第28話 茜空の勇者たち
アルとリィリィが魔族の手に落ちた。
僕はこのまま四人で逃げ出すことも考えていた。
何故なら人魔樹という魔族の情報は全く持っていなかったからだ。
おそらく火が有効なのだろうけど、火魔法が使える二人がやられてしまうなんて想像だにしていなかった。
「まだだ~、まだ血が足りないなぁ~。本来の力には遠く及ばなくなるほど削ってくれやがって……お前ら全員その心臓をもらうぜぇ~」
顔の一部はまだリィリィの容姿が残っているとはいえ、却って不気味さが増していた。
「このクソッ! リィリィを返せ! ちくしょーっ!」
アダムがヤケクソ気味に叫んだ。
すると人魔樹は不気味な笑みを浮かべると、リィリィの声を真似てアダムに囁いた。
「アダム……わたしを助けて……お願い……」
リィリィの触手がアダムへと伸びていった。
「リィ……リィ……」
アダムの殺気が消え、リィリィに駆け寄ろうとした。
「アダムだめだ! 行くな!」
僕は力一杯叫んだ。
人魔樹は優しく触手を伸ばしアダムに触れると、一瞬でアダムの体を絡め捕り、鎧の隙間へ入り込んでいった。
「ブハッ……」
アダムは逃れようと暴れたが、口から血を吐くと見る見るうちに血の気が引き、力なく触手にもたれかかった。
人魔樹はアダムの体をボロ切れのように投げ捨てた。
「クソッ! しょぼ過ぎる魔力だな……ほとんど力が回復しねぇ……やっぱそこの女が一番魔力を秘めてそうだな……ヒヒヒ」
アダムがあっさり魔族の手に落ちてしまい、ますます窮地に立った。
「うぅ……」
ラウハは声を押し殺してずっと泣きじゃくっていた。
「ラウハ、お願い! 気を取り直して……アイツからリィリィの魂を解放してあげないと……」
『もし仲間が敵に寝返っていたら判断の遅れが致命的に』僕はエリアナさんの試練の時の言葉を思い出していた。
リィリィは寝返ったわけじゃないが、状況は似たようなものだった。
僕は焦りを感じつつラウハに気を取り直すように頼んだ。
「スヴィル、その言い方だとアイツを倒す方法があるのか?」
モイシャルはラウハを支えながら尋ねた。
「確証はないけど……これでダメなら脇目も振らずに逃げるしか術はないよ……」
「女いただきぃーーっ!」
突如、人魔樹がラウハに飛びかかった。
僕は人魔樹の左触手を叩き斬り、右触手をモイシャルが斬り落とした。
そして、モイシャルはそのまま人魔樹の懐に飛び込んで「リィリィ、すまない」と言い、胸に剣先を突き刺した。
胸は硬い木の皮になっており、先端が少し刺さっただけで、人魔樹は不気味な笑顔を浮かべていた。
人魔樹がモイシャルを手にかけようと行動を起こす前に、僕は残り少ない油瓶を人魔樹の胸に投げつけて割り、さらに踏み込んで油がついた胸に剣の火を移そうと斬りかかった。
人魔樹は大きく後ろに飛び退き挑発してきた。
「そんな道具を使わないと火を起こせないんじゃ……んんー、ワタシに勝てないわよ~……ねぇ、ラウハ……?」
人魔樹は話の途中で声色をリィリィに変え、ラウハに同意を求めた。
「スヴィル、今のうちに教えてくれ……どうするんだ?」
「わ、わたしもやる……リィリィのため……」
モイシャルの問いと一緒に、ラウハは気を取り直した様子だった。
「ありがとう……ラウハじゃないと出来ないことだから……」
僕は二人に手短に作戦を伝えた。
◇
人魔樹は明らかに火を警戒していると僕は思った。
「ラウハ、できる?」
「……はい」
「んー、考えずにやるしかないな……」
僕とモイシャルはラウハの前に立ち火を消した剣で構えた。
「急流魔法 発動」
ラウハは両腕を広げ精霊系魔法の水属性魔法を使い、僕らの周りを水流がぐるぐると回った。
「アヒャヒャヒャッ、なんだそれ? オレ様と相性が良い水なんかだしてどうすんだよぉ!」
人魔樹はバカにするように笑い転げた。
僕たちは人魔樹の言葉を意に介さず、作戦通りに事を進めていた。
「おいおいおい、いつまでやってんだ? ……それじゃ、ワタシも混ぜてもらおうかしら?」
僕たちの神経を逆撫でるように時折、リィリィの声を使ってくることにイラつきを覚えた。
だが、ここでアイツの術中にハマる訳にはいかない。
僕たちの準備は終わりを迎え、アイツに最後の仕上げをするだけだ。
僕たちの周りを回る水流は黒く変色し、その異変を人魔樹はようやく気づいた。
「なんだ? なんで黒くなってんだ?」
人魔樹がゆっくりと近づき、様子を確かめようとした。
「ラウハ!」
僕の合図にラウハは魔法を発動した。
