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第19話 母の眼差し 〜慈愛〜


 ◆◆◆

 

 両親の墓の前から僕らは来た道を引き返していた。

 僕の両親の家の前を通る時、家の中からバタバタと物音がしていた。

「ナヴィ何やってんだろ? 人様の家なんだから無茶なことはしないでくれよ~」

「あの……ありがとう……ございます……ヘディンさん……」

 僕は初めて勇者ヘディンを名前で呼び、心の底から感謝した。

「うん、どういたしまして! これからスヴィルくんももっと元気に……」


『バーン!』


 僕とヘディンさんは思わず肩が跳ね上がった。

 ヘディンさんの話を遮るように後ろから僕の家の扉が強く開けられた音だ。


 扉を力強く開けたせいか女の魔法使いが肩で息をし、ツカツカと僕の方へ向かって来た。

「えっ⁉︎ ちょっと、ナヴィ、ボクらは邪魔しに来たわけじゃ……」

 ヘディンさんはこの女の人が邪魔をされて怒っていると思ったようだ。

 確かにそう思わせるほど、この女の人の目には力強い何かの意志を感じたが、怒りを滲ませてはいなかった。

 僕は何をされるのかと臆していた。


「君……名前は……?」

 女の人は僕の両肩を掴み名前を尋ねてきた。

「ス、スヴィル・エルダーグで……す……」

 僕は怯えるように答えていた。

 すると、女の人はニコリとすると思いっきり僕を抱きしめてきた。


「やだ~っ! めっちゃ可愛いんですけど~。私はナヴィアナ・ノーザント。よろしくね。もう今日から私の弟ってことでいいからね。ナヴィ姉さんって呼んでくれると嬉しいかな~」

