には、腰の高さほどの木の棒が立ててあった。
「モイシャル、この立ててある木の棒は何?」
僕が不思議そうに尋ねると教会の鐘の音が鳴りだした。
「お、もう始まるな」
モイシャルの言う通りあちらこちらから「発動」の声と共に、うっすらと青白く光る灯り凧が至る所から宙を舞っていくのが見えた。
「スヴィル、始めるぞ」
モイシャルがラウハに合図を送り、ラウハは風送りの魔法を発動させた。
「風送り魔法 発動」
立ててある木の棒を中心にして魔法陣が展開され、ラウハの風送り魔法が発動した。
モイシャルとラウハが魔法陣の中に入り灯り凧を空へ送り出していた。
僕らは麻袋から灯り凧を取り出した。
風送り魔法は腰の高さほどから吹き上がり、心地よい風の中、浮かび上がる魔法陣に入って僕とナーヴァはヘディンさん、ナヴィ姉さん、バリルさん、エミルさんの順で名前を書いた灯り凧を空へ舞い上がらせた。
そして、アル、アダム、リィリィ、僕の両親、イルト村の老夫婦と続けた。
初めて送り出した灯り凧は空へ昇っていく……もう夜空に溶け込んでいるけれど、光キノコの粉末によって青白くぼんやりと光っている姿が確認できた。
空高く昇り風に煽られ、流されていく多くの人々の想いが、近くまで降りてきた星々に見えた。
灯り凧が河の様に連なり流されていくのを、僕はぼんやりと眺めていた。
「綺麗……」
思わず漏れ出た言葉にナーヴァも「そうだよね」と返して一緒に光の行方をただ眺めていた。
教会の鐘の音が一回鳴り響いた。
「スヴィル、終わりの合図の鐘だよ」
ナーヴァが教えてくれたが僕は名残惜しげに光の行方を見つめ続けた。
そんな僕を見ていたラウハが伝承を一つ教えてくれた。
「精霊送りはわたしたち生きている人の想いだけでなく、故人の想いが強くなって姿を見せてくれる事があるって聞いた事がある……」
「え……本当?」
僕はラウハに大きな期待を込めて聞いた。
しかし、ラウハは首を大きく横に振った。
「それはあくまで伝承で見た人はいない……」
「私もその話は知っているけど、見た人は聞いたことないかな……」
「確かに聞いたことがないな……」
ナーヴァとモイシャルも伝承は知っているみたいだった。
「そっか……」
ルードスロアの星空の下に涼やかな風が走り抜けた。
風は空高くゆらゆらと泳ぎ続ける灯り凧を揺らし、その優しく灯る光が僕らに手を振っているように思えた。
光が遠く小さな灯りとなっても、僕ら四人は彼らの灯りを見つめ続けていた。
女神のもとでしばらく過ごした後、再び地上に舞い戻るその日を待ち焦がれて…………。




