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15 お茶出し

 商業ギルド勤務三日目の朝となった。


 6時半に鳴った目覚まし時計で起きたソラは、手早く着替えて掃除に向かった。


 昨日の計算通り、ちょうど30分で掃除が終わった。


 ――テルさんとの朝食の待ち合わせは8時だから、だいぶ余裕があるな。明日からは7時起きでよさそうだ。


 ソラは一旦、自室に戻ってくつろいでから、テルの部屋を訪ねた。


 ソラとテルは歓談しながら朝食を食べる。


 食事後、念のためテルに掃除現場を見てもらう。


「建物の中、外ともに問題なし。もう掃除のチェックはいらないわ。明日から朝食は8時15分にしましょう」


 テルからお墨付きをもらい、ソラは嬉しくなった。


 ――さて、次は開店前のお茶出しだ。


 意気込んでいるソラを見て、テルは申し訳なさそうに伝える。


「今日、チョウさんは出張でいないわ」


 ソラは、分かりました、と答え、ミニキッチンでお茶を二杯入れた。


「では、テルさん、お茶はいかがですか」

「ありがとういただくわ」


 ソラは、テルにカップを渡した後、奥の机のところにいるネタに声を掛ける。


「おはようございます、ネタさん。お茶はいかがですか」


 ネタは不満そうな表情を浮かべた後、無言でぷいっと横を向いた。


 ――あれ、昨日、今日で何か失礼なことをしたかな?


 ソラはあわててネタに尋ねる。


「何か失礼がございましたでしょうか?」


 ネタは面倒そうに、別に、と答えた。

 

 ――ああ、よく分からない。なんだろう。


 ソラは、カップを片付け、カウンター席に戻る。


 テルがお茶を飲み終えたタイミングを見計らい、ソラは空いたカップを引き取りながら、小声でテルに尋ねる。


「ネタさんにお茶出ししたら、無視されちゃったんですが、何か思い当たることがありますか?」


 テルは驚いた表情をして答える。


「特に何もないと思うわよ。ソラちゃんと関係なく、なんか気にいらないことでもあったんじゃないのかしら」


 ソラは感謝の言葉を述べて、カップを片付ける。


 ソラは、カウンター席に座って受付業務を開始する。


 ――ネタさんの件、やっぱり気になるなあ。


 ぼんやりと考えていると、見知らぬ中年男性がソラの前にやってきた。


「二階の小会議室をこれから一時間借りたい。ホットのお茶二杯を最初に頼む」

「会議室が2000円、お茶が1000円で、合計3000円になります」


 ソラは、こっそり料金表を見て答えた。


 男は、財布から銀貨(1000円)を3枚取り出す。

 ソラは銀貨を受け取り、小会議室の鍵を男に渡す。 

 男は鍵を受け取り、階段を上って行った。


 隣のテルは接客中である。

 ソラは、ミニキッチンでお茶を二杯入れ、トレーに乗せて階段を上がる。


 ソラは小会議室のドアをノックして、失礼します、と言って室内に入った。


「ドアを閉めてくれないか?」


 男の要請に従って、ソラはドアを閉める。

 その瞬間、見知らぬ中年男がジンに変わる。


「師匠でしたか!」

「美少女姿も似合うのお。坊や、調子はどうじゃ?」


 ジンは認識阻害を外して、ソラに挨拶した。


 ソラは照れながらカップを机の上に置く。


「せっかくお茶を持ってきましたので、いかがですか」

「もらおうかの」


 お茶を飲みながら、ソラは、まず掃除の手順を改良したことを報告した。

 ジンは満足そうにソラを褒める。


「期待通り、いい仕事をしているのう。よしよし」

 

