第2話 元冒険者のトルゴス
街道から少し離れた川辺にある休憩場所で、御者に起こされた。
旅人達が比較的安全に使うルートにある場所だ。
ここからはもうピムホーの町の影すら見えない所だ。
僕は他の乗客とは少し離れた場所で昼食をとった。
食事は硬めのパンに干し肉と水のみで、昨夜の出来事を思い出しながらモソモソと食べていたが、口の中で何かが動いているような感覚があるだけで、味などわからなかった。
「兄ちゃん一人? 冒険者かい?」
不意に話しかけてきたのは、同じ馬車に乗り合わせていた乗客の初老と思しき口髭に白髪が混じった男性だった。
「あ……はい……そんなところです……」
僕は憔悴した様子で答えた。
「すまないね……仲間がやられてしまったのかな……」
申し訳なさそうに尋ねてきたが、僕は首を二、三度横に振っただけでそのまま答えなかった。
男性は首の後ろ辺りを掻くと「うーん……」と小さく唸り、改めて名乗った。
「まぁ、ワシはトルゴス・ジビクってんだ、元は冒険者で斥候として活動していた……今は旅商人としてやっている……短い旅の間だが、よろしく頼むよ……」
「は、はい……スヴィル・エルダーグです……よろしくお願いします……」
差し出された手に握手をして、力ない笑みを浮かべて答えた。
「えーと、スヴィル君でいいかな?」
「……はい……」
「君の冒険者としての適性は何なんだい?」
「えっと……その……これです……」
そう言うと首からぶら下げている木製のメダルを見せた。
「それは、パーティメンバーに認められて渡される仮登録のメダルかね?」
トルゴスは顎に手をやり物珍しそうに眺めた。
「そうですね……一応、見習い剣士ってことで……」
僕は少し後ろめたい気持ちを抑えながら答えた。
「少しそれを見せてもらってもいいかね? 仮登録のメダルなんて聞いた事はあるが、見るのは初めてなんじゃ……」
そんなに珍しい物なのかと疑問に思いながら、トルゴスにメダルを手渡した。
メダルを手にすると表裏と何度か見て驚いたように聞いてきた。
「スヴィル君! きみは希望の勇者ヘディンのパーティメンバーなのかい!? す、すごいじゃないか!」
そんな風に褒められるのは初めてで、嬉しさと照れが込み上げてくるとすぐに、現実を思い出して力なく返事をした。
「えぇ……まぁ……その……」
僕のやるせない気持ちを察したかのような返事に、トルゴスは続けた。
「……あぁ、もしかしてパーティメンバーから外されたのかい……?」
「……はい……そうです……」
改めて他人の口から『事実』を言われると心に突き刺さるものがある。
もう、自分はヘディンさんの仲間ではないという事である。
「しっかし、あの勇者ヘディンのパーティメンバーだとはねぇ。兄ちゃん期待されてんじゃな」
この人は自分で言っておきながら何を言ってるんだ? 話を理解しているのか? などと思いながらもムッとした感情を抑えきれず、強い口調で返した。
「あの、パーティメンバーから外された奴に、期待してるっておかしくないですか? 理解できませんけど……」
あからさまな不満の態度と口調にトルゴスはびっくりしながらも、すぐに笑い飛ばしながら続けた。
「アッハハハ、そうカリカリしなさんなって」
「…………」
答えになっていない台詞に無言で睨みつけていると、トルゴスは小さな溜め息を吐き、ゆっくりと優しく話し始めた。
「まぁ、兄ちゃんがしょげている理由は大方わかった。それじゃあ聞くがな、なんでこのメダル持っているんじゃ? 返せとは言われなかったのかな?」
「……えっ……いや、特には……」
トルゴスはフーッと大きく息を吐くと、ニンマリとした顔で続けた。
「あのな、仮登録のメダルはパーティメンバーに認められてもらえるもんだ。メダルの返還を要求されなかった時点で、お前さんはまだパーティメンバーである事に変わらんのだよ」
「普通なら追放となりゃ仮登録のメダルなんて取り上げちまうじゃろうよ……」
トルゴスの言葉に僕はハッと気付かされ、またやり直せるという言葉が頭の中でぐるぐると回り始め、胸が熱くなってきた。
トルゴスは続ける。
