ゲンさんというオカマ
悠太が『虹煙』に入ると軽やかなベルが来店を知らせる。店内は「いかにも昭和の喫茶店」といった風情だ。薄暗い室内を温かいオレンジ色のシェードランプが照らしている。ダークブラウンのアンティークな椅子とテーブル、そしてカウンター。カウンター奥の棚には様々な種類のコーヒーと茶葉、リキュール類などと共に多様なカップとグラスが綺麗に、オシャレに陳列されている。カウンターに人はおらず、奥から返事が返ってきた。
「ちょっとぉ〜? お店は19時開店よーう、ちょーっと早いんじゃないかしらぁン?」
言いながら出てきた人物は腰まで伸びた艷やかな長髪を虹色に染め上げ、黒いリボンでまとめている、エキセントリックではあるが長身の美しい女性だ。見かけ上は。彼女はカウンターに出てきて悠太を見るなり、黄色い悲鳴を上げて駿足で駆け寄って悠太に抱きついて頬擦りした。
「ッきゃー、ユウ君いらっしゃーい!久しぶりぶりー、オッ元気ぃーい!?」
ハスキーな声をキンキンに響かせる彼女を悠太は力の限り押し退け引き剥がそうとするが、まるでビクともしない。
「源さん、ヤメて下さい、髭が痛いです。」
「や~ん、ユウ君のほっぺた柔らかくてモチモチー、相変わらず羨まけしから〜ン!」
彼女(生物学的にはオスではあるが)は悠太の拒絶をまるで意に介さず、頬擦りし、撫で繰り回す。その様子を昴は驚きと戸惑いと嫉妬の目で眺めるしかない。口出しできる空きなどない勢いと圧がある。ピタリと彼女が動きを止めて昴に視線を向けた。
「で。今日のユウ君はカレピ同伴?」
「以前も言いましたが、僕はノンケです。」
「またまたー。」
「今日はガチで真面目な相談があって来たんです。」
困った声で悠太が言うと、彼女は空気を察して「あらまあ、失礼。とりあえず、お席にどうぞ?」とカウンター席を勧めた。
「ちょーっと待ってちゃぶ台ねえ?」
彼女は実にくだらない冗談を挟みながら、たどたどしくスマホでバーの開店が遅れる旨をSNSで発信し、手早くポットでお湯を沸かしながら小皿にスナック菓子を盛って2人に差し出して悠太に尋ねた。
「彼は?」
「スバルと言います。」
「あ。俺は沢渡昴です、よろしくお願いします。」
「すばる……スバ君ね。アタシは、まあ、お店の中とか周りからは『ゲンさん』って呼ばれてるわ。」
「――?」
不思議そうな表情を見せた昴に、悠太が注釈を入れた。
「こういうお店で名乗る仮の名前、特に店員さんの場合はこれを『源氏名』って言うんだって。渾名というか、ネットのハンドルネームとかユーザーネームみたいなヤツかな。」
「はー、なるほど。――こういうお店?」
昴の疑問に、ゲンさんがニッコリと微笑んで答えた。
「ここはゲイバーよ。」
「ゲイバー。」
昴は復唱した。
「でも俺、ゲイじゃないっすよ?」
言いながら、昴は自分の言葉に誤りがあることに気付いた。そう言えば、昨日から同姓である山口悠太のことが好きになったのだ。しかし、それで「同性愛者」と呼べるのか。今までの恋愛対象は確かに女性だったが、たまたま今回、好きになったのが山口悠太という男性であっただけではないのか。一瞬で様々な考えが巡るが、人生経験が浅い昴に判断は難しかった。そんな昴の心の内を他所に、ゲンさんはケラケラと笑いながら答えた。
「ゲイバーと言っても、イロイロとあるのよ。ご想像の通り、ノンケお断りでゲイが集まって出会いを求めるバーもあるわ。ここはね、オカマの店員がギャーギャー喚き散らすのを見て楽しむ観光バーで、誰でもウェルカムなのよ。」
「へえ。」
「――あ。いま、アタシ、誰でもウェルカムと言ったわね。あれはウソよ。」
「えぇ……。」
戸惑いを隠せない昴。
「未成年は、ちょーっと困るのよねえ。だからマッポに踏み込まれたら、今は『昼の喫茶店営業の延長でちゅ❤』ってテイで誤魔化すからスバ君もヨ・ロ・ピ・ク・ね?」
「は、はあ……。」
初めて浴びせられるゲンさんのマシンガントークに付いていけない昴に、悠太が声を掛ける。
「ゲンさんの話は9割聞き流して問題ないから、適当に相槌を打ってれば良いよ。」
「ちょっとぉ、ユウ君、それ酷い言い草じゃなーい? せっかくお望みのオカルトグッズを手に入れてきたのに。」
その言葉に悠太が目をキラキラと輝かせて身を乗り出した。
「ホントに!? ガチもんのアイテム!?」
「そうよーう。この前のお礼として、知り合いから譲って貰ったのよ?」
