第20話 団欒
ノーザント家へ戻った僕らは、二人から聞いていたナヴィ姉さんの魔導書に書かれた地図を確認し、その謎を解く試みをしようとした。
「スヴィル、これだよ」
ナヴァリアが地図のページを開き、解けた謎の部分の解説をしてくれた。
テーブルを挟んで向かいの席にナヴァリアが座り、その隣にエリアナさんが座った。
そして、僕たち三人で額を突き合わせて話し合った。
「何かヒントになりそうなこと思い出さない?」
ナヴァリアが僕に尋ねる。
「う~ん……どうなんだろう。ナヴィ姉さんは魔導書の中を、僕には絶対見せないようにしていたからなぁ」
エリアナさんは肘をついてぼんやりとした目で地図を眺めていた。
「お母さん……もしかして眠いの?」
ナヴァリアがエリアナさんに確認した。
「なっ……失礼な、ちょっと考えてただけじゃない。もぅ」
「ほんとかな~」
ナヴァリアがイタズラっぽく返す。
「ちょっと、ナーヴァ……怒るわよ」
「はいはい、ごめんなさーい」
二人はそんなやりとりを笑いながらしていた。
僕も釣られて一緒に笑っていた。
「僕の村にはナヴァリアやエリアナさんみたいな楽しい人はいなかったなぁ」
ふと思ったことを言うと、ナヴァリアは何かに気づいたかのように僕に確認した。
「スヴィルの村って確かイルト村だっけ?」
「うん、そうだよ」
ナヴァリアは顎に手をやり気がついたことを言った。
「地図の『sville』ってイルト村のことかな?」
「それじゃ、『navarria』は……?」
僕が聞くとナヴァリアとエリアナさんが顔を見合わせて同時に答えた。
「「ルードスロア」」
地図の謎に光明が見えた。
「なるほど、なるほど。それだと確かに二つの位置関係は一致するわよね」
エリアナさんは謎解きが前進して楽しそうだ。
「そうなると中央に書かれている山もウォークレフ山脈かも……だけど……」
ナヴァリアの表情が曇った。
「このエミルって何なのよ……」
親子揃って「う~ん」と似たような表情で首を傾げている姿を見て、僕はくすくすと笑っていた。
「ちょっと、スヴィル何で笑っているのよ」
ナヴァリアが頬を膨らませ不満な態度を見せる。
「ごめん、あまりにも二人がそっくりだったんでつい……」
「もぅ、何よそれ~」
「ウフフ……スヴィルくんも可愛いわ」
エリアナさんの言葉に僕は顔が熱くなった。
「あらあら、スヴィルさん。お顔が真っ赤ですわ」
ナヴァリアもイタズラっぽく返してきた。
ナヴァリアとエリアナさんとの絡みに居心地のよさを覚え、謎解きもほどほどに進み笑い合っていた時だった。
入り口の扉が勢いよく開くと、痩せ気味で背の高い男性が一人立っていた。
「あら、アナタお帰りなさい」
エリアナさんが迎えに立ち、僕はその人がナヴァリアとナヴィ姉さんのお父さんであることがわかった。
「は、初めまして、僕はスヴィル・エルダーグと言います」
僕はすぐに席を立ち挨拶をした。
「……ッ⁉︎ 君がそうなのか……ダズホフ・ノーザントだ……」
ぶっきらぼうな挨拶でダズホフさんは僕に冷めた視線を送り続けた。
そして、家の中に入ると真っ直ぐに僕の前まで歩み、いきなり腕を掴んで叫んだ。
「き、君がナヴィアナだけでなく、ナヴァリアまでたらし込んだヤツなのかぁっ‼︎」
「アナタ落ち着きなさい」
エリアナさんに頭を叩かれ、襟首を掴まれて「ちょっと、こっちへ来なさい」と奥の部屋へ引きずられていった。
僕は一連の出来事に呆気にとられ固まっていた。
「はぁ……ごめんね、スヴィル。うちのお父さん、男の子が来るといつもあんな感じだから気にしないで……」
ナヴァリアが苦笑いをし、ダズホフさんについて教えてくれた。
「昨日はお姉ちゃんのことでかなり落ち込んでいたみたいだけど、今日はだいぶ落ち着きを取り戻しているみたい。夜遅くにお母さんはスヴィルのこと伝えてたみたいよ」
「えーと、たらし込んだって伝えたの?」
「あはは……まさか~、それはいつものお父さんの勝手な解釈だから気にしないでいいよ」
ノーザント家の人たちってナヴィ姉さんを始め癖のある人たちなんだなと思った。
奥の部屋からエリアナさんたちが戻ってきた。
「そろそろお昼の用意するわね。スヴィルくんも食べていきなさいな」
「はい、ご馳走になります」
「それじゃ、ナーヴァ残りの謎がわかったらあとで教えてね」
そう言ってエリアナさんは食事の用意をするため、また奥の部屋へと消えていった。
僕の席の隣にダズホフさんがドカッと腰を下ろし、腕組みをして威圧するように座った。
ナヴァリアは軽いため息を吐くと、地図にある最後の謎について話し合い始めた。
「それじゃ、スヴィル。エミルさんってどんな人だったか教えてくれるかな?」
「え~っと、確か元王国の騎士で魔物討伐の遠征中に、廃村の朽ち果てかけた教会で女神を目撃して、騎士をやめて神官になったって言ってたかな……」
