第12話 憤懣
ローベンが魔法を使えるようになって二日ほどたった。
マルムスクさんにはローベンの件で感謝され、他のギルド職員にも原因になりそうな事例を聞いて回ってみると言われた。
彼は翌日には魔法講習を終了し、訓練所にはもう私一人だけになってしまった。
焦燥感が次第に大きくなって私の心を支配していくのが分かり、私は自分自身が嫌になりそうだった。
丁度、教会の鐘が一つ鳴り終える頃に訓練所へ着いた。
「マルムスクさん、今日はまだ来ていないみたいね……」
私はマルムスクさんを待つ間、一人訓練所に佇み魔法行使時以外の原因になり得そうなものについて、考えを巡らせていた。
(精霊式を受けてからおかしくなったのよね……式なんて簡素なもので聖水を付けたルカーシェの枝で肩と頭を軽く叩いて、女神ルカナファへの感謝の祈りと呪文を捧げるだけのもの……呪文間違えたとか? いやいや、例えそうだとしても魔法使えなくなるの? 今まで間違えた人いなかったの? ……)そんな時である。
「ありゃ~? 嘘だろぉ、未だに講習を終われない能無しがいるのか~?」
「シシシッ……あれあれ? ナヴァリアですよ~、キシシッ……」
不快な声だけで顔を見なくても誰が来たのかすぐに分かった。
ドゥジェンとボッタフだ。
(コイツらホント、ウザいんだから!)
「あんた達! 一体何しにここへ来たのよ!? こんな所に用はないでしょ!」
私自身のイライラもあって強く当たった。
「あぁ? 折角俺が教えてやろうかと来てやったんだぞ! 感謝しろよ!」
「頼んだ覚えないんだけど? バカなの……」
「んあぁぁっ!」
私が魔法を使えなくなってから顔を合わせることは殆ど無かったが、ドゥジェンとはこんな性格だったことを改めて思い出した。
「オメーみたいなバカ女には躾けが必要だな……だろ? ボッタフ」
「そうっすね~、流石に無礼が過ぎるっすね~……シシシッ」
「はぁっ? 何かしようと考えているなら大声出して人を呼ぶわよ……」
ボッタフには負ける気はしないけど、ドゥジェン相手では分が悪過ぎる。
ましてや二人がかりとなれば勝てる見込みなど一切ないのは明白だった。
しかし、この二人の性格は弱いと認識した相手にだけ、強気な態度に出る情けない性格だ。
私みたいな背丈が低い相手は簡単に打ち負かせると思っているのでしょうけど、幸いここはギルドの中にある訓練所。
大声で助けを呼ぶと言えばこの二人なら気後れするのは分かっていた。
私自身で太刀打ち出来ないのは悔しいけれど、こんなヤツらをまともに相手して痛い目を見るのも嫌だった。
「ぐぅっ……」
案の定二人は怖気付いて手を出すような行動を起こそうとはしてこなかった。
本当に小さい奴らだ。
「そ、そういやお前のねーちゃん、あのヘディンとかいう腰抜けとパーティ組んでたよな?」
「だったら何だっていうの?」
ヘディンさんを腰抜けとかほざくドゥジェンに、私は怒りを込めて睨みつけた。
「あれ~? 知らないのぉ~、お前のねーちゃんはヘディンにやらしいことをして仲間にしてもらってるーって、みんな言ってるの~」
「お前のねーちゃん、エロい身体してるから他の仲間も同じように色目使って集めたんだろうな……あっははははっ!」
そう言うと二人してゲラゲラと笑い出した。
「ふざけないで! 私のお姉ちゃんはそんな下品じゃないわよ! 街の人もそんな事言ってないじゃない!」
私は二人に詰め寄り私から殴りかかりそうになっていた。
そんな私を見てドゥジェンは嬉しそうな、嫌らしい笑みを浮かべて言った。
「そう言えばもう気にしなくてもいいかもなぁ……ギルド内で今朝、話題になってたぜ。ヘディンパーティは慟哭の丘で魔王に処刑されたって言ってたなぁ……あぁ、お前のねーちゃんも一緒に死んだってことかぁ~」
「なっ……!」
予想外の言葉に私は一瞬動揺した。
「シシシッ……かわいそ~で……ブゲッ!」
私はボッタフの笑い声で完全に理性を失い力任せにぶん殴っていた。
「そんな胸糞悪い冗談のどこが面白いのよっ!」
「テメーから手を出したんだからなぁ! テメーが全部悪いんだからなぁ! このドブスが!」
殴りつけたボッタフは鼻血を噴き出して倒れたが、ドゥジェンが便乗してボッタフの仇と言わんばかりに応戦してきた。
ドゥジェンの拳が私の顔や腹を一方的に殴りつけてきたが、隙を見て私も負けじと爪を立てて腕を引っ掻いたり、噛みついたりしてやり返していた。
「このドチビ女ぁ!」
ボッタフが立ち上がり加勢してきたことによって私はもうなす術がなくなってしまい、反撃もできずいいように殴られていた。
「ボッタフそいつを押さえろ!」
ボッタフが私を羽交い絞めにすると、ドゥジェンは掌から火球を生み出して、口の端を吊り上げながら言った。
「このドブスが噛みつきやがって痛え……俺様のこの火球でオメーの目ん玉焼いてやらぁ……へへっ」
このバカはやっていい事と悪いことの区別が出来ないのは知っていたが、流石に度が過ぎていた。
