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38 開業準備

 いつの間にか、魔導車はジンノ村近くの道路を走っていた。


 アンが驚きの声を上げる。


「ジン様の別荘から出た後の記憶がないです。一度見た景色は忘れないはずなのに」


 ソラは、またですか、と内心でつぶやき、軽い非難の目をジンに向けた。

 ジンは、ソラの視線を受け流し、事務的な口調で告げる。


「ノース公爵領から直轄領への移動手段は、王国の機密事項なのでな。すまんが、記憶を消させてもらった」


 ジンの説明に対して、二人は了解の返事をする。


「そういうことなら、納得します」

「知らない方がよさそうだぜ」


 魔導車は、ジンノ村に入り、商業ギルドの前で停まった。


 ジンはソラに話しかける。


「着いたぞ。ギルドマスターのチョウには念話で連絡しておいた。さしあたり三人が今日寝る場所はあるそうじゃ。当面の資金として、500万円を貸付の形で坊やの口座に入れておいたから、それでなんとかせい」


 ソラは、どうもありがとうございました、と答えて、車を降りる。アンとデュオもそれに続く。


 魔導車は動き出すと、霧に包まれて次第に見えなくなり、視界から消えた。


 残された三人は商業ギルドのドアを開けて、中に入る。


 受付カウンターには、テルが座っていた。

 ソラは、テルに話しかける。


「ソラです。テルさん、お久しぶりです。チョウさんと面会したいです」


 ソラの声を聞き、テルは受付カウンターから出て、ソラに走り寄った。


「ソラちゃん、久しぶり! 三週間くらい見てなかったけど、元気だった?」

「はい、おかげさまで」

「いきなり辞めちゃうから、寂しかったのよ」


 テルに抱きしめられて、ソラは照れながら、ご心配をおかけしました、と応えた。


「そうそうチョウさんと面会するのよね」


 テルは、そう言った後、カウンターの上の魔導具でチョウに用件を伝える。


「すぐ会うそうよ。二階のギルドマスター室に来てほしいって」

「ありがとうございます」


 ソラは、テルにお礼を言うと、アンとデュオに、こっちだよ、と声を掛ける。


「アニキ、モテますね」

「お兄ちゃん、なんか鼻を伸ばしてるんじゃないの」


 アンとデュオにからかわれつつ、三人は階段を上り、ギルドマスター室のドアをノックして中に入った。


 ソラは、にこやかにチョウに話しかける。


「チョウさん、ご無沙汰しております。このたびは、アンとデュオの親権者になっていただき、ありがとうございました」

「アンです」

「デュオだぜ、です」


 二人の自己紹介に、チョウは淡々と応える。


「ジン様に頼まれて名義を貸しているだけやから、なんともないで。ソラはんが使っていた今、物置になっとる部屋の鍵と、オフィスとして貸し出す隣の建物の三階の部屋の鍵、渡すわ。オフィス、三人寝れるようにしといたで」


