第21話 ナヴァリアの槍
翌日、昨日の腹痛はすっかり引き、むしろいつもより体が軽い気がした。
朝早くに目覚めたが、僕はすぐにナヴァリアの家へ向かうことはなかった。
食事を勧められた時に断る理由が思いつかなかったせいだ。
なので今日は教会の鐘が一回鳴ってから、彼女の家へ向かった。
◇
ナヴァリアの家へ着き扉を叩く。
「こんにちはー、スヴィルでーす……」
家の奥から小さな声で返事が聞こえた。
扉を開けて出迎えてくれたのはナヴァリアだった。
「あ、スヴィル。こんにちは。昨日は大丈夫だったの? 慌てて帰ったみたいだったけど……」
「う、うん。大丈夫、問題なかったよ……」
真相を告げることはなく上手く誤魔化せた。
ナヴァリアに部屋の中へ通され、昨日と同じ席に着くとすぐに話を振った。
「それじゃ、ナヴァリア。昨日の続きでルードスロアを出てからの最初の目的地は、廃村となったゾルアフス村ってことでいいかな?」
「うん、それでいいと思うわ……けれど……」
歯切れの悪いナヴァリアの返事が気になり、僕は尋ねた。
「何かあったの?」
ナヴァリアは申し訳なさそうな表情を浮かべて「あー……」とだけ言って言葉を濁していた。
「その……実はね、あの後お母さん達に、すぐ旅に出る許可は出せないって言われちゃって……」
「ええっ! 何でぇー⁉︎」
エリアナさんの試験にはギリギリとはいえ認めてもらえたと思っていたのに、旅に出る許可は出せないと心変わりしたのかと頭を抱えた。
「ち、違うよ。スヴィルのせいじゃないからね。私のせいだから……」
ナヴァリアが慌ててフォローした。
「お母さんの試練の時に、私が『魔法が使えないなら武器を使えばいい』と言っちゃったから……武器を扱える訓練をしてからって……ごめんね」
「あぁ……確かに言ってたかな……」
ナヴァリアは申し訳なそうに言った。
気まずくなりそうな雰囲気を感じた僕は、それならと話を変えた。
「それじゃ、どの武器を使うか考えようか」
「あ……それなら、スヴィル……私は短い訓練でもある程度形に出来そうな武器に心当たりがあるんだけど……」
ナヴァリアの表情が少しだけ明るくなった。
僕が考えを巡らせる前にナヴァリアは目星をつけていたようだ。
「その武器って何?」
「槍よ」
確かに槍はヘディンさんのパーティに加入直後、バリルさんから『初心者でもリーチがあって、ある程度戦いの形にはなる』と教わったことがある武器だ。
「それいいかも! でも無理して短い訓練で終わらせなくてもいいと思うよ」
僕は急ぐ必要はないことをアピールしたつもりだった。
「んー! スヴィルって私は魔法も武器も満足に扱えない、か弱い女の子のイメージなのかしら!」
ナヴァリアは頬を膨らませる。
「え……いやいや……一応、初心者なんだからちゃんと訓練受けたほうがいいと思っただけで……」
僕の言葉を聞いたナヴァリアは得意げな表情を浮かべて言った。
「んふふー……実は私、槍術の心得があるんだよね~」
「えぇ⁉︎ そうなの⁉︎」
ナヴィ姉さんが天才だと称した妹は、魔法だけではなく槍術まで心得ているとは思わなかった。
「そうよ、うちは畑から収入を得ているからね。安全な街でも畑泥棒はいるし、獣を追い払うのに元冒険者で槍を使っていた人たちから杖術を習って、そのついでに少しだけ槍術も習っていたのよね」
「ナヴィ姉さんも使えてたのかな?」
僕はふと疑問に思った。
「お姉ちゃん? 無理無理。お姉ちゃんは体使うの苦手だったから……畑仕事も仕分けが主だったし……」
そう言えばナヴァリアは体力に自信があると言っていた事を思い出した。
「じゃぁ、もう槍は持っているんだね」
「あ、ごめん……持ってない……木の棒だけ……」
ナヴァリアは僕から目線を逸らして言った。
