第3話 ギルドのメダル
馬車へ再び乗り込む前に、御者が声をかけてきた。
「スヴィルさん、出発時には声を掛けづらかったのですが……大丈夫ですかい?」
「え!? あっ、はい、もう大丈夫です。申し訳ありませんでした」
そう言うと軽く頭を下げて詫びた。その返事を聞いて安心したのか、ホッと息をついた後に続けた。
「お荷物をお預かりしていますんで、街へ着いたら受け取っていただけやすか?」
「……? に、荷物ですか?」
身に覚えのない問いかけに間の抜けた返事をしてしまい、御者も少し笑いながら教えてくれた。
「へい、ヘディンさんからあなた宛にお預かりしているものがありやして……」
思わず飛び跳ねそうになる喜びを押し殺して「わかりました」と答えると、ふと浮かんだ疑問を尋ねてみた。
「あの……街ってどこに向かうんです? 聞いてなかったもので……」
馬車に乗り込んでいながら行き先も知らないなんてことがあるものかと、自分でも突っ込みたくなるが、さっきまでは何も考えることができないぐらい気持ちが落ち込んでいたのだ。
この先、どうするか改めて認識できて、やっと今を考える余裕が生まれたのだ。
「伺っていますのはルードスロアですよ……途中でレンテ村やアニリスという町には寄りやすが……」
「……ルードスロアか……」
冒険者の始まりの街とも呼ばれるルードスロア……。
そこは王都にも近く他の村々との交易の拠点となるこの大陸で一番安全な街とも言われている。
(僕と出会った村じゃないのか……)そう考えると、やはり僕をパーティから追放というのは別の意味があったのではないかと改めて思った。
「ありがとうございます」
僕は御者に礼を述べると、サッと馬車に乗り込んだ。
馬車の中に入ると数人の客の中にトルゴスさんがおり、自らの隣へと言わんばかりにチョンチョンと指さしていた。
「スヴィル君、君は行き先も知らなかったのかい?」
「……えぇ……そうですね、今さっき気づきました……」
自分の情けない部分を馬車に乗り込んでいる人達に晒してしまい、ばつが悪く感じた。
「わっははははっ……まぁ状況がわかっている今となっちゃあ、なんとも思わないが、知らない人からすれば不思議だろうね」
「あはは……」
自身の感情の起伏の激しさに恥ずかしさを覚えた。
いつも、ヘディンさん達に『泣き虫は卒業しないとな』なんて言われていたけど、治る気配はまるで無いのが情けないところだ。
「そういやあ、メダルが安っぽい金属に魔晶石で出来てると思った事についてだが……」
「あ、それなんですが、僕の持っている形だとおかしいのでしょうか?」
「んー、なんだっけかな? お助けみたいな……? なんかあったような……?」
「お、お助け……?」
イマイチ内容が伝わりづらいトルゴスの話に、向かいに座っていた若い男性が声を掛けてきた。
「あのぅ……もしかして冒険者救援制度のことを仰っていますか?」
「おおっ、それだ! それ! ……ありがとうスッキリしたよ、その制度は世話になった事がないんでね……すっかり忘れてしまっていたよ……」
「はは……まぁ厄介にはならない方が良いかと思いますね……あ、申し遅れました、私はギルドに勤めています、名をロジーと申します」
そう名乗るとロジーさんは軽く頭を下げて挨拶をした。
「ギルドの職員でしたか!? 道理でお詳しいわけですね! わしは旅商人をしております、トルゴス・ジビクと申します」
ニ人の会話が終わりそうなところで僕は疑問を尋ねてみた。
「あのぅ……冒険者救援制度ってなんですか?」
「冒険者救援制度はギルドで適性判別を受けた人に対して、ギルド経由での依頼が期限を過ぎても安否が確認出来なかった場合にギルドから救援を派遣する制度の事ですよ」
「そんな制度があるんですね……」
ロジーさんの回答で初めて知った制度に感心していると、彼は尋ねてきた。
「スヴィルさんでしたっけ?」
「はい、そうです」
「あなたは適性判別をまだ受けられていないのですか?」
「えっ!? ……あ、はい……まだですね」
僕は少し申し訳なく思いながら小さな声で返事をした。
「お金の問題ですか?」
「……え……や……そんな所です……かね……」
そんな風に、答えに窮する様子を見てトルゴスさんはフォローをしてくれた。
「まぁまぁ、スヴィルくんはあの勇者ヘディンパーティの仮登録を一応貰っているのだから大丈夫なのではないかね?」
「えっ!? 勇者ヘディン!? 仮登録!?」
さも意外な名が挙がったかのように、妙な声を上げてからロジーさんは続けた。
「勇者ヘディンのパーティに所属しながら仮登録だけで、何もサポートして貰えなかったと言う事なんですか!?」
「そ、そんな事はなくてですね……懐事情は少しお寒いというのは確かにありましたけど、僕自身も十五歳になって三ヶ月ほどしかまだ経っていなくて……」
僕は必死になってヘディンさんに悪評が付かない様に弁明した。
しかし、その甲斐もなくむしろ仇となってしまったようだった。
ロジーさんは深いため息をつくと静かに、しかし淀みなく語り始めた。
