14 モデル化
ソラは、カウンター席に座り、接客の合間に掃除作業について考える。
――さっきの掃除の方法をきちんとまとめておこうかな。
ソラは、先週のジンとの会話を振り返る。
「坊やには現実世界の課題を解決しろと言ったが、現実世界は複雑じゃ。課題をうまく切り取って、理想世界に持っていくことが肝じゃのお」
「切り取るってなんですか?」
「ものごとの本質だけを取り出して単純化して考えることじゃな。モデル化とも言うのお」
掃除のモデル化って何だろう。ソラは頭の中で箇条書きにしていく。
目的:建物の中と外を綺麗にする
手段:朝、夕それぞれ30分、モップがけ、ガラスふき、ほうきがけ
課題:同じ時間をかける掃除でもっと綺麗にできないか?
さっきの手順を考えるときに単純化した点:
A:綺麗かどうかは綺麗さとして、場所ごとにその程度を比べることができる(部屋の真ん中はいいけど端はダメ、というような多面的な評価はしない)
B:掃除における全体の綺麗さは、建物の中の綺麗さと外の綺麗さを合わせたもの(両方のバランスとかは考えないで、個別に評価する)
C:掃除の時間で綺麗さは決まる(同じ時間かけたら同じ綺麗さになる)
D:建物の中の綺麗さは夜間に変わらない
E:建物の外の綺麗さは夜間に劣化する
――綺麗さが比較できると単純化したのだから、数を使って、個々の場所の綺麗さを0から1までの数で表そうかな。掃除前の綺麗さが0。きちんと掃除した後の綺麗さが1。綺麗さの合計は足し算で表すことにしよう。
ソラは紙に書いてまとめたいと思いながらも、ここは受付だしとあきらめて、頭の中で掃除のモデル化を続ける。
掃除の選択肢:
朝、夕の30分の掃除時間において、建物の外と中にそれぞれどれだけの時間を割り当てるか、ただし外と中は朝夕で合計して30分、掃除する。
良い掃除かどうかの評価指標:
朝の掃除後における全体の綺麗さ
――結局、掃除作業をモデル化すると、全体の綺麗さが最大となるような時間の割り当てを求める問題になるのか。こういった問題を師匠は数理計画法と呼んでいたな。
先週学んだばかりの数理計画法が出てきて、ソラは嬉しくなる。
――朝の外の掃除時間の割合をxという記号で表そう。割合だから、xは0から1までの範囲の数だよね。
ソラは、朝夕の掃除で建物の外と中に割り当てる時間の割合をxを使って表すことを考える。
――30分の掃除で途中に休みとかはないから、朝の掃除全体の1からxを引けば、朝の中の掃除時間の割合になるよね。だから中の割合は1引くxだ。夕方の外の掃除時間の割合も1引くx。夕方の中の掃除時間の割合はxだ。表にしてみようか。
朝:外の掃除時間の割合はx、中の掃除時間の割合は1引くx
夕:外の掃除時間の割合は1引くx、中の掃除時間の割合はx
ソラは、これらの掃除時間の割合を使って、まず建物の中の綺麗さがどう表されるかを考える。
――建物の中の綺麗さは簡単だ。夜間に変わらないと単純化したから、夕方の割合のxと、朝の割合の1引くxを足して1。つまり30分きちんと掃除したのと同じになる。朝の掃除後の綺麗さは1だ。
次に、ソラは建物の外の綺麗さについて考える。
――夜間の綺麗さの劣化をどうしようか。掃除前の綺麗さ0になると単純化しよう。すると朝の掃除時間の割合はxだから、朝の掃除後の綺麗さはxと思っていいよね。
両方をまとめて、ソラは朝の掃除後における全体の綺麗さを求める。
――全体の綺麗さをyという記号で表そう。全体の綺麗さは建物の中と外の綺麗さを足したものと決めた。だから、yは1 足すxに等しくなる。でも、x足す 1と書く方が見やすい気がする。y はx足す1だ。
これで現実世界から課題が切り取られ、理想世界の数と数の関係になった。ソラは、テルがこれまで行っていた掃除のやり方を取り上げる。
――テルさんの掃除のやり方は、朝夕で同じ割合だから、xが0.5の場合に相当する。このとき、全体の綺麗さであるyは、1.5だ。
ソラは、yが最大になるようなxについて考える。xは0から1までの範囲だから、x が1のときに、yは最大で、2になる。
――理想世界で出た答えを現実世界に戻そう。yが大きいのだから、たしかにテルさんのやり方よりも綺麗になっている。xが1ということは、朝は建物の外に注力して、夕方は建物の中に注力する、というさっきテルさんに説明した手順が一番良いってことか。
頑張ってモデル化して数理計画法を使ったのに、最初に勘で出した答えと同じになり、ソラは少々気落ちした。
ここで、ソラはジンに言われたことを思い返す。
「勘は経験に基づく直感的な判断。大切にせい。ただし、全体が見渡せないような複雑な問題を勘で解くのは無謀じゃ。素直に数学の力を借り、モデル化や計算結果で何かおかしなことはないか、違和感を覚えたら見直すのがよいじゃろう」
――今回の課題は全体が見渡せる規模だったから、うまく勘が働いたということか。たしかに掃除の場所が100か所になったら、勘では決められなくなるだろうな。数理計画法なら、魔導具で簡単に最大値を探せるって師匠が言ってた。
ソラは、考えた手順が一番良いことが分かったし、よしとしようか、とつぶやいた。
考えに没頭していたソラは、来訪者が目の前に来たのに気づかなかった。
隣に座っているテルが肘で小突いて知らせる。
ソラは、あわてて笑顔を浮かべて言う。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
ソラの勤務二日目は、こうして過ぎていった。