僕は「ははは……」と苦笑いをし、彼女に提案をした。
「じゃぁ、今からナヴァリアの武器買いに行こうか?」
僕は街へ向かうため席を立った。
「え⁉︎ そんな急なお金はないよ⁉︎」
ナヴァリアは慌てて止めようとした。
「大丈夫。僕らは同じパーティなんだからこれで……」
僕はヘディンさんから預かった荷物に入っていたお金を見せた。
そして、その中に入っていた紙片もナヴァリアに見せた。
『旅で必要なものに使って』
それを見たナヴァリアの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「このお金は持っているだけじゃ何の意味も持たないから、ヘディンさんの意思を継ぐためにも、ありがたく使わせてもらおうかなって……」
「わかったわ……ヘディンさん、お姉ちゃん、ありがとう……」
ナヴァリアは紙片を胸に当て感謝の祈りを捧げた。
◇
ナヴァリアの案内で街にある武具屋に向かう道すがら、市場の屋台が集まっている付近でナヴァリアが、「いい匂い~」と立ち止まった。
「お昼食べてないの?」
僕は尋ねた。
「食べたけど、食欲をそそられる匂いってあるじゃない?」
「あるよね~。じゃ、一つ食べながら行こうか」
ナヴァリアは「やった」と喜び、お目当ての食欲をそそられる匂いのする屋台で注文した。
この時に僕はハッと気づいた。
昨日のエリアナさんの食事での出来事。
ノーザント家の食べ物に対する味覚の感覚が、他の人とはかけ離れている恐れがあることに……。
僕はナヴァリアの勧めを受け取るかどうか頭を抱えた。
「スヴィル。どうしたの?」
ナヴァリアが串焼きを二本持って戻ってきた。
「え⁉︎ 大丈夫だよ、何を買うか迷っていただけ……」
「フフフ……じゃあ、これ……はい」
ナヴァリアの持っていた串焼きを一つ受け取り、お礼を言ってから恐る恐る口へ運んだ。
(あれ? 普通に美味しい……)
ナヴァリアも美味しいと言いながら食べていた。
僕は気が引けながら彼女にエリアナさんの料理について尋ねた。
「ナヴァリア……エリアナさんの料理とこの串焼きだと、どっちが好みの味なのかな?」
「ん? そりゃあ、串焼きかな……」
「え、エリアナさんの料理じゃないんだ……」
「だってお母さんの料理の味は『普通』なんだもん」
(……『普通』とは?)
僕はツッコミを入れたくなったが、おそらくノーザント家の味の基準はエリアナさんなのだろう。
これからはエリアナさんには悪いけど、食事の誘いは警戒をしないといけない。
どちらにしても、美味しいと感じて楽しめるものが同じで、僕はホッと胸を撫で下ろしていた。
今思い出してみれば、ナヴィ姉さんはヘディンさんとの旅で、一度も食事の支度を手伝ったことがなかったのだ。
(多分、エリアナさんの味で出来上がったのかな……)
そんなことを思いながら、僕らは屋台の間をゆっくり歩きだした。
その時、僕たち以外の仲間の募集をどうするか思い出してナーヴァに確認した。
「そう言えばナーヴァ、僕たち以外の仲間はどうする? ベテラン冒険者がついて来てくれるといいかなって……」
ナーヴァは眉間に皺を寄せて、顎に手をやって答えた。
「どうかな……私たちの目的を教えて快く受けてくれる人はいるかな……それに、お姉ちゃんは地図の場所を分かりにくく描いていたでしょ。信頼できるかどうか見極めないと……」
「じゃあ、せめてゾルアフス村までお願いするとかどうかな?」
「それだとまるで護衛依頼だよね」
「あー、確かに……」
しばらく二人で歩きながら相談した。
結局、僕たちは信頼できそうな人がいたらお願いしようということで落ち着いた。
◇
冒険者ギルドの建物がある場所から大きな道を南西に進んだ場所に、武具屋が軒を連ねるように立ち並ぶところがあった。
