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16 素材配分

 それは、ソラが商業ギルドで働き出して四日目の朝だった。


 朝、開店早々、黒いローブにとんがり帽子の若い女性がすごい勢いで受付にやってきた。身長165cm。目つきがきつい美人で、非常に不機嫌そうである。


 テルが応対する。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」


 その女性は、いらいらしたように言う。


「ご用件じゃないわよ! 昨日届くはずのポーションの素材が来てないわ。これじゃあ、今日はポーションを作れないじゃない」


 テルは、手元の魔導具を確認しながら、応答する。


「ヤク様宛のポーション素材でございますね。提携している冒険者ギルドの報告によりますと、悪天候のため素材提出が一日遅れるとのことです。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


 ヤクと呼ばれた女性は、険しい表情で反論する。


「天候不順くらいで遅れてもねえ。こっちは商売あがったりだわ」


 ヤクの不満の声に対して、テルは淡々と告げる。


「購入依頼の際のご契約で、やむを得ない事情での納期遅延をご了承いただいております」

「そうは言っても、こっちは困ってるのよ」


 ヤクはがっくりとうなだれた。


 二人の一連のやりとりを見ていたソラは、放っておけず、思わず声をかけてしまう。


「横から失礼いたします。ソラと申します。ヤク様、よろしければ素材の状況を詳しく教えていただけませんか」


 ソラは、あざといと思いながらも、にっこりと微笑みながら、上目づかいでヤクを見つめた。


 効果はてきめんだった。


「何、この美少女は!」


 急に元気になったヤクは、ふらふらと吸い寄せられようにソラの前にやってくる。


「すみません、男です」


 ソラはすまなそうに付け加える。


 ヤクは落ち着きを取り戻して、ソラに尋ねる。


「まあ、いいわ。それで、ソラちゃんだっけ。何を聞きたいの?」


 ソラは、手元の魔導具を見ながら、ヤクに話しかける。


「ヤク様は、二種類のポーション素材を発注されています。名前が長いのでそれぞれA、Bと呼ばせていただきます。素材A、Bに関して、ストックはどんな状態なのでしょうか?」


 ソラの質問に対し、ヤクは少し考え込んで答える。


「素材A、Bともに、まだちょっとだけ残っているわ。でもいつもポーションはダース単位で作るのだけど、それには足らないわね」


 ソラは続けてヤクに質問する。


「ポーションはダースで作らないといけないのですか?」

「そんなことはないわ。販売は1本単位よ」


 ――それならなんとかなるかもしれない。


 ソラは期待を持って、詳細な情報をヤクに問い合わせる。

 

「素材A、Bを必要とするポーションは、何種類あるのですか?」

「二種類よ」


「二種類のポーションをそれぞれP、Qとします。ポーションP、Qを1ダース作るのに、素材A、Bはそれぞれ何グラム使いますか?」


 ヤクの回答は以下の表の通りであった。


        ポーションP ポーションQ

素材Aの使用量:9グラム   6グラム

素材Bの使用量:10グラム  8グラム 


「素材AとBのストックは、それぞれ何グラムですか?」

「6グラムと7グラムよ」


 ソラは、ヤクの回答を聞き、ヤクの判断に同意する。


「たしかに、ポーションPもQも1ダースは作れませんね」


 ソラは、先週、ジンから教わった内容を振り返る。


「現実世界の課題をモデル化すると、しばしば与えられた条件を満たす数を求める問題になる。未知の数が複数ある場合、条件を使って未知の数を一つずつ消していくのが王道じゃ」


 ソラは、素材A、Bのストックを使って、ポーションPをxダース、ポーションQをyダース作るときの条件を頭の中で整理する。


 ――素材のストックをちょうど使い切る条件は、二つの式で表せる。それぞれの式は、未知数のx、yを何倍かして足し合わせたものが所与の値に等しいという等式だ。連立一次方程式って言うんだっけ。等式の両辺に同じ数を掛け、等式同士を足したり引いたりすれば、未知数が消せて方程式が解けるよね。師匠は、これをガウスの消去法と言ってたな。


 ソラはしばらく考え、xを6/12、yを3/12とすれば、条件が満たされることを見出す。


 ソラは、考察の結果をヤクに伝える。


「素材A、Bのストックで、ポーションPは6本、ポーションQは3本作ることができます。ストックはぴったり使い切ります」


 ソラの説明に、ヤクは嬉しそうに応える。


「今日、それだけ作れるのなら、なんとかなりそうだわ」


 ソラは、それはよかったです、と返した。

 ただ、ソラには一つ確認すべきことがあった。


「ヤク様、ポーション作成で、素材のグラム数はどこまで細かく測るものでしょうか?」

「うちの店では、はかりの目盛りは1グラム刻みよ。もちろん素材の重さをぴったり1グラムとか10グラムにできるわけじゃないから、多少は、ずれるけど」


 ――困ったな。半端な重さは測れないのか。


 悩んでいるソラに、横で話を聞いていたテルが助け舟を出す。


「ソラちゃん、もしかして0.5グラムとかを測りたいの? 商業ギルドには0.01グラム刻みで測れるはかりがあるわよ」


 ソラは安堵して、テルに依頼する。


「それは、助かります。今日一日だけでよいので、ヤク様に貸し出していただけませんでしょうか」


 テルは、問題ないわ、とソラに答えた。


 ソラは、素材の配分を紙に書き、それをヤクに渡しながら説明する。


「ポーションPを作るときには、素材Aは4.5グラム、素材Bは5グラム、ポーションQを作るときは、素材Aは1.5グラム、素材Bは2グラムお使いください」


 ヤクはソラから紙を受け取り、書かれたグラム数を見つめる。

 たしかに二つのポーションに必要な分量を合わせると、ストックしているグラム数になるわね、とつぶやいた。


 ヤクは入ってきたときとは別人のように穏やかな表情でソラを見た。


「助かったわ。ポーション作りではMPを使うから、一日で作れる本数には限度があるの。ポーションが作れない日があると、本数が足りなくなるから焦っていたわ」


 ソラは、お役に立ててよかったです、とヤクに返した。


 ヤクは、テルからはかりを借りて、出て行った。


 ソラは、テルに向かって詫びを入れる。


「勝手に横から口を出してすみませんでした」


 テルは、苦笑いしながら応じる。


「まあ、結果良ければすべて良しよ。難しいお客様に満足していただけたのだから、ソラちゃんの成果よね。助かったわ」


 ――よかった、よかった。


 ソラは朝から課題を一つ解決できたことに気を良くした。


 また、面白い課題が見つかるといいなあ。ソラはそう考えながら受付業務に戻った。

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