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29 悪夢の分析

 気がつくと、ソラは応接間のソファに座っていた。


 ジンが心配そうにソラに話しかける。


「具合はどうじゃ」

「すごい怖い夢を見たような感じです。今は落ち着きました。もう大丈夫です」


 ソラの答えを聞き、ジンは安堵の表情を浮かべた。


「ただ、キイさんの案内で応接間を出た後の記憶がないのですが」


 ソラが不安そうに付け加えると、ジンは淡々と事情を告げる。


「ワシの実験室はあちこちから狙われているから、安全のため記憶に残らないようにした。記憶を抜き出す魔導具もあるのでな。知らなければ捕まる可能性も下がるじゃろう」


 ソラは、ジンの説明に、なんて物騒なんだと、一瞬ひるんだが、数覚スキルの調査には関係なさそうなので、割り切ることにした。


「それで数覚スキル発現に関する調査はどうでしたか」


「坊やが見た悪夢を映像として記録、分析した。生死に関わる極限状態で建物と魔獣の個数を数え、比べることで、数覚スキルが発現したと判断してよいじゃろう」


 ジンは複雑な表情をして、調査結果をソラに伝えた。


「調査がうまくいったのに、なんか悩んでいるように見えますが」


 ソラがそれとなく水を向けると、ジンはゆっくりと説明を始めた。


「予想はしておったが、坊やの体験は、地球の住民に起こるある事態と似ている。病気や事故により脳が損傷を受け、ある日突然、数学などの特定の分野の才能が発現する現象じゃ」


「地球に似た現象があるのでしたら、参考になるのではないですか?」


 ソラが尋ねると、ジンは首を縦に振る。


「参考になるからこその悩みじゃ。似た現象とすると、問題点は二つある。一つは、個人差があるから狙って発現させる方法が分からないこと。もう一つは、発現に伴う代償じゃ」


「代償って何ですか?」


 ソラの疑問に、ジンは重々しく答える。


「数やルールなどに過敏になって日常生活が送れなくなったり、対人関係がうまくいかなくなることがある」


 ソラは、にこやかな表情で反対意見を述べる。


「ボクの場合、例えば硬貨の山を見ると、その個数が浮かんできますが、普通に暮らせますよ。対人関係は元々あまり得意ではないですが、商業ギルドで同僚のみなさんと問題なくコミュニケーションを取れました」


 ソラは一息おいて続ける。


「感覚的な話になりますが、魔獣襲撃の前後で何かが失われたという感じはしませんでした。地球では脳が損傷を受けて発現するそうですが、ボクはあのとき、かすり傷一つ負っていません。そのあたりが違うように思います」


 ソラが反論すると、ジンはしばらく考えてから、口を開く。


「坊やの言うことは、もっともじゃな。まず弱い刺激から試すようにすれば、代償の問題は起こらないじゃろう。あとは、個人差をどうにかできれば、実施できそうだの」


 ジンの感想にソラは口をはさむ。


「ボクの場合、小さいときから物を数えるのが好きでした。だから魔獣の頭数を数えることでスキルが発現したように思います。その人が好きな数学関連の作業をやらせるのはどうでしょうか」


 ソラの提案を聞き、ジンは嬉しそうな表情を浮かべた。


「それで行こうかの。ワシは王国内に孤児院を1000か所持っておる。全部で10万人、5歳児だけで1万人じゃ。すべての孤児院の院長に、対人関係が少し苦手で物を数えるのが好きな5歳児を挙げてもらうとするかの」


 なんという力業。ソラは感心した。


「それで選ばれた5歳児にどんなことをするのですか?」


「坊やがさっき見たような悪夢を見せる。ただ、映像などの多量の情報を直接、頭に流し込むと、一生のトラウマになるリスクがある。外からはキーワードだけを与えて、その人の記憶の断片で映像を再構成させるのがよいじゃろう」


「要するに、耳元でささやくような感じですね」


 ソラが要約すると、ジンは、そうじゃ、と同意した。

 ジンは続けて言う。


「それと、これは経験則じゃが、どんなスキルでも、スキル発現の訓練中にそのスキル持ちと念話で繋いでおくと、スキルが発現しやすくなる」


 ジンの説明に対して、ソラは不明点を確認する。


「ということは、ボクがずっと念話で繋げて、一人ずつ実施するのですか?」

「そうじゃ。数覚スキル持ちが現れるまで何日も続けることになるが、どうかの?」


 ジンの提案に、ソラは、分かりました、と応じた。


「よし、決まりじゃ」


 ジンは目をつぶり、腕輪に触れる。


 しばらく経って、ジンはソラに向けて話しかける。


「今、すべての孤児院の院長に一斉にさっきの依頼をした。明日には返事が来るじゃろうから、今日はここでゆっくり休むがいい」


 ソラは、はい、と返事をした。


 ――師匠の家の食事はすごくおいしいから、楽しみだ。


 ソラは悪夢のことも忘れて、このあとの食事への期待を膨らませた。

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