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14+1.剣と拳


 ──正直、舐めていた。


 誰を?


 二人を、だ。





 闘技場と化した訓練場で、一人と一匹が激戦を繰り広げていた。

 レッサーパンダにしか見えない種族であるドレッドノート。彼らに招かれたのは勇士と呼ばれていたキリィクだったが、その職人としていももちも丁重に扱われていた。

 この闘技場に案内されたのもその一環。

 共に並ぶ勇士の戦いぶりを知りたいだろう、という彼らなりの気遣いによるものだ。


 二人の戦いは決して目で追えぬような速さではなく、尋常の域に収まっていた。

 振り抜かれるナイフも、それを往なす拳も、放たれる蹴りと防ぐための腕も。その他様々な挙動を脇から見てとることが出来た。


 いももちとて、常に生産職でプレイしているわけではない。

 偶さか『CoH』でこそ生産職を志したが、その前に遊んでいたタイトルでは斥候であったしさらに前は盾職であった。

 つまり、彼女は戦闘にもそれなりの理解があったわけだ。

 その目は確かで、だからこそ振られるナイフも認識出来ているわけだが……。いももちは何か違和感を覚えていた。


「……おかしい、っすね」


 銀の光が走り、何かに阻まれるようにして散る。

 ドレッドノートたちは空気を歪めた不可視の鎧を纏えると聞いた。間違いなく、それだ。

 ナイフが逸らされて本体であるドレッドノートにまでは届かない。途中で軌道が折れ曲がりねじ曲がる。

 だが、そこではない。いももちが違和を覚えたのはそれではないのだ。


 ナイフなんて渡されたばかりであるのに。

 これまでのキリィクは剣鉈を振るっていた。リーチも形もナイフとはまるで違う。

 だというのに、彼はそれをまるで問題にしていないのだ。

 自在に振るい、自由にとり回す。


 全くあり得ないとまでは言わない。だが、そうそう出来ることではない。それは確かだ。


 それに何より──。


「──スキル、使ってなくない?」

「……ううむ、使っておらなんだな」


 いももちの隣に佇むドレッドノート、ヅェレイだったかが答えるように呟いた。

 剣を振る。盾を構える。それくらいなら何の補助がなくとも誰だってこなせるだろう。いももちだってそうだ。

 しかしそれを十全に扱うとなれば……?