「まぁ、適性判別を受けられる様になるのは十五歳からなので、そこからまだ三ヶ月というのはいいでしょう。しかしですよ? 必要なお金はわかっているのだから、その時の為に貯めておく事ができるじゃないですか……。ギルドの職員としてこんな事言ってはいけないのはわかるんですが……勇者ヘディンともあろうお方が、ギルドの依頼はほぼ受けて下さらなかったですよね? 時折魔晶石の換金には来てくださっているらしいのですが、小物の魔晶石ばかりで上位魔族が持つ黒晶珠は皆無ですよ……物によれば3000テリスの大金だって支払われるのにですよ……」
黒晶珠は下級の魔物が上位種の魔族に進化すると、形と大きさが歪な魔晶石から成長とともに徐々に球形に近づいていく。
そして、真球に近く、より黒く染まっているものがより上質であるとされている。
つまり、強い魔族ほど上質な黒晶珠になると言われている。
「自分も勇者ヘディンには期待していたのですよ、だけどもいい噂と悪い噂が入り混じる中で、ギルド内の話は悪い噂の裏付けのような形でしかヘディンさん達の活動が確認できないのですよ……」
とても辛そうに話すロジーさんに、僕は戸惑いながらも彼の話を聞いた。
「……何が……あったのですか?」
ロジーさんはチラリとこちらに視線をやると、声のトーンを落として話してくれた。
「同時期に入った同僚がですね……今の私と同じような出向中に、魔族に襲われて亡くなったのですよ……その場には勇者ヘディンが居合わせたというのに彼らは何もせず逃げ去ったと聞きました……」
(そんなことあり得ない!!)思わず声に出して叫びそうになったがグッと堪えてさらに問いかけた。
「すみません、それっていつ頃のことですか?」
「……一年程前ですかね……場所はアウンサラーの町へ向かう街道沿いの森林の中と聞きました」
「一年程前ならその話は絶対に間違いだと断言できます、僕はヘディンさんたちと二年半ほど一緒にいましたから……」
アウンサラーに向かう乗合馬車には確かに乗っていた。
あの時の乗客は僕自身、無関心だったので覚えていなかった。
それにヘディンさん達は森林へ入る前に馬車を降りているのだ。
「スヴィルさんと離れている時の出来事なのでは?」
僕は首を振りながら言った。
「ヘディンさんからは『決して自分たちから離れるな』と言いつけられていたので離れていません、それと常にパーティメンバー全員で村や町を移動していたので別行動を取ることもなかったです」
「……そうですか……。護衛依頼をしていた冒険者の方からの報告なのですが……。あなたが嘘を言っているようには見えないのでもう何が正しいかわからないですね……」
ロジーさんがやるせない気持ちを押し殺しているのが伝わってくると、僕もヘディンさん達の世間の評価のズレに対してモヤモヤするものがあった。
ヘディンさんは魔王を討伐しようとしていたのは確かだ。
だが、その一方で自身への謂れのない悪評に対して、何も対処はしてこなかった。
「……スヴィルさん、長々と愚痴ってしまって申し訳ありません。スヴィルさんの師匠でもある方なのに……」
「いえ……大丈夫です……」
「あぁ、それと話が大きく逸れてしまっていましたが、適性判別はなるべく早く受けて下さいね。救援制度にはメダル保有者の位置がわかるのと、換金したお金が多い場合ギルドでお預かりが出来ますので旅が楽になるかと思います。お金の引き出しはメダルに情報が記録されていますので、各拠点にあるギルドで引き出す事が可能です」
「いっ……居場所がわかるのですか!」
僕は少し間抜けな声を出してしまっていた。
「はい、そうですね。判別時に登録された魔力と魔晶石を融合させ、自身が持つ魔力と反応すると、今の居場所がギルドにある地図へ浮かび上がるような仕組みです」
「じゃあ、他の人のメダルを持っていたとしても……」
「魔力が違うと反応がなくなるので他人のメダルを持っていても居場所はわかりませんね」
「な、なるほど……」
ロジーさんがひと通りの説明を終えた後、何かを思い出したかのように尋ねてきた。
「そういえばスヴィルさん、ヘディンさん達ってメダルは常に持っていましたか? もしくは交換しているとか……」
妙な質問だなとは思いつつも確信を持って伝えた。
「いつも首からぶら下げていましたよ、ヘディンさんは白色、ナヴィアナさんは赤色、バリルさんは灰色、エミルさんは……青色のメダルですね」
「なら不具合かもしれませんね……ギルドの地図で居場所が上手く表示されないと話題になってまして……またお会いになったらギルドの方まで来ていただいて、もう一度適性判別を受けて貰えるよう言って頂けますか? こちらの不具合なのでお金は要らないとギルドからお触れがきてまして……」
そんなことがあるのかと感じながらも、ヘディンさんたちに会った際の言付けを頼まれたのが嬉しく笑顔で了解の返事を即答した。
僕らの会話を終えるやいなや、御者からの急を告げる叫び声と共に馬車は急停止し、中に乗り合わせた人たちがわっとなって身体を前方へと引っ張られ、倒れ込んだ。




