46 慰労会
ナンバーズの開業から三週間が経過した。
冒険者の対人戦闘での強さを求める案件が終わり、その報酬として、各冒険者ギルドからナンバーズの口座に代金が振り込まれた。
――三週間で60万円の売り上げか。立ち上がりとしては上々だな。
ソラが口座残高を魔導帳票ツールで確認して、ニヤニヤしていると、疲れた表情のアンとデュオと目が合った。
「お兄ちゃん、変な顔をして、どうしたの?」
「アニキ、何かいいことでも?」
二人に声を掛けられ、ソラはバツの悪さを覚えた。
ナンバーズの代表として、ソラは二人がどんな案件が抱えているかを把握している。
最初に受けたジンノ村のパン屋の業務改善案件がうまくいき、評判を聞きつけた服屋や隣町のパン屋からも業務改善依頼があり、二人はこの三週間、業務分析や現地調査などで、てんてこ舞だった。
ソラは、申し訳ないと思いつつ、自身の案件対応のため、実作業を二人に丸投げしていた。
アンは、レコーダータイプの数覚スキル持ちであり、形状の分析が得意で記憶力が高い。どの案件においても、現地調査で卓越した能力を発揮した。
一方、デュオは、カルキュレータータイプの数覚スキル持ちであり、手順の分析やモデル化が得意である。案件対応では、業務分析で非凡の才を示した。
この三週間は、食事も空き時間にできあいのものを個別に食べるようなありさまで、ゆっくりと話をする時間もなかった。
――二人とも疲れた顔をしている。そりゃ、こんな過酷な労働環境なら、そうなるよね。社長として、反省しないと。
ソラは、二人を見て、慰労会の開催を提案する。
「ボクが抱えていた案件が完了して、報酬が入ったんだ。アンとデュオも昨日で案件が一段落したよね。このところ食事が手抜きでゴメンね。お詫びというか、初報酬の記念として、このお金でおいしい食事でもどうかな」
ソラの提案に、二人は目を輝かせる。
「いいわね、お兄ちゃん」
「アニキ、賛成するぜ」
二人の同意が得られ、慰労会の開催が決定した。
「じゃあ、お店を予約しておくから、夕方になったら一緒に出ようか」
「わあ、楽しみ」
「思いっきり食べるぜ」
ソラは、ジンノ村のレストランに連絡し、四人掛けテーブルのある個室を予約した。商業ギルドで働いていたときに、同僚のテルに一度連れて行ってもらった店で、そのときはパスタコースを食べた。
夕方、一日の業務を終えた三人は、オフィスの鍵を閉めると、階段を下りて外に出た。
「こんな明るい時間に仕事が終わるなんて初めてかも」
歩きながらアンがつぶやいた。それを聞き、ソラは申し訳なさそうに口を開く。
「ブラックな職場でゴメンね。ちょっと案件を詰め込みすぎたと反省しているよ」
ソラの謝罪に対して、アンは首を横に振った。
「お兄ちゃん、全然大丈夫よ。ここの仕事はやってて楽しいし、自分のペースでやれるから無理はしてないわ」
デュオもアンに同意する。
「そうだぜ、アニキ。会社のお金で色々買えるし、お客様からは感謝されるし、いいことずくめだぜ」
「それならいいけど」
会話をしているうちに、三人は予約したレストランに到着した。前面がガラス張りで高級感のある外観に、アンとデュオは緊張を隠せなかった。
「なんか高そうじゃない?」
「こんなところに入れるのか」
二人に向かって、ソラは話しかける。
「大丈夫だよ。食事代は社員の親睦の範囲なら必要経費扱いにできるから、値段は気にしなくていいよ」
ソラは、そう言った後、建物のドアを開けて中に入った。アンとデュオはその後を続いた。
店員の案内で、店内の大広間を通り抜け、ドアを開けると、四人掛けのテーブルと椅子が置かれた部屋に通された。窓には落ち着いた色のカーテンが掛けられている。
「じゃあ、まずは座ろうか」
ソラが促すと、アンとデュオはおそるおそる席に座った。
「店員さんに聞いたら、ここの名物はオムライスだそうだから、それでいいかな」
ソラが二人に尋ねる。二人はうなずいて同意した。
ソラはオムライスをメインにその他、数品を店員に注文する。
すぐに、グラスに入った果実ジュースが運ばれてきた。
「まずは、無事に会社が立ち上がったことを祝して」
