第26話 影を落とす森
僕たちはルードスロアの西門から南へ下り吸血草が目撃された森へと向かった。
南の森へ続く道を辿ると、目標とする森は僕らの視界に入る距離にあった。
太陽の温かさと肌をスルリと抜けていく風の心地よさが、退屈になりそうな道中でも歩みを軽くしてくれていた。
時間はお昼を過ぎ、森へ入って帰ってくる頃には夜になっているのだろう。
僕は目的地へ着くまでに、モイシャルと探索眼の魔法を使って警戒しながら歩みを進めていた。
「なぁ、スヴィル……」
アルが僕に問いかけてきた。
「今更だが、スヴィルの装備ってそんな軽装でいいのか?」
「あー……」
確かに傍から見れば旅人のようにしか見えない厚手のクロークと皮のブーツだ。
「ヘディンさんと一緒にいる時からこの格好だよ。一応、服の下には鎖帷子と胸周りにはプレート。ブーツや手袋にもプレートが入ってるから見た目より重いよ」
僕は軽く腕を広げてクロークの中を見せた。
「そんなのでいいのか……」
アルやモイシャルにアダムは全身にとまでいかないが、鎧で体を守っていて重そうだった。
「見た目で言えばわたしたちに近いよね」
リィリィが魔法使いらしい長めのマントをヒラヒラさせて言った。
「僕の場合ただ身体強化魔法が使えないから……ははは……」
僕は苦笑いをするしかなかった。
「俺からすればスヴィルがちょっと羨ましいけどな……」
僕と同じように身体強化魔法が使えないアダムは辛そうに言った。
「アダムこれも訓練のうちだ! アハハハ……」
アルがアダムの背中をバンバン叩きながら、笑い飛ばした。
「アダム、無理しなくてもいいから……」
僕はアダムを気遣うと、アダムはやれやれと言った表情でサムズアップをして言葉には出さなかった。
アルがニヤニヤしながら僕のそばに来て耳打ちをした。
「まぁここだけの話、リィリィにカッコいいと言われて調子に乗ってたけどな」
アダムはリィリィのことが好きなんだとわかり、僕は苦笑いでその場を誤魔化した。
僕はラウハがリィリィと同じような装備なことに気づき尋ねた。
「ラウハはリィリィと同じ魔法使いのように見えるんだけど……神官とか聖職者に似せてないんだね」
僕の言葉に不満を持ったのか、ラウハは強めの口調で反論した。
「あたし……青色のメダルだからって神官扱いされるの……嫌い……」
明らかに不機嫌になってしまった。
「あ~ん、この子は精霊系魔法使いと言ってあげてくれるかな? わたしと同じ『魔法使い』ということで……よろしく!」
リィリィがラウハのフォローをした。
「わ、わかったよ……ごめんね、ラウハ……」
「許す……」
口数の少ないラウハだがどこが逆鱗に触れるかわからないというのも玉に瑕だ。
「それでラウハの使える魔法ってどんなのがあるの?」
「障壁、治癒、風、水流ぐらい……」
僕が思っていたよりも多くの魔法を使えるようで頼もしく思えた。
「確かまだ登録して間もないって聞いたのに、それだけ使えるのは凄いね!」
「ん……」
ラウハは表情には出さず、僕に軽く手を挙げて答えてくれた。
◇
楽しく会話をしながら目的の森の前まできた。
ここに来るまでに僕とモイシャルで声を掛け合いながら、周囲の警戒を続けていた。
森の前に立ち、中を確認するも吸血草の姿は見えなかった。
森は不気味さもなく、陽の光が差し込み明るく見通しは良好だ。
「アル、どの辺で目撃があったのかわかる?」
おおよその位置をアルは知っているのか確認した。
「あぁ、もう少し奥に入ったところに、暗く日が差しにくい場所があるらしい。その暗がり辺りだと……」
「ん~、いつも同じ場所にいるのか?」
モイシャルが尋ねた。
「さぁな……とりあえず行ってみようぜ」
アルが先頭を切って歩き出したところで僕が注意をして、先頭は僕で最後尾はモイシャルにお願いした。
探索眼の魔法を使って常に周囲の警戒を怠らないためだとアルたちに説明した。
「なるほどな……勉強になるな!」
「ルードスロアの旅道具屋の道中で説明したのになぁ……」
僕がガックリと肩を落としていると、アルは「頼りにしてる!」と笑い飛ばしながら僕の肩を叩いた。
◇
森の中には道は無く、ただ僕らは暗く日が差しそうにない場所へと進んでいった。
「な、なんか……この辺り冷えるわね……」
リィリィは身震いを起こしながら言った。
ここは日が差しそうにない鬱蒼たる樹々が立ち並んでいた。
わずかに湿り気を感じ取れることから、近くに沼か湖があるのではないかと思われた。
僕らの歩みに慎重さが増し、皆は静かに周りを注意深く観察するようになっていた。
その時、暗がりの樹々の間を緩やかに風が通り抜けた。
ただ、その風は強烈な違和感を伴っていた。