人体に過度な損傷を負うとポーションはおろか治癒魔法でも治せる保証なんてない! 最悪失明だって十分にあり得る話だ。
「ちょ、ちょっと……何言ってるのよ! そんな事されたら失明しちゃうかもしれないじゃない! やめてよ……お願いやめてーっ! いやぁぁっ!」
私は羽交い締めにされた状態の手足をバタバタさせながら涙ながらに訴えた。
「ドゥジェンさん~、やっちゃいましょう~……シシシッ」
「へへっ……なんかゾクゾクしてくるよなぁ、今までのお仕置きだぜぇ……あはははっ……」
顔の皮膚がジリジリと焼かれ近づく火球に、私は力一杯瞼を閉じたがその熱さからは逃れられなかった……。
「あなた達! 何をしているのですか、すぐにやめなさいっ!」
突然の力強い叱責にドゥジェン達はビックリして「やばい! やばい! 逃げろっ!」と言いながら、私を放り投げ一目散に逃げ出した。
私は全身に広がる痛みを堪えながら、口の中の血を吐き出して鼻血と涙を拭った。
「大丈夫ですか? ナヴァリアさん、すぐに治療してもらいましょう」
「だ、大丈夫です……助けて頂きありがとうございます……」
マルムスクさんは私の体を優しく起こしてくれた。
「ギルドで用事を済ませた後、勇者一行の訃報を知らせる連絡がありまして、遅くなってしまいました。申し訳ありません」
私の胸が一気に締め付けられる感覚に襲われた。
「そ……それって……へ、ヘディンさんや……お、お姉ちゃん……」
声を震わせながらマルムスクさんの目を見ることができず、俯いたまま聞いた。
「えぇ……お姉ちゃんとはナヴィアナさんでしょうか?」
私は小さく頷くのが精一杯になっていた。
「そうでしたか……非常に残念です……」
しばらく、気まずい沈黙が流れていた。
私も声を出して泣き出しそうになっていたのを唇を噛んで懸命に堪えていた。
重苦しい場の空気を変えようとしたのか、マルムスクさんが別の話題を切り出してきた。
「このタイミングで何ですが、ナヴァリアさんの魔法が使えなくなった原因について……」
「……いいです……」
「はい……?」
「もういいです!」
私は話を途中で遮り、声を震わせながら強い口調で断った。
そして、そのまま訓練所を走って飛び出して行った。
(ほんとに何なの? 何なのよ!? あのバカ二人にいい様に殴られて、大怪我させられそうになっただけじゃなく、ヘディンさんが……お姉ちゃんが……そんなの一番嫌な出来事をアイツらから聞かされて、それが事実だって……最悪なんてものじゃない! 嫌だ! 絶対に嫌だ!)
◇
私はギルドから勝手知ったる街中の人通りのない狭い裏路地へと来ていた。
木箱がある隣の建物は少し奥まった形になっており、そこの勝手口には三段ほどの小さな階段があった。
私はその階段に腰掛け、薄暗くヒンヤリとした空気が今の私の心に心地よさを与えてくれていた。
(そういえばこの場所って幼い頃、ヘディンさんとお姉ちゃん達とで隠れんぼで遊んだっけ……)
その時のお姉ちゃんは「ナーヴァの隠れる場所なんて私にはすぐに分かるから!」なんて言って、私はこの場所なら見つからないと自信満々に隠れていたのに、お姉ちゃんにはあっさりとこの場所がバレてしまった。
私には何故すぐに分かったのか理解できなかった。
「……ほんとにお姉ちゃんは凄いよ……もう……わたし……ここにいても……お姉ちゃん……見つけに来て……くれない……のよね……うぅっ……わ~~ん」
私の心が限界に達したその時、堰を切ったように涙が溢れ大きな声でワンワンと泣きじゃくっていた。
◇
どれ程の時間が経ったのか、私が啜り泣いていると路地に向かって来る男の声が聞こえた。
何を言っているのか聞き取れないが、ハァハァと息を切らしながら近づいて来る声に私の涙はピタリと止み、強い警戒心で耳をそばだてていた。
いよいよ路地の中へと入って来ているのが分かると、私は近くに落ちていた木片を手早く集め、側に置いた。
(もし変な事をしようとか、あのバカ二人みたいな奴だったら木片を投げつけて怯んだ隙に逃げよう……)
そう思い緊張した面持ちで身構えていると、『ガッ』と木箱を蹴り上げられ私はビックリして体が強張ってしまった。
そして、目の前を体が私と同じようにボロボロになっている黒髪の少年と思しき人が通り過ぎた。
(私の事に気が付いていない……)
私の体の強張りは解けたが、警戒心は維持したままその少年を観察していた。
(誰かに殴られた跡は傷の酷さから察するに大人から受けたものではないかと判る。涙の跡は殴られた痛み? 虐められたのかしら?)
考えを巡らせていると少年は、私から少し離れた所で壁を背にしズルズルと腰を降ろし、何かを呟くと膝を抱えシクシクと泣いていた。
私は少年を気にしながら、どうやってこの場を離れようかと考えていた。
すると少年は私の視線に感づいたのかゆっくりと顔をこちらに向けると、私と目が合い固まってしまった。
「な、何見ているのよ……」
私は先に言われまいと冷めた言葉と態度で動揺を誤魔化していた。




