第1話 パーティ追放宣告
ガルダゴニア大陸には絶望と希望とが混在していた。
かつての大陸には三つの国と多様な種族たちが暮らしていたが、魔王の支配により獣人王国のゲンフェ・ロダと多種族国家のゼルファス帝国が滅ぼされ、人族のみが住むアフェス・ユーテリア王国だけが残されていた。
人々は長らく魔族に虐げられ、ある者は生きる気力すらなくし、ある者は生き抜くために抗う術を学んでいた。
そんな『絶望の大陸』とも言われる大陸中部、王国領のはずれにある小さな丘の上の町、ピムホー。
深夜の宿屋の一室にて、僕はかつてないほどの緊張と悲壮感に押し潰されそうになっていた。
部屋の奥にある机を背にし、脚を組んで椅子に腰掛けていたのは、栗色の短髪の勇者ヘディン・サリオズだった。
僕の憧れであり師匠でもある。
旅の装備も彼を真似て、丈夫な布の旅服に鎖帷子を下に着けた格好だ。
そんなヘディンさんは冷ややかな視線を僕に向け、表情を一切崩さずため息混じりに言った。
「スヴィル・エルダーグ、君を我々のパーティからの追放を宣告する……」
「待ってください! ヘディンさん! もう一度だけチャンスをください! ……僕はこのパーティしかないんです……お願いします……」
僕は焦りを隠さず強く懇願した。
「いいかい? スヴィル……僕らは君を護衛する旅をしているわけじゃないんだ。魔王ベルゼディーク討伐のための旅をしている……仲間の足を引っ張ってばかりだと、君を守るために誰かが犠牲になりかねない……それだけは避けなくちゃならない……わかるよね? ……」
穏やかな口調とは裏腹に強い眼差しで諭すヘディンさんに、僕はなお食い下がった。
「わ、わかります……だ、だけど……自分のことは構わないでいいですから……やられたら自分はそこまでだと諦められます……行けるところまで付いて行きたいです! エミルさんも、どうかお願いします! もう少しだけでも一緒に旅がしたいんです!」
窓辺に立って外をぼんやり眺めている神官のエミル・ロドルプクに頼んだ。
しかし、こちらからの問いかけにも反応せず、ただぼんやりと魂が抜けたように窓の外を眺め続けているだけだった。
そのうちにヘディンさんの横で腕組みをしながら大人しく聞いていた僕の教育係の大魔法使いナヴィアナ・ノーザントは、机をバンと叩いて激しい口調で責め立ててきた。
「いい加減にしなさいよ! スヴィル! あなたの我儘にいつまでも付き合っていられないわよっ! ……構わないでいいとか、やられたら諦めるだとかそれが迷惑だってことにいい加減気づきなさいよっ! 挙げ句の果てにエミルへ助けを乞うとか……あなた自身の力不足が全ての原因なのよ! 今日だってその後始末で、他のメンバーを危険に晒したところでしょう! わかってるの⁉︎」
「……そ、それは……ナ、ナヴィ姉さん……」
「うるさい! 黙りなさいっ! それにもし、あなたが言うようなことを許して死んでしまうことになったら、力不足の子をパーティに入れていたとか、見殺しにしたとか好き勝手な批判が集まるでしょうね……快く思ってない連中はここぞとばかりにヘディンを叩きにくるわ……あなたはヘディンがそういった批判に晒されても構わないのかしら!」
確かに、自分自身にもしもの事が起これば、ヘディンさん達への批判はあり得るものだし、快く思っていない連中にも心当たりがある。
自分の不甲斐なさだとしても、力のない者をパーティに入れている時点でリーダーとしての資質も疑われてしまう……しかし……こうなった時のナヴィ姉さんは何がなんでも従わせるほどの威圧で責めてくる。
ナヴィ姉さんに無理筋であろうと言い負かされるとわかっていたが、折れそうな心を奮い立たせた。
「僕はまだギルドの適性判別を受けていません。一度判別してもらってから、適性に見合った能力の習得を目指して効率を上げれば……」
「……必要ないよ……」ポツリとヘディンさんは言った。
「そんな!? ヘディ……」
「スヴィル……キミは僕が間違っていたと言いたいのかな?」
僕がヘディンさんに対してそんな事を言えるはずもなかった。
僕は返す言葉を失ってしまった。
「君は僕らの……勇者ヘディンパーティの見習い剣士……これからもずっとね……」
「あ、や、でも……」
「いいよね?」
ヘディンさんからとても冷たくて鋭い視線が体を突き抜ける。
今までこんな視線が向けられたことはなかった。
(ずっと見習い剣士のままでいろってのはあんまりじゃないか……)
僕は声を押し殺して涙を堪えていると、不意にガチャリと扉が開いた。
「ヘディン、頼まれていた手配は済んだぜ……明朝に出発だとよ……」
扉を開けて入ってきたのは、パーティの前衛役バリル・ダラバサだった。
バリルさんは普段ならとりあえずやってみろと、背中を押して助けてくれる人だが、この時ばかりは、今にも泣き出しそうな僕の顔を見ると『チッ……』と舌打ちをして言った。
「俺は先に自分の部屋で寝るわ……じゃあな……」
助けを求めようとした顔に気がついたのか、さっさと部屋に帰ってしまった。
この瞬間、僕はこのパーティに残る可能性を全て絶たれてしまった。
「……スヴィル、さっきバリルから馬車の手配を聞いたと思うが、明日の……」
ヘディンさんの声は次第に僕の耳には届かなくなっていた。
深い闇の中に溶け落ちていくような絶望と孤独感に襲われ、その後部屋に戻るまでの事は覚えていないが、気づいたときには自分の部屋で床に突っ伏して、声を上げて泣いていた。
◇
翌早朝、宿屋の主人の呼びかけで目が覚めた。
「スヴィルさん、馬車が到着ですよ。出立の用意をして降りてきてください」
「い、いてて……て……」
昨夜、部屋に戻って床に泣き伏したままで寝てしまっていたようで、体のあちらこちらに痛みを覚えながら目が覚めた。
「スヴィルさーん」
「あ、すみませーん、すぐ行きます……」
気が抜けたような返事をした後、すぐに立ち上がってガラス窓の外を見た。
表の荷台に幌布をアーチ状に張った幌馬車が停まっているのを確認すると、窓に映った自身の涙の跡と埃まみれの顔に気づいて、ゴシゴシと手で拭った。
昨日、宿屋に入ってすぐ自分の部屋に入り、扉の脇に荷物を置いてヘディンさんの部屋へと向かったので、この部屋では床で寝てしまったこと以外は何も使っていない状態のままだ。
僕はそのまま部屋を出て階段へと向かったとき、ふとヘディンさん達がいる部屋の扉を見やった。
当然ながら外からは中の様子は窺えないが、あわよくばとの期待もすぐに消え去り、最後の挨拶をしようと大きな声を出した。
「ヘディンさん、ナヴィアナさん、バリルさん、エミルさん、約二年半の間ですが、大変お世話になりました! ……ありがとうございました!」
また泣きそうになったのをグッと堪えて、階段を駆け足で降りてすぐに馬車へと乗り込んだ。
乗り合い馬車に乗り込んで荷物の脇に身を縮めて塞ぎ込んでいると、頭の中で昨晩の出来事が繰り返され、いつの間にか深い眠りに落ちてしまった。
そして、そのまま昼過ぎ頃に御者から食事休憩の声を掛けられるまで目が覚めることはなかった。