「ぐっ! なんだこの臭いは!」
アダムが顔を歪めて言った。
「んんっ! ドブのような臭いだな……」
モイシャルが鼻をつまみながら言った。
他のメンバーも鼻をつまみ不快な表情を浮かべている。
僕はこの臭いを知っている。
身体に走る緊張感を抑えるため、僕はこの嫌悪を押しつけるような臭いの中で、ゆっくりと息を吸って気持ちを落ち着けた。
「ス、スヴィル……よく深呼吸なんてできるな……」
アルたちは少し引いていた。
「みんな! これは血の腐った臭いだ! 近くにいると思った方がいい! モイシャル! 探索眼の魔法で警戒を強めて!」
「「探索眼の魔法!」」
僕の声に合わせてモイシャルも魔法を発動し、みんなが武器を構えて警戒した。
するとモイシャルが叫んだ。
「スヴィル! 左だ!」
「えっ⁉︎ どこ? どこっ⁉︎」
リィリィが慌てているのがわかった。
「大丈夫、まだ余裕がある距離だよ……」
僕は落ち着かせるためゆっくり話した。
そして、イグニスの油を取り出し、落ちている木の枝に少量垂らしてから火を点けて、吸血草のいる方へ放り投げた。
火のついた枝が辺りを少し照らし、吸血草がジリジリと歩み寄ってくる姿を、ハッキリとみんなに認識させることができた。
「うっ! ……き、キモい……」
ラウハが言葉を漏らし、リィリィと抱き合っていた。
吸血草は膝下ほどの高さの小さな魔物だ。
見た目は草というより枯れ草のような色だ。
枯れ草よりもドス黒い色をしているが、これは人の血を吸っているためこのような色をしているとヘディンさんに教わった。
その吸血草は群れを成して、ゆっくり静かに僕らに近づいていた。
「スヴィル、油を撒いて焼けばいいのか?」
アダムが聞いてきた。
「いや、こうやって使って……」
僕は剣を抜き先端を下にしてから、剣の腹に油を垂らした。
先端あたりまで油が垂れるのを確認すると、火打ち石を取り出し、油がついていない箇所の剣の腹にカチンと打ちつけた。
火花が散り油に引火して、僕はその剣で吸血草を斬りつけた。
斬りつけられた吸血草は切り口に油が燃え移り、バタバタと悶えながら塵となっていった。
「火魔法が使えないから、こうやって代用するんだよ」
「おぉ! なるほどな! なんかカッコいいな!」
アダムはすぐに自分もやると剣に油を垂らし火打ち石で火をつけた。
「魔法剣士見たいじゃないか!」とアダムは、はしゃいで魔物を斬っていた。
「ある程度斬ったら油を追加して途切れさせないようにして……」
僕の注意にアダムとモイシャルは「おう、おう」と応じた。
「スヴィル、オレたちは……」
アルとリィリィが手伝った方がいいのか尋ねてきた。
僕はアルの方に向くと、ギョッとした。
アル、リィリィ、ラウハの後ろから新手の吸血草がすぐそこまで近づいていたのだ。
僕はアルの質問に答える前に、斬りかかった。
危うくアルたちが襲われそうになったため、さらに注意深く警戒するよう促した。
「スヴィル! 前の方からまだまだやって来てるみたいだぞ!」
モイシャルが声を上げた。
最初に見つけた方から次々とやって来ているみたいだった。
「アル! 後ろはそこまで多くないから僕が殲滅しておくよ! 他の仲間と全員で前の方頼めるかな?」
「スヴィルは一人で大丈夫なのか?」
「問題ないよ、こっちが片付いたらすぐに合流する!」
「わかった。じゃ、リィリィ頼むぜ! ラウハはリィリィを守ってくれ!」
アルたちがアダムとモイシャルも引き連れて、さらに奥へ向かった。
「モイシャル! 戦っていても辺りの警戒は忘れないで!」
僕はモイシャルに向かって叫んだ。
モイシャルの「了解!」との声だけが届いた。
僕は周囲を探索眼の魔法を使って警戒をし、吸血草を一体ずつ確実に仕留めていった。
森の奥からアルとリィリィの火球魔法の明かりが明滅して戦っているのがわかった。
あの二人の魔法にアダムとモイシャルがフォローしているのなら大丈夫だろうと思い、僕は目の前の魔物に集中した。
僕が相手にした吸血草の群れを完全に殲滅した。
辺りの確認も行ったが何もいなかった。
(よし! アルたちと合流しよう……)
僕はアルたちが戦っている方へと走り出した。
森の奥の方で明かりがぼやっと見えていた。
(あそこか……結構奥まで行ったんだなぁ……)
そう思いながら辺りを警戒し走っていると突如悲鳴が聞こえた。
「キャァァァッ!」
「アル! アルゥ!」
「やめてぇーーっ!」
よくない事が起きているのは明らかだった。
僕の鼓動は激しくなり、手の汗がじっとりと剣の柄を濡らしていった。
「どうしたんだ! アルーっ! みんなーっ!」
僕は周囲の警戒もせず、ただ全速力でアルたちのもとへ駆けることしかできなかった。




