第27話 変貌
暗くじっとりとした空気と異臭漂う森を駆け抜け、アルたちのもとへと逸る気持ちと激しい鼓動を抑えていた。
(落ち着けっ! 落ち着けっ! 焦ると周りが見えなくなる……周りの動揺に流されるな!)
ほのかに明るさを放っていた場所へと僕は辿り着いた。
僕の眼前にはアダム、モイシャル、ラウハが体を震わせて立ちすくみ、リィリィはへたり込んでいた。
「みんな! 何があった! アルはどうした!」
僕は大きな声で呼びかけ、みんなの意識をもう一度ハッキリさせようとした。
「……あ……あれ……」
モイシャルが震える手で暗闇を指差した。
辺りには火が消えて煙が立ち込めていたが、見通せないほどではなかった。
僕は足元に落ちていた木に油を垂らし、火をつけてモイシャルの指差す暗闇に投げた。
揺れる明かりは周囲に不気味な姿を浮かび上がらせた。
大きな挟み罠の形をした葉が体の中心にあり、ドス黒い大きなコブが頭のような形でついていた。
足は歩くというより根で引っ掛けて体を引きずりザリザリと音を出していた。
「アルがあっちに魔法を放った後……い、いきなり……そっちから触手みたいなのが……ア……アルを体ごと……」
「アイツの体の部分に……喰われちまったんだ!」
モイシャルの説明に被せるようにアダムが叫んだ。
「それ……じゃぁ……」
「ス、スヴィル……どうしよう……アルは……」
リィリィが涙を流しながら訴えていた。
僕はリィリィの体を起こし、一旦距離を取るように促した。
「見捨てるのかよ! アルをっ!」
アダムのやり場のない怒りと恐怖が僕を恫喝する。
「そうじゃない! 態勢を整えてからアルを助けるんだ!」
僕らは動きの鈍い相手から難なく逃れることができた。
だが、すぐに攻勢をかけアルを救い出さないと……僕は万に一つの可能性に賭けたかった。
僕とモイシャルで周囲の状況を確認した。
吸血草の姿は消えていた。
「スヴィル、あれは何かわかるか?」
モイシャルが落ち着いた口調で尋ねてきた。
僕は頷いて説明をした。
「あれは確か食人魔草……吸血草が進化した姿だったはず……」
「ま、魔族なの⁉︎」
リィリィの問いに僕は首を振り答えた。
「魔族じゃないよ。魔族は言葉を解するって聞いたから……それより、みんなにお願いがあるんだ……アイツを倒すために協力して欲しい……」
「勝てる算段があるんだよな?」
モイシャルは僕の肩に手を置いて訊いた。
僕は頷いて作戦を説明した。
「食人魔草は近づくと触手に絡め捕られて、胴体の挟み罠で捕食される。だからリィリィの火魔法が倒すために必要だ。リィリィは訓練場で見せてくれた火球魔法が一番威力が高いのかな?」
落ち着きを取り戻したリィリィは首を振った。
「一応、威力だけで言えば蛇炎魔法も使えるわ。……だけど、まだまだ未熟で一つしか出せないし、魔力操作も全然……真っ直ぐに進むだけで射程も短いの……どうかな?」
不安な表情でリィリィは聞き返したが、僕は迷わなかった。
「それでいこう。ラウハはリィリィが魔法発動に集中できるように守ってあげて、あと僕らは彼女たちを全力で守るんだ……油で火をまとわせた剣を使って牽制すれば、下手な攻撃はしてこないと思う。リィリィの魔法が上手くいったら、魔力充填石を全て使って威力の底上げもするよ……それでいけると思う……」
僕は充填石を取り出しアダムとモイシャルに一つずつ渡した。
「これで仕留めるんだな……」
アダムがニヤリと口角をあげて言った。
「リィリィの魔法が敵に絡み付いたら、その魔法に向かって投げて。充填石がリィリィの魔力に反応して弾け、魔力濃度が上がって魔法の威力を上げてくれるから……僕だけでやると防がれたり、外すとまずいからね……」
僕の言葉のあと全員が覚悟を決めた表情をしていた。
「すぐにいこう。みんな準備を……モイシャル、リィリィの後方を守って周囲の警戒は続けながらだからね。吸血草が増えているかもしれないから……」
モイシャルは静かに頷き、僕らは食人魔草の前へ飛び出した。
「障壁魔法……発動」
ラウハが障壁魔法を使いリィリィの前方からの攻撃に備えた。
僕はラウハの左前方に、アダムはラウハの右前方に、モイシャルはリィリィの後方からの攻撃に備えた。
リィリィが深呼吸をしてから蛇炎魔法の準備を始める。
「我が源よ 横蛇のうねりと……」
リィリィが詠唱を始めると食人魔草は危険を察したかのように攻撃を仕掛けてきた。
「アダム! 右だ!」
モイシャルの叫びにアダムは即座に反応し、右の暗がりから飛び出してきた吸血草を薙ぎ払った。
アダムへの攻撃と同時に左から僕にも吸血草が飛びかかる。
僕は盾で殴り飛ばし剣で斬り捨てた。
「顕現し 我が意思に沿え……」
「スヴィル! 後方からも吸血草が来ているぞ!」
モイシャルが焦りを見せていた。
「アダム! 少し下がってモイシャルを援護してあげて!」
「わかった! クソどもがっ!」
僕の指示でアダムとモイシャルが右と後方の対応に追われた。
「その身に纏いし 灼熱の揺らぎ……」
アダムとモイシャルに吸血草が右から後からと次々に襲いかかり、二人は声を掛け合いながら必死に応戦した。
