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47 姫乱入

 ソラは、頭を抱えていた。

 目の前では、可憐な衣装を身にまとった身長105cmの少女が駄々をこねている。


「わらわもやるぞえ!」


 彼女は、王国の王女トロワ姫である。お付きの護衛騎士も手が出せずおろおろしている。


 ――ノース公爵領の孤児院を回って、一緒に働く数覚スキル持ちを探すはずの訪問がどうしてこうなった。


 ソラは、ため息をつきながら、こうなった状況を振り返る。


 きっかけは、ソラが主催するナンバーズの業績が好調で、業務を拡大するため、一緒に働ける数覚スキル持ちのメンバーを増やしたいと、ジンに相談したことだった。


 ジンとの相談の結果、以前、アンとデュオを見出したときのように、ノース公爵領にあるジンの別荘を拠点として、ノース公爵領の孤児院を順番に訪ねることにした。


 一週間掛けて、ノース公爵領で候補として挙げられた20もの孤児院を回ったが、すべて空振りに終わった。


 そして、最後の孤児院で、院長室に戻り、院長に挨拶して帰ろうとしたときに、事件は起こった。


「して、なぜこのような場所に魔導車が停まっておるのじゃ?」


 院長室の窓の外で、甲高い子供の声がした。


 ソラが、窓に目を向けると、ソラが乗ってきた魔導車とは別の魔導車が庭に停まっているのが見えた。未舗装路でも走れるSUV型の魔導車である。一台の車体には、精緻な細工が施されたエンブレムが取り付けられており、貴族文化に詳しくないソラでも、高貴な方が到着したと分かる。


「まずいのお。アレは王国の王族のエンブレムじゃ。あのちっこいのは、末っ子の王女のトロワ姫かのお。揉めると面倒なので、早々に退散しようかの」


 ジンは、ソラに告げると、院長への挨拶もそこそこに院長室のドアを開けて、孤児院の外に出た。ソラは、慌ててジンの後を追った。


 トロワ姫は、ソラ達が乗ってきた魔導車の前で立ちつくしていた。孤児院から出てきたジンに目を向ける。


「そなたの魔導車か」

「左様でございます、殿下」


 ジンがへりくだって答えると、トロワ姫は続けて尋ねる。


「して、そなたはここへ何をしに参ったのじゃ」

「孤児院の視察でございます、殿下」


 ジンは無難な答えを返すが、トロワ姫はなかなか引き下がらない。


「して、何ゆえ視察などするのじゃ」

「この孤児院は私が経営しておりますので、運営が適切か確認するためです」


 ジンの返事を聞いて、トロワ姫は驚いたように、ジンを見つめた。


「そなたの名はなんというのじゃ」

「ジンと申します」


 トロワ姫のお付きの護衛騎士が、ジンの名前を聞いて、ぴくりと反応した。トロワ姫に何やら耳打ちをする。


「ああ、国内で膨大な数の孤児院を経営している、あのジンか。こんなところで珍しい魔導車を見かけたので、つい車を停めて聞いたのじゃ。許せ」


 トロワ姫が納得したところで、ジンとソラは一礼して、魔導車のドアを開けた。

 ソラが乗り込もうとするのを見て、トロワ姫は声を上げる。


「待つのじゃ。その子供はなんじゃ」

「部下のソラと申します」


 ソラは、質問につい答えてしまったが、黙っていればよかった、と後悔した。

 次の質問がソラに来ることは必然であった。


「なぜ、視察にそなたのような子供が居るのじゃ」

「一緒に仕事をする仲間を探しに参りました」


 ソラが正直に答えると、トロワ姫は意外そうな表情を浮かべた。


「そなたのような子供が働いているのか」

「ジンノ村でナンバーズという会社を主催しております。5歳の部下が二人おります」


 トロワ姫は驚きのあまり、声を荒げる。


「わらわと同じ歳じゃと! どんな仕事なのじゃ」

「パン屋や服屋などを訪問し、作業の手順を調査・分析して、どうやったら売り上げが増えるか考え、それを提案、実施する仕事です。まだ開業して一か月ですが、すでに三件の実績があります」


