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9 周りとの相互理解

 キイがデザートのお代わりをテーブルに置く。

 食べながら、ジンが話を切り出す。


「では次は、周りとの相互理解じゃ」


 ジンの意図が分からず、ソラは首をかしげた。


「数覚スキル持ちは、周りから孤立しやすいのじゃ。理由は三つある」


 ジンは以下の三つを理由として挙げた。


A:感情よりも理屈を優先しがち    → 人間味がない

B:周りの人と感覚や興味の対象が違う → 不気味

C:伝統を壊して成果を出す      → 脅威や嫉妬


 ジンは続けて言う。


「一方で、人間は社会的な動物じゃ。社会の中で色々なことがらを学んでいく。たとえば、今の坊やの課題は、自分に自信をつけることかのお」


 ジンに指摘され、ソラは耳が痛かった。唯一、得意だった計算も魔導具で代用できる。今のところ、数覚スキルがあると言われただけで、特に何かができるようになったわけでもない。自信を持てと言われても困る。


 屈託した表情のソラを見ながら、ジンはゆっくりと口を開く。


「周りから孤立しないで、うまくやるやり方を順に挙げていこうかの。まず、Aの理屈を優先しがちな点に関しては、相手の感情を理屈に取り入れるようにすればよい。慣れればできるじゃろ」


 ジンは一息おいて続ける。


「Bの感覚や興味の対象が違う点に関しては、数覚スキル持ちが周りにどう映るかを知っておけ。そうすれば、不気味がられることは減るじゃろう」

「どう映るのですか?」


 ソラの質問に、ジンは答える。


「坊やもワシも美術系のスキルがないから、色覚を例にしようかの。色は物の性質であって物ではない。これはよいかの?」

「はい。黄色の果物は物ですが、黄という物はないです。数と似てますね」


 ジンの問いかけにソラは即答する。ジンは続けて言う。


「では、黄、掛ける、青緑、イコール緑とか、黄、掛ける、赤紫、イコール赤と言われて、ピンとくるかの?」

「すみません。なんのことだか全然分かりません」


 ソラがギブアップすると、ジンは笑いながら解説する。


「二つの絵の具を混ぜたときにできる色を掛け算の形にしたものじゃ。美術系のスキルがある人間は、感覚的に分かるらしい。数覚スキル持ちのワシらにとっての掛け算九九みたいなものかのお」

「こんなルールを81個も暗記しろと言われても困ります」


 ソラが素直な感想を述べると、ジンが応じる。


「そう。それが数覚スキルなしの一般人が掛け算九九に思うことじゃ。一生懸命、9掛ける3イコール27を暗記したところで、30から3を引く別のやり方があるよ、そっちの方がかっこいいよ、と言われたらどうする?」

「ボクは30引く3がかっこいいよ、とは言いませんでしたよ」


 ソラの反論に、ジンは少しあきれたかのように告げる。


「それがCの伝統を壊すということじゃ。不必要に、相手の劣等感を刺激するな。人間は一旦ネガティブな感情を持つと、相手の言ったことを曲解するからのお。かっこいいと自慢しおって、と受け止められるのがオチじゃ」


 ――孤児院の計算の時間、副院長の機嫌を損ねたのはこれか。


 ジンの説明は、ソラに孤児院でのやりとりを思い出させた。ジンは色覚を使ったたとえ話をまとめる。


「美術系のスキルがないワシらにとって、絵を描く過程は感覚的には理解できないが、完成した絵で感動することはできる」

「なるほど。数覚スキルがない普通の人は、数学はできなくても、数学の成果、例えば魔導具のありがたさは分かるということですね」


 ソラが答えると、ジンは嬉しそうにうなずいた。


「その通りじゃ。有用性を示せば周りから受け入れられる。商業ギルドで働くのだから、まずは安く買えるとか、早く運べるといった形で成果を出すのがよいじゃろう」


 ジンの提案に、ソラは分かりました、と答えた。


 ジンはしばらくデザートの残りを食べていた。食べ終わった後、口を開く。


「昔、王に、数覚スキルがあると、世の中がどう見えるのか聞かれたことがあったのお。参考までにどんな話をしたか伝えておこうかの」


 ソラはお願いします、と答えた。

 ジンは話し始める。


「人の心というものは、その人の性質、状態であって物ではない。色と似ているが、心の方がより複雑じゃろう。にもかかわらず、他人の心を感覚的に把握できる」

「人の顔色を伺うってことですね。正直、苦手です」


 ソラの感想にうなずき、ジンは話を続ける。


「こんな場面だったら、アイツはこんなこと言いそうといった予測や、それを基にした会話を想像することもできる」

「こんなこと言われたらどうしようと、くよくよしたりもしますね」

「相変わらず自信がなさそうじゃのお」


 ジンは笑いながら、数との類似性に触れる。


「他人の心は、物ではないが、あたかも実在しているように感じられ、かつそれが自発的に動いて様々な結果を出す。数覚スキル持ちにとっての数に似ていると思わんか?」


 ジンの指摘に、ソラはその通りですね、と応じた。


「あと坊やが言ったように、人の心が分かる能力にも個人差がある。全く分からない人ばかりで、社会を成り立たせるのは大変そうじゃろう。数覚スキルなしで魔導具を作ろうとするのは、これと同じように困難です、と王に説明したのじゃ」

「それからどうなったのですか?」


 ソラの質問にジンが答える。


「さっき言ったとおりじゃ。王はこの説明に納得し、国を挙げて、鑑定の魔導具で片っ端から数覚スキル持ちを探すことになった。膨大な手間を掛けた結果、ノマス生まれでは誰も持っていないことが判明した」

「あ~、それはがっかりしますね」


 ソラはデザートの残りを口に入れながら、合槌を打った。


 ソラは慣れない環境でずっと気が張っていたが、食事と会話が一段落して緊張が解けると、急に眠気が押し寄せてきた。


 こっくりこっくりし始めたソラを見て、ジンは小声でつぶやく。

 

「デザートも食べ終わったし、残りの話は明日にして、今日はおひらきにしようかのお」


 キイが食堂に入ってきて、ソラを誘導する。


「ソラ様、寝室はこちらです」


 ソラはうつらうつらしながら客室に案内された。ベットの上に倒れたことは覚えているが、いつ寝たかの記憶はなかった。

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