16.A new step.
ウェズリの廃村でいももちは念願のホームを得た。
邪精霊ウラタリの使っていた住居を、私から譲り受けた形だ。
彼女はホーム兼工房を手にして他の精霊たちから一歩抜きん出たわけである。
……そうしてしまった手前、ある程度力を貸すのも吝かではないと思っていた。だが、そもそものところとして利益の天秤がいももちの側に大きく傾きすぎている。
カルマ値がガンガン上がる音がすると彼女は冗談めかして言っていたものだが、案外冗談では済まないかもしれない。
と、いう訳で単独行動である。
元よりソロ。
困ることもなければ、寂しくなどもない。ただ、賑やかだった時間をふとした時に思い返してしまうだけだ。
ウェズリの廃村を出て、次に目指すは噂に伝え聞く王都。とは真反対の道なき道。
珍しい素材を得ていももちを驚かせてやろうというのは理由の一つで、主たる理由は精霊間ネットワークによるものだ。
『精霊間ネットワーク』。いわゆる掲示板である。なんとなく意味が通じるようで通じない気もするネーミングであるのだが、その辺りは運営陣のセンスに由来するため口を噤む他ない。……因みにユーザー間では不評である。
その『精霊間ネットワーク』でこのような書き込みがあった。
『師匠が言ってたんだけど、勇者は王都が嫌いだったんだと。なんでも偉い人と喧嘩したとかなんとか。で、王都に屋敷を貰ったのに一回も使わなかったらしいよ』
エルストドルフで師匠NPCに弟子入りした数少ない精霊の一人がした他愛のない書き込み。だが、それに合わせてウラタリとの一件を思い返すと引っ掛かるものがあった。
ウラタリは勇者の蘇生を目指していた。
そのために奴は精霊の蘇生メカニズムを解き明かし、転用するための術式をも組み上げた。
それは良い。
──だが奴は、蘇生対象の勇者をどうやって同定するつもりだったのだろうか。
この手の術式に付き物の制約として、蘇生対象を明確に設定出来なければ不発、あるいは予期せぬ何かを甦らせてしまうことがありがちだ。そうでなくとも対象不在で失敗、なんてことは容易に考えられることであり、しかしウラタリがそれを許すとは思えない。
つまり、あの時ウラタリは確実な成功を期して術式の起動を行ったはずなのだ。
──要は、死体がないのに蘇るはずはない、ということである。
『CoH』にて勇者は亡くなって久しい。
そこらの住人も知っている確定事項だ。
では、どこで?
勇者はどこで亡くなった?
勇者の死体はどこにある?
きっと王都にだけはない。
直感にも似た閃きがあった。
王都はメインのスポットではないのだ。
そう判断した理由は二つ。
一つは勇者との関わりの薄さ。
遺産もない。死体もない。屋敷はあれども近寄りすらしなかった。勇者に守られながら、これほど勇者と縁遠い場所は王都だけだ。
もう一つはスタート地点からの近さ。
エルストドルフを発ってウェズリを含めて廃村を2つばかり越えれば王都近郊に出る。あまりにも近い。
これは王都を活用しろという運営の意志が色濃く出ていると見て良いはずだ。
何かしら重要なイベントは隠されているだろう。それは疑いようがないものだが、多分勇者関連ではない。
……結局のところは直感に過ぎない。合っている保証などなく、信じるための根拠もない。
しかしそれに賭けることとした。
ウェズリの廃村を飛び出して北へと駆けていく。
方角についてはたまたま目印として良さそうな山があったからで、特にアテのない旅である。強いて挙げるなら、エルストドルフが南寄りに位置した村だったことか。
小鬼を仕留めて、猿を叩き殺し、蛇を突き刺し、群れた小鬼どもを蹴散らす。
ウェズリの廃村で狩りをしていた時に見知ったエリアを抜けるまで素材も拾わずにどんどん突き進む。
大して糧にならないのだ。適正帯から外れているとも言える。このレベルの敵から取れる素材では、いももちも満足しないだろう。
森の縁沿いに北上していく。
目指す山は遠い。
街道のない方面へと進んでいるために、当然ながら足元の具合は悪い。木の根を踏みしめ、草をかき分けて進んでいく。