 トロワ姫は、疑わしそうな顔をした。


「5歳の子供にそんなことができるとは、信じがたいのう」

「普通の5歳には無理だと思います。そこで、孤児院を訪ねて、特別に優れた子供を探しているのです」


 ソラの話に興味を持ったようで、トロワ姫は続けて尋ねる。


「して、見つかったのか?」

「いえ、一週間かけて孤児院を20軒も回りましたが、一人も見つかりませんでした。あきらめて引き上げるところです」


 ソラが、そう答えると、トロワ姫は思いついたように、ソラに問いかける。


「して、優れた子供かどうかはどうやって見分けるのじゃ」

「こちらの魔導車で横になってもらい、魔導具で適性を調べます」


 ソラは、魔導車の背面に積んでいるベッドと魔導具を指さしながら説明した。

 それを聞き、トロワ姫は目を輝かせた。


「わらわもやるぞえ!」


 トロワ姫の発言で、周りの護衛騎士は慌てた。


「殿下、そんな得体の知れない魔導具を付けるなんてお止めください」


 ソラも止めに入る。


「殿下、この検査は一緒に仕事をする仲間を探すためのものです。不快感を覚える可能性がありますので、興味本位で参加されるのはお勧めいたしません」


 しかし、トロワ姫は頑として応じない。


「わらわもやるぞえ!」


 ソラはここで回想を終え、仕方ない、と内心でつぶやき、念話でジンに相談する。


「師匠、すみません。ボクが余分なことを言ったばっかりに。こうなったら、殿下にテストを受けさせて、納得してもらうしかないと思います」

「まあ、しょうがなかろう」

 

 ジンの了解が得られたので、ソラはトロワ姫に向かって話しかける。


「では、殿下、不快感を覚えてもお許しいただくという条件で、ご参加いただけますか」


 トロワ姫は嬉しそうに応じる。


「分かったのじゃ」


 ソラは、運転席で待っていたキイに準備を依頼する。

 キイは、車から降りると、魔導車の後ろのドアを開けた。


「では、殿下、こちらのベッドで横になっていただけますか」


 ソラが声を掛けると、トロワ姫は素直に従い、ベッドに横たわった。

 キイは、失礼します、と言って、トロワ姫に魔導具を取り付ける。


 ソラは、車の助手席に座り、偽装のネックレスを外し、代わりに念話専用のネックレスを首に掛ける。


「殿下、念話は聞こえますか」

「ああ、聞こえておる」

「殿下には、これから30分ほど夢を見ていただきます」

「分かったのじゃ」


 魔導具の効果で、トロワ姫は眠りにつく。

 王宮にたくさんの女官がいる夢が始まる。


 ――まずい。これは数覚スキルが発現するパターンだ。


 数覚スキルが発現しない場合、断片的な寝言が念話で聞こえるだけである。しかし、今回は、トロワ姫が見ている夢が紙芝居のように念話で伝わってくる。


 面倒なことになったな、と思いながらも、ソラは腹をくくり、目をつぶって、トロワ姫の夢の傍観者になる。


 トロワ姫は、王宮の広間にいた。多数の女官たちに取り囲まれている。彼女たちは、みな仮面をかぶり、口々にトロワ姫に話しかける。


「ほら、殿下、次は宮廷作法ですよ」

「王国の歴史のおさらいも」

「ほらほら、さっきと同じ間違いをなさって」


 トロワ姫は、これらの教科が嫌いだった。女官たちの囲みを逃げ出そうと走り出す。


 トロワ姫は走りながら考える。囲みの隙間はどこだろう。どうやったら逃げ出せる?


