48 家庭教師
王国の王女トロワ姫との出会いから一週間後、ソラは王城に出頭していた。
ノース公爵領の孤児院で、トロワ姫の数覚スキルが発現したことは、ただちにジンから王に伝えられた。
ノース公爵領の視察から戻った王は、ジンを王城に呼び出し、トロワ姫をどう扱うべきか議論した。
ジンは、数覚スキルは、王国の統治や運営にも有用と主張した。王もそれに同意したため、礼儀作法主体だったトロワ姫の教育カリキュラムが大幅に見直されることになった。
しかし、問題は数覚スキルを伸ばすことができる家庭教師の確保である。最初、ジンが候補に挙がったが、高齢と多忙を理由に辞退したため、ソラに白羽の矢が立った。
「王城の礼儀作法なんて知らないですよ」
嫌がるソラに、ジンは慰めるように語り掛ける。
「他の王族や貴族たちと極力、顔を合わせなくても済むように、王と交渉して、トロワ姫の私室近くの一室を自由に使えるようにした。講義はせいぜい半日だから、残りの半日は自由じゃ。部屋には簡単なキッチンもあるので、料理もできるし、講義がない日は王城から出ることもできる。これでどうじゃ」
「まあ、そこまで配慮いただけるのでしたら」
ソラはしぶしぶ同意した。
ソラが主催するナンバーズは、当面の間、アンとデュオの二人で回してもらうことにした。
「お兄ちゃん、すごい出世じゃない。こっちは、案件を絞れば二人で回せるから大丈夫よ」
「最近、仕事のペースも分かってきたし、心配ないぜ、アニキ。それと、もし王都で変わった本を見つけたら、よろしく頼むぜ」
二人との会話の後、ソラは王城に引っ越すために荷物をまとめた。
翌日、キイの運転する魔導車でソラはジンノ村から王都に移動した。
王城の前で車を降りると、門の前にトロワ姫の護衛騎士のガードがいた。
「ソラ殿、遠路はるばるお疲れ様です」
「ガードさん、よろしくお願いします」
ソラは、ガードと挨拶を交わし、使用人の出入り口から王城に入る。
ガードの後を歩き、細い迷路のような通路を抜けると、豪華な廊下に出た。
「この先が王族の私室になります。私たちはそこには入れません。ソラ殿の部屋はこちらです。ご案内します」
ガードはそう言って、一室のドアを開けた。
中には、トイレ、ミニキッチン、シャワー室、寝室兼書斎があり、窓からは西日が差し込んでいた。
ガードは部屋の備品を順に説明する。
「護衛や侍女が待機する部屋なので、一通りのものは備え付けてあります」
「便利そうですね。これならここでも仕事ができます」
「荷物を置いたら、殿下との顔合わせがありますので、向かいの会議室に移動をお願いします」
ガードに促され、ソラは慌てて荷物を置き、廊下の反対側の会議室に向かった。
ソラは会議室の入り口付近の椅子に座り、ガードはソラのすぐ後で待機する。
しばらくすると、トロワ姫が侍女を伴って現れ、奥の椅子に座った。それに合わせて、ガードはトロワ姫の斜め後ろに移動した。
トロワ姫は、ソラに語り掛ける。
「ソラ、遠路、大儀であった」
「この度、殿下の家庭教師を拝命いたしました。身に余る光栄に存じます」
ソラは、王族相手の敬語に慣れておらず、どうも落ち着かない。
トロワ姫は、そんなソラを見た後、お供の侍女に目配せする。侍女は、カバンから魔導具を取り出すとテーブルの上に置き、部屋の隅に移動した。
「防音の魔導具じゃ。テーブル近辺の声は部屋の隅にも届かない。数覚スキルの件は王城内でもしばらく秘密にするように言われておる。これなら、そなたの作法に文句を言う者もおらんじゃろ。好きに喋ってよいぞ」
「殿下、ご配慮感謝いたします」
ここで、ガードが唐突に、話を切り出す。
「殿下、差し出がましいようですが、この機会に申し上げます。王都騎士団の周辺警備部門の同期から、ソラ殿が主催するナンバーズの評判を聞きました」
ガードは、ナンバーズが複数の冒険者ギルドからの依頼を受けて、対人戦闘に強い冒険者を選出したことをトロワ姫に紹介した。
「私は、殿下に関する悪い噂が王宮内で広がるのは、誰かの陰謀と考えています。ソラ殿の技術力があれば、背後関係を突き止められる可能性があると思います」
ソラは、ガードの発言が理解できなかったので、トロワ姫に目を向けた。
「こやつ、ここでそれを持ちだすか。このガードという男は、わらわが唯一信頼している人間じゃ。わらわは元々、あまり王族らしくないと言われておったが、最近、評判がすこぶる悪くてのう。さすがに何かおかしいと思っておったのじゃ」