言いながら懐に手を入れ、高価なアクセサリーを収めるような、紺色のビロードで装飾された小箱を取り出した。そして恭しく小箱を開けて悠太に見せた。中には、クリーム色の卵が綿に包まれて鎮座していた。ちょうど、というか、まるでと言うか。スーパーで売っている鶏の玉子にしか見えない。
「これは『願いが叶う卵』よ。この卵を両手で温めるように包んで願い事を唱えると、その願いが叶うと言うわ。」
「おおー……ぉおう?」
始めは歓喜の声を上げた悠太の声が低く弱々しくなり、最後は疑問を呈する声色に変わった。
「何よ、不満なの?」
「だって何でも願いを叶えるアイテムって9割9分が偽物で、残りは使用者が望まない形で成就するか、曲解されて成就するか、成就するのに多大な代償を支払われるかでしょ。ゲンさんもそう教えてくれたでしょ?」
「まあ、そうだけど。頭が良くなりたいってくらいなら成就するんじゃなーい?」
「高校受験するのにルジャンドル予想だの何だのを解決できるようになっても、二次関数が解らなかったら合格できません。」
「あ。じゃあ○○高校に合格したいって願いはどーよ?」
「受験前に大きな不祥事が起きて、定員割れ起こしたらたぶん合格しちゃうよね?」
「うーん。」
「まあ、でもお礼として、ありがたく頂きます。願い事はよく吟味します。」
「そーお? まあ、お守りとして持っておくのも良いかも知れないわね。」
「茹でれば食べられそうだし。」
「ちょっと!ガチもんを食べないでちょーだい! 買ったらお高いのよ!?」
「でも売ってる玉子に見えるよね?」
隣に座っている昴に話を振ると、即座に真面目な顔で答える。
「烏骨鶏かな?」
「2人ともヒッドーイ!!」
3人の笑い声が店内に響いた。
「ああ、それで――。」
トートバッグにビロードの小箱を仕舞いながら悠太が切り出すと、店の扉が開き、軽やかなベルが鳴った。
「よーう。開店時間が遅くなるっつーことは、悠坊が来てるんだろうなってな!」
1人の青年が勢いよく入ってきた。
「岡本さん!」
悠太の声のトーンが上がったのを昴は聞き逃さなかった。そして扉の方に視線を移すと、そこそこ顔立ちが整った――どこかで見覚えがある長身の青年。
「……オカキン!?」
心霊スポットへの突撃実況中継で視聴者数を急激に伸ばし、クラスメイトの間でも話題の動画配信者、オカキンが目の前にいた。
「お。オレも有名になってきたな!」
カウンターへと歩きながらオカキンは得意満面で顎を撫で、昴とは反対側の悠太の隣に座った。
「悪名も相変わらずだけどね! バイクでしょ、烏龍茶で良いわよね?」
「おう。」
ゲンさんが烏龍茶を氷で満たしたグラスに注いでオカキンの前に置き、オカキンはグッとグラスを呷った。その隣で。
「ちょっ。ユータ、オカキンと知り合いだったのかよ、言ってくれよ、っつーかみんなに言ったら人気者になるだろ、有名動画配信者と知り合いだったら!」
半ば興奮気味にコソコソとまくし立てると、悠太は平然と答えた。
「え。嫌だよ。別に僕が凄い人ってワケじゃないし。僕はそういう虎の威を借る狐って好きじゃないんだよね。」
「ええー。勿体ねえ。俺だったらすっげーみんなに自慢するのにな。」
不服そうな声を上げる昴に同調する声が降ってきた。
「そうなんだよ。悠坊、ちょっと変わってるんだよな!」
そう言いながら、オカキンが悠太の頭を撫で繰り回す。それに抵抗せず、ムスッと不服そうな表情の悠太だが、昴は教室での様子と比べて随分と気を許しているのだろうというのを肌で感じた。と同時に。クラスで浮いた存在ではあるが、こういった大人との交流を持っているから校長とスムーズに交渉したりできる、自分たちとは違う「大人」の側面を持っているのだと強く確信した。そして周りから可愛がられる「子供」の顔も持つ――昴は知れば知るほど悠太に惹かれるのを同時に自覚した。
「――で、ユウ君。スバ君の話を聞きましょうか?」
ゲンさんが促すと、悠太は「ああ、そうだ。」と少し間を置いて、考える仕草を見せた後に話し始めた。
「昨日の、卒業アルバムを学校に取りに行ったとき。学校全体が怪異現象に覆われてて、スバルが襲われてたんだ。」
「はあッ!? そんなことになってたの!?」
悠太の言葉を遮ったのはゲンさんだ。驚き、そして困惑した声だ。
「やっぱり知らなかったんですね。」
「知ってたらユウ君1人で行かせるワケないじゃない!」
