18.It's somewhat like a person.
バシャバシャと水音を立てて湿地帯を歩く。若干増水したようで、踝よりも上まで水面が来ていた。
1日ぶりの再訪。
シュダーナの棲みかが点在している例の湿地だ。
装備を整えてから、早速やって来たわけである。
手には剣鉈、オーバーオールを着用し、その上からプロテクターを装着している。ヘルメットがあれば林業の従事者に見えなくもないだろう。
そんな格好で柔らかな地面を踏みしめて進む。
新調した装備の具合は良好だ。
ここまでの道中で確かめたところ、動作に干渉せず重さも許容できる範囲だ。つまり、バッチリである。
──マップを確認すれば、前回よりも東へ流れている。
目指しているのは宝剣イェーミリの指し示したポイントだ。深みを避けていたら進路がずれたらしい。
今もまた深みを避けて縁沿いに進路をとっている。想定していた進路から大きく外れないように注意しつつ、ゆっくりと進む。
すると左側にあった深みから、ぬうっとシュダーナが浮上してきた。
人の背丈ほどの長さの槍を携えているそいつは、戦士なのかはたまた漁師か何かか。
光沢のある緑の鱗、縦に裂けた爬虫類特有の無感情な瞳、筋肉がみちみちと詰まった丸太のような尻尾。
根拠はないが、前回戦った個体よりも強いように感じた。
「シィー……」
警戒するように鳴くシュダーナを正面に見据えて睨みつけながら、ゆっくりと後退りする。深みから引き出すためだ。
剣鉈をふらふらと揺らし、挑発じみた誘いをかける。
釣られるようにして、シュダーナが浅瀬に上がってきた。
「クルルルル…………」
間合いを計る。
シュダーナまではおよそ3メートル。剣鉈ではやや遠い間合いだ。逆に、シュダーナの持つ槍ならば難なく攻撃の出来る距離である。
迂闊には飛び込めない。
奴もそれを理解しているのか。その眼にはどこか嗜虐的な光が宿っている。
「舐めんな」
だからこそ先手は譲らない。
迂闊に、ではなく意図をもって。
踏み込みに反応したシュダーナは驚きに目を見開いていた。
反射的に繰り出される槍。狙いが甘く、ただただ前へと出しただけのそれを左手で払い除けつつ穂先よりも内側へと入り込む。
引きも甘い。
判断が遅い。
格闘技でも武術でもそうだが、撃ち出しよりも引きに重きを置くべきだ。次の動作への繋ぎであるのだから。このシュダーナはそこがなっていない。突きを仕掛けたなら仕掛けっぱなしでいてはいけないのだ。
「ギギィ……ッ!!!」
剣鉈は既に振り抜かれている。
ワンテンポずれた叫びは痛みを堪えるためのもの。シュダーナの左手が手首からぼとりと地に落ちる。
武器の届く範囲に無防備なまま差し出されたのだ。
「すぐに引かないからそうなるのさ」
言葉よりも早く刃は届いていた。
シュダーナの太ももに突き立てられる銀の光。逆手に握り変えた剣鉈は、鱗を容易く突き破り肉を抉った。
苦鳴とともに、シュダーナが腰を折る。
倒れ込むところに、胸、首、眼窩と剣鉈を突き入れれば呆気なく沈黙した。
元より1対1であれば勝てると分かっている相手だ。
油断さえなければこの結果は妥当である。
とは言え、動きの組み立てがうまく行ったことには間違いない。
確かな手応えを感じつつ、湿地の探索を再開する。
2体目。投げナイフを弾かせた隙を狙ってズンバラリン。
3体目。直剣相手に数合打ち合い、引いたところを追い詰めて滅多刺し。
4と5体目。2体同時。ナイフ二刀流で襲い来る攻撃を捌く。スラッシュを交えての攻め手でシュダーナたちを正面から捩じ伏せた。
良い。
何が良いって動きが良い。
防御や回避に割り当てる意識が減ったお陰で、かえって全体のパフォーマンスが向上していた。
ナイフで牽制して剣鉈で仕留める。
パターンが確立すればシュダーナは怖くなかった。
