第18話 母の眼差し 〜希望〜
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イルト村に希望の勇者ヘディン一行がやって来た。
村のみんなは勇者一行に群がり自分たちの行動範囲の魔物討伐を依頼していた。
これまで倒した魔物や魔族の冒険譚を聞こうと子供達も集まっていた。
勇者ヘディンは一時は消息不明として死んだと噂になっていたが、ここ最近になって突如再び現れ、以前より格段に強くなって魔族を討伐したという人物だ。
その事から人々は彼らの事を『希望の勇者』と呼ぶようになった。
村の子供達は常に勇者一行に付きまとって困らせていた。
女の魔法使いはそんな子供達を引き連れ、少しだけと言って魔法教室を開く広めの場所へ移動した。
その間に勇者ヘディンはかつてこの村に住んでいたという、大魔法使いの書物があれば見せて欲しいと村長のジャッスに頼んでいた。
それを受けて村長は勇者ヘディンと共に僕のもとへやってきた。
一日の農作業を何を思う事もなくこなしている時に声をかけられた。
「この子です……ヘディンさん」
「初めまして、こんにちは。ボクはヘディン・サリオンズというものです。よろしく」
「……こんにちは……スヴィルです……よろしく……」
爽やかな勇者の挨拶に対し僕は視線を合わせることなく、ぶっきらぼうに挨拶をした。
「ヘディンさん、すみません……。スヴィル、きちんとしなさい。君の助けになってくれるかもしれないんだよ」
村長が慌てるように苦言を呈してきた。
それでも僕は淡々と一日の農作業を続けていた。
「実はスヴィルくん、君に頼みがあるんだけど……いいかな?」
「はぁ……」
気のない返事をした後、淡々とこなす農作業の手を止めて話を聞いた。
「この村に高名な魔法使いがいたって聞いて、この村に来たんだけどね。それがスヴィルくんの高祖母だって話じゃないか。そこでお願いなんだけど、スヴィルくんの高祖母の家にある、魔法に関する書物があればうちのパーティの魔法使いに見せてあげて欲しいんだ……頼めるかな?」
「……分かりました……」
そっけなく返事をし、かつて母と父とで過ごした家へと向かった。
勇者はお礼を言いつつも戸惑いを隠せていなかった。
トボトボと家へと近づく……。
あの出来事以来、僕は家へ帰っていない。
そんな家を赤の他人に、高祖母の書物を見せるために貸し出すことへの抵抗感は微塵も感じなかった。
勇者は気を利かせ色々と話しかけていたが、僕は大した反応も見せずただ真っ直ぐ家へ向かった。
「スヴィルくん……もし、嫌なら無理にお願いしないよ……?」
勇者の言葉に僕は返事をせず、歩みを止めて指差した。
「……あそこがその家です……」
そこは村から少し離れていた。
緩やかな坂を登り、細い小川沿いに進むと、森に囲まれた湖と大滝の前に高祖母の家があった。
暑い日には涼やかな風が吹き、寒い冬には滝側の屋根につららができるような自然を強く感じる場所だ。
湖の前で父と母と一緒に魚を釣り、食事を摂った記憶がふと蘇った。
僕は首から下げていたその家の鍵を勇者に手渡し、そのまま農作業へと戻ろうとした。
「家の中は案内してくれないのかい?」
勇者は慌てて尋ねてきた。
「……書物のある部屋は一つですし、内容まで僕は知りません……」
僕はそう言うと来た道を引き返した。
家の中に入りたくなかった。
僕は心を殺すように努めることで、母の眼差しから逃れることができると思っていた。
あの家へ入れば心を殺すことはできなくなり、また母の眼差しと呪いの言葉に頭が支配されるのが何より怖かった。
勇者一行はそれから一週間か十日ほど滞在する予定だと村長から聞かされた。
村長から魔族の呪いを相談してみればと言われたが、僕は「別にいい」と素っ気なく断った。
