14.Fist and sword.
勇士を演じるとあっては、長々と観客を待たせるわけにはいくまいて。
そう言って、ドレッドノートたちに決闘の用意をさせてから一時間。……長くね?
ただ待つだけのいももちには悪いが、しかしここを離れては戻ってこれそうにないのもまた事実で。
「いやしかし、悪いね」
「んー、まあ。良いっすよ、別に。面白そうなイベントも見れそうだし、特別感は嫌いじゃないっす」
いももちは気にする素振りを見せない。
どころか、人のイベントにただ乗りさせて貰うなんて気が引けると、手持ちのアイテムを譲られてしまった。
「……良いのか?」
「ええ。むしろ習作で悪いっす。まあ、ただのナイフなんで使い捨ててください」
「いやそっちではなくて」
もちろん、物資の乏しい状況で作り上げたナイフは貴重だと思う。
だがそこではない。
"私はこれからNPCを殺すのだ"。
そこに忌避感を抱かないものなのか。
モンスターとNPCは似ているようでも違う。
言語を介して相互に意志疎通を行うことが出来る。
この一点は、こと電脳世界においては恐ろしいほどに重い。
考えてもみて欲しい。
プレイヤーである我らの身体も電脳世界にあっては仮初めで、モンスターとの線引きは正しくその意志疎通にある。
同じなのだ。NPCもプレイヤーも。
電脳世界で接する側の視点からすれば、そこに有意な差は存在しない。
肉の身体という軛から解き放たれた世界では、相互理解こそが知性の証であり"人間"とは意志疎通を行えるものであるのだ。裏を返せば、意志の疎通が図れるのであればそれは"人間"ということにもなる。暴論だが。
しかし暴論もまた論じたものに変わりなく、結論になり得るものなのだ。
それはともかく。
電脳世界で接するだけなら、現実と非現実に境はほぼない。
そんな中で非現実の住人であるNPCを殺すとあれば、相応に抵抗を感じる者だっていよう。今になってもプレイヤーキラーは嫌悪されている。非現実の世界にあっても殺人は重い。
そういうこともあって投げた問いだったが、いももちは然して深く考えることもなく答える。
「別に良くないっすか?」
「それは……、どういう意味だ?」
「相手の望みっすからね。叶えてあげる側が悩むことないかなって」
それに。と彼女は続けて言った。
「正直なところ、キリィクさんが悩んでるのってそこじゃない気がするんすよね」
鋭い指摘に言葉が継げない。
口ごもるこちらを見て、いももちはにへらと笑う。
「ああでも、悩むポーズのまま負けちゃうなんてダサい姿は見たくないっすね~」
「む……」
勝つと言った。その気持ちに偽りはない。
ならばそれを実現せねばなるまい。
確かにいももちの言う通りだ。悩んでいるフリで負けるほど格好悪いことはないだろうからね。
だから少し、装いを変えることにした。
全力で、死に物狂いで、勝ちに行くための私となる。
◇
「お待たせいたしましたな、勇士殿」
この場にいるのは一人と一匹。
私と、ドレッドノートの長だけだ。
彼らの一族が修練のために用いる空間だと言う。そこを借りて、これから殺し合いをする。
神聖な空間を汚してしまうと気が引ける、こともなく。そんなのは今更だ。生命の奪い合いをすると決めた時点で、迷惑をかけることは百も承知。
「しかし宜しいのですかな? 身を守る盾も鎧もなく」
ドルバンスヴルウヌの口調こそ穏やかなものの、その円らな瞳は燃えていた。怒りにだ。
こちらの軽装を見て侮られていると感じたのだろう。
衣服は常と変わらぬオーバーオールで、左手に持っていた盾も今は片付けてしまった。
なるほど、余裕の現れと感じるのも無理はない。
だがそれは違う。
「生憎と鎧を買えるほどの余裕が無くてね。それに盾を持っていても貴方相手に頼れるものとは思えなかった。……何より、こっちの方が楽しいだろうさ」
「──そのように申されては、仕方ありますまい」
嘆息するドルバンスヴルウヌを正面から見据える。
