28 魔獣襲撃
ソラは暗闇の中にいた。
――遠くで声が聞こえる。
「ソラ、起きて!」
緊迫した呼びかけで飛び起きたソラは、ぼんやりと周りを見回す。
――質素な部屋に置かれた粗末なベット。隣は、パパとママの部屋。窓の外は月夜。満月が出たばかりなので、まだ宵の時間だ。
ドンドンドン。玄関ドアが叩かれて、すごい音がしている。あれじゃ、そのうち壊れる。一体、だれが叩いているんだろう。ソラは腹立たしく感じた。
目の前に立っている若い女が、沈痛な表情でソラに語り掛ける。
「ソラ、よく聞いて。ゴリラ系の魔獣の襲撃を受けているの。パパが玄関ドアを抑えているけど、長くは持たないわ。逃げるから、急いで着替えて」
ソラは、ママ、分かったと応え、立ち上がると、急いで外出用の服に着替える。水筒に水を入れ、首からぶら下げた。
ソラと女は玄関そばに駆け寄った。玄関ドアには亀裂が入っており、今にも壊れそうである。
ソラが若い男に話しかける。
「パパ、逃げる準備ができたよ」
「よし、ドアを開けるぞ。脇に隠れろ。魔獣が中に入ったすきに外に出るぞ」
男は勢いよくドアを開けた。同時に巨大な黒い塊が家の中に入ってきた。
目で合図をして、音を立てずに三人は家の外に出る。
玄関から見えないところに移動する。
家の周りの塀が壊されているのが目に入る。
ここにいるのは危険だ。ソラは身震いした。
「下の村にある自警団の詰所まで行こうか」
男はそう言うと、二人を先導して歩き出した。空は晴れており、月の光で周りが良く見える。
三人は村が見渡せるところまで来た。
何かおかしい。ソラが異変に気付いた。村の中に黒い塊がたくさんある。
「パパ、村の中に黒い塊がたくさんあるよ」
ソラが不安そうに男に伝える。
「あの塊は全部、魔獣だ。集団で襲ってきている。このまま村に向かうのはダメだ」
男がそこまで言った瞬間、近くに魔獣の気配がした。家から追いかけてきたらしい。
男と女は見つめ合うと、お互いにうなずいた。
「ソラ、パパとママは魔獣を引き付けるから、反対方向に逃げなさい」
男と女は、口を揃えて言った。
「ボクも一緒がいいです!」
ソラが抗議すると、女は悲しそうに口を開く。
「ソラ、聞き分けなさい」
二人はソラの返答を待たずに、村から離れる脇道に消えた。
ソラが近くの木の陰に隠れると、すぐに魔獣が現れた。
魔獣はソラの方をちらっと見たが、そのまま二人を追いかけていった。
――パパ、ママ! ゴリラ系の魔獣は足が速いから、きっと逃げ切れない。こんなことで離ればなれになるなんて! おまけに、魔獣はボクに気づいていたから、そのうち戻ってくる。
ソラは、絶体絶命の状況で、どこに逃げればよいかを必死に考える。隠れるところがないから、家に戻るのはダメだ。隣村まで行こう。しかし、隣村へは、下の村を通り抜ける道しかない。
ソラは、再度、村に目をやる。建物と魔獣がほぼ同数に見える。
――もし建物の件数が魔獣の頭数以上なら、おそらく魔獣は分担して一匹が一つの建物を襲うだろう。とすると、魔獣が建物に侵入したころを見計らえば、村内を通り抜けられる可能性がある。まず建物の件数と魔獣の頭数を数えて、状況を把握しよう。
ソラはそう考え、一心不乱に建物と魔獣を数え始めた。
そのとき、ソラの頭の中で荘厳な声が鳴り響く。
「数えよ、比べよ、覚えよ」
ソラは、ふたたび村に目を向けた。建物の件数は52、魔獣の頭数は51だ。
――あれ、なんで見るだけで件数や頭数が分かるんだろう。
ソラは、自分の能力を不思議に思うが、直感で正しいということが分かる。これらの数値を信じることに決め、しばし待機する。
すぐに村から様々な音が聞こえ始める。ドアや窓が壊される音、魔獣の鳴き声、人の叫び声。次第に、村の中にある黒い塊は建物の中に消えていく。
ソラは、頃合いを見計らい、坂道を降りて村に近づく。村の周りを囲む塀はめちゃめちゃに壊されている。あんな立派な塀を壊せるんだ。ソラは魔獣の力に圧倒される。
破壊された堀を踏み越えて、村に入る。建物が視界を遮り、見通しが悪くなる。
ソラから見える範囲では魔獣は見当たらない。でも、すぐそばの建物の裏側に隠れていて、近づくと飛び出してくるかもしれない。ソラは恐怖で足がすくんだ。
そのとき、突然、ソラの頭の中に、村を見下ろした地図が浮かぶ。地図には魔獣を示す黒い点が51個うごめいている。ソラが通ろうとしている道の近くにある黒い点は、すべて建物の中にあった。
――チャンスだ!
ソラは小走りで村の中の道を通り抜ける。通り過ぎる建物という建物から、断末魔の叫び声が聞こえてくる。大人の声も子供の声もする。ソラは叫び声を聞かないように耳を抑える。周りを注意深く見ながら走る。
気が付いたら、村を抜け出していた。しばらく小走りで移動していたが、魔獣が追ってくる気配は感じられなかった。
――気を緩めるにはまだ早いけど、死地は脱したみたいだ。
移動する速度を落とし、隣村への道を歩きながら、ソラはさっき頭に浮かんだ地図について考える。
――村を見渡したときの魔獣の配置を覚えておいて、村に近づくときに見えた断片的な情報を比べながら、うまく整理して組み合わせればああいう地図を作れるかもしれないけど。あんな一瞬で作れるなんて信じられない。これが、さっきの声の意味なのかな。
考えても分からなそうなので、ソラはとりあえず自分の能力の分析を棚上げする。
何時間歩いただろうか。やっと隣村が見えてきた。
これでもう大丈夫だ。ソラがそう安堵したとき、村での断末魔の叫びがよみがえってきた。
大人の声も子供の声も、どの声が誰か分かる。親切だったおじいさんも、少し仲良くしていたあの子も、みんなみんな魔獣の犠牲になった。
両親や知人を失った悲しみと一緒に、ソラの心に沸き上がった感情は罪悪感であった。
――たぶん、あの村で生き残ったのはボクだけだろう。みんなを見捨てて、ごめんなさい。魔獣を1頭、村に誘導して、ごめんなさい。
ソラは涙を流しながら、隣村への道を歩いた。




