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ここで生きていく人を見つけました

「泣き止んだ?君は⋯⋯女子高生かな?」

マスターはあたしが泣きやんだのを見ると口を開いた。

「はい⋯⋯」

「やっぱり!君、高校生か!」

マスターは納得したようにうなずくと、自分の胸を親指で指さした。


「俺は日本にいた頃は喫茶店のマスターをしててさ。こっちに来てからは、元の世界の味を再現しようと必死だったんだよ。もう⋯⋯10年くらいたつなぁ⋯⋯

ナポリタンはそれっぽくできてただろ?

こうやって同郷のやつに出会えたのは君が初めてだ!」

10年も前に?!

あたしはマスターを見つめる。

「あたしはゆあです。マスター、美味しいナポリタンとカフェラテ⋯⋯本当にありがとうございます」

あたしがお礼を言うと、マスターは照れくさそうに笑った。


雰囲気を断ち切るように、ズズッと重厚な音が響く。

「おい、マスター。説明してもらおうか」

ガイさんが腕を組み、鋭い視線でマスターを睨みつけていた。

「ゆあが泣くほど懐かしがるその食い物といい、お前たちの関係といい⋯⋯詳しく聞かせてもらおうかな?」

カークさんもニッコリ微笑んでいるけれど、背後に黒いオーラが見える気がする⋯⋯!

え?!

か、勘違い!勘違い!!

そして、怖い!怖い!!

あたしは慌てて2人を見つめる。


「あ、あの!2人とも!泣いたのはマスターのせいじゃなくて、嬉しかったからなんです!」

あたしが慌ててフォローに入ると、ガイさんとカークさんは

「そっか」

と少し毒気を抜かれた様子で肩をすくめた。


「ふふふ。血の気の多いボディガードさんたちだな。はい!プリンもお食べ?」

マスターはプリンをあたしの前に置く。

「マスター!!プリン!!大好きです!!」

あたしは一口スプーンですくう。

「んんんんっ!美味しい!」

また涙でそうになっちゃった⋯⋯

「君たちもどうぞ」

マスターはガイさんとカークさんの前にもプリンを置く。

「初めて見る形と色だね⋯⋯」

カークさんは呟いてスプーンですくい口に入れる。

ガイさんも一口⋯⋯


『ん!うまい!!』

2人の声がハモる。

本当仲良し⋯⋯


でもプリンは最強だもん⋯⋯

「さて、で。君はどうやってここに?」

マスターは落ち着いたあたし達を見つめて話し出した。


「あたしは⋯⋯朝学校に向かってて、渋谷の駅でいきなり穴におちたんです!で⋯⋯気がついたらこの世界にいて⋯⋯カークさんとガイさんに助けてもらいました」

あたしがそう言うと

「そっか⋯⋯渋谷で⋯⋯俺はさ、立川でカフェを開いていたんだよね。それなりに人気店だったんだよ?ふふふ。ある朝散歩してたら、いきなり穴に落ちてさ⋯⋯」

あな?

「穴!同じですね⋯⋯」

「うん。で、この国にいて⋯⋯右も左も分からないこの国で、途方に暮れてたら、この喫茶店を経営してたジーさんに拾われて。俺も喫茶店経験者だし、そのまま置いてもらってさ。ジーさん亡きあと引き継いでるってわけ。自由気ままにやってるよ。もう10年も前の話」


マスターはそう言って笑った。

10年も1人でってこと?

「マスター日本にご家族は?」

あたしが聞くと

マスターは小さく首を振って

「んー日本でもここでも自由気ままな独り身だよ」

マスターは遠い目をして、カウンターのマグカップをゆっくりと布巾で拭き始めた。

「最初の頃はさ⋯⋯夢かと思って、毎日起きたら日本の自分のベッドにいるんじゃないかって思ってたよ。でも、いつまで経ってもこの街の天井でさ。最初は本当にキツかったなぁ⋯⋯」

ぽつり、ぽつりと語られる10年間の重み。


あたしは胸がぎゅーっと苦しくなった。

あたしは今日この世界に来たばかりで、ガイさんとカークさんっていう優しいふたりに拾われたから、なんとかやっていけてる。

でもマスターは、10年も前に一人で⋯⋯どれだけ寂しかっただろう。どれだけ不安だっただろう。

「このカフェのジーさんがいなかったら、俺はそのまま野垂れ死んでたな⋯⋯力も、すべも⋯⋯金すら持ってなかったからなぁ⋯⋯唯一あるのが喫茶店をやっていたことだけ⋯⋯」

