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37 顔合わせ

 それからのソラは、多忙を極めた。


 毎日、午前中は、孤児院に行き、アンとデュオに対して、数学に重点を置いて助手に必要な事項を教える。午後、ジンの別荘に戻ってからは、ジンに数学を教わる。夜には、講義の準備や教わったことの復習をする。


 ――ノース公爵領でミスリル鉱山などの観光に行きたかったけど、そんな暇が全然ないよ。


 ソラはぼやきつつも、同世代の数学仲間ができたことや、より高度な数学を学ぶ楽しみで、充実した毎日を過ごしていた。


 ノース公爵領に来て十日間が経った。


 アンとデュオは、旺盛な学習意欲を発揮し、商業ギルドにおいてソラが扱った案件で用いた数学や、お客様への対応方法をこの短期間で一通り習得した。

 ソラはジンにその旨を報告する。


「二人はボクの助手として即戦力になりました。そろそろジンノ村に戻って、開業準備を進めたいです」


 ジンは、嬉しそうに応える。


「よしよし、順調じゃな。明日の朝、孤児院から二人を引き取って、ここで昼ご飯にして、午後、ジンノ村に移動することにしようかのお。商業ギルドマスターのチョウに親権者になるように頼んでおいたぞ。食事のときに、そのあたりの事情と数覚スキルの説明をしようかのお」


「数覚スキルについては、孤児院で話すとまずいかと思って、これまで二人には言ってないです」


 ソラが、数覚スキルに関して付け加えると、ジンは、それが無難じゃろう、と返した。


 翌日の朝、キイの運転で孤児院に向かったソラは、まず院長室に向かう。


 ソラは、院長室のドアをノックして、中に入った。


 にこやかな表情で院長に話しかける。


「おはようございます、ソラです。長いこと教室をお貸しいただきまして、ありがとうございました。アンとデュオは、私たちの仕事の助手として十分やっていけると判断いたしました。つきましては、二人を引き取りたいと考えます。ジン様から連絡済と思いますが、親権者はジンノ村の商業ギルドマスターです」