 ソラは、鍵を受け取ると、ありがとうございます、とお礼を言った。


 三人はギルドマスター室を出て、階段を上り、物置にしている部屋に入る。


「この部屋は、ボクが先月使っていたんだ」


 ソラは、二人に説明すると、調理器具や服などを袋に入れて運び出す。


 三人は商業ギルドを出ると、隣の建物に入り、階段で三階に上った。


 ソラは、鍵を開けて部屋の中に入る。


 入ってすぐが広めの応接室で、その奥に二部屋、キッチン、風呂場、トイレがある。奥の二部屋には、ベッドが合計三台置いてあった。


 アンが、感動したように言う。


「孤児院の部屋よりもずっと広いわ。おまけにキッチン、お風呂、トイレが付いているなんて」

「アン、驚くのはまだ早いよ。キッチンの蛇口をひねってごらん」


 ソラが促すと、アンはキッチンに行き、蛇口をひねった。

 お湯が出てくるのを見て、デュオが驚いたように口を開く。


「すげえ、お湯が出るぜ」


 ソラは、トイレのドアを開けて自慢そうに告げる。


「トイレもすごいよ。自分で拭かなくてもいいんだ」

「え、なにそれ!」


 絶句したアンに、ソラはトイレの使い方を紹介する。

 さらにソラは魔石についても言及する。


「おまけに、村全体で魔石ボックスが共通化されているから、魔石の補充作業もいらないんだよ。魔石代は家賃に含まれているんだ」


「すごいところに来たぜ」

「でも、家賃なんて払えるのかしら」


 不安そうな表情を浮かべるアンとデュオに、ソラは報酬の内容を伝える。


「大丈夫。最初の三か月の家賃は無料にしてもらったんだ。それまでにお客様が付けば、家賃が払えるようになるよ」


 ソラは、袋から調理器具などを取り出すと、キッチンの棚や引き出しにしまった。服はクローゼットにかけた。


「これから今日の夕ご飯の食材を買いにいかないといけないんだけど、ジンノ村の観光を兼ねて三人で出かけない?」


 ソラの提案に、二人は同意した。三人は食料品店などを何軒か回った。


 店から戻り、ソラはキッチンで手早く夕食の準備を整えると、二人を呼んだ。


「今日は、できあいのもので悪いけど、牛乳とカツサンドだよ」


 三人は、いただきます、と言って食べ始める。


「お兄ちゃん、孤児院の料理より、おいしいわよ」

「そうだぜ、アニキ」


 ソラは、ジンノ村では色々な食材が揃っているからね、と返した。


 食べ終わったころを見計らって、ソラは口を開く。


「一つ、アンとデュオの了解をもらいたいことがあるんだ。会社の名前を数を意味するナンバーズにしたいんだけど、どうかな」


 ソラの提案に、二人は賛同の意を示す。


「いいんじゃない。数が好きなアタシたちにぴったりよ」

「オレも賛成するぜ」


 ソラは、じゃあ、それで行こうか、と返した。


「もう一つ、いいかな。子供だけで商売すると、どうしてもお客様から軽く見られる危険があるよね。対策の一つとして、師匠やギルドマスターにお客様を紹介してもらうようにするけど、他にボクらで何かできることはないかな?」


 ソラが尋ねると、アンが嬉しそうに提案する。


「お揃いの制服が着たいわ。スーツにして、お兄ちゃんは蝶ネクタイ、アタシはブローチなんかを付ければ、フォーマル感が出て、しっかり仕事しそうに見えると思うわよ」


 デュオが不満そうに口をはさむ。


「そしたら、オレは何を着たらいいんだよ」

「デュオは、元気さを強調するのがいいと思うわ。小物を色違いにして、明るい色にするのはどうかしら」


 アンの助言に、デュオは、たしかにオレが一番元気かも、とつぶやいた。


 ソラは、商業ギルドの休日に、社長スタイルを揃えたことを思い出す。


「実は社長スタイルを揃えたことがあるんだ。参考になるかもしれないから、持ってくるよ」


 ソラはそう言った後、クローゼットから一式を取り出し、着替えて二人に見せた。


「お兄ちゃん、かっこいいじゃない!」

「アニキ、似合うぜ!」


 二人に褒められて悪い気はしないソラは、こんな感じの制服にしようか、と返した。


「あとは、お客様が来るときや帰るときに、三人揃ってピシッと決めたお辞儀をするとか」


 アンの提案に対して、ソラは、いいね、お辞儀もぜひ入れよう、と応えた。


「あと、会社説明とか料金とか営業時間や給料なんかは、師匠とギルドマスターに相談して決めたい。休みは一週間で二日間の予定だよ」

「えっ、休みの日があるの?」


 アンが驚きの声を上げた。

 ソラは苦笑いした。


「やっぱり、そういう反応になるよね。ボクも最初はそう思ったけど、それは休みがない孤児院の方が特殊なんだよ。商業ギルドも週で二日休みだよ」


 デュオが嬉しそうに言う。


「さっきジンノ村に買い出しに行ったときに、本屋や文房具屋を見かけたぜ。休日はもらった給料で好きなものを買えるんだよな」


 ソラは、給料と必要経費に関して説明する。


「もちろん好きなものを買えるよ。ただし、覚えておいてほしいんだけど、仕事で必要なものは、個人のお金でなくて会社のお金で払ってほしいんだ」

「アニキ、何が違うんだい?」


 デュオはよく分からず、ソラに問いかけた。


「個人のお金は、給料をもらうときに3割の税金が掛かるんだ。一方、会社のお金で払うと必要経費扱いにできる。会社の税金は、売上から必要経費を引いた利益の3割だから、それだけ税金が安くなるよ。カルキュレーターの血が騒がない?」


「だったら、なんでも必要経費にすればいいんじゃないか?」


 デュオの当然の疑問に、ソラは税制度を紹介する。


「残念ながら、必要経費にできるかどうかは、厳密に決まっているんだ。魔導帳票ツールという魔導具にQ&A機能が付いていて、聞けば教えてもらえる。魔導帳票ツールは、仕事に必要だから人数分買う予定だよ」


 そのあとも、夜遅くまで話が盛り上がった。


 順番に風呂に入り、ソラは一人部屋、アンとデュオは二人部屋で寝ることにした。


 ――明日からは準備で忙しくなるぞ。


 ソラは意気込んでいるうちに、眠りに落ちた。

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