虫籠
「僕ね、この前テレビで見たような宇宙飛行士になるんだ。お月様に立ってみたい」
「そうか、それはいい夢だ」
蝉がうるさい中、俺は意味ありげにも笑顔でそう答えた。
視点を合わせる。まだ綺麗な白い肌。長い睫毛から大きな瞳。とても自分自身とはとても思えないような可愛い顔立ちをしていた。
育ちがいいのか人の目をしっかりと見つめて大きな声で他人である筈の俺と会話をしている。
この子がこれから成る姿。これから自分に起こる現象が読めてくると自然と自分自身であるこいつに同情の念と哀れみの感情が出てくる。
「これから虫でも取りに行くのか?
ここら辺はたくさんの蝉やクワガタがいるもんな。そんな壊れかけの虫網と虫籠で蝉を取っていたとなると自分の虫取りのテクニックも侮れないもんだな」
「おじさんも一緒に行く?」
「このおじさんはもう腰が動かないんでな。
木には登れないし、虫を取ることなんざ出来ない」
何を覚悟しているのか淡々とした口調だ。
目の前に居るこいつはそんな語りに抑揚の無い俺に怯えたのか、話の腰を折るようにタンタンと駆け足で俺から逃げて行った。
子供っていうものはいつでも誰でもそうだ。
空気が悪けりゃ親でも親友でも怖がるように話を逸らして何処かに逃げるかその場で黙り込むのどっちかだ。
最初の内はそりゃあ無垢な子供の特権でこれが許されれるが社会や大学に入ってからではそう簡単に行くもんでもない。
俺は静かに曲げていた膝を立て、逃げて行った自分の背中にある虫籠を眺めた。