「奇妙なことよな。あやつめ加護を受け取らずに迷い出たのか?」

「加護っすか?」


 覚えのない単語だ。

 何かの加護を──例えば神様とか──授かるような場面があっただろうか。いやなかったはずだ。少なくとも、いももちの記憶にある限りでは。

 だがしかし、言い得て妙である。

 武器を扱う加護があるならば。素人であってもキリィクのような身のこなしが可能であるだろう。

 しかし彼はそうではない。いももちには分からないがNPCであるヅェレイには何か感じるものがあったようだ。さすがは勇士殿だと感心している。

 俄には信じがたい。

 補助なしで実現できると思えない動きであったし、それはつまり現実でも同じことが出来るということに他ならないからだ。


 順手に逆手にくるくるとナイフを回し、彼は中空に何度も刃を突き立てる。

 恐らくは不可視の鎧に阻まれているのだろう。不自然な位置で止まるナイフを取り落とさずに、跳ねるように自在に扱う。

 それは熟練と呼ぶにも躊躇いを覚えるような天賦の才を感じさせるほどに洗練された動き。

 一本が二本に、二本が三本に、四本にと増えていくように見えてしまうほどの剣の舞い。

 彼の一挙一動に追随するかのように飛び回るナイフ。最早触れているのかも定かでない。それでもコントロールは失われず、ナイフは彼を囲うように周遊している。


「なんともまあ、美しいな……」


 ヅェレイの感想に、いももちは静かに頷いた。

 弧を描く軌跡。鋭角に跳ねる軌跡。それらが交わる軌跡。

 幾重もの光の筋が複雑な図形を描く。ナイフの刃が照明の光を乱反射し、その輝きが更に難解な図形を浮かび上がらせる。

 煌めきの二重構造。

 小宇宙がそこにあった。

 二本しかないはずのナイフが、いももちの渡したただのナイフが、中空に芸術を描いていた。


「惜しむらくは火力不足か。長の守りを抜けるだけの力強さはなかろうて」


 嘆くように、誇るように。ヅェレイは頭を振る。

 いももちはそうではないと思った。

 力強さならキリィクには備わっている。あの軽いナイフが不可視の鎧に突き立てられているのがその証左。


 結局のところ、ナイフの方が問題なのだ。

 キリィク自身の技量によって、武器として辛うじて役立っているに過ぎない。例えばあれが剣鉈であれば、より大きな戦果をもたらしたに違いあるまい。

 それを強く実感したいももちは、視線をキリィクたちから外して俯いた。


 ──見ていられなかったのだ。


 彼らの戦いが、輝きが、生命の発露が。

 いももちの不出来な武器によるものだとすれば、とてつもない冒涜にすら思えたのだから。


 そんな彼女にヅェレイが言葉を投げかける。


「ならぬ、ならぬぞ。目を逸らしては。あれを見よ。あの煌めきを。戦士の何たるかを背に示す堂々たる立ち姿。あれぞ正しく勇士であるよ」


 ヅェレイに促されて、閉ざしていた目をいももちは恐る恐る開く。


 刃の煌めきはいよいよ嵐にも似て。

 怒涛のごとき攻め手がドルバンスヴルウヌを防戦に追いやっていく。

 そう、防戦だ。

 無視できないだけの攻勢が、不可視にして不可侵の鎧を纏うはずの戦士をその場に釘付けにしていた。


 一つ攻撃が来れば、それを二つ三つで返す。

 言葉にすれば簡単だ。キリィクが行っているのはそういうことに過ぎない。

 しかしそれは、言うは易しというもので。

 単純な結論を実践するためには速さだけでは成り立たない。技量が、本人の業前こそが物を言う。


 機を読み、間を読み、呼吸を読む。


 ──ただのゲーマーじゃない。

 いももちはそう思った。そう思いたかった。

 あれはそこいらに居ていい次元の話ではないのだ。

 

 ……語るだけならいももちでも出来る。

 理を解するだけなら、あの業に指をかけられる人間はそれなりに居ようとも。


 いももちにとって真に恐ろしいのは、キリィクがまるで間違えないことだ。

 欠片も過たずに、さも当然のように。

 常に一方的な攻撃を続けている。

 それを止めることは出来ない。相対しているドルバンスヴルウヌにも、周りで見ているいももち含めた観客にも。


 それを止められるのはただ一人。

 そのキリィクが動きを止める。


「呆れるほどに丈夫な鎧だ」


 彼は軽口を叩く。叩けるだけの余裕があった。

 駆け引きはなく、ただ持ち合わせた技量によってのみ相手を圧倒してみせた男。


 対するドルバンスヴルウヌは疲弊した身体を倒れさせないだけで精一杯に見えた。

 経験では埋められない才覚の差と言おうか。

 長として戦士として、ドルバンスヴルウヌは強大だ。病に冒されてなお、現時点の精霊では打倒できないと思わされるほどに。


「悪いがそろそろ終いだ」


 キリィクが言った。

 彼の目はどこか哀しげで、生命を奪う覚悟がそこにはあった。少なくともいももちにはそう感じられた。


 キリィクがぐぐっと身を屈める。


 次の瞬間。

 爆発的な踏み込みとともに、彼自身が砲弾にでもなったかのようにドルバンスヴルウヌへと迫る。

 反射的に振るわれた右拳。ドルバンスヴルウヌの一撃が空を切る。


 一歩分だけ、間合いの外。


 キリィクはそこで踏み止まり、隙だらけのドルバンスヴルウヌにナイフを突き込む。


「……これまでと同じ、繰り返しですぞ!」


 裏拳気味に右腕を引き戻そうとしたドルバンスヴルウヌは振り返り様に見た。

 二本目のナイフが振りかぶられているところを。


「【ストライク】!」


 ガツン、とナイフの柄尻に二本目の刃先が打ち合わされた。


 ドルバンスヴルウヌの熱気の鎧に異物が潜り込む。しかし足りない。この程度では貫けない。

 鎧の厚さは40センチを超える。

 刃渡りの短いナイフでは二本合わせてもドルバンスヴルウヌまでは届かない──。


 予想以上の強敵、病に冒されながらもそんな相手に勝てる予感がした。ドルバンスヴルウヌは戦いの中で果てるという望みを忘れ、勝機に食らいつこうと吠える。


 ──三本目の煌めき。

 剣鉈が抜き放たれ、鎧に穿たれたナイフ目掛けて振るわれる。


「なに!?」


 驚愕に目を見開くドルバンスヴルウヌ。

 ヅェレイも、それからいももちもだ。

 剣鉈は抜かないものだと思っていた。だというのにこうもあっさりと。


 煌めきは吸い込まれるようにナイフへと向かい、柄尻と刃先が撃ち合わされた瞬間に火花が弾け銀の光が勢いよく射出された。

 ナイフが凄まじい速度で弾き飛ばされたのである。

 銀光は咄嗟に身を捻るドルバンスヴルウヌの首元へ、そして容赦なく突き立った。


 鮮血は噴き出さなかった。

 赤黒く不健康な血液がぼたぼたと零れ、ドルバンスヴルウヌが地面に転がる。


ご覧いただきありがとうございます。

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