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33 顔合わせ

 ノース公爵領のジンの別荘で二日目の朝を迎えた。

 身支度を整えたソラが、ジンに声を掛ける。


「では、孤児院に行ってきます」


 ジンは、ああ、と返した。

 ソラは、キイの運転する魔導車に乗って、昨日の孤児院に向かう。


 車の中で、ソラは、昨日のジンとのやりとりを思い起こす。


「数覚スキルが発現した二人じゃが、ソラがしばらく孤児院に通うのはどうじゃ?」


 ジンは提案する理由を述べる。


1)一緒に働けるかどうかを見極める必要がある

2)知識や能力にムラがあると見込まれるので、初等教育で習うことを一通り教えて基準を合わせる


「ワシが顔を出すと話が大げさになるからのお。院長には、ワシの配下が新しい商売を始めるための助手を探していると説明しておく。計算の教科書と空き部屋も用意させるから、身一つで行けばよい」


 ジンの提案に対して、ソラは、確かに見極めは必要ですね、承知しました、と応じた。


 思い返しているうちに、車は孤児院に到着した。


「では、ソラ様、昼に迎えにまいります」

「キイさん、ありがとうございます」


 ソラはキイにお礼を言って、孤児院に入る。


 院長室のドアをノックして、部屋の中に入る。院長は身長170cm、中年の細身の男性であった。

 ソラは緊張しつつ、笑顔で院長に挨拶する。


「はじめまして、ジン様の下で仕事をしているソラと申します。先日はテストにご協力いただき、ありがとうございました。テストで高得点だったアンとデュオの二名を私たちの仕事の助手として雇えるかどうかを見極めたい、と考えております。つきましては、計算の教科書と空き部屋をお借りしたいです。よろしくお願いします」


 流暢なソラの挨拶を聞き、院長は驚きの表情を浮かべた。


「しっかりとした挨拶、痛み入る。必要な教科書と空き部屋は確保済なので、昼ご飯までは自由に使って構わない」


 ソラは、ありがとうございます、と返した。


 院長室のドアがノックされ、アンとデュオが入ってきた。アンは、身長110cm、おかっぱ頭に大きな目が印象的な女の子。デュオは、身長105cm、半ズボンで活発そうな雰囲気の男の子である。

 

 院長は三冊の教科書をソラに手渡し、アンに、109号室に行きなさい、と指示した。


 ソラとデュオは、アンの案内で、指定された部屋に入った。


 部屋の中には、大きめのテーブルが一つと椅子が三脚置かれていた。

 三人はそれぞれ椅子に座った。


 口火を切ったのはデュオだった。


「ソラさんって言ったっけ。院長に言われてここに来たけど、何をするの?」


 ソラは、デュオとアンを交互に見ながら、説明を始める。


「ボクはジン様というお金持ちの下で、新しい商売を始めようとしている。そのための助手を探して、あちこちの孤児院を回っているんだ。昨日のテストは助手に向いているかどうかを調べるもので、二人は合格。助手としてやっていけそうか見極めるため、院長先生に頼んで、場所を貸してもらったんだ」


 ソラは、そう言うと、ポケットの財布から小金貨(1万円)を1枚取り出して、二人に見せた。


「これは、小金貨というお金で、1万円だ。ボクの助手になれば、毎月、小金貨が何十枚も貰える。仕事場の近くには、お店もたくさんある。甘いお菓子、綺麗な服、かっこいいおもちゃ、なんでも好きなものが買えるよ」


 ソラの説明に対して、アンとデュオは顔を見合わせる。


「そんなにお金がもらえるなんて、夢のようだわ!」

「なんか、だまされてるじゃないの。何をさせられるんだか」


 デュオが疑いの目をソラに向けたので、ソラは弁明する。


「何か問題が起こって困っている人に話を聞いて、その問題を解決することでお金をいただくという商売だよ。困っている人から感謝されて、お金も貰える立派な商売だ」


 ソラの説明を聞いても、デュオは納得しなかった。


「そうだとして、なぜオレらなんだ。ソラさんにしたってまだ子供だし、オレらは5歳だぜ。こんなんで大人が金を払うようなことができるとは思えないね」


 デュオの懸念はもっともだ。ソラはそう考え、財布から銀貨(1000円)を複数枚取り出して、テーブルの上に一瞬、広げ、すぐに手のひらで隠した。


「今、銀貨を何枚かテーブルの上に広げたけど、何枚あったか分かる?」


 ソラの質問に、デュオは不満そうに口を開く。


「そんな一瞬で分かるわけないだろう。10枚くらいだったと思うけどよ」


 しばらくして、アンが、ぽつりと、11枚、と答える。


「アンが正解。11枚だ」


 ソラはそう言った後、手のひらに隠した銀貨を二人に見せる。


「さっきの話と銀貨の枚数が何の関係があるんだ?」


 デュオがいらいらした口調でソラに尋ねると、ソラはデュオに諭すように言う。


「一瞬だけ見て銀貨の正確な枚数が分かるのは、特殊な能力だよ。これは普通の大人にはできない。ボクはカウンターというタイプで、物を見た瞬間にその個数が分かる。アンはレコーダーというタイプなんだ。物を一瞬見ただけで、そのまま覚えることができるから、覚えて数えたんだと思う」