僕は思い出せる情報をざっくりと話した。
「ん~、それでギルドに登録するってのもなかなか凄いよね。冒険者より騎士の方がいいと思うんだけど……」
ナヴァリアは髪を指先でくるくる巻きながら話していた。
「あ、ギルドに登録してないよ。エミルさん」
ナヴァリアが「どういうこと?」と指先に巻いていた髪を解き身を乗り出した。
「その女神を目撃した教会に朽ちた女神像があって、その足元に置いてあったのを借りたらしいよ……それも導きだと思ったらしい」
「あぁ~、いいのかなぁ……神官なのに……」
ナヴァリアは頭を抱え込んだ。
そのやり取りを聞いていたダズホフさんが話に入ってきた。
「教会ってグディナ教なんだろ? グディナ教の神学院は本拠地だった大聖堂ラグドゥ・シークのすぐそばだ。今は魔王城となってるがね……神学院に通えないんだから神官なんて、今はほとんど誰かに教わるか自称してるやつしかいないだろう……青いメダルは神官としての条件が揃ってると聞いたことがあるしな……」
グディナ教または女神教と呼ばれる神官たちは、魔王に本拠地を奪われている。
そのせいで後任の育成すらままならない状況が五百年以上続いているため、ギルドの青いメダルを提示し、神官としての能力を有する証明としているみたいだ。
僕たち人族は女神ルカナファへの信仰を続けている。
「それとだな……」
ダズホフさんは続けた。
「その地図でいう中央のウォークレフ山脈のすぐ下にあるエミルって書いてある場所、確か父さんが若い頃に、魔族に滅ぼされて廃村になった村がその辺りにあったはずだ」
「えっ⁉︎ お父さん本当⁉︎ 何ていう村なの?」
「ゾルアフス村だったかな……」
意外にもダズホフさんの助けで村の名前がわかり、これで地図として完成したのかと僕は思ったがナヴァリアは違ったようだった。
「う~ん……仮にそうだとしてもこの地図に書かれている、私とスヴィルとエミルにどう関連性があるのか……目印だけなら私とスヴィルだけでだいたいわかっちゃうし、正確な位置を示すような場所でもなさそうだし……」
「確かにそうだね……」
僕も同意し頭を悩ませた。
「最初からその星印に向かえばいいんじゃないか?」
ダズホフさんが言った。
「確かにそうなんだよね……大体の場所が特定できているならね……」
だが肝心の星印には手がかりは無く、その近辺一帯を探し回るわけにもいかなかった。
「星印辺りってだけで探し回るのも危険だと思うよ……何があるかわからないんだし……」
僕は一応念を押してみた。
「もう! 関係ないものと、わかりにくい印をお姉ちゃんが……」
ナヴァリアが何かを言いかけるのをやめてそのまま考え込んだ。
「そうか……関連性じゃない、何も書く必要がないものを書いているってことは、曖昧な場所を特定させる手がかりがあるのかもしれない……ってことは星印に辿り着くために、最初はゾルアフス村を目指せばいいんだわ!」
ナヴァリアは辿るべき順と場所がわかって、すっきりとした表情をしていた。
「じゃあ、決まりだね」
僕はナヴァリアと一緒に頷き合った。
「ナヴァリア、食事の準備手伝ってもらえる?」
エリアナさんのナヴァリアを呼ぶ声が響いた。
「うん、大丈夫だよ。今、全部わかったところ……」
そう返しながらナヴァリアは奥の部屋へ手伝いに向かった。
席には僕とダズホフさんが残され、少し気まずさを感じた。
(よりによって何で隣なんだろ……)
どうしようかそわそわしていると、ダズホフさんが小声で話しかけてきた。
「君はエリアナからの試練は乗り越えたようだね」
「は、はい……ギリギリと言うことでしたけど……」
「フッ……しかし、『真の試練』はまだ終えてはいない……覚悟はできているのかね?」
突然の新たな試練……『真の試練』の存在を知り、僕は激しく動揺した。
「そ……そんなこと聞いて……⁉︎」
僕は大きな声で返したところ、ダズホフさんに口を遮られ静かにするよう合図をされた。
「別に戦ったりするようなものじゃない……沈黙の儀式みたいなものだよ……」
「ち……沈黙の儀式……」
僕は息を呑んだ。
「君はそのまま黙って座って、勧められるがまま事を成せばいいのさ」
僕には何が起こるのか想像できなかったが、間違いなくとてつもない試練であることは容易に想像できた。
襟を正したダズホフさんの表情は、これから魔族と相対し立ち向かう前の面構えに見えたからだ。
ナヴァリアが目の前のテーブルに皿を並べ、エリアナさんが料理を運んできた。
どうやら昼食はパンとシチューのようだ。
食事を摂る前に、僕らは床に少量の水を落とし、女神に感謝の祈りを捧げた。
「さぁ、スヴィルくん。おかわりしてもらって大丈夫だからね」
エリアナさんの笑顔の勧めに「ありがとうございます」と僕は返した。
匙でシチューを掬い上げ口に運ぼうとすると少し違和感を覚えた。
(あれ、シチューってこんな香りだったかな?)