僕は左から来た吸血草を早々に処理し、すぐに元の立ち位置に戻ることを繰り返していると、突然食人魔草の触手が僕の右腕に巻きついて動きを封じられた。
僕は慌てずに剣を逆手に持ち直して、盾を剣の刃に叩きつけて触手を挟んで切り落とした。
剣の火が触手に燃え移り食人魔草は混乱に陥っていた。
「這い回せ炎 ……スヴィル! いけるわ!」
リィリィの合図に僕は「お願い!」と即応した。
ラウハが障壁魔法を解除すると、リィリィはラウハの前へ飛び出して魔法を放った。
「蛇炎魔法!」
蛇炎は食人魔草へ一直線に向かって行った。
食人魔草に蛇炎魔法が絡み付くのを確認すると、僕はアダムとモイシャルに合図を送った。
「アダム! モイシャル! 魔力充填石を蛇炎に投げつけて!」
僕らは魔力充填石を全て投げ当てると、蛇炎が放つ熱と光が一気に激しくなり、食人魔草は体をのたうちながら猛烈な勢いで燃え上がっていた。
蛇炎の放つ熱に押され、僕は盾で熱風を防ぎながら後退した。
「燃えてなくなれぇっ! アルを返せぇぇっ! バカァァッ!」
リィリィが泣きながら叫び続けていた。
燃え上がる食人魔草の影から何かが膨らんでいくのが見えた。
食人魔草の挟み罠の葉から人の影が吐き出されるとほぼ同時に木の実が弾けていた。
『パァン』
「アルーッ!」
僕の盾にパチパチと小さな石が当たるような音がしていた。
一番前にいたリィリィは咳き込んでいた。
「ゴホッ……ゴホッ……ペッペッ……最悪……何か飛んできて口に入っちゃった……ペッペッ……」
「リィリィ、大丈夫か?」
アダムが心配そうに声をかけた。
「だ、大丈夫よ。それよりアルを!」
食人魔草は塵となって消え、吸血草と一緒に消えていた。
みんながアルのもとへ駆け寄った。
暗がりに倒れているアルに近づくと、みんなは異変に気づいた。
誰もがそれ以上アルに近づこうとはしなかった。
僕も息が止まり、手が震え出していた。
アルの体は心臓に大きな穴が開いており、顔は元の素顔がわからないほど溶解液で溶かされていた。
かろうじてアルだった者の名残があったのは、赤橙色の髪がそれを思わせる程度であり、凄惨な光景だった。
ラウハとモイシャルがその場で嘔吐し、誰も言葉を発することができなかった。
(折角気の合う友達ができたと思ったのに……早すぎるよ……)
僕の目には涙が溢れ出しそうだったが、アルをこのままにしてはおけないと思い、背負い袋を剣で切り開いて一枚の布状にしアルの上半身を丁寧に包んだ。
アダムとモイシャルも僕が何をしようとしているか気づくと手伝ってくれた。
「スヴィル、俺が担ぐからこの道具袋を持ってくれよ……」
「うん……」
アダムがこれは譲れないといった表情で僕に頼んだ。
「はぁ……はぁ……ゴホッ……ゴホッ……はぁはぁ……」
リィリィが苦しそうに胸を強く押さえつけていた。
「リィリィ……どうしたの? 大丈夫?」
ラウハがリィリィの背中をさすり気遣っていた。
「治癒魔法 発動」
ラウハが治癒魔法をリィリィに使った。
「あ゙り゙がどゔ……ラ゙ヴバ……」
リィリィの声が完全におかしくなり、モイシャルがポーションを渡そうとした。
「これ飲みなよ……」
リィリィはポーションに手を伸ばしたがそのままはたき落とし、激しく胸を掻き毟るように悶え苦しみ出した。
「リィリィ!」
ラウハとモイシャルが抑えようとするも、激しくもんどり打って苦しむリィリィに近づけなかった。
「ガァッ! はぁ……イ゙ヤ゙ーッ゙!」
「リィリィ! しっかりしろ!」
「何が起きてるの!」
リィリィの激しい苦しみに僕らは見ていることしかできなかった。
リィリィの体が徐々にガサガサで焦茶色に変色し、人間の肌らしいところは顔半分と右腕と髪の一部分だけになった。
目は真っ赤に血走り、細く滑らかだった指先が触手のように長く歪な節を作り出していた。
裂けた口から根のような舌が蠢いていた。
「嫌よ! 嫌よ! リィリィ!」
ラウハの絶叫が深い森にこだましていた。
「アヒャヒャヒャーッ! やったぜ! 進化したぜ! 勇者の魔力じゃ足りなくて焦ったが、この女の魔力でついに器が進化したぜーっ!」
「スヴィル……な……何が起きて……」
アダムの激しい動揺と絶望が伝わってきた。
「生憎、オレ様はまだ名前がねぇんだ……魔王様から賜るのが楽しみだぜ~。人間どもはオレ様のことを人魔樹と呼んでるみたいだぜ~……アヒャヒャヒャーッ!」
「何がどうなったらリィリィが魔族になるんだよぉッ!」
アダムは激昂し僕の胸ぐらを締めあげて叫んだ。
「たぶん……食人魔草の最後に弾けた何かをリィリィの口に入ってしまったことが原因かと……」
僕の鼓動も激しく収まらなくなっていた。
「じゃ……リィリィは……」
モイシャルの問いに僕は絞り出すように言った。
「もう……助からない……リィリィの心臓から魔力を取り込んで同化し、体を魔族化されたんだと……」
「そ、そんな……どうすんだよ……リィリィ……」
「もう、火魔法を使えるやつが……」
「うっ……うっ……」
僕は心を落ち着かせようとすることで精一杯だった。
四人で魔族に勝てる算段なんてあるのか、今の僕には思い付かなかった。