トロワ姫の解説を受けて、ソラは依頼事項を確認する。
「ご要望は、王宮内での噂の発信源を突き止めることと理解しました。噂の伝播を表すような何か情報はございませんか」
「王宮には、廊下などでの立ち話を記録する魔導具が設置されております。近衛騎士団が担当なので、師団長のナイツ殿の許可があれば、情報を貰えると思います」
ガードが説明すると、トロワ姫は、ではナイツを呼ぼうかの、とつぶやいて念話でナイツに連絡した。
「ナイツはちょうど空いているそうじゃ。今からここに来るぞえ」
しばらくすると、ドアがノックされ、中年の男性が部屋に入ってきた。身長180cm。紋章が付いた帽子をかぶり、シワ一つない軍服を着ている。
「殿下、お呼び出しにより、急ぎ参じました」
トロワ姫は、ガードに目配せした。ガードは、ナイツに事情を伝える。
ナイツは少し考えてから、話し始める。
「ソラ殿のナンバーズについては、私も王都騎士団から聞いたことがあります。殿下の悪い噂の発信源を突き止めることも可能かもしれません。ここ二か月間で、誰が誰に何分間、話しかけたかという情報を王宮内限定という条件で提供いたしましょう。会話内容は開示できませんが、それでよろしいですか」
「それで十分です。ちなみに防音の魔導具はどのくらい使われていますか?」
「防音の魔導具は、王宮内では王族の許可がないと使えませんから、噂の伝播への影響はほとんどないと見込まれます」
ソラがお礼を述べると、ナイツは、では情報提供の準備がありますので、これで失礼します、と言って退室した。
「して、どうやって噂の発信源を突き止めるのじゃ」
トロワ姫は、待ちかねたかのようにソラに尋ねた。
ソラは、発信源を突き止める方法を解説する。
「ナイツさんからいただく会話情報を使って、王宮内の一人一人に噂の影響力という数値を割り当てます。影響力の高い人に長時間話しかけている人ほど、影響力が高いと見なします。割り当ての結果、もっとも影響力が高い人を噂の発信源と推定します」
トロワ姫は、ソラの説明を聞いて、嬉しそうな表情を浮かべる。
「王宮内の人間関係は複雑でのう。それに辟易している身からすると、各人を一つの数値に単純化して扱うのは痛快じゃな」
ソラは、トロワ姫の感想に付け加える。
「はい、各人と各人の繋がりも、両者の会話時間という一つの数値に単純化して扱います。こういった考え方をモデル化と呼びます。現実世界の複雑な課題に対し、うまく単純化して本質を切り取り、理想世界の数と数の関係に置き換えることで、課題を解決します」
ソラの説明が終わると、トロワ姫はうなずいた。
「なるほど。こうやってそなたの会社はパン屋などの業績改善をしているのじゃな。王国も規模は大きいが、人や物の繋がりという点は一緒じゃ。数覚スキルを伸ばせば、王国の統治や運営に役立つというのも分かる気がするぞえ」
トロワ姫の感想に、ソラは、ご理解いただけたようでなによりです、と応じた。
「では、噂の発信源の調査に関しては情報を入手次第、ご報告いたします。今日は初等教育の計算に関してお話しするということで、どうでしょうか」
ソラが講義内容を提案すると、トロワ姫はニヤリと笑った。
「初等教育の計算の教科書は、全部読み終わってるぞえ。計算の教科書がこんなに面白いとはのう。数覚スキルというのはすごいものじゃな。孤児院で検査を受けたのは大当たりじゃった」
ソラは、トロワ姫にいくつか計算問題を出した。トロワ姫は、すべてこともなげに正解した。
ガードは目を見開いた。
「殿下が、こんなに熱心に勉学に取り組まれるとは!」
「元々、数や図形は好きじゃったが、数覚スキルの発現でそれが加速したようじゃ。数や図形が身近に感じられるこの感覚は、どう説明したものか」
トロワ姫は嬉しそうにガードに告げた。
ソラは、トロワ姫に補足する。
「殿下、その感覚が数覚スキルです。ボクの師匠は、数を視ることができるスキル。知覚系最強スキルと言っておりました」
「孤児院で、ジンの説明を聞いたときはピンと来なかったが、たしかに数を視るスキルと言われるとしっくりくるのう」
トロワ姫は感慨深そうに応えた。
ソラはトロワ姫に向かって語り掛ける。
「初等教育の計算は問題ないようですね。では、その先にある数学についてお話しいたします」
ソラは、アンとデュオへの講義を思い出しながら、数学について話し始めた。




