32 アンとデュオ
孤児院に着くと、ジンとキイは車を降り、院長室に向かった。
ソラは車の中に残り、偽装のネックレスを外し、代わりに念話専用のネックレスを首に掛ける。
キイが候補者を連れてきて、車後部のベットに寝かせ、魔導具を取り付ける。
直轄領で何度も繰り返した慣れた作業である。ソラは、気楽に念話で候補者に話しかける。
「こんにちは。ボクはソラ。これは念話といって、思ったことを相手に伝えられる魔導具なんだ。君の名前を教えてくれるかな」
候補者の少女は、いきなり連れてこられたため、不安そうな表情を浮かべていたが、ソラの声に安心したのか、元気な口調で応じる。
「アタシは、アン。院長先生に呼ばれて、ちょっと横になるだけでおこづかいを貰えると聞いてきたんだけど。本当?」
「ああ、本当だよ。これからアンには眠って夢を見てもらう。30分くらいで終わるよ。目をつぶってじっとしてくれるかな」
ソラがそう伝えると、アンは、分かったわ、と返して目をつぶった。
魔導具の効果で、アンは眠りにつく。
魔物に襲われる夢が始まる。
――なんか、おかしい。
アンが眠ってすぐに、ソラは違和感を覚えた。
これまでだと、候補者が眠っている間は、念話では断片的な寝言が聞こえるだけだった。だから、ソラは気楽に待つことができた。
しかし、今回は、アンの見ている夢がそのまま念話で伝わってくる。映像というよりは紙芝居に近いだろうか。
ちょっと様子を見ようと、ソラは念話を続けることにした。
ソラは目をつぶり、アンの見ている夢の傍観者になる。
どこだろう、ここは。アンは、いつの間にか、見知らぬ暗い洞窟の中にいた。
すぐ近くにムカデ型の魔物がいる。足は遅いが、強いアゴと強力な毒があり、噛まれると生死に関わる。
逃げないと。アンはそう考えて、洞窟を進む。
洞窟の道は枝分かれしており、どの道がいいのか分からない。
うっかり、さっきのところに戻ったら、魔物に遭遇してしまう。
道を覚えて地図を作ろう。アンは地図が好き。歩くだけで頭の中に地図が浮かんでくる。でも、洞窟の中は手がかりが少なくて難しい。
そのとき、アンとは違う荘厳な声が念話でソラに届く。
「覚えよ、並べよ、比べよ」
――これは、ボクが5歳のときに聞いた声だ
ソラは、ぞくぞくする感情を抑えられなかった。
念話で洞窟の地図がソラに送られてくる。アンが歩くにつれて、地図はどんどん詳細化されていく。
――アンはボクとは違うタイプみたいだ。ボクは数えるのが得意だから、名前を付けるならカウンターだけど。アンは記憶力が高そうだから、さしずめレコーダーとでも呼ぼうかな。
ソラは、受けた念話を分析して、アンにあだ名をつける。
やがて、遠方に光が見えてきた。出口だ。
アンの夢が終わったようだ。
ソラはアンに念話で話しかける。
「アン、お疲れさま。調子はどう?」
「なんか魔物から逃げる怖い夢を見たわ」
「頭が痛いとか、気持ちが悪いとか、何か変なものが見えているとか、ない?」
「別に、普通よ」
ソラは、それはよかった、と返した。
そのとき、キイから、ジンとソラに念話が入る。
「マスター、ソラ様、鑑定の魔導具により、数覚スキルを検知しました」
「おお、ついに見つかったか!」
ジンが感慨深そうに応答する。
「一人見つかったから、これで打ち止めでもいいんじゃが、この孤児院には候補者がもう一人残っておる。それが終わったら別荘に戻るとするかのお」
「分かりました、マスター。では、彼女を送り、再度、院長室に伺います」
ジンとキイのやりとりを聞き、ソラは安堵して緩んだ気を引き締めた。
しばらくすると、キイが二人目の候補者を連れてきた。
ソラは、さっきと同様に念話で候補者に話しかける。
「こんにちは。ボクはソラ。これは念話といって、思ったことを相手に伝えられる魔導具なんだ。君の名前を教えてくれるかな」
「オレはデュオ。さっき呼ばれたアンと双子の姉弟だ。こづかい目当てで来たぜ」
「よろしく、デュオ。これから30分くらい眠って夢を見てもらう。目をつぶってじっとしてくれるかな」
ソラの要請に、デュオは、ああ、と返して目をつぶった。
魔導具の効果で、デュオは眠りにつく。
洞窟の奥に閉じ込められる夢が始まる。
――アンのときと同じだ。見ている夢が紙芝居として念話で伝わってくる。
ソラは再び夢の傍観者になる。
洞窟の出口には三匹のムカデ型の魔物がうごめいている。
――洞窟とムカデ。アンと一緒だ。姉弟でなにか共通の体験があったのだろうか。
三匹のムカデは、左右にゆっくり往復している。三匹とも端に寄ってくれれば通り抜けられそうである。
デュオは計算が好きである。三匹の動きを計算しようと試みるが、バラバラで追いきれない。
そのとき、デュオとは違う荘厳な声が再び、念話でソラに届く。
「見つめよ、比べよ、覚えよ」
――さっきのアンのときと同じ声だ
念話で、デュオの心の声がソラに送られる。三匹の往復時間はそれぞれ11秒、12秒、13秒だから、三匹がすべて端に寄るのは、11掛ける12掛ける13で、1716秒に一度だけ。さっきすべて端に寄ってから、二匹目と三匹目は9回端に寄った。だから、今から312秒後にすべて端に寄る。
――デュオは二桁の掛け算なんて知らないはず。デュオは計算力が高いタイプだな。さしずめカルキュレーターと呼ぼうか。
ソラは、デュオの計算力に感心し、デュオにあだ名をつける。
310秒経過した。今だ。デュオは洞窟の出口に向かって走り出した。
計算通り、三匹のムカデ型の魔物がすべて端に寄り、デュオは脇を通り抜けることに成功する。やった。出られた。
デュオの夢が終わったようだ。
ソラはデュオに念話で話しかける。
「デュオ、お疲れさま。調子はどう?」
「別に、普通」
「頭が痛いとか、気持ちが悪いとか、何か変なものが見えているとか、ない?」
「別に、普通」
ソラは、それはよかった、と返した。
そのとき、キイから、ジンとソラに念話が入る。
「マスター、ソラ様、鑑定の魔導具により、二人目にも数覚スキルを検知しました」
「続けて見つかるとはのお」
ジンは意表を突かれたような声色で応じた。
「数覚スキルが発現した二人には、今のところ、こずかいを渡すだけにしておいて、別荘に戻って、今後の進め方を考えるとするかのお」
「分かりました。では、院長室に連れて行きます」
ジンとキイのやりとりを聞き、ソラは車の中で二人が戻ってくるのを待った。