その道中で襲い来る敵を迎え撃つわけだ。
ただでさえ緩やかな進行速度がさらに落ちる。
幸いなことに携帯食料には余裕がある。
せめてこれだけでも、といももちが用意してくれたのだ。一月は持つ量を渡されている。
むしろ足りないのはポーションの類いであった。HP回復用のポーションが1ダース。それだけである。
初期配布のポーションはレベル制限のかけられたもので、レベルが10を超えると効果を発揮しなくなる代物だった。それらをいももちに売り払い、彼女がすぐに用意できる限界量のポーションを貰い受けたのである。
山を目指して進み続けると森から離れることになった。
それからすぐに足元が湿地へと変わる。
エリアが変わったのだと理解できた。
──ガサリ。
前方の茂みが揺れた。
立ち止まり、腰に提げた剣鉈を抜き放つ。
一瞬睨み合うような格好になったが、奴は正体を隠す気がないようだ。ぬうっと茂みから姿を現した。
リザードマン、と言えば分かるだろうか。
全身を鱗に覆われた直立するトカゲである。
背丈は2メートルに届こうか。人の足くらいに太い尾が腰から1メートルほど伸びている。水に濡れた鱗はキラキラと輝き、その下の筋肉ははち切れんばかりであった。
手にした直剣をこちらへ突きつけながら、縦に割れた瞳孔がキロリと睨んでいる。
強そうだ。
これが小鬼と同格なことなどあるまい。
シュダーナ。
眼前の魔物の種族名が判明する。
鑑定スキルなしでも名前くらいは分かるのが大変にありがたい。
「ガア……ッ!」
威嚇のためか叫ぼうとしたところを牽制の投げナイフでキャンセル。わずかな硬直をついて接近を図る。
シュダーナの立て直しは早く、すぐさま直剣で周囲を薙ぎこちらの動きを止めてくる。
一進一退。
互いに互いの間合いを探り、睨み合いつつジリジリと円を描くように動く。
敵よりも有効なポジションを先に占拠した方が勝つ。そういう戦いが始まった。
直剣と剣鉈のリーチ差。体格の違い。足場の慣れ。周辺環境。
諸々を勘案すれば、間違いなくこちらが不利。
それをひっくり返そうとするならば、先手必勝。攻勢あるのみ。
睨み合いを切り上げて、シュダーナの懐目指して踏み込んでいく。長引いてもこちらの負けだ。仲間を呼ばれる前に仕留める。
繰り出される直剣。
まだシュダーナは本気でない。力の入りきっていない振りでコンパクトにまとめてくる。
時間稼ぎ。奴の狙いはそれだ。
想定を上回る知能に焦りを覚える。
だからこそ強引に攻めた。
正面からシュダーナへと迫り、剣風に身を曝す。牽制まじりの斬撃がオーバーオールを裂く。
しかし奴は判断を誤った。
ここで軽く斬りつけるようでは足りないのだ。威力ではなく、殺意が。
失敗に気付いたシュダーナが下がろうとするも、後退より前進の方が速い。さらには尾の生えた体型的な問題で、シュダーナは後退を得意としていなかった。
──懐へと潜り込む。
「ギ……!?」
顎下から脳天へ。剣鉈を素早く刺し込んだ。
一撃で止めない。そこから二撃、三撃と滅多刺しにする。
二桁には乗らなかっただろう。
力なく崩れ落ちたシュダーナから身体を離し、止まっていた呼吸を再開するとようやく人心地がついた。
ムルテなどとは緊張感が段違いだ。
これがボスでもなんでもないのだから恐ろしい。
勝ってみればあっさりとしたものだったが、一歩間違えば泥仕合どころか負けも十分に考えられた。
──それでも進むのは止めないが。
冒険とは苦難あってこそ。未知なる危地へと飛び込んでこそと信じているために。
◇
Name:キリィク
Level:19
Title:《無の精霊》《禁忌との遭遇》《殺人者》
Skill:『汎用剣術Lv.18』
【スラッシュ】【ストライク】
『汎用盾術Lv.8』
【ガード】【バッシュ】
『身軽Lv.14』
『踏ん張りLv.16』
『直感Lv.15』
『踏み込みLv.13』
『蓄力Lv.10』
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