第25話 旅道具屋での備え
僕らは話し終えると、訓練場でアルたちと別れることにした。
彼らは依頼をギルドに断りに行くと言って、仲間と共にギルドへ向かった。
僕がナーヴァを家まで送ると申し出ると、彼女は「うん」と頷いてくれた。
それから僕とナーヴァは帰路に着いた。
「スヴィル、別に私の家までじゃなくて、宿前の通りでいいと思うんだけど……」
「いや、僕がナーヴァと少しでも話がしたいだけだから……迷惑かな?」
ナーヴァは大きく首を振り「ありがとう」と嬉しそうに言ってくれた。
「だけどナーヴァ、杖術凄かったよ。すっかり見惚れちゃった……もう仕上げた感じなの?」
ナーヴァは顔を赤くし「まだまだだよ」と照れていた。
「ナーヴァ、ありがとう……ヘディンさんのこと教えてくれて……ちょっとショックだったけど……」
僕はナーヴァにお礼を言いつつも、彼女の目を見る事ができなかった。
下を向いたまま一緒に歩いていると、ナーヴァが僕の手を優しく握ってくれた。
「うん……私も最初に聞いた時はショックだったよ……お姉ちゃん帰って来ていたのに、顔も出さずに何でって……ヘディンさんもよっぽどだったんだと思うよ……」
しばらくの間、二人で無言のまま歩いた。
ヘディンさんとナヴィ姉さんのことを思い出し、その時のことを勝手に想像していた僕の心は、また深い暗闇に吸い込まれそうだった。
しかし、ナーヴァが握ってくれた手はとても優しい温もりを感じ、暗闇に吸い込まれそうな僕の心に居心地の良い光のように感じた。
◇
東門を抜け、農道へ差し掛かった時に、僕はふと思い出したことをナーヴァに訊いた。
「そう言えばヘディンさん、ギルドで『判別したら魔族に狙われるから判別を受けるのはやめろ』って言ってたんだよね?」
「そうみたいだね……それがどうしたの?」
「ナーヴァはそれを知った上で判別を受けたんだよね……大丈夫なのかなと……」
僕は魔族に狙われるという恐怖から逃れた身としては、ナーヴァも同じような感覚に陥っているのではないかと心配になった。
「私はどっちにしても、お姉ちゃんとヘディンさんについて行くつもりだったから気にしていなかったかな……」
ナーヴァの今の気持ちは恐らく不安に感じているのだろう。
それは僕の手を握っているナーヴァの力が、少しだけ強くなったのが分かったからだ。
「わかった……僕も一緒にいるし、なんとかなるよね」
僕は笑顔で応えた。
ナーヴァの家の手前でエリアナさんとダズホフさんに会った。
僕は明るく二人に挨拶をすると二人も挨拶を返してくれた。
「あらあら、まあまあ、こんな所まで二人仲良く手を繋いじゃって……わたしたちお邪魔よね~」
エリアナさんの指摘で僕らはハッと気づかされ、お互い飛び退くように距離を取った。
「いやいやいや、ご、誤解です! ナーヴァが僕を気づかってくれただけで……」
僕の顔が熱くなっていくのがよくわかった。
ナーヴァも顔を真っ赤にしていた。
「ウフフ……スヴィルくん可愛いわぁ」
するとダズホフさんが凄い剣幕で割って入ってきた。
「や、やはり君はナヴァリアだけでは飽き足らず、エリアナまでたらし込む気なのかぁぁっ!」
「えぇぇっ⁉︎ また⁉︎」
このごちゃごちゃとした状況にナーヴァはクスクスと笑っていた。
相変わらずノーザント家の面々は賑やかだなと思った。
ナーヴァを送り届け、帰り際にエリアナさんから食事に誘われたが、何かとかこつけて宿へ帰ることができた。
ただ、「また今度お願いするわ……約束よ」と言われ了承してしまったことで、次行くときは覚悟を決めなくてはならなくなった。
僕にとってはエリアナさんの料理は何とかなったとしても、ダズホフさんとの便所の争奪戦の方が重要に思えてきたのだ。
◇◇◇
翌日、アルと仲間達が僕の宿を訪ねてきた。
僕からダーヘスの宿だと聞いていたから、失礼を承知で訪ねてきたのだという。
アルたちはこれから戦いに赴くのかと思えるような装備で身を固めていた。
「アル……その格好は……?」
僕の問いかけにアルは手を合わせてお願いしてきた。
「スヴィル、すまん。依頼を断れなくなった……やっぱり手伝ってくれ!」
「えっ⁉︎ 昨日は断るって言ってたのにどうして?」
僕は驚きを隠さずにどういう事か訊いた。
「う、う~ん……そのだな……ギルドに断りには行ったんだ。だけどな……」
「アル?」
なかなか言葉に出せないアルに代わってリィリィが説明した。
「もぅ! しっかりしなさいよ! スヴィル……わたしたちは確かにギルドへ依頼をキャンセルしに行ったわ。だけどね、わたしたちギルドの依頼は成功報酬を前金でもらっていたのよ。その前金は『旅の装備を整えてから挑んで』との趣旨で、勇者であるアルに対しての特別措置として貰えたものなのよ……。で、その前金はわたしたちのコレになってるの……」