「ワシが現役だった頃にも追放された奴の話を聞いた事はあるが、そいつは悔しさをバネに成長して数年後にパーティへ復帰したって聞いたぜ。その時、そいつは仮登録のメダルじゃなかったが……兄ちゃんがまだ諦めてないんなら、復帰目指して実力をつけるこったな!」
「あ、ありがとうございます! あ……でも、ギルドで適性判別を受けましょうと言ったら、必要ないとは言われましたけど……」
「ん~まぁ、その意図はわからんが、それは君がどう受け止めるかでいいのではないかな」
僕はトルゴスさんの話の途中から、涙が溢れそうなのを必死で堪えていた。
復帰の可能性を示してくれただけかもしれないけど、僕にとって大きな心の変化をもたらしたことは間違いない。
そして、トルゴスさんは仮登録メダルの話へと移っていった。
「しかし、仮登録メダルって木製だったんだな……材質のことは聞いたことがないんでな」
「えっと……女神の宿木と言われているルカーシェから作られているらしいです」
先程とは違い僕は軽やかに答えた。
それを聞いたトルゴスさんは微笑みながら思い出すように語った。
「ほぅ、ルカーシェか……命が宿るとも聞くなぁ」
「そうなんですか?」
「あぁ、このメダルの裏側にはパーティメンバーの名前と血判が押されてるだろ? ルカーシェはメンバーの血に込められている魔力を維持しているらしい。ワシは仮登録メダルなんて、もっと安っぽい金属に魔晶石がついてるだけなのかと思ってたからなぁ」
「なるほど……そこまで深く考えていなかったです」
改めてメダルが木で出来ている理由を知らなかった事に少し恥ずかしさを感じ、それと同時に疑問も生まれた。
「ところでトルゴスさん、どうして仮登録のメダルなんてあるんですかね? ギルドでお金払って登録するだけなのに?」
僕はこの機会に今まで持っていた疑問を尋ねてみることにした。
「あん? そりゃぁ金が用意できなかった奴への救済措置みたいなもんだろうなぁ。あと、ギルド登録前に弟子入りした奴とかかな……お前さんみたいな場合じゃよ」
「あぁ……」
ギルドの適性判別は十五歳からで、冒険者ギルドが登録時に行っているものだ。
僕は十二歳頃にヘディンさんのパーティへ仮登録で加入して、その時にもらったのがこのメダルだ。
トルゴスさんはメダルをじっくりと眺めていたが、僕はトルゴスさんに話しかけた。
「あの……冒険者登録のお金ってどれぐらい必要なんですか?」
「ん? まぁ、1テリス金貨だな……大体で言えば一般家庭の半年分ほどの収入ぐらいじゃな」
「高っ!」
僕は思わず大きな声を出すと、トルゴスさんは「わははっ」と笑った。
「まぁまぁ、お金はギルドの運営費と、適性判別を何度も受け直す抑止としているようじゃよ」
トルゴスさんは笑みを浮かべながら教えてくれた。
「何度も受けても結果は同じではないのですか?」
「あー、判別はギルド登録時に行っていることは知っているかな?」
「は、はい」
「登録時に冒険者としての適性を水晶の光る色によって判別しているのじゃが、一度判定されたあとは個人の成長の仕方によって、最初に受けた判定が変わる事は珍しくないんじゃよ」
「そ、そうなんですか?」
「水晶の色によって習得を目指す能力を見極めやすくなるからな……特異色を目指して何度も受けるのはよく聞く話じゃよ」
僕と話をしている間、トルゴスさんはずっとメダルをいじり続けていた。
そして、トルゴスさんは独り言のようにポツリと呟いた。
「ん~、このメダル、木の表面だけを焼いて炭を落とし、ギルドの紋章の焼印と、メンバーの名前と血判だけの簡素な造りなんだなぁ……」
僕はトルゴスさんからメダルを返してもらうと、ふと思い出したことを訊いた。
「すみません。話が変わるんですけど、さっき安っぽい金属に魔晶石だと思ったと言って……」
話を遮るように「そろそろ出発しますのでお戻り下さーい」と、遠くから御者の呼びかけが耳に入ってきた。
「じゃ、戻るとしますかな……残りは馬車の中でも……」
「はい!」
トルゴスさんの誘いにすぐ返答をし、僕も急いで馬車へ戻っていった。