 ソラの申し出に対して、院長は事務的な口調で応じる。


「引き取りの件はジン様から聞いている。念のため、二人を呼んで意志確認をしたい」


 ソラは、分かりました、と返した。


 院長は魔導具を操作して、アンとデュオに院長室に来るように命じる。


 しばらくすると、ノックの音がして、アンとデュオは院長室に入ってきた。


「おはようございます、院長先生」

「おはようっす」


 アンとデュオは口々に挨拶した。


 院長は、二人に話しかける。


「ソラ君が君たち二人を引き取りたいと言っている。どうしたいか二人の意見を聞かせてほしい」


 院長の問いかけに、アンとデュオは即答する。


「もちろん行きたいです」

「行くつもりだぜ」


 二人の回答を受け、院長はソラを見て口を開く。


「二人の了解も取れたから、話を進めようか。手続きは、私とジン様の間でやっておく。退去はいつにするかね」


 院長に問われ、ソラは、この後すぐにです、と答えた。


 院長は二人に指示をする。


「そうか。アン、デュオ、荷物をまとめて院長室に来なさい。友達に挨拶するのも忘れずにな」


 院長の指示に対して、二人は小声でつぶやく。


「友達なんていないわ」

「そうだな」


 二人が荷造りをしている間、院長と二人きりになったソラは、気まずさを紛らわせるため、院長に話しかける。


「アンとデュオは、どんな子供だったのですか?」

「変わった子供だったね。他の子供たちと一緒に遊んでいるのを見たことがない。本をよく読んでいた。あとは地図を描いたり計算をしてたかな」


 ソラは、なるほど、と相槌を打ちながらも、やはり孤児院で暮らすのは向いてなさそうだな、と感じていた。


 しばらくして、アンとデュオが荷物を持って院長室に戻ってきた。


 ソラは、じゃあ、行こうか、と二人に話しかけ、院長に、お世話になりました、と言って庭に出た。


 孤児院の庭には、キイが乗った魔導車が停まっている。


 アンとデュオは、生まれて初めて見る魔導車に思わず声を上げる。


「すげえ、かっこいい!」

「馬車みたいだけど、馬がいないわ!」


 ソラは、魔導車について二人に説明する。


「これは、魔導車といって、人が乗れる魔導具だよ。王国ではあまり出回っていないから、ボクも最近知ったんだ。これでジン様の別荘に行くよ」


 ソラは、魔導車のドアを開けると、二人に乗るように促した。

 二人はおそるおそる乗り込んだ。


 ソラは、二人にキイを紹介する。


「こちらは、キイさんと言って、ジン様の助手をされている」

「アン様、デュオ様、よろしくお願いします」


 キイの挨拶に、二人はかしこまって頭を下げた。


 ソラがドアを閉めると、魔導車は滑らかに動き出した。

 アンとデュオは周りをきょろきょろ見回し、感嘆の声を出す。


「速いわ! 時速42キロ出てるわね。これなら色々なところに行けるわ」

「揺れない! これなら中で本が読めるし、計算もできるぜ」


 ソラは、さすがレコーダーとカルキュレーターは、魔導車に乗った感想も一味違うね、と応えた。


 ほどなく、魔導車はジンの別荘に到着した。


 ソラはドアを開けて、二人に降りるように言った。


「変わった形の家だな」


 デュオの感想に、ソラは、日本式の家なんだよ、と返した。


 ソラは、玄関に入ったところで、二人に靴を脱ぐように指示する。

 二人は怪訝な顔をしながらも、靴を脱いで廊下に上がった。


 ソラは二人を先導して歩いた。

 応接間に入ると、ソファに座っているジンと目が合った。


「師匠、ただいま戻りました」

「お疲れ。そっちの二人は、テストのときに顔を合わせて以来じゃな。ワシはジンと言う」


 ジンが自己紹介すると、アンとデュオは緊張の表情を浮かべて口を開く。


「アンと言います」

「デュオだぜ、です」


 ジンは、二人を交互に見ながら話しかける。


「そう緊張せんでも大丈夫じゃ。まずは座って飲み物でもどうじゃ」


 ジンがそう言うやいなや、キイがグラスの載ったトレーを持って、応接間に入ってきた。


「どうぞ、果実ジュースです」


 ソラと二人はソファに座り、グラスを持って一口飲んだ。


「おいしい!」

「うまいな、これ!」

 

 アンとデュオは、口々に感動を表現した。


「師匠、これ最上級品のジュースじゃないですか。ボクじゃ買えませんよ」

「商売がうまくいけば買えるようになるじゃろう。目標を持つのはいいことじゃ」


 ソラが冗談めかして不満を述べると、ジンは軽く受け流した。

 

 しばらくすると、キイが応接間に入ってきて告げる。


「マスター、ソラ様、アン様、デュオ様、お食事の準備ができました」

「キイさん、ありがとうございます」


 ソラはお礼を言うと、ジン、アン、デュオと一緒に食堂に向かった。


 テーブルには、パン、スープ、二色のハンバーグが乗った皿が置かれていた。


 四人は椅子に座り、いただきます、と言って食べ始めた。


 アンとデュオの二人は無言で食べている。

 ソラは、その理由が分かる気がした。本当においしい料理を食べたときって、感想を言う余裕もないよね。ソラは内心でそうつぶやいた。


 ――この二色のハンバーグは、一度食べたことがあるけど、キイさんの料理の中でも最高峰級においしい。こっちのハンバーグは、塩コショウしか味が付いていないのに、複雑な肉のうまみが詰まった汁が口の中に飛び出してくる。こっちのチーズを載せたドミグラスソースのハンバーグは、濃厚なチーズとの相性が絶妙だ。


「キイさんの料理はどれもおいしいですが、ボクは、この料理が一番好きです。いつか作れるようになりたいです」


 ソラがそう褒めると、キイは、ありがとうございます、と応えた。


 ハンバーグを食べ終わった二人は、口々に感想を述べる。


「すごくおいしいハンバーグでした」

「こんなスゴイの初めて食べるぜ」


 ジンは、二人の感想に対して、気に入ったようじゃな、と返した。


 食後、四人は応接間に移動した。


 ジンは、親権者と数覚スキルについて、アンとデュオに説明した。


「つまり、数学ができる人は、地球からの転移者とアタシたち三人だけってことですね」


 ジンの説明を受け、アンは確認の問いかけを行った。

 ジンは、引き出しから偽装のネックレスを二つ取り出して、答える。


「そうじゃ。数覚スキルのことは他言無用じゃ。悪人に見つかって利用されないように、数覚スキルを鑑定から隠す偽装のネックレスを用意してある。これを二人に渡すから、身につけておくように」


 二人は、ネックレスを受け取ると、首にかけた。


「ジンノ村には魔法使いもいるから、鑑定はいつされるか分からないよ。気を抜かないようにね」


 ソラが付け加えると、デュオが興奮しながら口を開く。


「なんかいきなり国の重要人物になった気分だぜ」

「実際、重要人物じゃからのう。安全に気をつけないと、あっさり誘拐されることになるぞ」


 ジンが注意喚起すると、デュオは神妙な表情でうなずいた。

 ソラはジンに提案する。


「ネックレスの機能を使って、念話を試していいですか? 何かあったときの連絡手段に慣れておくのは有用だと思います」

「そうじゃな。念話してみるとよいじゃろう」


 ジンの了解をもらい、ソラは二人に念話を送る。


「アン、デュオ、聞こえるかな。念話で話しかけているよ」

「はい、聞こえます」

「聞こえるぜ」


 ソラと二人は、孤児院でのテストのときに一度、念話で会話をしているので、スムーズに念話することができた。


 ソラは、念話を切って、口を開く。


「お客様に聞かせにくい話や、非常事態のときは、念話で連絡するようにしようか」


 二人は、はい、と返事をした。


 ジンは、今後の予定を述べる。


「この後は、ジンノ村に移動じゃ。商業ギルドに送り届ければ、いいじゃろう」


 ジンはソファから立ち上がった。三人は後をついて歩き、応接間を出る。

 靴を履き、庭に停まっている魔導車に向かった。

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