古い卒業アルバム
たいがいの「怪異」は、人間が戦って勝てるような存在ではない。たとえ格闘技の有段者であっても、拳銃などの武器を持っていても、人間は為す術もなく肉塊と成り果てる。死ねるなら、まだマシだ。犠牲者の中には異形となり、肉体的にも精神的にも苦痛を受けながら何処とも知れない異空間を永遠に彷徨い続ける羽目に遭う者も存在する。
悠太は昴から再び怪異を見たという話を聞いた後、その足で校長室に向かった。
「ユータ、何処に行くんだ?」
その後ろを昴が子犬のように付いてくる。
「校長室。――別に付いてくる必要はないんだけど……?」
言いながら振り返り、昴を見るとちょっと悲しそうな顔をしていたので、強く拒否することはしなかった。代わりに付いて来ても良いという意味も含めて、悠太は説明を加えた。
「昨日の夕方、僕が学校に居たのは人から頼まれて、校長室から古い卒業アルバムを無断拝借するためだったんだ。」
「へえ?」
相槌を打つ昴に、さらに続ける。
「詳しい理由は分からないけれど、確実に昨日の怪異と関係があるっぽいからね。僕の方でも確認しようかと思って。ちなみに詳しい人ってのが、その依頼者。」
「なるほど。」
悠太の説明で、昴は何となく状況を把握した。ついでに無断拝借とかいう不穏なワードは聞かないことにした。ほどなくして、2人は校長室の前に到着。悠太がノックして「失礼します。」と扉を開けた。正面にデスクがあり、校長の樺山が座っている。左側に立派な戸棚があり、かつての在校生たちが活躍した賞状やトロフィーが幾つも飾られている。その隣には本棚があり、開校当時からの卒業アルバムが年順に並べられている。右側には生徒の作品であろう様々な絵画と、記念写真などが飾られている。
「君たちは? 何か用かね?」
昼休み中の来客に嫌な顔を1つせず、樺山校長は尋ねた。
「2年B組、山口悠太です。」
「あ、沢渡昴です。」
全く物怖じしない悠太に昴は感心すると同時に疑問を抱いた。コミュニケーション能力に難があると思っていたが、今はそのような様子が見受けられない。悠太の意外な一面に、昴は改めて頼もしさを感じた。
「――実は古い卒業アルバムを1冊、お借りしたくて。」
「ほう。何故?」
「高校生の姉が課題か何かで、必要らしくて頼まれました。」
悠太には姉がいるのか、と昴は心にメモを取った。
「なるほど。あまり校外に持ち出して欲しくはないのだけれど――、この借用書にクラスと名前、借りる卒業アルバムの年度を書いて下さい。1週間を目安に返却をお願いしますね。」
「分かりました、ありがとうございます。」
悠太と樺山校長の間で、実にスムーズなやり取りが交わされた。教室では一言、二言くらいしか喋らない悠太とのギャップに昴は驚くと同時に、声変わりしていない可愛らしい悠太の声に聴き惚れた。
「ところで――。」
卒業アルバムが収められた本棚の前にしゃがみ込み、悠太が尋ねた。卒業アルバムは最下段から古い順に並べられている。
「この昭和17年くらいから同じ卒業アルバムが2〜3冊あるんですが、どうしてですか?」
言われて昴も本棚を見ると、確かに複数冊、同じ卒業アルバムが収められている。その疑問に、樺山校長は手で顎を撫でながら言葉を紡いだ。
「ふむ。確かに歴史の授業では習わないか。なら、ちょっとしたこぼれ話でもしようか。――その頃にあった歴史的な出来事と言えば何を思い浮かべるかな?」
「太平洋戦争と終戦ですね?」
澱みなく答える悠太。確か、社会科も含めてもの凄く成績が悪かったはずなのだが。授業中も余所見したり、板書をノートに取ったりしているところを見たことがない。
「その通り。その頃、日本は慢性的な物資不足かつ貧困が蔓延していてね。卒業アルバムの制作を断念した学校も多かったんだ。」
言いながら樺山校長は悠太の隣にしゃがみ込んで、同じ卒業アルバムを手に取りながら言葉を続けた。
「そして、このA中学校のように卒業アルバムを配布した学校も――。」
2冊のアルバムを広げると、何枚かの白黒写真が糊付けされていたり、手書きで色々な書き込みがされている。その内容は全く別の物だ。
「白紙のアルバムが卒業生に配られ、各々が思い出の写真や言葉を綴り、自作したんです。ここにあるのは有志の卒業生から寄付して頂いたり、そのご遺族がご好意で譲ってくださったりしたもの。だから当時の生活が庶民目線で記された歴史的価値が高いものなんですよ。」
「あー、なるほど。」
悠太が頷き、昴は「教科書に載ってない歴史的事実なんですね。すげえ。」と感嘆と感想を洩らした。
悠太は昭和20年の卒業アルバムの内容を見比べ、片方をチョイスして手早く借用書にサインをして「こちら、お借りします。ありがとうございます。」と言いながら昴に退室を促し、自身も校長室を後にした。
この校長室での一件で、昼休みの終了も間もなくだ。2人は足早に教室へと戻る。悠太の後ろを付いて歩く昴が声を掛けた。
「ユータ、イロイロと聞きたいことがあるんだけど?」
「なに?」
悠太に関する疑問が渋滞を起こしていたが、まずは当たり障りが無さそうなことから尋ねた。
「姉ちゃんがいたんだ。知らなかったよ。」
「え。いないよ?僕、一人っ子だから。」
「ファッ!? さ、さっき、姉が課題が何とかって言ってなかった!?」
「だって化け物の調査をしたいって言っても変に思われるだけだから。」
「はー。よくサラッと嘘が出てくるなあ。」
「嘘って言うより建前、かな。そういうのは大事だよ。」
昴は、また悠太の意外な一面を発見した気がする。イメージ的に真面目で引っ込み思案なコミュ障かと思えば、存外にグイグイと話を進める力を持っている。そういう側面を見つけるたびに、昴は悠太に惹かれるのを意識した。
「はーあ。午後もダルいなあ。」
悠太が零す。ふと、昴は教室でそんな言葉を悠太の口から出たことが無いのでは、と気付いた。普段から心の中でそんな事を考えていたのだろうかと思う。と同時に。自分の前で愚痴ったと言うことは、案外と気を許してくれてるのかも知れないと思い、昴は少し嬉しくなった。
「そだなー。」
別にダルいとか思っていなかったが、昴は教室に入りながら友人らしくラフな相槌を返した。授業開始のチャイムが鳴る。残りの質問は次の機会に絶対にしようと昴は心に決めた。席に向かう悠太の後ろ姿を目で追う昴。会話を重ねるたびに悠太の魅力が増えていくので、楽しみで仕方なかった。
※次から登場人物の設定とかプロフィールとかを後書きにツラツラと書いて行きます。