 アンは驚いたように、その通りよ、と返した。


「あと、アンは見ただけで身長などの長さが分かるんじゃないかな。例えば、デュオの身長はだいたい105cmだと思うけど。ボクは5cm刻みでしか分からないんだ」

「デュオの身長は106cmよ。ただ、アタシもミリの桁は自信がないわ」


 アンとソラのやりとりを聞いていたデュオは、不服そうに言う。


「銀貨の枚数や身長が見ただけで分かることと、人助けの商売ができることの関係は?」


 ソラは、デュオの質問に注意深く答える。


「銀貨の枚数や身長を当てる商売をするわけじゃないから、デュオの疑問はもっともだ。ボクら三人には普通の大人にはない能力があって、見ただけで分かるのは、その能力の断片なんだよ」

 

 デュオは、ソラの回答で浮かんだ疑問を口にする。


「じゃあ、オレにはどんな能力があるんだ?」


「デュオのタイプはカルキュレーターだ。123掛ける456は暗算できる?」


 ソラの問いかけに、デュオは間髪入れず、そんなの56088だろ、と答えた。


「三桁の掛け算は普通、暗算では計算できないよ。それがデュオの能力だ」


 ソラに指摘され、デュオは、そう言えばなんで分かるか分かんね、と応じた。


 デュオが落ち着いたころを見計らって、ソラは話を再開する。


「ボクらには大人にもない特殊な能力があるということは理解したと思う。商売の話に戻るよ。ボクらの商売には、足し算、引き算、掛け算、割り算を複雑にした数学という知識を使う。だから、助手は数学ができる人でないと困るんだ。ここに来たのは、アンとデュオが数学ができるかどうかを見極めるためなんだ」


 ソラの説明で、アンとデュオは再び顔を見合わせる。


「数学なんて聞いたことがないわ」

「そんなのできるのかよ」


 心配そうな表情を浮かべる二人に、ソラは6歳向けの計算の教科書を見せる。


「心配しなくても大丈夫。数学はこの計算の教科書の先にある。一歩一歩進めて行けばできるようになるよ。ただ、アンもデュオも知らないことがあると思うから、教科書が簡単そうに見えても飛ばさないできちんと読むように」


 二人は、素直にはい、と答えた。


 ソラは、助手の条件について付け加える。


「それと、これは数学ができると分かった場合の話だけど、お客様相手の商売なので、相手の言うことを理解するとか、きちんとした言葉づかいができないと困るんだ。こういったことも助手として雇う条件なんで、よろしくね」


 デュオは、自信なさそうに口を開く。


「数学だけでも自信がないのに、きちんとした言葉づかいか。大変そうだな」

「なんとかなるわよ」


 デュオはアンに励まされ、そうか、と返した。


 ソラは、この後の段取りを説明する。


「それで、今日のこの時間の残りなんだけど。この教科書をざっと見てもらって、知らないことがあったら聞いてほしい。午後や夜の空いた時間にきちんと読み直してもらえると嬉しい。図書室には7歳から11歳までの教科書も置いてあるそうだから、興味があったら見てほしい」


 ソラの説明が終わるやいなや、アンとデュオは教科書を開いて読み始めた。


 二人ともすごい速度でページをめくっている。


 まあ、6歳の教科書は、整数の数え方と足し算、引き算、代表的な図形、長さの測り方や時計の読み方、物の個数の図示といった内容だから、ひっかかるところはないだろう。ソラは二人を眺めながら、そう考えた。


 ソラは、読み終わった二人に声を掛ける。


「どうだった? 何か分からないことがあった?」

「別に、簡単よこれくらい」

「そうだな。当たり前のことしか書いてない」


 二人は口々に言った。


「読んでいてどうだった? 面白かった?」


 ソラが追加で尋ねると、二人は少し考えて答える。


「自分が住んでいる町を紹介している本を読むと恥ずかしくなるじゃない。あんな感じ」

「足し算、引き算は当たり前すぎてつまらなかった。図形や個数の図示はちょっと面白かった」


 ソラは、アンについて気になっていることを口にする。


「アンに一つ聞きたい。計算の教科書を読んで、頭がそれでいっぱいになったり、他のことが手につかないということはない?」


「覚えようと思えば、教科書一冊まるごと覚えらえると思うけど。景色みたいと言ったらいいのかしら。空に変わった雲が出ていても気にしなければ気にならないでしょ。あんな感じよ」


 ソラは、アンの返事に対して、それはよかった、と返した。


 ソラは椅子から立ち上がって、終了の挨拶をする。


「そろそろ時間なので、今日はこれでお開きにしよう。明日もまた同じ時間に来るので、よろしくね。それまで予習、復習してもらえると嬉しい。じゃあ解散」


 ソラは教科書をアンに渡して、院長先生に返しておいて、と頼み、部屋を出た。


 キイの運転する魔導車が庭に入ってきた。


 今日のお昼ごはんはなんだろう。楽しみだ。ソラは車に向かいながら考えた。

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