「「へっ?」」

 僕とヘディンさんは目が点になっていた。

「えっ、えっ、えっ⁉︎」と激しく動揺する僕を見てヘディンさんが慌てて女の人を窘めた。

「ナヴィ⁉︎ 何言ってるの⁉︎ 弟ってどういうことなの⁉︎ ボクらは魔王討伐の旅をしなきゃいけないんだよ⁉︎」

「そうよ、だからスヴィルを私たちのパーティに加えればいいのよ」

「いやいやいやいや……何言ってるんだよ、まだ子供のスヴィルには危険だし、エミルやバリルに何の相談もなしに無茶だよ」

「あの二人の意見は却下よ。スヴィルはもちろん私たちと一緒に来るわよね?」

「はぁぁっ⁉︎」


 僕はヘディンさんとナヴィさんとのやりとりがおかしくなってしまい、あの出来事以来初めてクスクスと笑っていた。

「ごめんなさい……少し可笑しくなって……」

 僕の心がさっきよりも大きく開いた気がした。

「一緒に旅というのは正直分かりません……僕には旅に出る理由がまだなくて……その……」

 僕がどうやって断ろうとしているのか悟ったのか、ナヴィさんは優しく包み込むように抱きしめてくれた。

「うん、でも理由ならすぐ見つかるはずよ……明日、またここで会いましょ」

 ナヴィさんの優しく穏やかな口調と眼差しに、僕は亡き母の面影を少し感じた。

 僕はコクリと頷いただけだった。


 僕は二人に魔族の呪いを解いてくれたお礼をすると、老夫婦の家へ向かうため踵を返した。

 後ろからナヴィさんとヘディンさんの話し声が聞こえてきた。

「ヘディン、今夜エミルとバリルをここへ連れてきてちょうだい……大事な話があるわ」

「そうだね……話し合ったほうがいいのは確かだ……」

 会話の内容からして僕をパーティに加えるかどうかの話なのは察しがついた。

 当然、ヘディンさん含め三人からは反対されて終わるものだと思っていた。


 僕はそれはそれで構わないと思いながら老夫婦の家へ向かった。

 『希望の勇者』は確かに生きる希望を僕にもたらしてくれた本物の勇者だ。

 そんな彼らについていけば、かつての父や母のような強さを手に入れることが出来るのかもしれないという、小さな願望がこの時の僕に芽生えていた。


 ◆


 翌朝、僕はナヴィさんに言われた通りやって来た。

 僕の家の周りには勇者ヘディン一行が勢揃いしていた。

「この坊主がそうなのか?」

 一際体の大きな男の人が僕の顔を覗き込んだ。

「ちょっと、バリル! 威圧しないでよ! 可哀想じゃない!」

 ナヴィさんがバリルと呼んだ人を叱った。

「いやー、そんなつもりは……すまんな坊主……」

「坊主じゃない! スヴィルよ!」

 見た目の体格で圧倒されるが性根はいい人だと分かった。

「あの……すみません……スヴィル・エルダーグです」


 自己紹介が遅れたことに謝罪した。

 それからヘディンさんからそれぞれのパーティメンバーを改めて紹介してもらった。

 その後に、僕のパーティ参加についての意見の結果を聞いた。


「スヴィルくん、君のパーティ参加はみんな賛成ということになったよ……」

「え……何で⁉︎」

 僕はナヴィさん以外反対で終わりだと思っていたが、皆が賛成と聞いてなぜ誰も反対しなかったのか不思議に思った。

「単純にナヴィの説得で皆納得したんだよ……スヴィルくんはどう? 理由がないから行けないのかな?」

 ヘディンさんの問いに僕はうまく答えることが出来なかった。


 理由なんてないのは最初から分かっている。

 しかし、『どう?』と聞かれると気持ちが大きく揺らいでいる自分がいる事も分かった。

「わ……分かりません……」

 それが精一杯の答えだった。


「それじゃあ、スヴィルくん……君に試練を与えよう。君に両親を殺した魔族三体の討伐を依頼したい」

「ど、どういうことですか⁉︎ ヘディンさんが討伐したんじゃなかったんですか⁉︎ あれは嘘だったんですか⁉︎」

 僕の頭に血が上り、強い口調でヘディンさんを責めていた。

「ぼ、僕にそんな力ありません……できません!」

 僕は悔しさを滲ませながら拳を固く握りしめていた。


 するとナヴィさんは僕に近寄り、足元に穴を掘ってその中に小石を適当に敷き詰めた後、僕に小さな玉を三つ両手で包み込むように手渡した。

「討伐対象はこれよ……黒晶珠、少しだけ大きいのがベギックの黒晶珠。お父さんを喰ったやつは……どっちかわかんなくなったらしいからまとめてブチのめしちゃって」

 ナヴィさんは笑顔で説明してくれた。

「どういうことですか?」


 困惑する僕にヘディンさんが説明した。

「昨日、スヴィルくんと魔力の根源の話をしたの覚えてる? 魔族の体は塵となって消えても、魔晶石や黒晶珠の根源としての輝きは残っているんだよ……つまり、ソイツらは魔族としてはまだ生きているってこと……だから、スヴィルくんがとどめを刺して両親の仇を討てばいい」

 僕は体が震えていた。

 恐怖からくる震えではなく、自らの手で父と母の仇を討てるのかという喜びに近い震えだった。

 

 ナヴィさんの掘った穴に三つの珠を入れた。

 バリルさんからミスリル製のナイフを借り、穴の中に入れた珠に狙いをつけた。

 僕の頭の中であの日の出来事がぐるぐる駆け巡っていた。

「うああぁぁっっ……!」

 震える手で握ったナイフで穴の中の珠に何度も何度もナイフを突き刺していた。

 ヘディンさん、ナヴィさん、エミルさん、バリルさんが僕に「いけ! やれ!」「やったー!」「いいぞ!」「もっといけー!」と声援を送ってくれていた。

 いつの間にか僕の目に涙が溢れ「父さん! 母さん!」と叫びながらナイフを突き刺した。

 あの日の光景が目の前で繰り返される。

 しかし、その光景もナイフを突き刺す度に黒晶珠の破壊と同期しているように壊れていった。


 穴の中の黒晶珠は粉々に砕けうっすらとあった光沢は完全に消失していた。

 父と母の魂が解放されたのかと思い、僕は涙を拭きながらお礼をした。

 そして、心の扉が完全に開き、僕の心の奥底で死んでいたものが、息を吹き返し蘇ったように感じた。


「ヘディンさん、ナヴィさん、エミルさん、バリルさんお願いします! 僕も一緒に旅に連れて行ってください! お父さんとお母さんの子として恥じない強さを身につけたいんです!」