そう言ってリィリィは両腕をぱっと広げ身につけている装備をアピールした。
「……あぁ……もう、使っちゃって……」
「そう、返金できないから受けるしかなくなったの……」
それはそうと、簡単な依頼でパーティ全員分揃えるほどの成功報酬って、勇者特権なのかと少し羨ましく思った。
「ギルドから返金できないなら依頼は受けてくださいって追い返されたもんな……」
アダムが退屈そうに呟いた。
確かにアル達はもう依頼をこなすしか選択肢はなさそうだった。
依頼内容も吸血草の討伐という容易いものだった。
「わかったよ、アル。僕も手伝うよ」
僕の返事にアルたちは喜んだ。
「じゃ、スヴィルすぐに……」
「待って、待って。準備をさせてよ……とりあえず、旅道具屋に行って……それと、魔物捜索と戦闘についてヘディンさんたちから教えてもらったこと覚えてね」
「おぅ! 任せろ!」
アルを筆頭にみんなが意気揚々と声を上げた。
◇
アルたちの案内で旅道具屋に向かっている道中でヘディンさんからの教えを簡単に説明した。
旅の道中でも警戒を怠らないことや、戦闘になれば仲間との連携を意識すること、個人戦はできるだけ避けるとか、戦闘の最中でも周囲への警戒は緩めないことなどだ。
幸い黒色メダルのモイシャルは探索眼の魔法を使えるようだったので、それで周囲の警戒を頼んだ。
旅道具屋に着き中へ入ると、椅子に腰掛けたお婆さんが店を営んでいた。
「いらっしゃぃ……お客さんかぇ……」
言葉の最後が少し聞き取りづらいが、話し方はしっかりとしていた。
店の中は小さく商品が豊富というわけではなかったが、棚は綺麗に整頓され掃除も行き届いていた。
僕が欲しかった物がここなら売っているということで、案内してもらったのだ。
「すみません、イグニスの油はどこにありますか?」
僕はお婆さんの前まで行き声をかけた。
「あそこですかぇ……」
お婆さんは部屋の隅の方を指さした。
そこに目をやると八つほどの小瓶に入れられて並んでいた。
イグニスの油は焚き火を起こす時の火口として使われるが、それ以外に……。
「スヴィル、これどうすんだ? 別に一日、二日かかる距離と時間じゃないと思うんだが……」
アルが不思議そうに尋ねる。
「とりあえず、これ全部買うよ……用途は……お楽しみにだね」
僕はナーヴァの真似をしてイタズラっぽく答えた。
火打ち石もすぐ隣にありそれも二つほど買った。
「あとは……」
再びお婆さんに尋ねた。
「魔力充填石はありますか?」
「はい、はぃ……ありますぉ……」
お婆さんはゆっくり立ち上がり店の奥へ向かった。
リィリィが僕の袖を引っ張り小さな声で話しかけてきた。
「ちょっと……魔力充填石って魔法行使時に使う道具でしょ? あなた魔法使えないじゃない。それに何日かすれば勝手に魔力はなくなっちゃうし、決して安い道具じゃないでしょ……」
「まぁね……あくまで備えの一環だよ」
魔力充填石は行使された魔法に反応し、魔法の威力を手軽に上げるために使うものだ。
一般には充填石として売られているが、魔力充填石はその店の人が魔力を予め込めて売っているものだ。
なので普通に充填石だけ買うよりは高額になっている。
その上、魔力の保持状態は悪く粗悪品だと、一日で勝手に空になってしまうような物まである。
充填石とは言ってもその石の正体は、オパールなどの宝石で、宝石として価値の低い物を充填石として活用し売られている。
「これですじゃぁ……」
お婆さんが魔力充填石を四つ持ってきた。
「これって空になるまでどれぐらい魔力が保持されますか?」
「ほぇ……昨日、充填したばかりじゃからのぅ……四日ほどかのぅ……」
「それじゃ、それも全部とこれらもお願いします」
僕はイグニスの油八つと火打ち石二つ、魔力充填石を四つ購入した。
「全部でぇ……8ミリス銀貨と3コリス銅貨……まぁまぁ、8ミリス銀貨でええよぉ……おまけじゃ……」
「ありがとうございます! 助かります!」
僕は笑顔で支払いをし、店をあとにした。
「それじゃ、これを……」
店の外に出てから、僕はアダムとモイシャルにイグニスの油を二つと火打ち石を一つそれぞれに手渡した。
アダムとモイシャルは僕の急な行動に困惑している様子だ。
「まぁ、何も言わずに持っていてよ、使い方は現地についてからね……」
「スヴィル、俺の分は?」
アルが不満そうな顔で僕に訊いてきた。
「あはは……アルは火魔法使えるって聞いたから……」
アルの予想外の発言に僕も困惑してしまった。
「じゃぁ、これって火魔法の代わりに使うんだ」
モイシャルの言葉に、アダムが「なるほど」と唸っていた。
「そういう事なら、オレはいらねぇな!」
アルは得意げになった。
「じゃぁ、出発しようか」
僕は気を引き締め声をかけた。
「あぁ、やっとだな! 行くぞ!」
アルの掛け声に皆が呼応した。
誰もが依頼内容をこなせる自信を持って出発した。