ソラがグラスを持ちあげると、アンとデュオもそれに倣った。
アンは一口飲んで、口を開く。
「おいしい。ジン様の別荘で頂いたジュースと遜色ないわね」
「そうだね。あそこで食事を頂くと、口がおごって困るよね」
ソラが相槌を打つと、アンは、笑いながら、そうね、と返した。
ジュースを飲み終わったころに、メインのオムライスが運ばれてきた。皿の上には、円の一部を軸の周りに一周回転させたような立体形状の料理が置かれている。
「なんか変わった形の料理だよね」
ソラは不安そうにナイフでオムライスを切り、フォークに載せて口に入れた。
「おいしい! 中のライスはトマトが濃縮されているみたいな濃厚で甘酸っぱい独特の味だけど、それが卵焼きと外にかけてあるドミグラスソースと絶妙にマッチしているよ」
ソラが褒めるのを耳にして、アンとデュオもオムライスを一口食べる。
「おいしいわ。これまで食べたことのない味ね」
「うまいぜ。いくらでも食べられそうだぜ」
アンとデュオも、口々にオムライスを称賛した。
オムライスを食べ終わる頃、デザートが運ばれてきた。
「これはプリンというデザートだよ。お店のお勧めみたいだから頼んでみたんだ」
ソラが説明すると、アンとデュオはスプーンでプリンをすくって口に入れた。
「これ好き!」
「うまいな!」
アンとデュオが絶賛した。ソラもプリンを食べる。
「確かに、おいしいね。こういったデザートもキッチンで作れるようになると料理の幅が広がるなあ」
プリンを食べながら、ソラは、この機会に会社の感想を聞こうと二人に向かって話しかける。
「アンとデュオに聞きたいんだけど、孤児院から出てきてナンバーズに入った感想を教えてくれないかな?」
アンは、思案顔をしてゆっくりと話し始める。
「孤児院にいたときは、デュオ以外とはほとんど話をしなかったけど、ナンバーズでは、知らない大人とも普通に話せるわ。なんでかしら?」
デュオがそれに続けて口を開く。
「オレたちは、数覚スキルという大人にもない能力を持っている。数覚スキルのことは誰にも言ってないけど、自分の業務がどんどん改善していくのを見れば、やはりこいつら只者じゃないなとはなるよな」
アンはうなずいて、デュオを補足する。
「5歳の子供だからって最初は舐められるところもあるんだけど、すぐに一目置くって感じになるわね。相手に期待されると、こっちも頑張らなくっちゃという気持ちになるわ」
二人の話で、ソラはジンから言われたことを思い出す。
「師匠から、数覚スキル持ちは周りから孤立しやすいから、実績を出して周りとうまくやりながら、社会の中で色々なことを学んでいけ、と言われたのを思い出したよ。アンもデュオも実績を出して周りとうまくやれるようになったということじゃないかな」
ソラの指摘に、アンはうなずいた。
「そうね。孤児院にいたときは、自分が何者でもなかった気がするわ。いまは、ナンバーズの一員として、数学を使ってお客様に喜んでもらえる仕事をしているという実感があるの。やっぱり、ここに来てよかったわ。お兄ちゃん、スキルを開花させてくれてありがとう」
「アニキ、オレも感謝しているぜ。別に威張ったりはしないけど、やはり感謝されるというのは気分がいいし、自分にこんなことができるとは思わなかった。楽しくやれて感謝されてお金も貰えるなんてサイコーだぜ」
アンとデュオは、口々にナンバーズを褒めたたえた。
ソラは、多少気恥ずかしく思いながらも、安堵した。
「今後の進め方に関して、何か希望はある?」
ソラが尋ねると、アンが意見を述べる。
「ジンノ村とその近郊だけでも、業務改善の案件はいっぱいあると思うわ。今は三人しかいないから、そんなに手間の掛かるものは受けられないけど、人数を増やせばもっと大きな案件もできるんじゃない?」
「もっと複雑な業務分析も面白そうだぜ」
デュオもアンに賛成した。
「そうだね。人数を増やせば仕事の種類を増やせると思う。ちょっと師匠に相談してみるよ」
ソラは、二人の意見も踏まえて、そうまとめた。
その日は、暗くなるまでレストランで過ごし、三人は束の間の休息を楽しんだ。