「武具屋ばかりだね……」
僕は思わず口にした。
「まぁね……でも懇意にしている鍛冶職人が違ったり、仕入れの交渉や商品の質の違いで差別化を図っているから、全て同じというわけではないよ……さ、スヴィルこっち、こっち」
ナヴァリアが手招きするお店へ僕らは入っていった。
お店に入ると浅黒い肌で長い顎髭を蓄えた、体格のいい初老らしい男性が目の前の椅子に腰掛けていた。
店の中には所狭しと色々な武具が置いてあったが、店の清掃は行き届いているとは言い難いほど、歩けば砂埃が宙を舞っていた。
「モルガーさん、こんにちは。槍が欲しいんだけど……」
「あん?」
僕とナヴァリアがモルガーと呼んだ男性に近づくと、男性は嬉々として迎えてくれた。
「おぉっ! ナヴァリアちゃんじゃないか! 久しぶりだなぁ! 相変わらずちっこいのぅ」
「もぅ! ちっこいとか人が気にしてること言わないでよね! あと『ちゃん』づけもやめて、子供みたいじゃない……」
「わしからすりゃ、ナヴァリアちゃんはずっと子供じゃろ! ガハハハ……」
モルガーはよく通る大きな声でナヴァリアと楽しそうに会話していたが、ナヴァリアはやれやれと呆れ気味だった。
「ところで……後ろにいる野郎はナヴァリアちゃんを唆してるボケナスってことでいいか?」
(いきなり敵意剥き出しで隠そうともしていないんですけど……)
「モルガーさん……そんな事言ってたらお姉ちゃんに怒られるわよ」
ナヴァリアの言葉を聞いてモルガーさんの目は大きく見開いたかと思えば、悲しそうな眼差しに変わった。
「ナヴァリアちゃん……ナヴィアナねーちゃんの事は……」
「モルガーさん……気遣ってくれてありがと。大丈夫だから……少し話を聞いてくれる?」
ナヴァリアはモルガーさんに、ここ数日ルードスロアでの出来事について話した。
◇
「そうか……わかった。スヴィ坊、すまねぇな、許してくれや……」
「いえ、分かっていただけたなら大丈夫です」
(ス、スヴィ坊って……)
「それでモルガーさん、私に扱える槍が欲しいんだけど……」
ナヴァリアは店内の槍が並んでいる前に行き、モルガーさんに訊いた。
「ナヴァリアちゃん、本当に槍を買うのか? ワンドじゃないのか?」
「さっきも言ったとおり、今は魔法が使えないから旅に出るための武器が欲しいのよ」
ナヴァリアの決意は揺らぐ事はないとわかる程、ハッキリした答えだった。
その決意を目の当たりにしたモルガーさんは、長い顎髭をさすりながら「んー」と唸って考えこんだ。
「モルガーさん?」
ナヴァリアは怪訝な顔をしていた。
「ナヴァリアちゃんならこいつかな」
そう言うとモルガーさんは槍を一つ手渡した。
「ありがとう」
ナヴァリアは嬉しそうに槍を受け取った。
「あれ? ……なんか短くない?」
ナヴァリアの受け取った槍は短槍だった。
「リーチは短くはなるが取り回しの良さと携帯性に優れてるからな、ナヴァリアちゃんは杖術もやってたろ? 長柄の槍よか馴染むかと思ったのよ」
「あー、なるほど……確かにこれ、ちょうど良いかも」
そう言うとナヴァリアはくるくると短槍を回し、いとも容易く扱ってみせた。
その所作からも彼女は杖術においても実力者で、僕が思っていたより遥かに上手かった。
「あとはギルドの訓練所で槍としての扱いを仕上げてくりゃぁいい」
モルガーさんも満足気にアドバイスを送っていた。
「うーん……となると……スヴィル、皮の手袋と旅用のブーツもいいかな?」
「うん、もちろん。モルガーさんお願いできますか?」
「おぅ、おぅ、任せな!」
こうして、ナヴァリアのプレート入りの皮の手袋とブーツも買い、僕らの旅のための準備は着々と進んでいった。




