オカルト研究会
「ただいま。」
悠太が玄関で声を掛けると、自動で居間までの照明が点いた。隅々まで掃除が行き届いた室内を進み、冷蔵庫を開けて牛乳をコップに注ぐ。そして冷蔵庫に貼られたカレンダーを見上げ、新たに書き加えられた文字を確認した。
「――今日、玲子さん来る日だったんだ。」
山口家のハウスキーパー・玲子の筆跡で、母の出張先の住所が仙台から新潟に書き換えられているのを見て「母さんも大変だなー。」と呟くと、ちょうどテレビのスイッチが自動で入った。
「ゴ視聴ノ、テレビ放送ノ、時間デス。」
合成された音声に悠太は「後で観る、録画。」と応え、「録画ヲ開始シマス。」と返ってきたのを確認して牛乳を一気に飲んだ。冷蔵庫の中に惣菜が入ったタッパーが追加されていることを確認。そして誰も観てないテレビから、有名進学塾の新しいCMが流れているのに気付き、悠太はそちらを注視する。
「新たに構築された山口メソッド改で!確実に志望校合格に導くッ!」
テレビ画面内で進学塾のカリスマ講師である悠太の父が、サムズアップして胡散臭いウインクをしているのを見て「相変わらず忙しそ。」と、関心無さそうに呟いた。平日の悠太は家族とのコミュニケーションが希薄なので、帰りが深夜になっても咎める者がいない。強いて言うなら警察の補導にだけ気を付ければ良い。中学生にしては、良い意味でも悪い意味でも自由な行動が許されていた。
いつものジーンズに長袖シャツに着換え、お守りである白兎のピアスを着けて長めの髪で少し隠す。トートバッグに昼に借りた卒業アルバムを入れて悠太は家を出た。時刻は5時前。6月ともなれば、曇っていなければまだまだ明るい時間だ。待ち合わせ場所のバス停が見えると、すでに昴がいて悠太を見つけると大きく手を振った。悠太はそれに小さく手を振って応えた。
「早いね?」
「まーな!」
昴は近寄ってきた悠太の耳元に手をやりながら続けた。
「ユータ。せっかくのピアス、隠したら勿体ないぜ?」
言いながら悠太の長い横髪を耳に掛けてピアスを見えるようにしてやると、悠太は慌てて髪を元に戻した。
「か、か、カッコつけてピアスしてるんじゃなくて、こ、これはお守りなんだ!怪異に気付きやすくなったり耳が良くなったりする魔法のピアスなんだよ! だから見せびらかしたく、ない……。」
「へえ!RPGとかも、そういうアイテムあるもんな!ホントにあるんだ!」
昴が感心して悠太の耳たぶを触り、ピアスを物珍しそうに観察した。(昴の内心は悠太に自然と触れられる機会を作ることに成功してピアスどころではなく、柔らかな悠太の耳たぶを存分に愉しんでいる)
「まあ現実には、そういう魔法のアイテムのほとんどは呪われていたり大きな代償が必要だったりするんだけど。このピアスは珍しく、悪い効果は無いんだ。」
「超レアアイテムってやつ?」
「そんな感じ。」
そう2人が話していると、K駅行きのバスが到着した。(昴は悠太のピアスが名残惜しかったが、そんな素振りを見せず懐から交通系ICカードを取り出した)2人掛けの席に並んで座り、(昴は内心で歓喜の雄叫びを上げ)再び昴が悠太に話し掛けた。
「これから何処に行くんだ?」
「あー…、正式な名称は無いんだけど、僕が所属してるオカルト研究会。」
「へえ、そんな集まりがあるんだ? どうやって知ったワケ?」
「SNSで。勉強しなくても成績が上がって高校受験に合格できる強力なオカルトグッズが欲しくて。」
いや待てちゃんと勉強しろ、というツッコミを昴は飲み込んだ。
「それから――、命の危険に晒されるような事も数え切れないほど遭ったけど、何だかんだと生き延びてるね。」
「ええ……。」
昴はドン引きである。しかし怪異に遭っても妙に肝が据わってる佇まいや、怪異に対して積極的に解決しようとする姿勢を見ると納得できる。
「オカルト研究会に所属してるから危ない目に遭ってるんじゃね?」
「それはあるかもね。」
悠太は否定しなかった。
「でも1人で怪異に遭ってしまったら単独で対処は難しいし、グループに所属してることで誰かしら気に掛けてくれるから互いに異変に気付いてヘルプしたりできるから。互助会みたいな感じ?」
「なるほどー。」
「スバルも今回の件が終わっても、もし別の怪異に巻き込まれたりしたら遠慮なく相談したらいいよ。」
「さんきゅ。」
と言いつつ、すでに昴は悠太が所属しているという会に入り浸る気でいるが。
「まあ、ちょっと行きづらい場所ではあるんだけどね。」
「行きづらい?」
「行けば分かるよ。」
言いながら、悠太は自分が随分と饒舌だなと自覚する。それを悠太は、気さくに質問してくる昴に釣られているのだろうと分析した。そして、そのコミュニケーションが心地よいと感じている。
「そう言えば、スバルって川端君と仲が良いんだね。いつも楽しそう。」
意味も無く楽しそうだから、今まで悠太は彼らに対して妬みや僻みがあったわけだが。確かに、昴と会話をしていると楽しいのだ。
「あー。同じバスケ部だし、1年の頃からの付き合いだから――、でもちょっと今、ライギョとは気まずいかな。」
「ええ? そうは見えないなあ。」
「ついさっき、ね。親友だからこそ、イロイロとあるんだ。」
昴は言葉を濁した。悠太は自分に関係しているということなど想像の範疇外で、昴が少し昏い表情をしていることに驚き、そして「親友」などという創作物の中でしか聞いたことがないワードが昴の口から発せられたことを少しだけ羨ましく、妬ましく思った。
2人はK駅前でバスを降り、私鉄を乗り継いでJRのC駅へと到着した。県庁所在地でもあり、2人が住むベッドタウンである最寄り駅Kより高いビルが建ち並び、相当に栄えている。中学生である昴はK駅から外へ出掛けた経験が少なく、友人らと遊ぶと言ってもK駅周辺が専らだ。百貨店や専門店、オフィスビルを見上げるような都会の光景は馴染みが薄い。そんな街を悠太は迷うことなくスイスイと歩いて行く。昴が悠太の斜め後ろを表面上は平静を装って付いて行くと、雑多な看板が乱立する路地へと入って行き、昴はさすがに躊躇した。看板の多くがピンク色で派手な電飾を施され、半裸の魅惑的な女性の写真が掲示されているのだ。
「ちょっ、ユータ!?」
「ん。――ああ、気にしないで。」
「気になるって!」
未成年立ち入り禁止の店が軒を連ねる路地を全く気に掛けることなく闊歩する悠太に、やはり肝が据わってるなあと感心した。グイグイと突き進む悠太に慌てて昴が付いて行く。すると悠太は、つい、と路地に面した店舗の扉に入った。
「バー/喫茶……にじ…けむり?」
店舗の看板には『バー/喫茶 虹煙』と描かれており、細く曲線でデザインされたアルファベットで『KohEn』と記されている。ここが悠太の所属しているオカルト研究会の溜まり場であった。
トモダチコレクションのお試しで「ゆうた」と「すばる」を作ったら解釈一致し過ぎて怖い。そのうち製品版を買っちゃうかも。