 あの時はまだ幼いから無理だったとしても、これから先同じような出来事が起きたら僕は抗う力が欲しいと思った。

 地面に頭をつけて心の底から僕は懇願した。

 ヘディンさんはにっこりと笑みを浮かべると僕に手を差し伸べて言った。

「もちろんだよ。ようこそ、スヴィル」

 

「ありがとう……ござい……」

 ヘディンさんの手を取ると涙が溢れ言葉が詰まった。

 ナヴィさんも僕をギュッと抱きしめてくれた。

「よかった……スヴィル……あと、ナヴィさんじゃなくてナヴィ姉さんね……」

 ナヴィ姉さんからのお願いにも「分かりました! ナヴィ姉さん」と力強く答えられるようになっていた。


 ◇◇◇


 僕はエリアナさんとナヴァリアに話し終えると深く頭を下げてお礼を言った。

「エリアナさん、ナヴァリア、本当にありがとうございます。ナヴィ姉さんに救われたことに間違いはありません。今の僕があるのは間違いなくナヴィ姉さんやヘディンさん達の導きによるものなんです。もし彼らと出会えていなかったら今頃僕は……」

 僕は上手く伝えることができているか不安だった。

 エリアナさんとナヴァリアの顔を見上げると二人は涙を流していた。


「スヴィルくん……ごめんなさい。あなたを誤解していたわ」

 エリアナさんは僕を優しく抱きしめて続けた。

「力のない役立たずなんて酷いことを言ったわたしを許してほしい……あなたはとても強い心を持った子だわ。普通の子ならそんな経験をしたら、心は壊れて廃人になるか人の道を外して生きていてもおかしくないもの……」

 ナヴァリアも僕を優しく抱きしめてくれた。

「スヴィル……本当に強いと思う……」


 僕も涙が止めどなく溢れ二人と抱き合っていた。

 エリアナさんが語りかけてくる。

「スヴィルくん、これは母親としての感覚なのだけれど、あなたのお母さんは亡くなったときから、ずっとあなたを守っていたように感じるの」

 僕は考えたこともないエリアナさんの発言に強い興味を持った。

「教えていただけますか?」

 エリアナさんは頷き優しく話してくれる。


「あなたのお母さんは倒れたときからスヴィルくんと目を合わせ続けたのよね」

 あの時の目が一瞬頭をよぎり、僕は小さく頷いた。

「わたしにはそうやってスヴィルくんを守っていたように感じたの。もし、お母さんの目を見ないで他の……その状況なら魔族よね。魔族の姿を目に焼き付けてしまっていたら、五歳のスヴィルくんの心は耐えられたのかしら。父親と母親を殺した異形の怪物よ……わたしは耐えられないと思うの……」

 エリアナさんの話を聞いていて、僕はそうなのかもしれないと次第に思えてきた。


 あの死の呪いと共に刻みつけられた眼差し。

 もし、それが魔族の姿だったなら、エリアナさんの言う通り僕は心を殺すだけで耐えられるとは思えない。

 そう理解した時、母ルヴィシナの眼差しが優しさを宿した慈愛に満ちたものだったように思い出された。


「エリアナさん、大切な事に気づかせてくれてありがとうございます……」

「うん、いい子よね……スヴィルくん」

 エリアナさんが強く抱きしめ、ナヴァリアも強く抱きしめた。

 そして、僕も同じように抱きしめた。


「なんだかナヴィ姉さんと同じ匂いがする……」

 思わず漏らした言葉にナヴァリアが答えた。

「当然よね……()()()()()()()だもの……」

「ウフフ……何よそれ……」

「ははは……」


 暖かな笑い声が響き、優しさと温もりに満ちた感触を味わいながら、僕はあの時見た母の優しい眼差しを感じて亡き母に感謝の祈りを捧げた。

 

 

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