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35 計算しない計算

 ノース公爵領に来て四日目となった。

 孤児院の教室に来たソラは、先に来て座っているアンとデュオに挨拶する。


「おはよう、アン、デュオ」

「アニキ、おはようっす」

「お兄ちゃん、おはよう」


 挨拶を交わした後、ソラは二人に向かって告げる。


「昨日言った通り、今日から数学に入るよ」

「計算しない計算って言ってたよな。そんなのできるのかよ」

「なんとかなるわよ」


 ソラの話で心配顔のデュオをアンが励ました。


 ソラは二人に問いかける。


「図形の面積は知っているよね。短い辺が1である直角二等辺三角形の面積はいくつか分かる?」


 アンが、即座に、0.5よ、と返した。


 ソラは、アンの答えの後、続けて尋ねる。


「正解。じゃあ、それを四つ並べて正方形を作れる?」

「斜辺が正方形の一辺となるように敷き詰めて並べればいいわね」


 アンはこともなげに答えた。


「じゃあ、この正方形の一辺の長さは?」


 ソラが問うと、アンは定規で直角三角形を描いて応える。


「面積が2の正方形だから、一辺の長さは自分自身と掛ける、つまり2乗すると2になる数よ。短い辺が1センチの直角三角形の斜辺はだいたい1.4センチだわ。だから1.4くらいの数ね」


 ソラは、アンの回答に感心する。


「斜辺の長さが見ただけで分かるなんて、さすがレコーダーだね」


 アンは、嬉しそうに、えへへ、褒められちゃった、と返した。

 これまで黙っていたデュオが口を挟む。


「ちょっと待ってくれよ、姉ちゃん。1.4の2乗は、1.96で確かに2に近いけど、2じゃないぜ。1.41の2乗は1.9881だから、こっちの方が2に近くなるぜ」


 ソラは、デュオの補足を称賛する。


「1.41の2乗を暗算できるなんて、さすがカルキュレーターだね」


 デュオは、まんざらでもない表情で、まあね、このくらい余裕だぜ、と応じた。


 ソラは、デュオに問いかける。


「何桁でもいいけど、どこかで終わる小数で2乗すると、ぴったり2になるものがあると思う?」


 デュオは、とまどった表情を浮かべ、沈黙した。

 ソラは、ヒントを出す。


「仮にそういう小数があったとして、一番下の桁の数はいくつになるかな?」


 デュオは、ひらめいたように答える。


「一番下の桁が0ということはないだろ。1から9のどの数も2乗すると下の桁の数は0じゃない。ということは、そんな小数はないってことだぜ」


「正解だよ、デュオ。2乗すると2になる正の数は、ルート2と呼ばれている。だいたい1.41421356くらいだけど、どこかで終わる有限小数としては表せないんだ」


 ソラの説明に対して、デュオは、さすがにそんな長い桁数の2乗は暗算できないぜ、と応じた。


 ソラは、二人の顔を交互に見ながら、付け加える。


「こういう理詰めの推論を、数学では証明というんだ。数学は計算しない計算だという雰囲気が少し伝わったかな」


 ソラの補足に、デュオが反論する。


「この問題では、一桁の掛け算を計算したぜ」

「じゃあ、もっと計算しない例を出そうか」


 ソラは、そう言った後、一息おいて、問題を説明する。


「ルート2が有限小数で表せないことは証明できた。じゃあ、ルート2が分子分母が整数の分数で表せるか考えてみて」


 二人はどう考えてよいか分からず、沈黙した。

 ソラは、再びヒントを出す。


「整数が偶数と奇数に分けられることは知っているよね。偶数を2乗すると偶数、特に4の倍数になり、奇数を2乗するとやはり奇数になることはいいかな?」


 アンが、思案顔で口を開く。


「偶数は2掛ける整数という形をしているから、2乗すると4の倍数になるわ。奇数は、2掛ける整数、足す1という形をしているから、2乗すると1が残って、やはり奇数になるわね」


 ソラは、その通りだよ、アン、と褒めた。


「じゃあ、ルート2の話に戻るよ。もし、ルート2が分子分母が整数の分数で表せたと仮定するね。そうしたら2乗して分母を払うと、2、掛ける、分母、掛ける、分母が、分子、掛ける、分子に等しくなるね」


 ソラが、ここまで言ったところで、デュオが割り込む。


「わかったぜ、アニキ。さっきの偶数、奇数の2乗の話と繋げると、分子は偶数だぜ。だから分子の2乗は4の倍数だ。だから、分母も偶数になる。分数で分子、分母が両方とも偶数になるのはおかしいぜ」


 ソラは、デュオの証明を補う。


「ほとんどOKなんだけど、ちょっとだけツメが甘いよ、デュオ。ルート2が分数で表せると仮定するとき、分母が一番小さいものを選ぶという条件を付け加えておけばカンペキだ」


 デュオは、なるほど、とつぶやいた。


 ソラは、二人の顔を見ながら言う。


「これで、ルート2が分子分母が整数の分数で表せないことが証明された。この証明で、計算らしい計算は、ほとんど出てこないよね。数学らしい証明だと思うよ。同じやりかたで2乗すると3になる正の数、ルート3についても証明できるよ」


 ソラの話を受けて、アンが淀みなく話し始める。


「整数を3の倍数、3の倍数、足す、1、3の倍数、足す、2の3グループに分けるわね。3の倍数は2乗すると、9の倍数になるわ。それ以外のグループは2乗しても3の倍数にはならないわ」


 デュオが、話を引き取って続ける。


「あとは一緒だぜ。ルート3が分子分母が整数の分数で表せたと仮定する。このとき、分母が最小の分数を選ぶ。ここで、2乗して分母を払うと、分子分母が両方とも3の倍数になって、約分すると、より小さい分母の分数で表せることになり、おかしい。よって、分数では表せない」


 ソラは、二人が連携して回答するのを聞き、感嘆する。


「すごいね、アン、デュオ。カンペキだ」

「なんか、証明って面白いわね」

「たしかに面白いぜ」


 二人の感想の後、ソラはまとめに入る。


「数学というのはこんな感じだよ。ボクの仕事では、数学の中でも特に線形代数や数理計画法を使うから、明日からはそのあたりを重点的にやるよ。今日はこれで解散」


「ありがとう、お兄ちゃん」

「アニキ、またよろしく」


 二人は口々に挨拶した。

 ソラは二人に手を振って、孤児院の教室を出た。

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