 そのとき、トロワ姫とは違う荘厳な声が念話でソラに届いた。


「数えよ、比べよ、覚えよ」


 ――ボクが5歳のときに聞いたのと同じだ。


 ソラは、感慨にふけりながらも、念話に集中する。


 念話で、トロワ姫の心の声がソラに送られる。右に3人、左に5人。一見、右が手薄じゃが、右は奥に7人隠れている。左は奥が空いている。左じゃ。


 ――トロワ姫の数覚スキルは、ボクと同じで、見ただけで物の個数が分かるカウンタータイプのようだ。


 ソラは、同じタイプが発現したトロワ姫に親近感を覚えた。


 トロワ姫は、女官の囲みを突破することに成功する。やったのじゃ。トロワ姫の喜びが伝わってくる。


 どうやらトロワ姫の夢が終わったようだ。

 ソラはトロワ姫に念話で話しかける。


「殿下、検査は終了いたしました。調子はいかがでしょうか」

「問題ないのじゃ」


 そのとき、キイから、ジンとソラに念話が入る。


「マスター、ソラ様、鑑定の魔導具により、トロワ姫に数覚スキルを検知しました」

「まさかトロワ姫に発現するとはのお」


 ジンは困惑した声色で応じる。


「こうなったら、何も言わないわけにもいかんじゃろ。孤児院の一室を借りて簡単な説明をしようかのお。院長に連絡しておくから、坊やはトロワ姫を連れてくるんじゃ」

「分かりました」


 ソラは、念話でジンに返事をした後、ネックレスを付け替えて助手席から降りた。


 ベッドから起き上がったトロワ姫に向かって、ソラは話しかける。


「殿下、検査の結果を説明したいと思いますので、孤児院の一室にご足労いただけますか」

「分かったのじゃ」


 ソラが孤児院の玄関を入ると、ジンが一室のドアを開けて手招きしているのが見えた。

 ソラはトロワ姫を案内する。


「殿下、こちらの部屋です」


 数名の護衛騎士が先に部屋に入ろうとした。それを見て、ジンがトロワ姫に告げる。


「殿下、説明内容が広がらないように、護衛は最小限にしていただけませんか」

「そうか、ではこやつだけにしようかの」


 トロワ姫はそう言うと、一人の護衛騎士に目で合図をした。身長175cmの若い男性である。


「ガードと申します」


 ガードと名乗った男性とトロワ姫が部屋に入ると、ジンはドアを閉め、魔導具をカバンから取り出して、部屋の中央のテーブルの上に置いた。


「殿下、防音の魔導具です。これで部屋の外からは中の音が一切聞こえません」


 ジンは続けて、トロワ姫に数覚スキルについて説明する。


 ジンの説明が一通り終わった後、トロワ姫はいぶかしそうに口を開く。


「特に何か変わったようには思えんがの」


 ソラは、財布から銀貨(1000円)を複数枚取り出して、テーブルの上に一瞬、広げ、すぐに手のひらで隠した。


「殿下、今、銀貨を何枚かテーブルの上に広げましたが、何枚あったかお分かりになりますか?」


 ソラの問いかけに、トロワ姫はこともなげに答える。


「11枚じゃ。はて、なぜ分かるんじゃ」

「殿下、それがスキルの効果でございます。殿下に発現した数覚スキルは、カウンタータイプと申します」


 ソラは手のひらに隠した銀貨を見せながら解説する。トロワ姫は不思議そうな表情を浮かべた。


「何かのスキルが発現したのかは分かった。して、何の役に立つのじゃ?」


 テーブルの上には、ジンが院長から借りた6歳向けの計算の教科書が置かれていた。ソラは、教科書を手に取り、トロワ姫に渡す。


「これは6歳向けの計算の教科書です。殿下は、簡単に読むことができるはずです」

「本当かのう」


 疑わしそうに答えたトロワ姫であったが、教科書を開いた瞬間、無言になり、すごい速度で読み始めた。


 30分もしないうちに、トロワ姫は教科書を読み終えた。


「まるで絵本のようじゃ。すいすい読めるのお」

「殿下、納得いただけたようでなによりです」


 ソラは、このあと起こるであろう様々な面倒なことを想像しながらも、嬉しそうに教科書の感想を語るトロワ姫を喜ばしく見つめた。

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