僕はチラリとダズホフさんの方へ視線を向けると、ダズホフさんはものすごい勢いでシチューをかき込み、パンをむしって食べることを繰り返していた。
(ど、ど、どういうこと……⁉︎ そんなにお腹が空いてたの⁉︎)
そして、ナヴァリアとエリアナさんの方にも視線を移すと、二人は何事もないかのように静かに……いや、貴族であるかのように上品に一口一口を噛みしめるような食べ方だった。
僕は呆気にとられていたが気を持ち直し、匙に掬ったシチューを口の中へ運んだ。
(まぁ、それだけ美味しいということなの……)
「ぐっ!」
(衝撃的な味……いや、何これ……ヤバい……とてもノーザント家の方の前で素直な味の感想を言えたものじゃない!)
匙で掬った肉はまるで身体強化魔法がかかっているかの如く、硬く強い弾力で噛まれる事を拒み、スープは早急に喉の奥へ飲み込もうと試みても、味わったことのない味覚なのか臭いなのか、全くわからない奇妙な風味によってすぐに口内へ戻ってくる有様だ。
(も、もしかして……これが『真の試練』というやつでは……⁉︎ っていうか、何でナヴァリアとエリアナさんは普通に食べられるんだ⁉︎ )
そう思うとダズホフさんの食べ方に納得がいった。
お腹が空いているというわけではなく、味わうことなくさっさとお腹に納めている食べ方だ。
この時僕には二つの選択肢があった。
一つは彼女達のようにゆっくり食べ、美味しさをアピールする食べ方か。
もう一つはダズホフさんのように一心不乱にかき込んで丸飲みし、お腹が空いてましたとアピールする食べ方か。
答えは決まっている。
僕は一心不乱にかき込み、味わうことなく飲み込み、食事をさっさと終わらせることを選んだ。
僕は夢中でダズホフさんを真似るように、ガツガツと喉の奥へと無理やり食事を流し込んだ。
お行儀が悪いと言われても、このやり方を拒むことはできなかった。
「スヴィルもお父さんと同じ食べ方なんだ……」
「ほんとね、頼もしいわ」
二人の会話に相槌を打つことも出来ず、僕とダズホフさんは目を血走らせながら食事を終わらせた。
◇
「ご、ごちそうさまで……す」
「お粗末さまでした」
「お母さん、片付けるね」
彼女達は皿を片付けるため奥の部屋へ向かった。
僕は全力で走り続けたかのように、体力的にもへばっていた。
ダズホフさんが僕に話しかけてきた。
「なかなかやるじゃないか……スヴィルくん」
「何とか……食べ切りましたよ……ありがとうございます」
僕はダズホフさんに感謝を述べると、友情が芽生えたような気になった。
ダズホフさんがスッと席を立つと、不気味な笑みを浮かべて僕に言った。
「フフッ……なぁに気にしなくても大丈夫だよ。ただ試練が終了するまで気を抜かない方がいい……それじゃ、幸運を祈ってるよ……」
そう言い残すとダズホフさんは家の外へ出て行った。
(試練ってまだ終わっていないのか!?)
そう考えると体に強烈な緊張感が走った。
(何!? 何!? 何!?)
緊張感かと思った自分が愚かだった。
強烈な腹痛に襲われていた。
(こ、これはすぐに事を済ませないと!)
僕はすぐに情けない声でナヴァリアを呼んだ。
「あ、あの……ナヴァリア……外便所借りてもいいかな?」
ナヴァリアはすぐに応対してくれた。
「え? いいよ、裏手にあるけど……お父さんいないね……」
「さ、さ、さっき……外に……出て行ったよ……」
ナヴァリアは「あー」と声を出し、申し訳なさそうに言った。
「ごめん、スヴィル……多分、今はお父さんが使っていると思う」
(何ですとッッ‼︎)
友情だと感じていた自分が愚かだった。
こうなる事を最初から見越していたのだ、僕は人生最大の危機を迎えた。
「まぁ、お父さんご飯食べたらすぐに出しちゃうクセがあるみたいなの……あはは」
(いやっ、それってクセじゃなくてク◯ですって!)
余裕が無くなっていく僕のツッコミにキレが増していた。
僕は女の子の目の前で盛大にやらかすことを避けるために、自らが泊まる宿屋への帰還を試みることにした。
「ナヴァリア、ごめん。ちょっと……急ぎの用事があるから……また、明日……ごちそうさまでしたぁっ!」
◇
時折、不自然なほど体を捻らせながら宿屋までの帰路を急ぎ、何とか無事に便所に辿り着くことができた。
僕はこれまで感じた事が無いほどの極上の安らぎを、便所で知ることになるとは思わなかった。