「奔流魔法 発動!」
周りを回っていた水流は方向を変え、激流となって人魔樹へ襲いかかった。
ラウハの手には奔流魔法の魔法陣が浮かび上がり、その手で激流をコントロールした。
激流は勢いよく人魔樹にぶつかり、何度も何度もそれを繰り返した。
「クッ! うぜーよ! オレ様に水なんかぶつけても意味ねーだろ! 何のつもりだっ!」
「答えならすぐわかる……」
モイシャルは剣に火をつけた。
そして、その剣をラウハの操る水流へ軽く投げ込んだ。
ラウハの水流に火が燃え移り、そのまま炎の川のように人魔樹を取り囲んだ。
「なんだ! なんで水が燃えてやがる! なんの魔法だ! オ、オレ様の体中に付いているこの黒い液体はなんだっ⁉︎」
人魔樹は焦りだした。
「それは油だよ。水に浮き、さらに火が点いても水では消せない。それに、油は粘度があって体に付くとなかなか落とせない。水流が僕らの周りを回っていた時に仕込んだんだ。そして、睨んだ通り今のお前の力だと、こんな火でも体につくとまずいみたいだね」
人魔樹の体はラウハが何度も水流をぶつけたせいで、全身が油まみれになっていた。
僕の言葉に余裕がなくなった人魔樹は態度を変えてきた。
「わ、わかった……オレ様の負けだ。この女の体は返すから……」
ラウハは気を緩めそうになったが、僕はすぐに否定した。
「無理だよ。リィリィはもう帰ってこない……お前が奪ったんだ。リィリィとアダムとアルの命を……」
「いや、戻す方法はあるって……」
人魔樹はなおもしつこく食い下がった。
「黙れ! お前だけは……」
ラウハの表情は怒りで歪み、涙を浮かべていた。
「ラウハ……仇を……」
僕はラウハに最後の合図をだした。
「やめろ……やめろーっ!」
徐々に迫り来る火の川に人魔樹は右往左往していた。
ラウハは何も言わず、火のついた水流を人魔樹にゆっくりと近づけ、体に燃え移らせた。
人魔樹の体に火が燃え移り、激しく悶えた。
「嫌だーーっ! 魔族になったばかりだぞぉっ! 力さえっ! 力さえ戻ればっ! 火の魔法も使えない……クソ雑魚に……お……オレサマ……ガァ……」
燃え上がる炎に木の肌が音を立てて裂け始めた。
硬い木の皮だった胸もパキパキと裂け、隙間ができていた。
その隙間から魔族の黒晶珠が見え、僕は迷わず炎の中に飛び込み剣を突き刺した。
黒晶珠は砕けて、人魔樹は塵となって消えた。
僕のクロークに火が燃え移って焦ったが、モイシャルが火を消してくれて難を逃れた。
人魔樹が塵となって消えた場所から、ラウハが赤いメダルを拾い上げ大事に抱え込んだ。
僕たちはしばらくの間、動けずにただ呆然としていた。
モイシャルもラウハも現実と向き合う時間を必要としていると僕は思い、彼らが動き出すまでそのまま待った。
◇
冷たい風が僕らの頬を撫で、森の隙間から見える空が赤く染まっていた。
(もうすぐ日が落ちるな……)
僕は二人にどう声をかけようかと考えていると、モイシャルから声がかかった。
「スヴィル……ありがとう……そろそろ戻らないと……」
ラウハも立ち上がり、二人とも少しだけ気力が戻っていた。
「うん、じゃあ……彼らも一緒に……」
僕がアルを、モイシャルがアダムの遺体を担いで森の外へ向かった。
ラウハの手にはリィリィの赤いメダルが大切に握られていた。
◇
森を抜けると空が真っ赤に染まっていた。
森の中で見た赤はどす黒く気味の悪いものだったけれど、森の外で見る赤い夕陽は、心の奥底まで染み込むような清らかさで温かく感じた。
アルたちが『よくやったな』と祝福してくれているような温かさに思えた。
僕たちは綺麗な赤橙色の夕陽をしばらく見つめ「アル……君の髪色と同じ色だね……」と呟き、ルードスロアへの帰路に就いた。
◇
ルードスロアに着くとすっかり陽も落ちて、街はいつもと変わらない夜を迎えていた。
僕たちはアルとアダムの遺体に祈りを捧げ、教会に預けて後日葬儀を行うことになった。
モイシャルとラウハはギルドに報告するということで別れた。
僕は宿の部屋に帰り、アルたちを守れず自分が生き残ったことに苛立ち「くそッ!」と、机を殴り頭を抱え込んだ。
(アルならヘディンさんの仇を一緒にとってくれるかもって思ったのに……)
勇者アルヴィド・リンデルは勇者判定を受けてから二日で死亡したと、ギルドの冒険者たちに報せが届いた。
その日から巷で囁かれていた小さな噂の波が、より大きなうねりとなるきっかけとなった。
『勇者判定は死の呪い』と……。