杖をつく彼はヨボヨボで、くすんだ毛皮に艶はない。老いの影響と、それよりも強い病の陰。
半死半生。
ドルバンスヴルウヌを示すには、この言葉が相応しい。
だと言うのに、目だけは別だ。
濁りはあれども熱は失われていない。未だ果てぬ戦士の眼。
口元が歪む。それが自覚出来た。
向かい合ったからこそ分かる。かつてはドルバンスヴルウヌもまた超常の戦士であったと。
惜しい。
五年、いや十年。衰える以前の彼と出会えていたならば。
全く無意味な想定だが、心底からそのように感じた。
同時に嬉しい。
斯様な戦士に引導を渡すのが己れであるということが。
ぶるりと身震いしてから、腰のナイフを抜き放つ。
いももちが作り上げたものだ。ただのナイフである。初期武器と大差ない性能だ。しかしこれが良い。
彼女から渡された初の作品ということもある。それ以上に、武器職人として作品の初陣を飾るに申し分ない相手であるのだ。
この機会を逃すなどあり得ない。
──カラン。
ドルバンスヴルウヌが杖を手放した。
倒れた杖に反して、ドルバンスヴルウヌは支えなしに立ったまま。
「これより半時、残された全てをここに注ぎ込みましょう」
「……燃え尽きるよりも早く終わらせてみせようか」
二本足でしっかと立つドルバンスヴルウヌだったが、見た目には大きな変化が表れていた。
それまでも白混じりだった毛皮が、より薄い色に、雪のような──あるいは灰のような──白色へと変じていくのだ。
それはまるで、死に行く星の最後の輝きにも似て。
そうしていよいよ仕合が始まる。
睨み合い。探り合い。
互いに互いの出方を伺う。
そのようなやり取りをかなぐり捨てて、一息に間合いへと飛び込む。
それはドルバンスヴルウヌも同じ考えで。
リーチの差は歴然。
ナイフと言えどもドレッドノートの短い手足よりも確実に相手へと先着する、はずだった。
不可視の一撃。
揺れる視界。カウンター気味に放たれた"何か"が首を捉えたのだ。
詰まる呼吸。たたらを踏み、体勢を崩されながら後方へと跳び退る。
「我らに伝わる秘伝にございますよ、勇士殿。魔力によって熱を留め、身に纏い、敵を討つ。『弩式陽炎纏い』と呼ばれる技術になります」
よくよく目を凝らせば見えないこともない。
身体を覆うように空気が歪んでいる。
鎧、あるいはパワードスーツか。
リーチの差は無いに等しい。ともすればこちらが不利だ。
こうなってくると様々な要素が向こうへと傾く。
一つ目は開示された技術。
ほぼ不可視なそれは間合いの感覚をかき乱す。避けたつもりが当たり、届いたはずの攻撃が防がれる。それだけで天秤は大きく傾くことだろう。
二つ目はドルバンスヴルウヌの体格。
リーチでの優位性が消えた今、逆に小さく狙いにくいドレッドノートの体躯はこの上ないアドバンテージを生む。単純に当たらないのだ。
三つ目は──。
「おいおい、どんな手品だよ」
「はは、勇士殿。タネはあれども仕掛けはございませぬよ。先程の陽炎纏いの完成形がこれなのです」
宙へと浮いたドルバンスヴルウヌ。
『弩式陽炎纏い』へ抱いた印象としてのパワードスーツは正しかったようだ。熱の鎧で全身を覆った彼は中空に立ち、その目線は私と変わらない高さにある。
──戦士としての経験の差。
ドルバンスヴルウヌは設定上数十年の経験を積んだ戦士である。この設定が重要で。
こうあると決められているのであれば、電脳世界においてはそういうものであるのだ。たとえサービスを開始してから一週間も経っていないゲームであっても、そうした設定を持ち合わせているキャラクターであればそれに準じた力量をあわせ持つ。
要するに、設定上の強キャラは実際に戦っても強キャラなのだ。
「やれやれ困ったものだ」
ナイフを構えて呟けば、ドルバンスヴルウヌは笑って言った。それは口だけでしょう、と。
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