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34 初等教育

 ノース公爵領の三日目、孤児院に来たソラは驚きを隠せなかった。


 朝、孤児院の教室に入ると、アンとデュオはすでに座っており、11歳の計算の教科書を読んでいる。


 ――たった、一日で7歳から10歳の単元が終わったのか。


 ソラは動揺を抑えつつ、二人に話しかける。


「おはよう、アン、デュオ。調子はどう?」

「おはようございます」

「アニキ、絶好調だぜ。こんなに計算の教科書が面白いとは思わなかったぜ」


 アンは普通の挨拶だったが、デュオの挨拶に、ソラは照れくさくなった。


「昨日まで、ソラさんだったのに」

「なんか他人行儀じゃないか。年上みたいだし、アニキでいいだろ」


 ソラは、デュオの説明に納得し、じゃあそれで、と返した。


 ソラは、アンに尋ねる。


「アンは読んでいてどうだった?」

「面白い絵本みたいにスラスラ読めるわ。昨日はつい午後の作業をサボって、院長先生に怒られたの」

「オレも一緒にサボって、一緒に怒られた」


 アンとデュオの返事に対して、ソラは懸念を口に出す。


「二人に気をつけてほしいことが二点あるんだ。一つは、二人の能力はすごいから、悪い大人に捕まって利用されないように、孤児院にいるうちは目立たないでほしい。院長先生に怒られるのはまずいよ」


 ソラの要望に、アンとデュオは神妙そうに、分かった、と応じた。


「もう一つは、他の子供とは計算の能力が違うから、それを気にしてほしい。例えば、足し算がおぼつかない子供をバカにしてはいけない。戦闘系のスキルがない人に、戦えないのか、と言うようなものだからね」


 こちらの要望についても、二人は、そうだね、分かった、と返した。


 思い出したように、デュオが感想を述べる。


「それにしても、元々、数と遊ぶのは好きだったけど、ここまで計算は得意じゃなかったんだけどな」

「アタシも、地図を見たり、数や図形を覚えるのは好きだったけど、こんなに覚えられなかったわ。おとといのテストを受けてからね」


 アンがデュオに同意するのを聞き、ソラはテストについて付け加える。


「おとといのテストに関して補足するね。あれは、二人の隠された能力を引き出すものなんだ。テスト後に、急に計算や記録がうまくなったのはそのせいだよ。それで、どこか調子が悪くなってないかを気にしているのさ」