顔から血の気が引いた表情でゲンさんが言うと、昴が口を挟んだ。
「でも、そのお陰で俺の命がユータに救われた訳です。」
「まあ、そうだったのねえ。不幸中の幸いというか。」
頬に手を当て、言うゲンさん。悠太は続けて事情を説明した。
「昨日だけで終われば良かったんですが、スバルは昼にも怪異と思われるモノを見たと言いました。だから、たぶん、何らかの原因で怪異にターゲットにされたんじゃないかと。それで卒業アルバムを必要としたゲンさんも何か知ってるんじゃないかと思って。」
「なるほどねえ。――そういう事なら、ちょっ〜と待ってちょーだいね。」
そう言ってパタパタと店の奥に引っ込み、古い卒業アルバムを抱えてきた。そしてカウンターにそれを置いて「おまたせ〜ン」と華やかなハスキーボイスで言った。
「ユウ君の言うとおり、アタシもちょーっと人に頼まれてこの件を調べてるのよ。このアルバムの持ち主の画家についてね。」
「白河慶ですね?」
即答する悠太にゲンさんはギョッとした。
「ユ、ユウ君、何で知ってるの!?」
その問いに答えるように悠太はトートバッグから卒業アルバムを取り出し、あるページを開いた。そこにはイーゼルの前で筆を持ち椅子に座る1人の少年の写真が貼ってあり、達筆で現代人には読み難いメッセージが添えられている。
「――白河慶。母君は幼い頃に病気で亡くし、兄君は特攻隊で、父君は将校として南方の海戦で戦死し天涯孤独。絵画の他、芸術面で突出した才能を持ち、校長先生の計らいで学校に飾る肖像画などを製作して金品を得、生活していた。彼の将来に幸あらんことを――。」
悠太が読み上げ、続けた。
「怪異としてスバルを襲っていたのは、音楽室に飾られるような作曲家の古い肖像画とか、美術室によくある有名な彫像のレプリカでした。恐らく、白河という人の作品なんだろうなと。そしてスバルが昼に見た古い壁時計も、この人が作ったのかも知れないと。」
「さっすがユウ君!」
ゲンさんがカウンターから客席に回り込んで悠太を頬擦りしようと画策したが、オカキンによってさり気なく押し止められ、不服そうな顔で定位置に戻りながら。
「この白河慶という画家は、二十歳という若さでこの世を去ったわ。その短い生涯で、少なくない作品を遺したのだけれど――。」
そう言いながらタブレット端末を操作して、1枚の風景画を表示させた。穏やかな川岸と青空の下、黄金色の稲穂がたわわに実っている、清涼感が溢れるのどかな田園風景だ。しかし。
「――なんだか。なんだ? なんで不気味な雰囲気を感じるんだ、これ?」
オカキンが目を細めて呟き、悠太と昴も同意の頷きを返した。それを確認し、ゲンさんは大きく深呼吸をして再びタブレット端末を操作しながら言った。
「X線でこの絵を照射すると、風景画の下に描かれたモノが露わになるわ。――これは直視しないように、目をできるだけ細めて確認して欲しいんだけど。」
3人が目を細めたのを確認し、ゲンさんはタブレット端末を表示させる。
「ッ!!??」
三人三様の反応を見せた。オカキンは即座に目を背け、軽く口を押さえる。悠太は小さな悲鳴を上げ、目を瞑った。そして昴はこみ上げる吐き気で強く口を抑え、胃液が逆流する不快感を必死に耐えた。その様子を見て、ゲンさんはエチケット袋を昴に差し出し、「ごめんなさいね、トイレはあっち。出しちゃってスッキリさせた方がいいわ。」と言い、昴は軽く頷いてトイレに駆け込んだ。その後ろ姿を見送ってオカキンが非難の声を上げる。
「そんなもんを見せるな、ド阿呆! 心臓に悪いだろ!」
「イジワルで見せたワケじゃないのよ。アンタは知ってるだろうけど、ユウ君たちにも知識として知って貰わないと――、ちょっとヤバい案件なのよ。」
「あー。悠坊はまだ知らないんだったな。」
訳知り顔の2人に、悠太が尋ねる。
「岡本さんも知ってるんですか?」
「オレは少しだけ、な。」
そう言いながら、オカキンの笑顔は少し引きつっていた。
「その話はスバ君が帰って来てからしましょ。ちょっと長話になるし――。」
と言いながら、ゲンさんはオカキンのグラスに烏龍茶を注ぎ足し、悠太と昴のための紅茶を淹れ始めた。
■川端 雷魚[Raigyo KAWABATA]
身長:173cm 体重:64kg
誕生日:7月16日(かに座)
血液型:B型 年齢:13歳
好き:バスケ
嫌い:陰キャ
ポジション:タチ(バイ)