3体だろうと4体だろうと、順次処理して骸へと変えていくだけだ。囲まれさえしなければ恐るるに足らず。
出会う端から経験値としていき、気付けば湿地帯の終わりが見えるところまで来た。
投げたナイフは極力回収して使い回してきたものの流石に在庫が尽きてしまい、剣鉈も血と脂で刃の輝きが些か鈍っている。
遠征するには物資が足りなかったわけだ。
ポーションの類いもあと数本といったところ。
このまま進んだところで途中で力尽きるのは目に見えている。
それでも出来る限り進みたかった。
物資の不足は、そもそもの想定にあったことだからだ。
マップに表示された目的地の座標。そこから導き出した所要時間は、とてもじゃないが一度の旅路で済ませられるものではなかった。
何度も何度も繰り返し挑む必要がある。そんなことは端から承知の上で、今回の道行きがあるのだ。
行けるところまで行く。それこそが目的であり、これは今後のアプローチを考えるための決死行であったのだ。力尽きて倒れるところまでがセットで、元より織り込み済みであったわけである。
「それでも、一度目で湿地を抜けられたのは幸先が良いな」
シュダーナが生息する湿地は、現状でも障害としての度合いは小さなものであると判断できた。レベルが上がれば消耗も減る。将来的には脅威ですらなくなるはずだ。
初回の調査としては、既に上出来と言えた。
湿地の端が見えた。
どうやら緩い斜面になっているようだ。上り坂である。湿地のすぐ近くでは生える木々が疎らで、斜面を少し上がったところから徐々に密度を増していき、それなりに離れた辺りで森が形作られているのが分かる。
緩やかな坂だが森まで数百メートルはあるようだ。ゲームでなければ息が上がるだろう。
「──運動不足の身にゃ堪えるよ」
とは言えゲーム。
運動不足だろうと何かの病だろうと、坂を歩いたくらいでは息切れなどしないのだ。ありがたいことに。
◇
Name:キリィク
Level:23
Title:《無の精霊》《禁忌との遭遇》《殺人者》
Skill:『★汎用剣術Lv.20』
【スラッシュ】【ストライク】
『汎用盾術Lv.10』
【ガード】【バッシュ】
『身軽Lv.18』
『★踏ん張りLv.20』
『★直感Lv.20』
『★踏み込みLv.20』
『蓄力Lv.17』
『投擲Lv.13』
◇◇
『メイトリア湿原』
ウェズリの廃村から北へ進むと辿り着く湿原。現時点で精霊たちが活動しているエリア全てを収めて、なお余るくらいの広大さを誇る。
シュダーナ、フロインガ、シュグルゥなどの魔物が生息する。その中ではシュダーナが頂点捕食者に位置する。
歩きにくい足元、王都方面より格段に強い魔物、広い割に目印が少なく迷いやすいエリア。それらの要素と他の諸々が組み合わさって、精霊たちからは好かれていない。
◇◇◇
『シュダーナ』
トカゲに似た魔物。二足で直立し、前足で器用に道具を操る。独自の言語を介してコミュニケーションをとっているようにも見えるが、鳴き分けのパターンが少なく、言語と呼べるほどの発達はしていないとする説が研究者間では有力である。
湿地帯外縁部に潜む弱い個体でも20レベルを超え、パーティを組んでの戦闘が推奨される。
鱗によりもたらされる防御力、フェイントを使いこなすだけの知性、武器を扱う器用さ、人間を上回るフィジカルと、接近戦で相手をするならかなり厄介な部類に入る。
ただし魔法への耐性が低めであり、特に氷属性が有効。しかし、あくまで同レベル帯の魔物に比べての話であり油断大敵。
一撃で容易に仕留められるほどではなく、魔法攻撃を耐え抜かれて接近を許したパーティがそのまま返り討ちに遭う、といった事例もままある。
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