「⋯⋯マスター、すごいです。1人で⋯⋯大変だったのに、こんなステキなお店を⋯⋯あたし、マスターのナポリタン食べたとき、本当に泣きそうになるくらい嬉しかった」

「はは、ありがとな、ゆあちゃん。ここもな、隠れた名店になりつつあるんだぞ?」


マスターは照れくさそうに笑って、あたしの前に温かいお茶をそっと置いてくれた。

「⋯⋯マスターは、日本に帰りたいって思わないんですか?」

あたしがそっと尋ねると、マスターは手をぴたっと止めた。


店内が一瞬、静まり返る。

カークさんとガイさんも、静かにマスターの横顔を見つめている。

マスターは天井を少し見上げて、深いため息をひとつ吐くと、寂しそうに……でも、どこかすがすがしい笑顔を浮かべた。

「⋯⋯そりゃあさ、最初の何年かは毎日『帰りたい』って泣いてたよ。日本の家族や友達の顔が浮かんでさ、夢の中で何度も立川の街を歩いた」

カウンター越しに、マスターが遠い目をする。

「でもさ⋯⋯10年だぞ? こっちでゼロから色々なことを覚えて、ジーさんだけじゃなく街の人に助けられて、この店を続けて⋯⋯気がついたら、ここにも俺の大事な仲間や、毎日『美味しかったよ』って笑ってくれる常連さんができたんだ」

マスターは温かい手で、あたしの頭をポンポンと優しく撫でてくれた。

「だから今はね、半分諦めもあるけど⋯⋯ここが俺の『新しいホーム』なんだと思ってる。日本には帰りたい気持ちもないって言ったら嘘になる。でも、今のこの生活も、この店も愛おしいんだよ」

「マスター⋯⋯」


でも、マスターの心の奥底には、日本人だって、思っている気持ちがあるんだよね?会いたいって気持ち⋯⋯

心の中の内緒話⋯⋯


「それにさ!」

マスターはパッと表情を明るくして、あたしにニッと笑いかけた。

「今日、ゆあちゃんに会えただろ? 日本に帰れなかったおかげで、こうやって可愛い後輩に最高のナポリタンを食べさせてあげられたんだから、俺の10年も捨てたもんじゃないな!」

照れ隠しみたいに笑うマスターの言葉に、胸がぎゅーっと締めつけられる。

切ないけれど、ちゃんとこの世界で前を向いて自分の場所を作ってきたマスターの強さと優しさが伝わってきて、あたしは何度も何度も頷いた。

前を向いて、ここで生きていく人⋯⋯


静かにお茶を一口飲んだあと、ガイさんが腕を組みながら真剣な目でマスターを見た。

「1つ聞いてもいいか?」

「ん? なんだい?」

マスターはガイさんを見る。

「マスターのように『異世界から落ちてきた人間』や、そういった現象についての噂を、この10年で他に聞いたことはあるか?」

ガイさんの問いかけに、店内の空気が少しだけ真面目なものに変わる。

あたしもゴクリと息をのんで、マスターの顔を見つめた。

マスターは腕を組み、うーんと唸りながら天井を見上げた。

「うーん⋯⋯正直、直接会ったのはゆあちゃんが初めてだよ。でも⋯⋯」

「でも?」

カークさんが身を乗り出す。

「この交易都市ルティアには、世界中からいろんな情報が集まってくるだろ? 冒険者や商人たちの噂話でさ⋯⋯『遠い昔にも、変な服を着て見たこともない知識を持った奴が現れた』とか『世界のどこかに、異世界と繋がる大きな穴があるらしい』なんておとぎ話みたいな都市伝説は、たまに耳にすることがあるよ」

「都市伝説⋯⋯ですか?」 

あたしが呟くと、マスターは頷いた。

「ああ。確かな情報じゃないから真に受けちゃいないけどな。でも、俺やゆあちゃんがこうして現にここにいるんだ。あながち全部が嘘ってわけでもないのかもしれない」

マスターはそう言って、あたしに優しく微笑みかけた。

「ゆあちゃんが元の世界に帰る方法を探してるなら⋯⋯やっぱり情報が集まる『ギルド』で手広く調べるか、もっと大きな王都を目指すのがいいかもしれないな」

「王都か⋯⋯」

マスターの話を聞いて、カークさんがうなずく。

「僕たちもギルドで情報収集と依頼探しをする予定だったから、その方向性で間違いなさそうだね」

「ふん、手掛かりがゼロじゃないだけマシだな」

ガイさんもどこか安心したように小さく息を吐いた。

あたしたちの目指す道筋が、少しだけ見えた気がした。 


「マスター、貴重な情報をありがとうございます!」

あたしが頭を下げると、マスターは嬉しそうに目尻を下げた。

「いいってことよ。⋯⋯ゆあちゃん、たくさん色々なものを見て、経験して、自分の思う道に進めることを祈ってるからね?」

マスターは私をじっと見つめる。

「はい⋯⋯」

「そろそろ行こうか」

カークさんが立ち上がり、ガイさんも腰を浮かせた。

あたしはあたしでこれからを考える。

マスターと同じように⋯⋯


「行ってきます!マスター!」

「⋯⋯!うん。行ってらっしゃい、ゆあちゃん! 負けるなよー!」

「はい!あのマスター名前は?」

私はマスターを見つめる

「うん?あぁ、俺の名前は、山下 敬太郎」

懐かしい日本の名前を耳にする⋯⋯


私はペコっと頭を下げる。


カランコロン、と温かい鈴の音を背中に受けて、あたしたちは夕暮れ時のルティアの街へと足を踏み出した。

胸の中には、マスターからもらった温かい勇気がしっかりと残っていた。

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