「絶好調だぜ、アニキ」

「アタシも別になんともないわ」


 二人の返事に、ソラは安堵し、それはよかった、と返した。


 ソラは二人が読んでいた11歳の計算の教科書を見ながら、二人に尋ねる。


「それは11歳の教科書だから、7歳から10歳の教科書は読み終わったということなんだよね」


 二人は自慢そうに口を揃えて、そうだよ、と答えた。


 ソラは、一応、ちゃんと理解しているか確認していいかな、と言って、まず整数や小数の足し算、引き算、掛け算、割り算の例題を二人に出した。二人はなんなく計算を行った。


 続いて、ソラは分子分母が整数の分数についても同様の例題を挙げた。


 アンがぽつりと、分数はまだちょっと慣れてないわ、とつぶやいたが、特に問題なく計算できた。

 デュオは、どの例題でも見るやいなや、答えを書いていた。


「デュオ、すごいね。さすがカルキュレーターだ。小数、分数でも計算は余裕だね」


 ソラが、デュオを褒めると、デュオは照れくさそうに頭をかいて、まあね、と返した。


「じゃあ、次は図形だ。手書きでいいんで、正方形、長方形、平行四辺形、ひし形、台形を描いてくれるかな」


 ソラが、二人に依頼すると、デュオは紙に五個の図形を描いた。

 一方、アンは正方形を一つだけ描いた。


「姉ちゃん、五種類の図形を描かないと」


 デュオがアンの答案を見て、アンに話しかけた。


「いや、二人とも正解だよ」


 ソラがそう言うと、デュオは、なんで、と不思議がった。

 ソラは、デュオに向かって尋ねる。


「デュオ、台形の定義は覚えているかい?」

「向かい合った一組の辺が平行な四角形。あ、正方形もこの条件を満たすのか!」


 ソラは、分かったようだね、と応じた。


「アンは、レコーダーだから、なんでも覚えられると思うけど、定義の丸暗記でなくきちんと理解しているのは、すごくいいことだよ」


 ソラがアンを褒めると、アンは、照れくさそうに口を開く。


「色々なことがどう関係しているかが、地図みたいに頭の中でまとまっていくのはすごく楽しいわ。能力を引き出してくれてありがとう、お兄ちゃん」


 こっちは、お兄ちゃんか。ソラは、照れながら、どういたしまして、と応じた。


 ソラは改まった表情をして、二人に話しかける。


「二人とも、初等教育の計算は大丈夫そうだね。このあたりで、ボクの助手の仕事と、それに必要な数学の話に入るよ」


 デュオは不安そうに尋ねる。


「アニキ、結局、数学って何すか」

「粗い言い方になるけど、計算しない計算かな。具体例はおいおい紹介するよ」


 ソラは、デュオの質問に答えた後、一息おいて続ける。


「ボクの仕事が人助けというのは説明したね。簡単な例題を出すよ。隣の孤児院との交流会を任せられた子供が、困って君たちに相談してきたとして、どう助けるかを考えてほしいんだ」


 ソラは、交流会担当者の相談内容を二人に示す。


A:交流会でお菓子を用意しないといけない

B:男の子っぽい子供が5人、女の子っぽい子供が7人来る

C:お菓子は全部で何個いるか?


 ソラの説明が終わるやいなや、デュオが口を開く。


「アニキ、こんなの5足す7で、12個に決まっているぜ」


 ソラは、アンも同じ意見かい、と尋ねた。

 アンは首を横に振って答える。


「いいえ、まず子供が何人来るかを確認すると思うわ」


 デュオは、え、と驚きの声を上げた。

 ソラは、種明かしをする。


「男女どっちか分からない子供が来るかもしれないよね。相談する人が必要な情報を伝え忘れることは、よくある話だよ。よく気づいたね、アン」


 デュオは、なるほど、と相槌を打った。

 アンは、えへへ、と照れ笑いをした。


「他に確認することはないかな?」


 ソラが促すと、デュオが答える。


「子供とお菓子の関係も聞かないと」 


 デュオの発言を受けて、ソラは、二人に質問する。


「いいね、デュオ。では、子供とお菓子の関係を考えて、それぞれの場合にいくつお菓子が必要か挙げてもらえるかな?」


 デュオが即答する。


「子供一人にお菓子一つを配る。この場合、お菓子は12個必要だぜ」


 アンは少し考えてから答える。


「大きなケーキを等分する。12分割だったらちょうど食べやすいから、ケーキは一つでいいわ。お兄ちゃんの仕事を手伝うと、大きなケーキが食べられるんでしょ。楽しみだわ」


 ソラは、満足そうにうなずくと、二人に話しかける。


「いいね。じゃあ、お菓子をゲームの景品として使うとしたら、どうかな?」


「トップ総取り。豪華なお菓子、一つでいいぜ」

「アタシだったら、一位、二位、三位くらいまでは景品がほしいわ。それぞれ3個、2個、1個で合計6個ね」


 二人は口々に景品の配分を提案した。

 二人が落ち着いたころを見計らって、ソラは口を開く。


「こんな風に、子供とお菓子の関係が変われば、必要なお菓子の個数は変わるよね。だから、交流会担当者にどうしたいかを確認しないといけない。もし考えていなかったとしたら、今みたいにお菓子の使い方を提案して、それをきっかけに考えてもらう、あるいは選んでもらうようにするんだ」


 二人は、神妙そうに、なるほど、と言った。


 ソラは、まとめに入る。


「数学を使った人助けの仕事がどんな感じか、雰囲気は伝わったかな。明日からは数学の話をするね。今日はこれで解散」


 ソラは、教室を出て庭に向かう。


 ――初等教育が二日で終わるとは思わなかった。うかうかしてられないな。ボクももっと数学を鍛えないと。師匠の家にいるうちに、師匠に教えてくれるように頼んでみよう。


 ソラは、緊張感を覚えながら、明日の講義内容に考えを巡らせた。

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