 ソラは、さっきのお茶出しの件をジンに尋ねる。


「さっきネタさんにお茶出ししたら、無視されちゃったんですが、何が悪いか分かりませんか?」


 ジンは興味深そうに答える。


「面白いことになっとるのお。階段を上がる前に、全員の鑑定をしてきたので答えを言ってもいいんじゃが。坊やはどうしてだと思う?」


「え、鑑定って本人の同意が必要って言ってませんでしたか?」

「ジンノ村の住民は全員、ワシの使用人じゃ。働き始めるときに、いつ鑑定されても構いませんという同意書にサインさせとる。坊やもサインしたろう」


 ソラは記憶をたどる。そういえばサインしたような気がする。


「そういえば、サインしました。話を中断してすみませんでした。ネタさんの反応の理由は見当もつきません」


 ソラの回答に対して、ジンは感想を述べる。


「まあ、知らないと難しいかのお」


 続けて、ジンは鑑定した結果をソラに伝える。


「ネタが不機嫌な理由は二つ。一つはお気に入りのテルが坊やにかかりっきりな点。もう一つは飲み物の内容を聞かれず、順番が最後の点」


「一つ目は、母親が生まれたての赤ちゃんばかり構うので、上の子がすねるようなものですか」

「まあ、そんなところかの」


 ソラの感想にジンも賛同した。

 ソラは、二つ目に関してはよく分からないです、とジンに答える。


「そもそもお茶出しは、来訪者に敬意を示すことで、商業ギルドとの関係を良くすることが目的じゃ。敬意を示す方法はその国の文化で決まる。お茶出しには文化を知ることが必要じゃ」


 ソラは、ジンの説明に、分かります、と返す。


「王国では、まず相手の意志を尊重して、何をどう飲みたいか事前に聞くとよい。お茶、コーヒー、その他の飲み物、砂糖やミルクの量、ホット、アイスなどじゃな」


 ソラがうなずくと、ジンは続けて言う。


「さらに、何かを提供するときには偉い人を優先する。最後に提供するということは、一番下っ端と言っているようなもんじゃな」


 ――お茶出しにそんな落とし穴があるとは知らなかった。


 ソラはがっくりしつつ、尋ねる。


「じゃあ、大人数の会議へのお茶出しで、偉さの順番が分からないときはどうするのですか?」

「入口のドアから遠いほど偉い人が座る慣習があるから、ドアから遠い順に出せばよいじゃろう」


 ジンの説明で、ソラは、これならなんとかなりそうだと安堵する。


 一方で、ソラはお茶出しに苦手意識を感じていた。


「お茶出し業務でも何か課題を解決したいのですが、モデル化できる気がしません」


 ソラは思わずジンに弱音を吐いた。


「人が何を好ましく思うかは、制度、歴史、文化などの影響を受ける。モデル化するのは大変じゃ。坊やが簡単にできるようなものじゃないから、安心せい」

「分かりました。直接、人が絡むような課題は後回しにします」


 ジンのアドバイスに従って、ソラはお茶出しの改善を保留にした。


 立ち直ったソラを見て、ジンは立ち上がりながら、鍵をソラに渡す。


「先に帰る。後は頼む」


 ソラは、ありがとうございました、と答え、カップを片付け、ジンが出た後に鍵を閉めた。


 一階に戻ったソラは、ネタのところに行き、丁寧な口調で話しかける。


「さきほどは失礼しました。ネタさんがお茶をお好きでないかもしれないのを失念しておりました。何かお飲みになられますか?」


 ネタは、小さな声で答える。


「アイスコーヒー、砂糖なし、ミルク多め」

「承知しました。少々お待ちください」


 ソラは、ミニキッチンに行くと、アイスコーヒーを作り始めた。アイスコーヒーの作り方はジンの家でキイから教わっている。氷をたっぷりグラスに入れ、上からゆっくりと注いで完成。


 ミルクを小瓶に入れ、グラスと一緒にトレーに乗せて、ネタのところに運ぶ。


「お待たせしました」

「ああ、ありがとう」


 ネタの感謝の言葉を聞き、ソラは内心でやったね、と声を上げた。


 ソラは受付のカウンター席に戻り、隣のテルに小声で報告する。


「ネタさんはコーヒー派でした」

「そうだったの。チョウさんにしかお茶出ししていなかったから、知らなかったわ」


 ソラは、朝からの悩みが片付いたので、晴れ晴れとした気分で、その日の業務に取り組んだ。

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