◆
勇者一行が村を訪れて一週間ほど経った。
一行は村の手伝いや近隣の魔物を討伐して村を助けてくれていた。
高祖母の書物は女の魔法使いが『全て読むまで邪魔しないように』と言い、訪れた日から引きこもっていた。
その状況を説明するため、勇者が僕に断りを入れにやってきた。
「……というわけで、まだしばらくかかりそうなんだ。ごめんね」
「……別にいいですけど……」
相変わらず素っ気ない態度に勇者は困った表情をしたが続けて話した。
「村長さんからスヴィルくんの事を聞いたよ……すごく辛くて大変な思いをしたって……」
「……」
僕は黙ったままで何も言わなかった。
「はぁ……ごめん、単刀直入に言う。君は確かに魔族の呪いを受けていたかも知れない、だけどもう魔族の呪いなんかで命を落とす事はないはずだからね」
僕は初めて勇者の顔を見上げて訊いた。
「……どういうことですか?」
勇者はにっこりと笑顔を見せると、僕と目線を合わせるようにしゃがんで話した。
「最初に訪れた時にボクらは村長から君のことで相談を受けていたんだよ。村の人達は君のことは可哀想だと思うけれど、やはり自分達も巻き込まれてしまうのではないかと恐れていたということでね。……まぁ、ボクらは君の高祖母の書物が目的だったし、ナヴィ……うちの女性の魔法使いが書物を読む間に出来ることだったからちょうどよかったんだよ」
勇者はそう言うと「少し歩こう」と言い僕の手を引いて大滝のある家の方へ向かっていた。
僕は少し拒絶するように足取りを重くした。
それに気づいた勇者は話の続きをした。
「スヴィルくん……ベギックという名に心当たりがあるよね?」
僕の心臓が激しく動き出した。
忘れもしない、両親を殺し僕に呪いをかけた魔族の名だ。
「だ、誰にも言ってないのに……どうして……」
僕は勇者の答えが気になって顔を見上げていた。
「奴らはこの村の付近に確かに潜伏していたよ……そして、君が大人になるのを待っていたのは間違いない。名前も奴らが名乗ってたからね」
僕は魔族の呪いが実際に降りかかりそうだったことを知り体が震え出し、あの時の状況が鮮明に蘇ってきた。
そんな僕の状態に気づいた勇者は力強く僕の手を握り明るく話を続けた。
「ボクらはね、エルフの郷で勇者としての訓練を受けたんだよ。そして、その時にいくつか女神の魔法を授かったんだ。その魔法の一つにはね……根源探知眼と言って魔力の根源を光の輝きで教えてくれる魔法があるんだ」
僕は勇者の話を聞き入っていた。
「ボクら人間……いや生物として命を宿してるもの達は心臓から魔力が生み出されているみたいなんだ。光は心臓の鼓動に合わせて明滅するんだよ。では魔族はというと……奴らは命を持たない連中だ……魔力の根源は魔晶石という特殊な石に宿っている。だから常に光は輝き続けているんだ。そうと分かれば、奴らの位置なんて闇魔法で隠蔽でもしない限りすぐに分かっちゃうんだよ。ハハッ……」
勇者は僕の恐怖心を取り除くために、明るく振る舞い笑って見せていた。
「奴らは君の両親の強さに味をしめ、スヴィルくんの成長を待ってたみたいだったよ。同じような強さを手に入れられると思ってたのかもしれないけど……。君の両親の強さを考えれば、奴らは卑怯な手を使わなければ勝てなかったんだろうね……ほら、着いたよ」
勇者の言葉で初めて僕の中で明日に怯えなくてもいいのかと心が震えるのを感じた。
そして、勇者が連れて来た場所は両親が眠る墓の前だった。
大滝が轟々と響く僕と両親の家から見える場所に、小さな墓が仲良く並んでいた。
僕と勇者は墓の前で祈りを捧げた……僕自身初めての祈りだった。
知らぬ間に涙が頬を伝っていたが、心の扉はまだ完全に開ききらなかった。




